第3話『管理人』とは。その1
長身の女性――セレネ=ベルトゥースさんが言ったことを掻い摘んで言うと。
「私の後任として、チャティ様の妹であるクムー様の『管理人』になってくれ」
という事らしい。
えっと、まだ会って2日しか経っていなくて、しかも『外地人』であるシン族の私に、そんな事を仰せ付けられても……。
「不本意ではあるが、これもチャティ様からのお達しなのだ。やらざるを得ないのだ」
長身のセレネさんはこう言うし。
「お姉様が言うんだもの、仕方ないじゃない。不本意だけど」
小さいクムー様はこう仰ってしまうし。
こんな調子で、これからやっていけるのかしら……。
「それでは、『管理人』の事について説明する」
私達は、宮廷の中を移動していた。
その最中、私が今までの生活では全く見ることの出来なかったであろう風景や物品に目を輝かせてしまっていた。
大理石の廊下や柱だったり。
所々に置いてある彫刻像だったり。
窓も色とりどりの模様で飾られていたり。
通りすがる人達は、みんな綺麗できらびやかな衣装をしているし……。
そういえば、私の格好もそうだけれども、セレネさんの格好も少し地味な気がする。
宮殿にいる人ならば、もう少し綺麗な格好でも良いような気がするけれども。
そんな事を考えている内に、とある一室に辿り着いた。
ドアを開けると、そこまで広くない部屋に、机と椅子が2つ並んでいた。
壁一面には、大きな緑色の板が強烈な存在感を放っていた。
何するところだろう、ココ。
「何ボサッとしてるんだ、早く座るように」
ピシャリと言い放つ声が、部屋にこだました。
気がついたら、既にクムー様が椅子に座っていた。
「全く、トロったらありゃしないのよ。セレネ、こんなんじゃ私の『管理人』なんて何年掛かってもなれっこないわ」
「クムー様、それは言わないで下さい。チャティ様との約束ですから。不本意ですが」
また、不本意という言葉が。どれだけ私に信頼がないのだろう。
『外地人』だからという理由もあるだろうけれども……。
渋々空いている椅子に腰掛け、緑色の板の前に立つセレネの方へ目線を向けた。
「今日は初日ということもあり、まずは『管理人』とはなんぞやという事を話そうと思う」
「何で私まで聞かなきゃいけないのよ、面倒くさい事この上ないわ」
「クムー様も聞いていて下さい。彼女の様々な力を見極める為、必要なことです」
様々な力を、見極める?
私には凄い力とか、そんなものがある訳ないと思っているのだけれども……。
そう思っていると、長身のセレネさんは『管理人』について語り出した。
「ふへぇ……」
第一印象は、『うんざり』だった。
セレネさんの口から『管理人』の一日を1時間近くに渡って聞いた訳ですが。
私なりに要約すると。
5:30 起床
6:30 クムー様を起こす
7:00 クムー様の朝食を作る
8:00 朝食
9:00 クムー様の勉強を教える
10:30 クムー様とお散歩
11:00 クムー様と魔法のお相手をする
12:00 昼食
13:00 自由時間(クムー様のお相手をすることがほとんど)
15:00 クムー様のおやつタイム
15:30 クムー様とお勉強or魔法の相手
17:30 夕食
18:30 入浴のお相手
19:30 クムー様と遊ぶ
21:00 クムー様就寝
23:00 就寝
こういう一日になるらしい。
クムー様とほぼ一緒に過ごすという事じゃないですか!
しかも、どうして朝食は私が作らなきゃならないんだろう……。
色々と質問をしたかったのだけれども、セレネさんは私の質問をことごとく却下したのだ。
具体的に何をするのかという事は言わなかったし、それをやるための必要性ばかり訴えていて。
これでは、明日から『管理人』の仕事お願いね、と言われても無理ですって。
「とりあえずこんな所だ。今日一日は私が着いていくが、明日からはお前一人に任せようと思う」
な、何ですってー!?!?
わた、わた、私全然ご飯とか作ったことないんですけど!?
勉強も魔法も、全くチンプンカンプンなんですけど!?
そうオロオロしている姿を見てか、クムー様がテーブルをバンと叩いて、さっと立ち上がった。
「流石にいきなり明日から、というのは強引すぎない!? もう少し慣れてからにして頂戴!」
あぁ、クムー様! 私の動揺を見かねてお優しい言葉を……。
「まずは朝ごはんのスクランブルエッグが、貴女と同じくらい美味しくなるまで、一緒にいなさい!」
あぁ、クムー様。そこですか……。
……しかし、テーブル叩いた所が妙に赤くなっている。余程強い力で叩いてしまったのだろうか。
血が出たとか……? ハハハ、まさかね。
今の時間は10:30。
本来ならば今までは授業の時間だったのだが、先程『管理人』の一日という説明という名の授業を行ったので、
次の魔法のお相手をするという項目に移るらしい。
狭い部屋では魔法を放つことが出来ないとの事で、今度はかなり大きな間取りの部屋に移動した。
魔法……。
私を助けるために、チャティ様が放とうとした光の塊が、魔法なのだろうか。
「今からクムー様の魔法をお前に体験してもらう。魔法の何たるかを知るためには、それに触れることが近道だ」
そう言うと、セレネさんは何やら唱えたと思ったら、その手から放たれた光が、私を膜のようなもので包んでくれた。
「仮に魔法が直撃しても、このコーティングをしているならばかすり傷で済むだろう。だから安心して食らうが良い」
「安心して食らえって、どういうことですかっ!?」
怯む私に対して、クムー様は私から10歩程の距離に立った。
「ず、随分近いんですね……」
「セレネのコーティングは優秀よ。それとも何? 私の魔法が怖い訳? 」
と言うと、クムー様は両手を体の前に突き出し、手の平に『力』を集中させた。
クムー様の両手のひらには、茶色がかった光が灯しだす。
チャティ様が放とうとしていた光の塊よりも、少し小さな物だった。
その茶色い光がこちらに飛んでくる――! 身構えなければならない……っ!!
と思ったら、クムー様はその光の玉を掴み、あろうことか地面に叩き付けた。
「『いまのを、なかったことに、してやる!!!』」
そう叫ぶと、辺りが茶色い光に包まれて――――。
クムー様がテーブルをバンと叩いて、さっと立ち上がった。
「流石にいきなり明日から、というのは強引すぎない!? もう少し慣れてからにして頂戴!」
あぁ、クムー様! 私の動揺を見かねてお優しい言葉を……。
……って、あれ?
今まで私、大きい部屋に居なかった?
どうして小さい部屋に戻ってるの?
それに、クムー様がテーブルを叩く所やセリフ回しも一緒のような気がする……?
「ビックリしたでしょ? これが私の魔法、【戻】の力よ」
「れ、レイ?」
ビックリもしたも何も、時間が戻ってしまったのだ。
何でもかんでも出来るものなのかな、魔法というものは……。
「お姉様みたいに、超強力な破壊魔法が使えるわけではないのよ、私。
時間を戻すというのは、かなり珍しい効力だと言われているわ。
ちなみにこういう効力は、お姉様でも使えないみたい。私だけの特別な魔法よ」
そう……なんだ。
その人独特の効力なんていうのもあるんだ……。
私は、魔法については無知なので、逆にクムー様から教わらなきゃならない立場な訳で。
「私の場合は、何か起点になるモノを自分で作って、それが無くならない限りはいくらでも戻れるの。
今回は、この机に付いている『赤い物』よ」
テーブルに付いている赤い物は、よく見ればインクだった。
「そのインクが、今回私達が逆戻りした鍵だった訳ね。うん、逆戻りした時のアンタの顔、凄く面白かったわ」
「なっ――!?」
クムー様も凄い。何だかんだで凄い能力を持っていらっしゃる。
でも、何だろう。私のことをよく思っていないというか、小馬鹿にしているというか……。
そんなこんなで、クムー様の魔法の相手が終わるまで何回も『逆戻り』されてクタクタになってしまった。
あぁ、早くお昼ごはんが食べたい……。