捨てる男あれば突撃する男あり
ああ、ゆったりできると私は湯船の中で手足を伸ばした。
祖母と祖父はこの世の天国へと旅立った。
この世なのだから、彼等は死んだわけではない。
青い海に浮かぶゴルフ場やカジノ付きの豪華ホテルという、バカンスにあの二人は年甲斐もなく飛び出して行っただけである。
そして、私は彼等の家のそのうち介護にも使えるだろう浅くて広々としたバスタブの中で、王族のようにして手足を伸ばして寛いでいる。
何のことは無い。
彼らが自宅に置いて行かざるを得ない彼らの大事な子供、茶色のむくむくで鼻ぺちゃな大型猫の世話をするという数日間のアルバイト中なのだ。
「マルファ、いいでしょう。あなたは丁度暇じゃない。」
「うちでププルにリフレッシュしてもらいなさい。私達がカジノで大勝ちしたらね、君にダイヤの指輪を買ってあげるからね。」
「すいませんね、婚約者に捨てられて無職になった孫娘で!でもさあ!あいつが社長だって知って、パパもママもお祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、誰も悪い男だって言わなかったじゃない!」
私は大学受験が終わった解放感でそれなりな会社で事務補助のアルバイトを始めたはいいが、そこでその会社の社長に見初められ、とんとん拍子に結婚話へと発展したのである。
だが、結婚の為に休学届も大学に出してしまった今、こんな結果になってしまって休学中の大学へ戻るにも戻れないという身の上でもあるのだ。
下手に戻っても中途半端な時期すぎて大学に溶け込めないし、単位が足りないからどっちみち留年だろうし。
ああ!新婚生活を半年したら復学してなんて考えていた私の世間知らず!
結婚したら最初は二人っきりで過ごしたいね、なんて男の言葉を鵜呑みになんてして!
怒った所で自分が自分の事を考えていなかったというだけのもの知らずだったからいけないのだ。
誰のせいでもない、悪いのは自分だ。
がっくりとした私の頭は下がり、自分の身体を見下ろすこととなった。
結婚式その日の為に、私は食事制限として好物のチョコレートを止めて、筋力トレーニングだってしたというのに、と、きゅっと閉まっている自分の腰に惚れ惚れして少し元気が戻った。
「あの馬鹿男め。なにが、ミュゼリアこそ守ってあげたいふわふわの女の子だ。ふわふわの腹しているあの子よりも私の肉体美の方が良かっただろうに……さ。」
私は再びがっくりと頭を下げた。
すると今度は私の頭に巻いていたタオルがずり落ちて、ぼちゃんと湯船に落ちてしまった。
透明だったお湯は波紋をつくり、私のきゅっと閉まった腰をぐにゃぐにゃなものにした。
「――ふんわりしている女の子が好きなのに君は痩せてしまったって、あなたがぽっちゃりが好きだなんて知らないわよ。まあ、あなたのお腹もかなりぽっちゃりしてましたけど!」
結婚前の初めての夜を二人がチャレンジしたその日、すっぽんぽんになった私達二人、お互いの身体に幻滅し合って大げんかをして終わったという結果で終わったのである。
その二日後にあの馬鹿男はもう一人のアルバイト学生であるミュゼリアと結ばれ、私は婚約破棄をされたのである。
「まあ、いいけど。いいわよ。あんな男と一緒になるぐらいな独身で!大学復学できる半年後まで、親のすねをかじって遊び倒してやるわよ!」
私の脳裏に凄く嫌そうに顔を歪めた父の顔が浮かんだ。
父は薄給の普通のサラリーマンだった。
ガラ。
「ププル、あなたもお風呂に入りたいの?」
「いや、俺が入りたいだけだから気にしないで。」
美しい青緑の瞳を煌かせて気安い表情を浮かべて私に微笑んでいるが、あなた、誰?
マルファは「パパママ」呼びですよね、で修正しました。