追浜飛行場にて
とりあえず、零式艦上戦闘機23型のアウトラインを考えました。
昭和17年6月、ミッドウエー海戦がかろうじて、日米の痛み分け
に終了したある日のこと。
神奈川県横須賀市の追浜飛行場で海軍航空技術廠の飛行実験部の
搭乗員と、打ち合わせに来ている三菱重工名古屋航空機製作所
の技師との会話である。
「いかがですか?使えそうでしょう?」
彼らの前には液冷発動機を装備した流麗な曲線に包まれた単座戦闘機
が静かに佇んでいる。
「こいつが例のドイツ海軍から要求のあった液冷発動機搭載の零戦です。
ドイツ海軍の初の空母向けの艦上戦闘機として使うとか。
海軍でも興味を持たれて評価していただけるそうですな。」
「火力が向上しているところから、あのB-17なんぞの大型機にも有効だろう
ってことでね。
ところで型式はどうなるのかな?」
「まだ海軍で制式されたわけではありませんから仮称ですが、21型からの改造
ってことで23型って現場では言ってます。」
「火力強化はありがたいが、聞くところでは、重量増加により、運動性が低下
しているとか言ってるけど、大丈夫か?」
「いうのもなんですが、仕方ないですよ。
液冷発動機搭載ってことから、従来の発動機周りに冷却系統も追加されているのです。
特に冷却装置の配置が難しくって。
下手に機首に装置をつければカーチスのP-40、ユンカースのJu87みたいに
かさばって空気抵抗もばかになりません。
かといって、Me109みたいに主翼に冷却器を仕込むような改造は今更できません。
いろいろ検討して場所的にはマシ?な後部胴体下面につけたのですが、そこまでの
配管を追加するための重量とか必要ですからね。」
「わかってるけどね。
そもそも12試艦上戦闘機からして無理な要求の積み重ねだからね。
俊敏な運動性を求める、艦隊の防空や攻撃隊の援護にあたる機体に、大陸での戦訓から
長距離性能まで要求されているからね。
そりゃアメリカみたいに馬力が出て、油漏れとか気にせず、気分良く働く発動機を開発、
量産してくれてりゃ、少々の燃料を余計に積んだりしても重量増加に目くじら立てなくても
安心だろうが、、、。
でも今の日本にはまだ戦闘機に向いた航空発動機は少ないだろう?
中島の栄、そちらの瑞星、そしてちょと大きめの金星、とかかな。
大馬力の火星だったかになると、正面面積でかくなるものな。
中島がやってるとかいう、栄の二重星形なんて形になるのもまだ先だろう。」
「そうなんですよ。現時点では大馬力、正面面積の小さい戦闘機向きの発動機なんて
液冷発動機そのまんま、なんですよ。」
「わかるけど、うちの現場の整備とも話したが、ここしばらく第一線の戦闘機で液冷
発動機は触ってないし、それにこれほど高度で精密な機構の
やつは、うまく扱えるか
心配してたぞ。」
「ええ。正直言うと自分も、まともな戦闘機向けの液冷発動機なんて鹵獲されたP-40の
アリソンや、例のアツタだけです。
アツタなんですが、いつかこいつを零戦に積めたらって思っていたんですよ。
それにです。艦上戦闘機は空母搭載の数とかから考えてそれほど多数作られる機体で
はないでしょう?
大陸での作戦っていってもそれには陸サンの戦闘機がちゃんとありますから。
多少機構的に複雑でも、性能重視でいけますよ。はや
「まあ、前線飛行場でどうこうなんて機体ではないから、大丈夫、ってとこか。」
「ええ液冷発動機を搭載した以外は可能な限り、変更ないようにしてますから。」
「具体的に、動力艤装以外の変更点はどんなもんかね?」
「実機で見てもらうのが早いですね。
機首から順にみてもらうと、プロペラ軸に穴がありますね。
クランク軸の中心にいわゆるモーターカノンとして20mm機銃搭載予定です。
あわせて機首の7.7mmは発射速度などはともかく弾が小さいため、効果
少ないってことから13mm機銃に変更です。
これは従来のビッカースやホッチキスと違いドイツ製でMG131といいます。
コンパクトな機銃でドイツのメッサーシュミットも搭載しています。
ただ、わが国で使うときはモーターカノンの経験がほとんどないため、23型を
同じようにできるかはわかりませんが。
実はこの発動機は陸軍が評価に購入した5機のMe109のうち、主脚の不具合で破損した
機体の発動機を融通してもらったものです。
ドイツでもまだモーターカノンは振動などの問題からか、うまくいかないようで、
機銃架はついてますが、まだ機銃は装備されていませんでした。
つぎに操縦席まわりです、見ての通り風防は同じです。
計器、通信機はドイツで量産の場合は自国製にするそうです。
まあ、零戦の照準器などあちらのコピーですから、妥当な選択と思います。
そういや、ドイツ海軍の操縦士が試乗したときは風防からの視界がいいのを褒めていた
そうで。
ほか、あちらの要望で量産時には防弾鋼板を追加するとのことでした。
主翼ですが、基本構造は変わりませんが、降下速度について制限速度が低いのをあちらで
は問題視されているので、主翼の剛性を高めて降下速度を向上しています。
具体的には、主桁の補強、外板の厚みを増す形で補強するとのことです。
またドイツ側からの航続距離に関してはあまり求めていないので燃料槽は容量が減っても
防弾装備を重視した設計になっています。
翼内機銃は初速の速い、銃身の長い2号銃に変更されると聞いてます。
ドイツで量産するときはさらに高性能のマウザー機銃を積むとか。
先ほどちらっと触れましたが、通信機材はドイツ製を搭載予定ですが、わが海軍向けに、
はドイツ機を参考にして発動機からの雑音防止対策、接地線の取り方、無線電話機自体の
振動防止などを見直しました。
これにより、従来と同じ無線機ながら感明ともに良好になり、送受信とも十分実用に耐える
ものになりました。
これは他の海軍機などにも応用されるそうです。」
「それは有難そうだな、、、。他、構造的に変わったのは?」
「主翼のところでもご説明させてもらいましたが、降下速度向上のため、後部胴体も縦通材、
円筐などを強化、それとあわせて多数ありました肉抜き孔を廃止、工数低下にもつなげています。
尾翼の関係も、部材の強化以外は変わっていませんが、飛行試験の結果によっては水戦のような
腹鰭の追加も検討するとのことです。」
「ところで発艦促進装置の対応はどうなっている?」
「うーん難しいと思います。
軽量で華奢な零戦の既存の構造を極力生かすのがこの改修の主旨ですからね。
中島でやってる水戦への改造も、水上機母艦からの射出は無理なようです。
発進のたびに火薬でドカンと打ち出すような荷重が繰り返しかかるとなると、部分的な補強では
済まない気配が濃厚です。
聞くところでは、アメリカのグラマンのF4Fは射出可能とか言ってましたが、緒戦のウエーク島で
捕獲された機体をみると相当頑丈な機体でした。
華奢な零戦とは生まれも育ちも全然違うみたいです。」
「なるほどね。
ところで、この機体、ドイツで造るって?
プライドの高い、ドイツ人がよく納得したな?」
「私もそこが気になってましたが、どうやらハインケルが受けたそうです。
空軍の戦闘機の受注合戦でメッサーシュミットに負けて腐ってたみたいで。
内心では彼らも自社製品で対抗したいところ、ドイツ海軍の提示してきた納期が厳しく、未経験の
艦上戦闘機にするなんて芸当ができないので、受け入れたようです。
どうやらライバルが既存のMe109で苦労しているのをみて、その鼻を明かしてみたいようです。
そういや海軍も、ハインケルとは付き合いがありますよね。
特に艦爆でつきあいのある愛知以外にも、日本での足掛かりを作りたいのではないですか。」
「そうだね。ドイツでも三菱対中島みたいなライバル関係はあるだろうしな。
ところで、零戦の後継機はどうなっている?
おっとり構えていると、戦時だから、どこも大変な努力してると思うぞ。」
「何か新しい海外情報でも?」
「何言ってる!
先の大戦を振り返ったら想像つくだろう?
先の大戦では、わが海軍でも凧の出来損ないみたいな、モ式に即席の航空爆弾搭載して青島爆撃な
んてやってたけど、大戦末期にはドイツでは全金属製の機体を作ったりしてたろう?
海軍の戦艦でも、弩級戦艦とか言ってるうちに、超弩級戦艦が建造されて実戦投入されているんだ。
建造に手間暇かかる戦艦ですら、だぞ。
いま海軍では12試艦戦がものになっているからいいけど、早く次の機体にかからないとな。」
「うーん、わかってるんですけどね。ここだけの話しなんですけどね、、、
うちは零戦の改造や、新たな局地戦闘機の話しが入ってきたりして振り回されてるんですよ。
次期艦戦できれば16試でいきたかったですけど、どうや17試以降になりそうです。」
「知ってるよ。
ただ心配なのは、わが海軍航空隊は、現在の1000馬力程度の発動機で油漏れだとか苦労してるんだ
が、これからさらに過給機技術やプロペラの改良、とかが進めば遠からず、次は2000馬力の発動機
を積んだ戦闘機の時代が来るはずだ。
わが国でも9試単戦、12試艦戦と発達してきた歴史をみればわかるだろう。
たった3年だぞ。
早くしないと大変になるかもな」
この会話をされている海の向こうではすでにグラマンF6Fが着々と戦力化の道を歩んでいたのである。
さてこれから、どうしてくれようか