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零式艦上戦闘機23型  作者: 通りすがりの野良猫
22/25

大連防空戦開始

大連が日米対ソ連の戦闘の焦点になります

満州の防衛戦が佳境に入るにつれて最も重要な緊要な地域は大連となった。

ここはもともと日本海軍の根拠地であり、満州の海の玄関だった。

大阪商船が神戸から航路を開いていたのだ。

先の大戦とちがい今度は、しょっぱなから日本海側の満州直行の航路は

ソ連軍の攻撃圏内であり、第二次日露戦争開戦時から空襲にあい羅津などで

は20隻ちかい商船が撃沈されたりしたのだ。


それと比べたら、朝鮮半島を隔てた大連は防御しやすいことからも重視される

ようになったのだ。

釜山まで関釜連絡船でいき、そこから朝鮮半島を北上する手もあるが、こちらは

開戦後、ソ連の影響下にある、便衣隊の襲撃を受けるようにもなってきたのと、

やはり輸送量の問題から、大連航路のほうが重視されたのだ。

さらに海上輸送を活用できることから、航空機の中継地として活用されたのも

見逃せない。

先にも述べた通り本土にて再整備された日本軍機はここに集積されて前線に投入

されたのだ。


そしてこのことはたちまち、ソ連軍の諜報網に探知されてソ連空軍初の本格的

戦略的航空作戦の開幕となったのである。


作戦名ウラジオストック。

これは地名のようだが、これだけで「東を征服」の意味があるのだ。

満州の戦いの重要拠点を空襲し、陸軍の満州制圧を支援する大規模なソ連

空軍始まって以来の航空戦の名称としてふさわしいものであった。


この主力は、皮肉にも満州でソ連地上軍の攻撃にあたるB29のコピーのTu4

である。

それに支援にあたるPe2などの爆撃機、満州国内に進撃した地上軍の後を

追って前線に展開してきたYaK7などの戦闘機の援護を受けての堂々たる

爆撃作戦である。


しかし、戦場での攻撃作戦や首都モスクワ防空戦などの経験はあっても

このような攻勢的航空戦の経験の乏しい空軍には、荷が重いのだ。

とはいえ、これを命じたスタフカとそのてっぺんにいるスターリンには

逆らえない。

モスクワの第23航空機工場から出荷された機体は、多少の不具合個所を

かかえつつも、ウラジオストック近郊の飛行場に展開して整備される。


発動機シュベトフAsH73TKはアメリカのR3350が開発の際に苦労して改修

した個所も修正済みであり、それなりの技術のあるソ連であるから

大きなトラブルもなく運用されている。

ただ中央火器管制装置だけは難渋したものである。

それほど、GE社製のこの装置は当時としては高度なシステムだったのだ。

興味部深いのはその銃塔にその後何年もわたって使われる23mm機銃が

装備されたこと。

B29のM2機関銃と同じ個所に一回り大きな23mmを搭載するのには

スペースなどで困難だろう。

また、弾薬の搭載などでも重量の違いがあるから搭載数なども加減しない

と重心位置を守るのも苦労しただろう。

そのためか、当初の大連空襲に来た一部の機体はまだB29の誇る中央火器管制

装置は完全な形でコピーできておらず、有人の尾部銃座のみ火器を装備し

実戦投入されている。

これは一例であり、初期の機体は多くが不十分な個所を持ち越しながら

投入されたという記録がある。


さてこのTU4の実戦記録と、公式に発表されている初飛行の記録が矛盾して

しまうが、公式なロールアウト、初飛行の記録は実はすべての装備が完了し

た初の機体のロールアウトというもので、先行量産型はこれをカウントして

いないので注意が必要である。


ソ連空軍も他の空軍に倣ってか、まずは無武装に近い偵察機を先行して送り

こんできたので、まずはこれがウラジオストック作戦の第一弾となった。


爆装もなく比較的簡易な偵察装備だけ施して、アメリカのF-13に近い任務に

ついている偵察型が単機でウラジオストック近郊から発進して大連を目指す

これを最初に探知したのは、満州国軍の1式戦であった。

この操縦士は、以前、B29迎撃戦に参加した経験から、むやみに接近せず

「敵大型機1機、、浦塩方面から西南西に向かう、高度9000、速度約

400km」と連絡をする。

幸い基地付近にいたため、無線の情報は直ちには大連飛行場に転電された。


この知らせで基地で迎撃機の発進準備がかかる。

こちらを狙う大型機ならば、彼らがコピーしていると情報にあった、

B29の模造品だ。


ここまでは大戦中と変わらぬ様子だが、ここからが違う。

掩体壕に入れられていた戦闘機が引き出されて、発動機の始動にかかる。

周囲の安全確認後、整備兵が2人がかりで慣性始動機のハンドルを回し

操縦士が操作すると、たちまち発動機は力強い回転を始める。

油圧、筒温も上がりプロペラの回転も安定していく。


そう内地で整備された各機は見違えるような状態を示している。

今目の前にいる紫電改など、あの難物だった誉発動機のままなのに、

快調に回っているのだ。

大戦末ならば、10機いても2割程度しか使えなかったのに、今

ここではほぼ全機快調である。


誉発動機は、軽量かつ大馬力を狙った発動機であったが当時の日本の

発動機の技術からは少々無理のあるところの発動機だった。

戦時中の不具合の見ると、排気の炎色不良、回転不良、異常振動、

始動困難 さらにプロペラの不具合と様々なトラブルがあったのだ。


それも今は昔。

発動機関連だけでみても、再整備してアメリカ製の性能の安定した補機

に交換されるわ、戦時中は良いものがなくて苦労した部品類、(点火栓、

電纜、ホース、高圧油配管の接手金具、パッキンなど)も米軍の普通の

部品に交換したうえ、さらに米軍仕様の質の高い潤滑油、高オクタン価

の航空燃料を供給されているのだ。

整備兵も再度、集合教育を受け直し、十分な経験を積んだ。

そのおかげでたちまち、全機出撃完了である。


たかが1機であるが、この浦塩からのおそらく偵察機の迎撃は、今後の

航空作戦に大きな影響を与えることになろうから確実に捕捉したいのだ。

なんとしても無事に返すわけにはいかない。

それは先の本土空襲でさんざん味わったことだ。

大戦末から海軍航空隊の基本的な編隊として採用された2機一組の編隊

で合計16機が離陸していく。


編隊には地上から刻一刻と敵機の動向が入る。

無線電話の性能も大きく改善されたことの一つ。

地上に設置された電探はアメリカ製で、あちらの熟練したオペレーターが

追尾して、その状況を体勢盤に表示して、的確に誘導する。

かってマリアナ沖でわが攻撃隊がひどい目にあったのを立場を逆にするこ

とである。


4機ずつ分れた紫電改は、連続した正面攻撃で敵機の機首を狙う。

これだと、こちらも射撃時間が短くなるが装甲のない機首を攻撃すれば例

えB29ですら撃墜できるからだ。

また機首の気密室を破損させれば高度を落とさざるを得ないから、容易に

捕捉できるのも狙いだ。

電探からの情報でそろそろ見えてくるころ、と見る間に見慣れた4発機が

見えてくる。


最初に隊長機の直卒する編隊の4機が一撃をかける。

敵機も射撃するが、やはり正面からの攻撃は相対速度が速く、なかなか

捕捉できず有効な射撃が難しいようだった。

その点、こちらはさんざんB29対策で苦労した経験が生きている。

こちらの搭乗員は例の第343航空隊での経験があるものが多いのも強みだ


この結果は隊長の編隊に続いてわが編隊が攻撃した段階で明白になった。

徐々に敵4発機は高度を下げつつある。

操縦席をぶっ飛ばしたとしたらもっと急な降下になるもんだが、徐々に下げて

いくところはどうやら気密室の破損が大きいのだろう。

隊長からの指示で、前方からの降下攻撃を第三編隊がかけたところで大きな

炎を引きながら更に降下して雲の中に落ちていった。

さすがにこれは撃墜確実だと、自分たち同様考えたのだろう、隊長から

帰還命令が来た。


その日はわからなかったが、後に主翼が折れた大型機の残骸が発見され、

わが隊の初戦果となった。

そしてこれが大連上空攻防戦最初の戦果となったのである。


Tu4はB29のコピーですが幸い?なことに実戦には投入されず

実力は不明です。

実際どうだったか。

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