犯罪者を匿ってしまったことになる、よね?
キマイラは軽い男に変わった。
はあ~い、という風に玄関ドアを開けてジーゼルに対面すると、彼は祖父の部下という仮面を被ってしまったのである。
「こんばんは。どちら様ですかぁ?俺はハーヴェイさんに留守番を頼まれている、ベイブって言いますけど、ええと、何の用ですか?」
「いえ、あの。ここに婚約者がって。あの、あなたがハーヴェイさんの部下って嘘でしょう。」
「しっつれいだなあ。俺は社会福祉関係の職場の職員でしてね、普段は休みなしで身を粉にして頑張っている公務員ですよ。上司と部下ですって。」
「ええええ!」
ジーゼルが信じられないと言った声をあげたのは当たり前だ。
あなたは上半身が裸って姿で人前に出ているって気が付いている?
ついでにあなたの裏っかわになる背中には、キマイラ様が鎮座していますじゃないの!
祖父母と同じお堅い職だと言っても信じてもらえるどころか、強く言えば言う程に不信感こそ植え付けられる事だろう。
そんな不信感一杯な状態である今こそ、私がここでジーゼルに一言助けを求めれば、このキマイラはここで逃亡生活を終えてしまえることだろう。
でも黙っていた。
ジーゼル如きではこの素晴らしい筋肉男のキマイラに瞬殺されるだろうと分析したからではなく、単純にジーゼルが手に提げているらしき贈り物の匂いを嗅いでしまったからである。
甘いクリーム一杯の可愛い色とりどりのカップケーキはもちろん、脂っぽいが肉汁たっぷりの固まり肉に油で揚げたポテト、そしてバターがたっぷりのふわふわのパン。
ぜんぶ、ぜんぶ、ウェディングドレスを綺麗に着る目的の私がぜい肉と共に捨てて来たもの達だ。
ジーゼルはそれを私に食べさせたがっている。
ジーゼルと付き合った一か月で私は五キロも体重が増えたじゃないか。
――ミュゼリアを太らせて思ったんだ。太ったら君の方が絶対に可愛いって。
ようやく知った元婚約者の真実。
彼は太った女性が好きなだけの、ただのフィーダーだった。
真実に押しつぶされた私はキマイラに賭ける事にした。
どうぞ私をこのフィーダーから、解放させてください、と。
「あの、あなたがここにいるのはわかりましたが、あの、マルファは?」
「婚約者のあなたがどこにいるのか分からない?」
「いえ、婚約解消してしまったので。ああ、僕の判断が間違っていました。次から次へと食べさせて、僕好みの姿に成長してくれるのは彼女だけでした。僕は間違っていたと彼女に伝えたい。そして、彼女の気持ちを取り戻したら、彼女が失った彼女らしさを僕が育てて増やしてあげたい。せめて、三桁ぐらいの体重にしてあげたい。ねえ、あなたもふっくらしている女性が好きでしょう。」
「――ええと、悪いな。俺とマルファは今いい所でやりまくっている所なんだよ。まあ、これは差し入れとしてもらっておく。じゃあな。新しい恋、ええと、まあ、次を探せ。」
キマイラはジーゼルから彼の持っていた紙袋を奪うやドアを閉め、ところが、ジーゼルはそのドアを両手で押さえて頑張った。
「え、ちょっと。せめてマルファに一言!」
「さようなら、ジーゼル。私はぜい肉よりも筋肉が好きなの。」
私の腰を抱く腕がびくびくと筋肉を振るわせた。
「婚約破棄したんなら諦めな。じゃあな。」
キマイラは笑いながらドアを乱暴に閉め、私も乱暴に床に落とされた。
「いいのか?」
「いいわよ。元婚約者がフィーダーって、最悪じゃ無いの。」
キマイラは大きく笑い声をあげた。
「そうだな。君はいい子だな。そして俺も、だな。本当に俺は自分以外の人の幸福のために日夜貢献していると思うよ。で、君は本当のマルファがどこに行ったのか知っているの、かな?」
あら?この人は何を言っているの?
まあ!
友好的に気さくに笑っていた男が、今は私を見下ろしていて、そして何だがとても怖くなっている。