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誰かが思い出すその日まで。

作者: 小隅 東花

Side 友人A

 その少女の印象を聞かれたら、”いつか消え入りそうな雰囲気のある子”と答えるだろう。別に存在感がないわけでも影が薄いわけでもなく、他の人に聞けば友達も多く話してみれば明るくよく喋る子だった、と言うだろう。でもなぜかその当時俺はそう思ったんだ。

 別に対して仲の良いわけでもなかった。ただのクラスメイト程度。でも俺の親友のSはある日突然仲良くなっていた。友達になっていたのだ。

「あれ、お前らそんな仲良かったっけ?」

最初はその程度だった。でもそのうち俺の親友は彼女のことで悩み始めた。明るく取り繕っているようでも何か隠してあるのは分かった。

「ねぇ、Sとなにがあったの。」

だから俺も知ろうと思った。彼女が親友にとってなんなのか。

「何もないよ。なんで?」

出た。それ。なんでそんなに遠くを見てるようなんだよ。むかつく。

「別に。」

だからつい八つ当たりのようなものをしてしまった。決してそんなつもりではなかった。ただ、親友が落ち込んでる理由を知りたかった。それなのに俺は親友がとられたような気持ちになって多分嫉妬してしまったんだ。親友とは小学校の時から一緒だった。だからぽっと出の女なんかに親友を譲る気はなかったが、親友が幸せならそれでいいと思っていた。だが親友は悩んでいた。俺は思ったんだ、そのうち親友も消えてしまうんじゃないかって。

 その後俺が彼女と話すことはなかった。親友も悩んでいる様子がなかったので俺は安心していた。でもきっと俺はその時から心のどこかでは気が付いていた。”このままでいいのか”って。日常に戻っただけなのに何か感じていた。今考えてみるとあの時親友は彼女の話をしなくなっていた。俺も話題には出さなかった。何か失いそうな気がして。そうやって俺が考えているうちにある日突然、彼女は消えた。

 別にすっと姿が消えたわけでもなく親の都合による転校だった。彼女はむしろそれが当然であるかのように、前々からわかっていたかのようにいなくなった。だが俺の親友は不自然なくらい普通だった。彼女と出会う前のようだった。言い換えるならばあの期間を、彼女と仲の良かったことを忘れてしまっているようだった。俺があの時何か言っていれば何か変わったのだろうか。

 そして彼も消えた、あの時の彼女のように。俺が恐怖していたように。

高校卒業後俺たちは別々の大学に進学し、それぞれ忙しい生活を送っていた。だから気が付かなかった、あの消えてしまいそうな雰囲気に。予兆はあったかもしれない。最後に会った時、彼は別れ際ありがとうと言って笑っていた。俺はお互い酒に酔っていたし、酔っ払いの戯言だろうと思っていた。考えてみればあれは彼なりのさよならだったのかもしれない。そう思いながらも、もうどうすることもできない。俺が守りたかったものはもうない。守れなかった。俺もあの時の彼のように忘れてしまうのだろうか。だからこうして手記に残そうと思う。もう名前も顔も思い出せないかつての大切な人を忘れないために。俺が誰かを思い出すその日まで。

                手記 A





Side 関谷

 梅雨によりじめじめした空気と好きでもない雨が毎日降り注ぐ中、俺は何もない日々を過ごしていた。何もないからといって不満があるわけでもないが。

「慎之介ー!課題忘れたー写させて!」

こうやって、友達がいないわけでもひどい親がいるわけでもない。それなりにいい人生だと思う。

「おい、授業始めるぞー!席付けー。」

「やべっ。ノートありがとな!」

「おう。」

しかし俺の中では決定的に何かが足りていなかった。

「出席番号三十番一行目読んでくれ。」

「はい。春はあけぼのようよう白くなりゆく山際...。」

あの時の俺の彼女への印象は何もなくただのクラスメイトというだけだった。だが、この日を境にそれは一転した。


 その日なぜか俺は回り道をして帰った。いつもの道上工事していたのか、ただ通らなかっただけなのか思い出すことはできない。雨は上がっていたが六月のじめじめとした暑さがあり、避暑地である家を目指しながらだらだらと一人で歩いていた。その時なぜだかわからない、神社の前を通った瞬間誰かに呼ばれたような気がして振り向いた。普通ならそのまま素通りするものを、なぜか俺はその神社へと続く階段を上っていた。するとそこに広がっていたのは人々に忘れられた神社ではなく、クラスメイトの少女と人型をした何かだった。その瞬間俺は美しいと思った。なぜそう思ったのかはわからない。ただ、彼女の纏うその雰囲気が何か違う世界のもののような気がして。以前友人のAは彼女を消え入りそうな雰囲気と言っていたがそれが分かったような気がした。

「え、古畑さん?何でここに...。というか何それ!」

「なんだその者は。私が見えているのか?」

「しゃべった...。幻覚?なにこれ。」

人型をした何かは人の言葉をもしゃべった。一瞬人間かと思ったが、その何かは浮いていた。顔に布のようなものをつけ空中で胡坐をかき、確かに浮いていた。俺は見てはいけないものを見てしまったのだろうか。すると、ずっと黙っていたクラスメイトの古畑が口を開いた。

「駄目だよ。こんなところに来ちゃ。」

一瞬だった。彼女がそう言って、何か呪文を唱え始めたと思いきや気が付くと俺は階段の下に戻っていた。

 夢だったのだろうか。夢だといわれてもすべて納得のいくようなものを見た。それとも彼女は現実でもう一人の何かも人間だったのだろうか。

 次の日の学校では彼女に何事もなかったかのように接せられた。本当にすべて見間違いだったのだろうか。いや、少なくとも彼女自身は本物だったはずだ。もう一度確かめてみよう。今日もいるという確証はなかったのにそう思った。

 階段の下につくと何とも言えない緊張が俺の中で走る。でもきっとこのまま見に行かなくても気になってしまうだろう。何をそんなに緊張しているのかわからずに階段を上る。上りきった先には、昨日と変わらない景色が広がっていた。正確には少し違うが俺を待っていたかのような雰囲気以外は何も変わらなかった。クラスメイトと人型のような何か。やはり夢などではなかった。

「なんで覚えているの?記憶は消したはず。」

記憶を消した?何を言っているのだろうか。

「ふむ。面白い。少年、名は何という。」

「関谷慎之介。」

「我が名は現人ノ神だ。そなた我が見えるのだな?」

神?神って名乗った?俺は頭がおかしくなったのだろうか。

「関谷君が頭おかしくなったわけじゃないよ。」

彼女は俺の心を読んだかのようにそう言って笑った。

「この人はこの神社の神様。私はこの人の手伝いをしているの。」

「なんで古畑さんが?」

「それが私の仕事っていうか使命だから。」

上手にはぐらされた気がするのは自分だけだろうか。俺はなぜその手伝いを”古畑が”やっているのかを聞きたかった。第一そんなことを言われてもいまいち信じられない。

「手伝いって具体的に何をするの?」

「ここに参拝に来た人の願いを叶えたり、この周辺で悪さをしている妖を倒したりしてる。」

「なるほど。」

なるほど以外に言葉が出てこなかった。まだ状況をしっかり呑み込めなかった。そんな非現実的なことをすぐに呑み込める方がおかしい。

「そうだ。おぬしも手伝え。」

「は!?」

何を言ってるんだこの神は。手伝う?そんな誰にでもできることじゃないだろう。

「まあそうだね。そうしたら私の仕事も減って楽だし。」

そんなのでいいのか、神様は。

「お願い。この辺神社ここしかないから大変で。」

ここで断ったら神様に呪われたりするのだろうか。

「ちなみに、これ断ったら...?」

「災いが降りかかるね。」

災いなんて怖すぎる。古畑さんからの圧もすごい。俺が頼まれたら断れないのも神は知っているのだろうか。とはいっても自分自身何もない生活に飽き飽きしていた。ここで受けたらきっと少しは刺激になる。受けてみるのもありな気がしてきた。

「わかった。手伝う。」

その瞬間布に覆われていて、見えないはずの神様の口元が笑った気がした。


 それから俺は神様の手伝いとなった。出来るのはまだ境内やお社を掃除するくらいだが、大分この異様な光景にも慣れてきた。

「古畑。こっち終わったよ。」

「...こっちも終わった。」

古畑はやはり何とも言えない美しさがあって。特別美人というわけでもないが(だからといって不細工なわけでもない)そういう雰囲気を纏っていた。

以前と比べると俺たちは格段に仲良くなったと思う。学校でもよく話すようになった。友人には

「あれ、お前らそんな仲良かったっけ?」

とまで言われた。古畑は明るくよくしゃべる奴だった。放課後は一緒に過ごす時間が増え、そのうちこの手伝い以外にもテスト勉強などもするようになった。気が付けば多分俺は古畑を好きになっていた。だからと言って何か行動を起こすわけでもなかったが以前とは比べ物にならないくらい俺はこの生活を楽しんでいた。

「私には何もないからなぁ」

そういった彼女に俺がいると言ってあげたかったが、なぜか口に出せなかった。

 そんなある日だった。紅葉が散りゆく中、彼女に

「もう神の仕事や私たちに関わるのはやめて。」

と告げられた。最初は意味が分からなかった。俺は勝手に古畑もこの生活を楽しんでると思っていたのは違ったのだろうか。

「え、いきなりどうしたの古畑。」

「迷惑なの。もう話しかけないで。」

わからなかった。彼女がそんなことを言う理由が。

「俺なんかした?」

「違う、違うの。ごめん。」

そう言って彼女は階段を駆け下りていった。

 次の日、学校で古畑に話しかけようとする度に避けられかわされた。ついこの間まで仲の良かった女の子にましてや好きな人に急に避けられることが素直に悲しかった。

 そうして何も話さないまま日々は過ぎ去り冬になった。俺は段々と話しかけることもなくなり、以前のような生活に戻っていった。ただただ前の生活に戻っただけなのに俺はどこか喪失感を覚えていた。何もなくしていないのに。

 その後、クラスメイトの転校など色々あったが無事に二年生を終え三年に進級。あっという間に時間が過ぎ去っていき、気が付けば俺は都内の大学生になり二十歳を超えていた。

 その日、たまたま実家に帰省していた。懐かしい地元に時の流れを感じながら高校時代の通学路を無意識に歩く。三年間歩き慣れた道のはずなのに気が付くとなぜか俺は通学路を外れていた。そこは初めて来た道のはずなのに見覚えがあった。何か忘れている気がする。俺はそう思った。周りを見回しても神社以外特に何もない道。...だがその神社が何か気になった。恐る恐る石畳の階段を上っていく。上りきるとそこにあったのは...ただの神社だった。俺の気のせいだったのかもしれない。これより先がない以上そう思うしかなかった。帰ろうと振り返った瞬間...何かが聞こえた。目を閉じ耳を澄ませた。”関谷君”誰かがそう言った気がした。いや、確かに聞こえた。すると勝手に口が開き名前を呼んだ。

「古畑。」

「そうだよ。関谷君。久しぶりだね。」

…どうして俺は今まで忘れていたんだろう、こんなに大切な人を。涙が頬を伝った。ただひたすらに嬉しかった。あの時と同じように彼女の名前を呼ぶことができて。

「ごめん。なんで俺忘れてたんだろう。」

「それは私が神になったからだよ。」

「神?神ってあの神か?」

「そう。私はあの時、神の見習いとして神を手伝っていた。神は見習いを育て神にしなければならない。でも、神になると人間としての自分を捨てなければならない。人間としての自分を捨てると周りの人々の記憶からは消える。だからあの時、関谷君は忘れていたんだよ。」

それじゃあ、あの時俺は古畑が忘れられてしまう手助けをしてしまったのか?

「そんな。じゃあなんで今俺は思い出したんだよ。」

「それは関谷君が次の神に選ばれたからだよ。」

「次の神...?」

「そう、次の神は時期が来れば今の神に一番近しい存在から選ばれるの。ごめんね。せっかくあの時遠ざけたのに。最後は結局こうなっちゃった。」

あの時と変わらない笑顔で悲しく笑う古畑。

「いいよ。俺はこれから古畑のそばにいられるなら何でもいい。俺はきっとこのまま古畑を思い出せないほうが後悔してた。だから、大丈夫。」

そうだ、俺は古畑を忘れたままのうのうと生きていくほうがよっぽど嫌だ。古畑への気持ちはあの頃のまま何も変わっていない。

「ありがとう。関谷君。」


 その後、俺は神の見習いとして修業しながら、東京に戻り消える準備をしていた。消えるときは不自然にならないように環境を整えるらしい。大学に退学届も提出し一人暮らしをしていた部屋も引き払い、長年の友人に別れの挨拶をした。

「本当に後悔はない?」

「あぁ。もう何もないよ。」

「じゃあ、行こうか。」

誰かが俺を思い出すその日まで。



Side 古畑

 神。神になればどんな願いも叶えてくれるというがそれはそんなに便利なものではない。その代償は大きい。私の兄は数年前大学進学を機に家を出て、帰ってきたと思えば神とやらになっていた。神となって帰って来た兄は兄であったはずの人はすっかり人が変わってしまっていた。そうして私はめでたく神見習い。神に逆らえば災いが降りかかるという謎の言われにより断ることもできなかった。神になると存在が消えると後から聞いたときは流石に逃げようと思ったが、階段を駆け下り道路に出た瞬間車に轢かれ、あえなく入院。災いを体験し、諦めて見習いを再開していた。そんな中出会ったのは同じクラスの関谷慎之介君。普通は見習い以外の人間には神は見えないそうだが、関谷君にはなぜか見えていた。さらに何故だか記憶の消えない関谷君。そして気が付けば神の発言により、関谷君が手伝いに加わった。最初は私も少しでも楽になるならと思っていた上に、関谷君とたくさん話をするのは楽しかった。同世代の友達とはやはりどこかでいつか忘れられるならと思っていた手前しっかりとした人間関係を作って来なかった。ただ関谷君はその気持ちを忘れさせてくれた。だが、ある日気が付いた。いや前々から気が付いていたのを気が付かないふりをしていたのかも知れない。その瞬間考えは一変した。

「なんで関谷君なんて入れたの?何にも考えなしにあんたが一般人入れるとは思えない。」

「ははっ。お前、気が付かずに承諾したのか?あれはお前の次の神にするためだ。」

やはり。おかしいとは思っていた。見習い以外に執着しない神が人間に興味を持つなんて。その日から私は関谷君を遠ざけると決めた。私が巻き込んでしまった。あの時私が止めていれば。

 「ねぇ、関谷となにがあったの。」

関谷君の友人に聞かれた。今この人に話せば確実に関谷君は次の神になってしまう。だからこそ私から、神から遠ざけなきゃいけない。

「何もないよ。なんで?」

そう答えた。

「別に。」

彼は納得していないようだったが、彼を巻き込むよりずっといい。そう思ってその後も避け続けた。

「お前本当にこれでいいのか?」

「うるさいあんたが巻き込んだくせに。」

「まぁ、どうせみんなお前のことなんて忘れる。」

そうだ、私が消えればどうせみんな忘れるんだ。結局私には何もないし何も残らない。

「そういえばお前願いは決まったのか?」

「そんなのもうない。私の願いは一番大切な人に憶えていてもらうことだったから。」

「そうか。それはもう叶えられないな。」

「...いこう。」

もうここには何もない。友達もいない、思い出もない、私もいない。だから行こう、誰かが私を思い出すその日まで。

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