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銀河通信  作者: 天水二葉桃
11/13

銀河通信 その11 Always Coming Home6

「フィン!」

 呼ばれて振り向くと、礼拝所で一緒に学んでいたマナだった。

「あれ、マナも来てたんだ?」

「うん。ねぇねぇ、それより、ここにナギ先生もいたのね。知らなかったよ!」

 いつになく親し気に話しかけてくる彼女に私は尋ねた。

「マナはナギを知っているの?」

「うん、少しだけナギ先生に教わっていた期間があったから」

「へえ、そうか」

 マナは私よりも年上だったので、彼がまだ礼拝所で先生をしていた頃のことを知っているようだった。

「ナギ先生に教わった子たちは、みんなここに来ているみたい。ナギ先生がここにいるって知らずにだけど」

「へえ」

「今から思うと、こうなること知っていたのかなあ、って思うところもあるけど」

「こうなるって?」

「私たちが自分から礼拝所を出て行くこと」

 私は彼女をちょっと見つめた。

「マナも出て行くつもりなの?」

「うん。私は故郷の町がまだ残っているし家族もいるけど、そこには帰るつもりないの。家族は私がシャンティとして生きることが正しいことだと思っているし周りもそうだから。それに家族に会いたいとか恋しいとかも正直あまりないんだよね。もともとあまり合わない人たちだったし。私は自分が生きたいと思う土地を自分で見つけるつもり。今からもう楽しみなの。毎日地図をみては夢時間で旅してみて土地探しをしているんだ。これからひとりでどこへでも行けるし行ってもいいんだ! ってわくわくしている」

「そうなんだ」

「それより、私、フィンにお礼を言おうと思っていたんだ。最初はなんて生意気な奴とか思ってたけど、フィンが癒しの仕事をするつもりはないって先生たちに宣言して、本当は私もそうしたい、したかった、って気づかせてくれたから。それから今はフィンのこと嫌いじゃないよ。好きってほどでもないけど」

「ありがとう。何か複雑だけど」

「うそうそ。今は好きだよ!」

「どっちでもいいよ」

「かわいくなーい。でもフィンらしいね。じゃあね!」

 マナは私の頬にチュッとキスしてから手を振って去って行った。

 そうか、マナはひとりでこれから自分の生きる場所を探して出て行くのか。

 なんだかそれもいいな。

 どこまでもひとりで気ままに流れて生きていきそうなマナの強い意志の瞳がきらきらしていたのを想いながら、私はちょっと彼女をまぶしく思った。なんだか綺麗だなと思ったのだ。

 くっきりとその輪郭を際立たせて、彼女は光っていた。

 ──これからひとりでどこへでも行けるし行ってもいいんだ!

 はじめから片割れのいないシャンティたちはその分、身軽だ。双子だからといって何か制約や束縛があるというわけではないけれど、気ままさ(私はそれでもずいぶんと気ままにやらせてもらっているけれども)自由さ(以下同文)は、自分だけの問題ではなく相手も巻き込んでしまうことになる(そしていつも巻き込まれているのはセイルなんだけど)。だから遠慮するってことでもないんだけれど、常にその影響を与え合っている存在を意識しているし、せずにはいられない。いいとかわるいとかではなく、ただそういうものと、そうではないもの、その差異はあるなと思う。

 でも、わたしたちはそれぞれ、ひとり。

 自分の人生に責任を持てるだけだから、双子だろうが、片子かたこだろうが、そうではないものだろうが、基本的には同じだけど。

 ナギに頼まれていた薬草を持って洞窟の中のナギの部屋に行くと、そこにはセイルがいた。

「あれ、セイル、みんなと帰らなかったの?」

「うん。今日はここに泊っていく。ここに来たみんなが協力してくれて、明後日まで僕は礼拝所の自室で熱を出して寝込んでいることになっているんだ」

「ああ、そうか。司祭様も先生方も協力してくれるだろうし、恐いものなしだね」

「まあね」

 セイルは楽し気に笑った。

「しばらくたいへんだったでしょう、お疲れ様」

「面白かったよ。それにギョクと交替で案内役をしていたし、それほどでもなかったよ」

「そうか、ならいいけど」

「ナギはまだ?」

「あ、うん。まだ長老のそばで手伝っているみたい。私はこれを部屋に置いておくように頼まれて持ってきたの」

 私は薬草のかごを台の上に置いた。

「ねぇ、セイルもしばらくナギのもとで教わっていたんでしょう? さっきマナに会ったんだけど、ナギに教わった子たちはみんなここに来ているって言ってた。それだけではなくて、ナギはみんながこういうふうにして礼拝所を出て行くことを知っていたみたいだったって言ってたよ。そうなの?」

 私が尋ねると、セイルはちょっと考えてから頷いた。

「うん、そうかもね」

「ふうん」

「ナギの授業は変わってて面白かったし、みんなに人気があったよ。他の先生たちが教えないことを教えてくれた。僕がフィンをかくまってもらう為にここを訪ねてきたのも、ナギならきっとフィンを気に入るだろうと思ったからだし」

「気に入られてはいるみたいだけど、壊し屋って、へんなあだ名もつけられた」

 セイルはあははと明るい声で笑いながら言った。

「それはいいね!」

「よかないよ」

 むすっとして私が言うと、セイルは楽しそうに笑った。

「なんで笑うの」

「だってフィンがやりこめられてるの、なかなか見ないから!」

 ちぇっ、面白がってる。

 こっちは面白くないけど。

 ぶすっとしている私に、セイルは笑いながら言った。

「ナギならフィンを絶対気にいるって思ってたんだ」

「よくはしてもらってるよ」

 むすっとして私が言うと、

「素直じゃないなあ! ナギみたいに認めてくれる先生に会ったことないだろう?」

「……認めて?」

「壊し屋って!!」

 げらげら笑いながらセイルは言った。

「ちょっと!! からかわないでよ!!! ひとのこと面白がって!!!」

 むかっとした私がかみついても、セイルは全くこたえていないかおでけろっとしている。

「ほんとにそう思うから言ってるんだよ」

「壊し屋って?」

 ぷっと噴き出してからのくせに、まじめぶってセイルは言った。

「死と再生の爆発的なエネルギーの星を司っている巫女としても、これ以上ないくらいの褒め言葉じゃないか」 

「もういいよ」

 なんだかばかばかしくなってしまった。

 セイルは天使のように微笑み(これがくせものなのだ)、

「犠牲的精神を美徳にして搾取し続けてきた支配の構造に、フィンは新しいエネルギーの風を吹き込んだんだよ。なかなか手を出せなかった病巣に、思いがけない形であっさりとね!」

 そう言って、私の額に軽くキスした。

 今度はおでこか。

「さっき、マナにもほっぺたにチュってされたよ」

 私がそう言うと、セイルは笑った。

「それぞれの魂の喜びに生きることが全ての生命や存在への貢献になるって、フィンはそのままを生きた証しだからね」

 そう言って私の手を取り、今度は手の甲にうやうやしく口づけた。お姫様扱いのように。そうしてにこにこしながら尋ねた。

「機嫌なおった?」

「もういいよってさっき言ったじゃん」

「はいはい」

「ちょっと、まるで私がだだこねてたみたいじゃないか。子ども扱いしないでよね」

「まだ子供じゃないか」

 からかうように言ったセイルに私が

「もう、いつまでも子供扱いしないでよね!」

 とかみついていたら、ナギがいつの間にか帰って来ていた。

「むきになるからセイルが面白がるんですよ。セイルもフィンを挑発するのはやめなさい。子供じゃないんだから」

「あ、ナギ、お帰りなさい!」

「待ちくたびれちゃったから、退屈しのぎにフィンと遊んでいただけですよ」

 そう言ったセイルに優しく微笑んでナギは「わかってますよ」

 もう、ナギったら。お気に入りだからってセイルに甘いんだから。

「でもセイルは年長者風吹かせすぎだよ。確かにセイルのほうが年上だけどさ」

 私が文句を言うと、セイルは笑った。

「悪かったよ。初めて会ったときの可愛い小さいままのフィンのつもりでつい接してしまうのには、気をつけるよ」

 そう言って、天使のように優しく微笑む(これがくせものなのだ)。自分の魅力をこころえているだけに、この優し気な微笑みにみんながころっと気を許すってわかってやっているんだから。まったく。悪意や悪気がないだけに、いつのまにかセイルのペースにのせられているのだ。

「のせようとしてもだめ!」

「なんだ、だめか」

 あっさり軽く言って、セイルはにこにこしてる。完全に子ども扱いだった。そう、セイルはどこまでもセイルだった。変えようとしてもムダ、ということを今更ながら学んだ私は、自分も人のことを言えないのだった。ううむ、手強い。さすが双子の兄。なかなかやる(?)。

「引き分けにしておきましょう」

 そう笑ってナギがナイスタイミングで声をかけたので、私たちはそこで小競り合いを終了した(といっても、むきになっていたのは私だけで、セイルはひょうひょうとしてどこ吹く風のままなんだけど)。

 対になる星の地図の持ち主である双子の片割れとして引きあわされたときから、セイルはいつも優しい頼りになる兄としてそばにいたけれど、私が礼拝所を出てからは少し離れていたので、私のほうが変化したのかもしれない。小さな子供の頃の年の差は大きいけれど、今ではもうあまり関係ない、とでも言いたいんだろうか? なんだか私は、セイルが今までのように自分を子供のように扱うのをやめさせたい、と思っていた。なんでかな? 反抗期(私はいつでも反抗期みたいなものだったけど)??

「お茶でもいれましょうか」

 ナギは薬草のかごからいくつかの葉を取り出して棚から出したお茶の葉と混ぜ合わせ、小鍋で水を沸かし始めた。

「ねえ、ナギはこうなるって知っていたの?」

 私がナギに尋ねると、ナギはにこっとした。

「それぞれの意志でそれぞれが礼拝所を出て行くことになるということですか?」

「そう」

「いつかそうなるだろうと思っていただけです。でも、自分が生きている間にこうしてそれを手伝えることになるとは思っていませんでした。それに、それはあなたたちも同じではありませんか? セイルから託宣の時に一緒に色々とみていることを聴いていますよ?」

 セイルも同意するようにして私に言った。

「フィンだって知っていたじゃない?」

 礼拝所に町から色んな人たちが託宣を求めてやって来ると、夢時間に入って託宣を下ろすのがシャンティの仕事だった。私たちはそれぞれひとりでそれをするけれど、双子のシャンティは夢時間に入ると互いにそこで同時に情報をやり取りもするので、互いに同じものを共有する分、一人で夢時間の情報を読み取るシャンティの倍くらいの情報を常にみている。それらを読み取り、翻訳するのには個々人の能力差はあれど、同じものを見てはいるので、セイルがアクセスしている情報も、私がアクセスしている情報も、同時に互いに知っているのだった。

「──司祭階級制度が壊れるって、あれ? このことなの?」

「これは単に始まりに過ぎないけれど」

 セイルがそう言って、ナギが後を継いだ。

「壊れるべきものは壊れていく、それは自然の法則なのでいずれそうなる──わかっていたでしょう?」

「あ…、はい」

 私がそう言うと、ナギはにこっとして「私も同じです」

「でも、あれはセイルが託宣に入るときに見ていたものだよね?」

 私がそう尋ねると、セイルは頷いた。

「託宣では、変化に適応する──それを支配したり制御しようとするのではなく、変化の波に乗る──すべてのひとの共通課題だけを伝えることに変わりはないんだけれど、僕が色々な人や物事を見るうちに自分が興味をもっていたこともあって、より具体的に見ていたのかもしれない」

 それって──その瞬間に私が感じたことを言葉にする前に、ナギがすっと言葉にしてくれた。

「フィンはあなたが感情移入をしているのではないかと心配していましたよ」

 そうそう、それ。ナギ、ありがとう。

 そう思いながら私がゆっくりと頷くと、セイルは私とナギを見て、ちょっと苦笑した。

「ちょっとのめりこんでいたかもしれません。誰かに同情すると言うより、何故そうなのかに関心をもって自分から入りこんでいったようなものだったので自覚がなかったのかもしれないです」

「必要以上に関心をもってしまうのも心身に影響を及ぼすので注意が必要ですよ」

「そうですね、気をつけます」

 あっさりと認めたセイルになんとなくほっとしながら、私は彼らのやり取りを見ていた。

「僕は色んなひとたちや物事を見ている内に気づいたんです。彼らが抱えている問題や様々な事情が絡む物事の奥に、いつも支配・操作・搾取の問題が必ずあって、それは誰が何がというより以前に構造上の問題でもあるということに。構造上の病のようなものだということが見えてきたんです」

「支配構造自体が病巣」

 ナギが端的に言うと、セイルはきっぱりと言った。

「そうです」

 しばらくナギはセイルをじっと見ていたけれど、軽く息をついて言った。

「似たような見解に至ったのでわかります」

「ナギならそう言ってくれると思っていました」

 セイルは笑って言った。

「それは私には、ちょうど癌細胞のようなものに見えます。癌細胞はその微小環境のなかで周囲の細胞を自らの支配下に入れて制御していくように、細胞同士のコミュニケーションのためのパッケージに色々なものをつめこみ、血流のネットワークに乗ってあちこちへと遠征していきます。人間の社会で起きている事象や問題それ自体が全ての生命や存在全体に与える影響は、ちょうどこの癌細胞の働きに似ているからです。

 有機体のなかに包摂されているそれぞれの細胞にはそれぞれの役割があります。それは自律的に働きながらも全体に貢献しています。その仕組みには人間が知ることができる以上の様々なバランスがあります。それぞれの固有のリズムがそのままもっとおおきなものに包摂されて存在していること、そのありのままを尊重することが、本来の健全な全体のおおきなリズムやバランスに貢献することになります。支配することはそのバランスを崩すことでもあり、それぞれの固有のリズムを阻害すること、侵害することだからです」

 私はセイルと違って医術の授業ごとすっぽかしたので、ナギの言うことを全て理解することはできないけれども、でも、魂の仕事をするシャンティとしての観点からは、理解することはできた。魂の進化の構造にあてはめてイメージしたからだった。

 宇宙のおおきなリズムのなかの、それぞれの私たち。私たちがそれぞれ持つ固有のリズム。固有の振動数はそのまま、全体のおおきなリズムのなかで《あるべきもの》として存在している。それは同時に、自律成長進化型ソナー(sonar⦅超⦆音波探知機)みたいなものでもある。人間の浅薄な思考で理解したり支配したり制御できるものではないのだ。羅針盤になるのは、それぞれの魂の喜び。その選択。それが宇宙全体への貢献となるから。

「ナギが言うように、まさにコミュニケーションでやりとりされる情報パッケージのなかに、支配構造を誘発するあらゆるものが入れ込まれています。

 それは情報の真偽詳細をみていくよりも、そのなかに支配構造があるかどうか、支配・操作・搾取のシステムがあるかどうかを見て行けば、わりと簡単に識別できます。支配構造を維持するために創出された価値基準に組み込む何らかの意図がそこにあるからです。

 それらは、そのひと個人の感覚を束縛し、制御しよう、支配しようとしています。

 支配のために創出された価値基準の中の優劣や貴賤きせんを刷り込み、本来のそのひと固有の感覚を撹乱かくらんし、麻痺させて、その狭い支配階層構造の上方を目指して自ら囚われ、互いに競い争い搾取し合うように仕向け、隷属れいぞくさせてしまうのです。

 感覚は魂の喜びにアクセスする最も身近な羅針盤だから」 

 お湯が沸騰したのでナギは小鍋を火から外して、そこに薬草とお茶の葉のブレンドを入れた。清涼感のあるハーブの香りがあたりにふわっと漂い、私はその香気を楽しんだ。

 ああ、いい香り。私、この香りすき──なんだか新鮮なすっきりした気分にさせてくれる──新規蒔き直しプロジェクト☆ブレンド と私は勝手に命名した。

 素焼きのコップにお茶を注いで、ナギは私とセイルにわたしてくれた。

「ありがとう」

「いただきます」

 ナギは自分の分のお茶をコップに注ぎながら私たちに言った。

「変化の波は思ったより速くそして大きいようです。あなたたちは、自分の魂の喜びのために生きていることを忘れてはいけません。誰かや何かのために犠牲になる為にあなたたちの力を使うのではなく、自らの魂の喜びに沿って、それを羅針盤にして生きていくのです。それぞれに必要な課題があることを忘れないように。それぞれの在り方を尊重することです」

 私とセイルは熱いお茶をすすりながら、黙って頷く。

 それを確認してナギは微笑んだ。

「だいじょうぶです。あなたたちは宇宙のリズムに乗っています。自分をもっと信頼することです」



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