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第4話『宮廷』の外へ出る

お昼はクムー様の部屋で食べることになった。

それもそうよね。国のお姫様が宮廷で勤めている人達と一緒には食べないでしょうね。

私なんかは、いつも家族かシン族の仲間達と貪るように身体を寄せ合って食べてたようなものだから。

……宮廷の食事って、どんなものなんだろう。ワクワクする。美味しいのかな?


そういえば、この宮殿に入って気づいたことがある。

それは、どの部屋にも時間を知らせる『時計』がある事だ。

宮廷では、人々がいつも慌ただしく動いている印象がある。

勿論、私が以前住んでいた路地裏もいつも誰かが往来していたのだが、その代わり喧騒と怒号が混じり合っていた。

それがここではどうだろう。多少の言い争いみたいなのはあるが、誰かが殴りかかってくるとか険悪な空気になっているといった事は無い。

言うならば、とても平穏な状態なのだ。

……これが、宮廷なのだろう。

――これが、『楽園人』の生活スタイルなのだろう。

時計という【人間が作り出した時の刻み】によって、人の動きを管理しているようなものである。

私達『外地人』は、夜明けとともに起きて、日が沈むと眠るという生活を送ってきた。

さしずめ、【自然が作り出している時の刻み】によって、人の動きが左右されていた。

どちらが良いかというのは、今の所私にはよく判らない。

でも、時計がなければ、『管理人』の仕事もままならない。

仕事が出来なければ、ここから追い出されるだけだ。

そうならないように、私は頑張っていかなければならない。


そのような事を考えていると、料理が運び込まれてきた。

何人もの給仕の女性が大きなお盆に料理を積んできて、私達のテーブルに料理を置いていった。

見た感じ、私達が食べていた料理と、そこまで大きく代わり映えのしない料理だった。

大皿に鶏の手羽先が20個くらい並んでいるのと、トマトと玉ねぎを切っただけのモノ。

パンは柔らかそうで、中にはレーズンやらリンゴやらを細かく刻んだものが練り込まれている。

そして、小さいお皿には何やら見たことのない白いものがあった。

見るからに冷たそうなのに、不思議なことに湯気が出ている。これは一体何なのだろう?

「ささ、食べなさいな。アンタも『管理人』なんだから、しっかり食べないと持たないわよー」

小さなクムー様は尊大な笑みを浮かべながら手羽先を頬張っていた。

「クムー様の言う通りだ。午前はほとんど説明に費やしていたからな。午後からはお前にもクムー様の相手をしてもらう」

ってえぇ!? あの魔法食らった以上の事をしなければいけないというの!?

これはしっかり食べておかなければ……。

でも、クムー様は小さい体ながらよく食べる……。

気がついたら、私が食べるべき手羽先が無くなっていた。

「あ、私の食べるものが……」

「んなもん大丈夫よ! おかわり頂戴!」

「はい、かしこまりました」

そういうと、給仕が新たに手羽先を盛ってくれた。しかも最初載っていた数と同じくらいの量を。

有り難い……んだけど、全部食べきれるかな……。

「全部は食べなくていいぞ、腹八分目というからな。それに、鶏は意外と当たりやすい。程々にしておくんだ」

私の心を察知してくれたのか、セレネさんから温かい言葉が出てきた。

……案外優しいのかしら?

「クムー様は、何故かどれだけ鶏肉を食べてもあたらない、不思議な体質なのだ。

 クムー様に合わせて食べてしまうと、自分の身がもたないぞ」

経験則に照らし合わせての意見だったようだ。この人、どこまでも仕事目線で私に接しているんだなぁ。


全て食べ終わったあと、私は朝に居た自分の部屋へ戻り、束の間の休憩時間を堪能していた。

あぁ……。一番最後に食べた、白いつめたーいモノ!

甘くて冷たくて、美味しかったなぁ……。

ああいうのが毎日出てくるんだったら、頑張れるかも知れない、うん。

現金かも知れないけど、そういう気合の上げ方もあっていいかなと思うんだ、うん。

そう思いながらベッドで寝返りを打とうとした刹那、ドアがバンッ! と開いた。

「さぁ、今から外へ行くわよ! 私と一緒に街中散策よ!!」

クムー様が私の部屋で仁王立ちになっていた。

神出鬼没で、大胆不敵なお方だなぁ。

私は白いつめたーいモノの余韻を惜しみながら、クムー様に連れられて外に出た。


----------------------------------------------------------------



首都ペザンテは、マーブル王国で一番の都市である。

故に、沢山の人と様々な人種でごった返している。

宮廷の中は、必要な人間しかおらず、そこまで沢山の人数に会ったという訳ではなかった。

さすが首都となると、市場らしき場所には沢山の人が居て、人々の往来も大変激しいものである。

私達は目立たないよう、少々汚れのあるローブを羽織り、顔も見られないよう深々と被って、人々の往来へと足を踏み入れた。

今日の昼から行う事は、月に何回かあるクムー様のお忍び散策だそうだ。

本来ならばセレネさんと2人で行っていたようだが、私も入れてもらって3人のお忍びということになった。

しかし、わざわざお忍びで街中に出る理由というのは何なのだろう。

宮廷の中にいるのならば、ましてやクムー様はこの国のお姫様だ。

大体のものは手に入るだろうに、どうしてこんな所に行くのだろうか。

そう考えていると、大通りに出た。

一日の中で一番熱いこの時間帯、更に沢山の人達が行き来しているのも相まって、熱気は凄いものだった。

至るところから聞こえてくる売り子の必死な声、雑多に入ってくる人々の喋り声、叫び声。

様々に着飾る人々の衣装、帽子、靴。マントにローブに髪型、ゆくゆくは瞳の色まで。

私は、あらゆる所に目が行ってしまい、気がついたらそこに立ちすくんでしまっていた。

――あぁ、抜かないと。

私は、色んな事象を人よりも沢山取り込んでしまうきらいがある。

それを少しでも取り除くためには、抜く必要があった。

とにかく、色んなモノが私に入ってくる事をシャットアウトするのだ。

そうすれば、自分が自分たらしめる事が出来る。

目を閉じなくても、それを『抜いて』見ない事にする。

耳を塞がなくても、それを『抜いて』聞かない事にする。

鼻を抓まなくても、それを『抜いて』嗅がない事にする。

そうすれば、自分を保つことが出来るのだ。

そう、『抜いて』いれば――。

「ちょっと! 立ち止まって何してんのよ!!」

大きな声に、ふっと我に返った。

声のする方向に顔を向けると、そこには血相を変えたクムー様の姿があった。

「いきなり居なくなったと思ったら、大通りの端っこで立ってたとか、意味分かんないわよ! ったく、何してんの!!」

「大きな声で怒鳴らないで下さい」

どうやら私は、少しの間この場で立っていたらしい。

クムー様はそんな私を心配してくれていたのだろうか。

「あ、貴女がいきなり居なくなったからって、心配してなんか無いんだからねっ!!」

少し申し訳ないな、と感じた。

私がしんどくて『抜いて』しまったせいで、クムー様に気を遣わせてしまったのだ。

今後は、周りを見てから、自分の勝手で『抜く』ようなことはしないでおこう。

「それに、ね……?」

クムー様は、困惑したような顔で私とは違う方向を向いていた。

「セレネが少し、具合が悪そうなの」


そこには、壁に寄りかかっていたセレネさんが居た。

表情こそ笑顔だが、脂汗が出ていたり、肩が小刻みに震えていたりと、様子が随分とおかしい。

「私なら、大丈夫だ。少しもたれ掛かっていると、楽になるさ」

「駄目よセレネ! 貴女おかしいわよ! 普通ならこんなに顔色が悪い事なんてないのに!」

「そうですね。普通の範囲内だと、思います」

「そんな事ないわよ! 私ずっと貴女と一緒にいたけれども、こんなにおかしなセレネは初めてよ!!」

取り乱すクムー様と、努めて冷静に対応しているセレネさん。

こういう時は……

「チャティ様に……」

絞り出すように、私は声を出していた。

「チャティ様に、知らせなきゃ……」

「お姉様に!?」

そういうと、クムー様は私の頬を叩いた。

「――えっ?」

「お姉様には絶対に言っちゃ駄目! この散策は、お姉様に内緒で行ってるんだもの!!」

「って、内緒!?」

思わず大きな声を出してしまった。

その声を聞いて、何人かの人がこちらを向いた。しかし、何事もなかったかのように、往来へと姿を消していった。

「今のうち、です。変な輩に絡まれる前に、宮廷へ戻り、ましょう」

「で、でもそんな具合じゃ……」

「クムー様、大丈夫です。『管理人』たる、もの、自身の体調で、主を困らせては、なりませんから……」

殊勝な事を行っているセレネさんだが、顔色は明らかに悪く、肩で息をし始めている。

何とか、クムー様と私で連れて帰らないと……。

でも、私もクムー様も、セレネさんよりも背が低くて、セレネさんを抱えて帰るのは非常に難しい。

どうすれば……。

「どうなさったんですか?」

不意に、声を掛けられた。

そこには、暑いペザンテの街には似つかわしくない格好をした、男性が立っていた。

ローブを羽織らず、黒髪にメガネを掛け、青いベストにベージュのズボンという、私から見てもちょっとセンスがおかしい服装だった。

「ちょっと顔色が悪うございますね、そちらのお方。私に任せなさい」

そういうと、センスのおかしい男性はセレネさんの頭に手のひらをかざし――。

"Spell【Washinginclearwater】―Refresh―"

よく判らない言葉を唱えたと思ったら、手のひらから小さな青い光が現れ、セレネさんの額に光の筒が放たれた。

青い光がセレネさんに当たった瞬間、身体中から青い小さな飛沫のような光が現れ、瞬く間にそれが消え失せた。

「これでしんどい症状は治るだろう。私のリフレッシュは精々1時間程度の効力しか無いから、早く横になるように」

そう言うと、彼は私達に背を向けて、トコトコと往来の方へと入っていこうとした。

「待って!」

クムー様が彼に駆け寄った。

「有難うございます。この御礼は必ず致します。どうかお名前だけでもお聞かせ願えませんか?」

こういう台詞回しがすぐに出る辺り、やはりお姫様なのだろうなと感心した。

っと、感心する所じゃなかった。この人の名前を、私も知っておくべき――。

「リチャード。私に、そしてクムー様に恩を売って何のつもりだ貴様」

殺気の入り混じった声が、私の後ろから聞こえてきた。

それは、元気になったセレネさんの声だった。

具合悪いのを治してくれた恩人に対して掛けるような言葉や態度ではない。

明らかに、その人を憎んでいるかのような雰囲気だ。

「貴様はチャティ様からここに来るなと言われていただろう。返答次第では、私は【禁忌を犯して】でも貴様を破るぞ」

「おお怖い怖い。そんなに殺気立たれますと、往来の皆様の注目を浴びてしまうではないですか」

凄みを利かせたセレネさんの言葉に、彼は飄々と返す。

「まぁ良いでしょう。今回はほんの挨拶ですよ。あ・い・さ・つ」

そういうと、彼は往来に向かって走り去ってしまった。

「逃げ足だけは速い奴だ……」

男性が逃げてしまったことに、セレネさんは口惜しそうに呟いた。

クムー様はというと、男性が姿を消していった方向をずっと見ていた。

「セレネの恩人だもの、無下にする訳にはいかないね。今度会った時……」

クムー様がそう言うと、セレネさんは舌打ちをした。

まるで、自分の失態だと言わんばかりの落胆を、私はセレネさんから感じ取ってしまった。

それは、私の中で『抜く』ことの出来ない何かを、心の中に刻み込まれているような気がした。

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