来訪者その一
俺の猫、ミーちゃんは軽かった。
しかし、上司の猫は猫とは思えない重量級だ。
俺は重たくて骨格が犬並みにしっかりしているププルを抱きながら、ミーちゃんと違っていて嬉しいと彼女に頬ずりした。
まだあの子を思い切るには早すぎるし、あの子を思い出して落ち込んでいては足が止まる。
逃亡した犯罪組織の幹部たちは使えるものは使い、自分達の追手を交わしつつ現在も収監されている大ボスの裁判を潰そうと画策している。
証言者はこの世から消すべき存在。
証言者はそのまま彼らを捕えた法執行者自身でもあるのだから、これは彼等には復讐を込めた祭りのようなものかもしれない。
俺は小鹿のような彼女のせいで居場所がバレたかもしれない。
けれどここを逃げ出してもけれど、俺はまた別の場所で襲撃されることだろう。
襲撃が避けられない未来ならば、近隣の迷惑にならず、また、安全に籠城できる要塞の方が良い。
つまり、俺はこの城から一進一退など出来ないのだ。
俺によって縛り付けられた小鹿は俺に監禁されたと思っているだろうが、俺こそこの屋敷の虜囚なのだと伝えてあげたい。
「ぷるるるうる。にゅあ。」
「ほら、そろそろ降りようよ。俺の腰が持たなくなってきた。君はいったい体重がいくつあるの?」
うわあ、俺の言葉が失礼だという風に、猫のくせに俺に不機嫌な表情を作った。
それどころか、俺の胸板をしたたかに蹴り飛ばした。
俺はろっ骨が折れた錯覚に一瞬咽る程で、しかし、俺に愛想をつかした猫は俺を気遣うどころか、俺が用意した餌の入った陶器の皿にその真ん丸い顔を突っ込んでいる。
「大物だよ、君は本当に。」
ピンポーン。
こんな夜分に?
って、あ!俺の視界をバニラ色の生き物の影が走り抜けた。
ああ、しまった。
足を縛っていなかった。
俺は小鹿を追いかけ、小鹿はインターフォンの応答ボタンを自分の頬で押して外と中を通話状態にしてしまった。
「だ、だれ。」
ああ、タオルもずれている。
俺は彼女の口を手で塞ぎ、肩で応答ボタンをオフにしようと動いた。
「ああ、やっぱりここにいたんだね。マルファ!僕だよ!ジーゼルだ。」
俺が抱えていた小鹿が動きをピタッと止めた。
仲間、ではないのか?
「ねえ、謝りたいんだ。僕はやっぱり君が好きだ。ミュゼリアを太らせて思ったんだ。太ったら君の方が絶対に可愛いって。でね、仲直りに君の好きなものを持って来たよ!一緒に食べて仲直りをしようよ。」
確か上司の孫が婚約したと同僚に聞いた覚えがあった。
俺がイメージしていた内向的で編み物が好きな女の子のイメージと、インターフォンの向こうに立つ人が良さそうで肉体的にも締まりのなさそうな金持ち男が重なり、これがマルファの婚約者なのかとすんなりと想像がついた。
俺の腕の中の女が凍ってしまった訳も。
ドアの向こう位にいる男がマルファの婚約者ならば、彼女は一目で別人だと看破されてしまうことだろう。
そこで警察に通報を受ける。
だがそうすると、本物のマルファの行方が問題となる。
「ねえ、開けて。いるんでしょう。さっき声がした気がするよ。自宅にいないんじゃあ、きっと君の大好きなおじちゃん家だと当たりを突けたら大当たりだったね。」
気の良い婚約者様にはお引き取り願って、敵の女から上司の孫の居場所を探るのはどうするべきか。
俺は小鹿を抱えたまま玄関に向かった。
「ま、待って、ちょっと、待って。」
彼女には本意ではないだろうが、左腕で彼女の腰を抱いて持ち上げた形では、対面者には彼女のお尻が突き出される格好となる。
俺は上司の家を借りている第三者で、この女は俺の恋人でマルファではないですよ、と、婚約者様に挨拶するだけだ。
「大丈夫だよ。君を突き出さない。俺と話を合わせてくれるだけでいい。」
俺は玄関を大きく開けた。
「はい、こんばんは?何の御用ですか?」
「君は……誰かな?」
金髪に青い目の育ちの良さそうな男は、現れた俺の姿に目を丸くした。