私の両親
愛する人が私の腕の中で気を失った。
私のキスが良かったからではなく、後頭部を黒くて硬いもので殴られたからである。
これ以上の暴力からカイルを守れるようにと、私はカイルの上半身を抱いたまま自分の上半身を起き上がらせた。
私のカイルに暴力を振るった男は、私と同じ色合いの髪に私が欲しかった祖父譲りの翡翠色の瞳を持っている。
いつものように彼は上等な濃いグレーのスーツを身に纏っており、その姿は銀行の支店長そのものという風情であり、外見通りに暴力とは全く無縁だったはずの人だ。
身長も高く大柄でも美しき祖母によく似た顔立ちで、父は中年に差し掛かっても見た目が良く、今の今まで私の自慢でもあったのにと悲しい気持ちに襲われた。
そしてそんな暴力行為をしてしまった彼は、私と目が合うや自分のしでかした事に気が付いて深く後悔したのか、整った髪をわしゃわしゃにかき上げながら叫び声をあげた。
「どうして大事に育てた娘が、こんな犯罪者の男のものになるんだ!」
あ、後悔とは違うシャウトだった。
「パパ!カイルは犯罪者じゃないわ!彼は国や国民の安全を守るために戦っている人なのよ!」
「パパだって日夜お国と国民の為に働いているよ!」
「嘘!パパは普通のサラリーマンだって言っていたじゃない!銀行の支店長だって!」
父はついっと私から目を逸らすと、いじいじしたような口調でぼそぼそと弁解をし始めた。
「あ、そうだけどさ。さ、サラリーマンだって税金を納めている以上、お国の為に働いているって言って良いんだ。ついでに言うと、そういった真面目な納税者によって国の安寧は守られているんじゃないか!」
私は素直に父親に謝った。
「ごめんなさい、パパ。私が間違っていたわ。パパはお国の為に頑張っているし、何よりも、ママや私の幸せを守るし作ってくれた大事な自慢の人だわ。」
父は私の言葉に自分の胸を押さえ、ぐふっと言ってしゃがみ込んだ。
彼がソファの後ろでしゃがみ込んでしまったがため、私は父の姿が見えなくなったとソファの後ろ側を覗き込んだ。
その動作途中で胸がカイルの顔にぐにゃっと押し付けられてしまった。
「ああ、カイル、胸が当たって息が出来なくなったわよね。って気絶中か。」
抱え上げていた彼の上半身を私の膝に寝かしつけ、私は再び父を見返した。
父はしゃがんだ姿のままだったが、唇を尖らせて私をじっと見つめていた。
「パパ?」
「君はそんな男の方が大事なんだ、そいつを放り出してこの僕を慰めてくれないのだな。」
「パパを慰める役目はママでしょう。」
あ、ママと言ったとたんにパパが震え出した。
「パパ?」
「まあ、たった一日で凄い荒らされ具合ね。」
壊れた玄関を潜り抜けるやリビングの方へとやって来た一人の女性は、焦げ茶色の癖のある髪をショートカットにして焦げ茶色の瞳を知的に輝かせた美しい人である。
私よりも小柄で細身の彼女の今日の服装は、白いシャツと黒のタイトスカートに黒のヒールという格好であったが、ガラスの破片もありそうなところをずかずかと男勝りに歩いてきた。
母はいつも優しく微笑んでいるが絶対に折れたところを見せたことはなく、花のようにふわふわとしている祖母と正反対のようだが、正反対だからこそか二人は本当に仲が良い。
そして祖母に頭が上がらない息子である父は、祖母と仲の良い母にどんな恐怖を見ているのか知らないが、彼女に絶対に逆らうことはしない。
つまり、父はカイルを殴った拳銃(どうしてパパが持っているの!スーパーで買って来たの!)を胸に抱いて、ガクガクブルブル震えているのである。
母は一直線に父の所に行くかと思ったが、私の方へ一直線に来て、そして、私の膝に頭を置いて無防備に気絶しているカイルをまじまじと見つめた。
「瞼がぴくぴくしているわよ、ぼうや。」
カイルはぐわっと瞼を開き、父のようにガクガクブルブルし始めた。
「うふ、可愛い子ね。私は良いわよ。可愛い子は好き。」
「ママ?」
母は今度こそ真っ直ぐ父の所に行くと、父の首根っこを掴んで立ち上がらせた。
「帰るわよ。弁解なし。」
父は母に連行されていった。
「何て怖い人なんだ!」
あ、私の膝の上で狸寝入りしていた人がいた!
「あなたは大丈夫だったのね。」
「俺が目を覚ましたままだったら、君のお父さんと殴り合わなきゃでしょう。」
「まああ!父のやった事を許したうえで父を思いやってくれたのね!あなたなんて良い人!」
私は起き上がったカイルに、きゃあと喜びの声をあげて抱きついていた。
こんなに優しい人だったら、大人しくて優しい父とも上手くいくわ!
「わたし、あなたと結婚したい!」
私の唇はカイルの唇によって塞がれた。
唇同士が触れ合う柔らかいキス。
舌が入って来なかったことが、ちょっと残念だったけれど。




