のどかな記憶〜「海と想いと君と」1年前〜
母は刑事。父は海上自衛隊。
その娘の私は、ユーレーとか全然怖くない。
だって、目に見えないんだから。
……そんな、心臓に毛でも生えてそうな私でも、緊張はするもんだ。
「あら?黒ソックスが規定じゃなかったっけ?」
お母さんが私の足元を見てふとそう言う。
入学式を迎えるこの朝。間違えて中学時代の白ソックスを履いてしまった私、杉浦沙彩。
執拗に三画の部首・つくりが入ってる姓名。
「……そうだった」
「へぇ……沙彩が失敗ねぇ……沙彩でも緊張するもんなんだね」
「うっさいなぁ……」
渋々、白ソックスを脱ぐ。靴下のりがベリッとはがれた。
ちなみにお母さんは全身黒。パンツスタイルのスーツを綺麗に着こなしている。
「入学式終わったら、即職場行くからね。「お母さんがいない!」って泣いちゃダメよ?」
「泣かないし」
そんな会話をしながら、買いたての黒ソックスを履いた。
電車に揺られて40分。海宮市に着いた。
何度か訪れたことのある海宮市…かすかに海の匂いがする。
こっからは自転車で通学するんだけど、今日は歩き。
お母さんも私も口数少ないから、ほとんど無言だ。
沈黙したままテクテク歩いてると、何かが肩にぶつかる。
「あっ、すみません!」
慌てて謝る、走ってたらしいその子。
真っ白な肌で、めっちゃ可愛かった。
「あ、いえ」
短く返したら、その子は再び走り出した。
「沙彩。あれ、あんたのじゃない?」
お母さんが後方を指差し、その先を追う。
……学生証?
それを拾って、中身を見る。
「林桃花……」
もしかして、さっきの子?
右側にある証明写真で、そんな疑問が確信へと変わる。
「……まぁ、いずれ会う……かな」
とりあえずポケットにしまって、海宮高校へと足を進めた。
海宮高校へ着き、クラス替えの確認。
「1年C組だって」
A組から順番に見てた私。D組から見てたらしいお母さんが私のところへきてそう告げる。
てか、E組まであったのに、なんでD組から…?
でも……
「……自分で見つけたかった……」
「しょうがないじゃない。見つけちゃったんだから。行くわよ」
少々無念に思いながらも、いざC組へ。
……うん。予想してたが……
「知ってる人、1人もいない……」
県立高でもトップクラスの高校のためか、それとも私立ブームがきてるのか……この高校を受けたのは、(沙彩含め)たったの5人。
しかも私以外男子だったという……
その5人がうまく合格し、うまくABCDE組にバラバラに分かれたわけだ。
男子の中で友達同士だった人、無念だろうなぁ……と思いながら、席へ。
ちなみに背面黒板の前に保護者が立っている。
「あ、杉浦さんですかー?」
後ろからそう呼ばれ、振り向く。
ニコニコしてる可愛い女の子が、こっちを見てた。
「東郷夏姫です!初めまして!」
「あ、杉浦沙彩です……」
とりあえず、自己紹介しとくか。
「沙彩って名前なんだぁ!可愛いっ!さーやって呼んでいい?」
「うん、いーけど……」
「やったぁ!!よろしくね、さーや!」
人懐っこい性格なのか、そう言うと私の手を握ってきた。
東郷夏姫、という人物の第一印象……ウザい。馴れ馴れしい。
そう思うと苦笑いを浮かべた。
女の担任がやってきて、自己紹介をする。
「それじゃあ、隣の人と自己紹介し合いましょう!」
「次はみんなで輪になってー……」
「次はジャンケンで……」
小学校から転勤してきたのか、はたまた高校1年生という肩書きをもつ私たちをバカにしてんのか、それとも緊張を解させようと努力してんのか……入学式始まるまで、かなりコミュニケーションを取り入れてきた担任。保護者は口をあんぐりさせてた。
そして、コミュニケーションきっかけで、隣の男子と仲良くなった。
高杉唯。夏姫同様、少々ウザいけど……なかなかいいやつ、と思った。
「なぁなぁ、沙彩はどう思う?」
わくわくした目で、高杉は聞く。
「どうって?」
「あの窓際2番目の林さん!めっちゃ白くてかわいいと思わね?」
「林?」
高杉が指差す方を見ると……どうしてよいか分からず、とりあえず座っている……という感じの女の子がいた。
まさしく、学生証の持ち主だった。
「……林桃花さんですか?」
「あっ、今朝ぶつかった人……」
「学生証、落としましたよ?」
林桃花のところへ行くと、学生証を手渡した。
林桃花は多分10回軽く越すほど「ありがとう」を連発した。
「学校入って気づいて、ずっと慌ててたの!本当にありがと!」
「……そう」
それ以上は何も話さずに、自分の席へ帰る。
「いーよなー女子は!気軽に可愛い女の子と話せてさー!」
「話せばいいじゃない。何を躊躇うのかが分からないわ」
「ハハッ!「何を躊躇うのかが分からないわ」だって!怖いモンなしだな沙彩は!」
「当たり前よ。同じ人間だから怖いわけないじゃない」
……なのに、何故今まで怖がられてきたんだろう……
今までは、特に話もしないで、ちょっとキツい外見のせいか“杉浦沙彩は怖い”って決め付けられて……ろくに友だちもできなかった。
……一種の差別だ。決め付けだなんて……まぁ、人とあまり関わろうとしなかった私も私だけど。
でも……
「へぇ!さーやって意外と論理的なんだねー!ちょっと今心に響いた!」
「そうそう、論理的で全体的にクールだよなぁ、沙彩って。分かる分かる!」
高杉と夏姫。この2人は、ちょっと私と話しただけでそう分析する。
……やっと私のことが分かってもらえた気がして、なんか少し嬉しかった。
「ん?どしたの?さーや」
「……んーん。なんでもない」
うっかり泣きそうだった……でも、そう言って笑った。
『新入生は、廊下に並んでください。』
そんなアナウンスが流れ、生徒が廊下に出る。
「入学式とか、マジめんどいし!」
「まぁ我慢しよーよ」
めんどくさがる唯。私がそう言うと、夏姫は不思議そうに私を覗き込んだ。
「さーやはめんどくさくないの?」
「まぁめんどくさいっちゃめんどくさいけど……入学式しなきゃ、海宮高校に入学した実感しないと思うんだ」
……でも、この2人のおかげで“新しい世界”に飛び込んだ実感は既に十分に得られたんだ。
「も〜!なんかクサいよぉさーや!」
「いでっ……」
バシッと、夏姫が背中を叩く。
痛がる私を見て、大爆笑の唯。
「コラッ、そこの3人!移動中は静にっ!」
波乱の高校生活の始まり……という風に思えた。
本当に波乱になるのは……特に何もなかった、のどかな1年生生活が終わり……
2年生に進級して1年生を迎える儀式(入学式)を終えてから約3ヵ月後の夏休みからで………