第2話『楽園人』と『外地人』
マーブル王国は、大陸の北側の大多数の地域を統べる国家である。
大陸の北方という事もあり、気候は一年を通して寒冷な場所が多い。
人の住める場所でない所もあり、膨大な領土を有しながらも、人の住める土地はその2割にも満たない。
その限られた場所に人は住んでいるのだが、周囲が高い山に囲まれているお陰で、雨を降らせる雲が殆どない。
それにより、マーブル王国の約8割の人が住んでいると言われるウラール盆地では、水源を確保することが何より重要であった。
水の流れている所では、木々も青々と生い茂り、動物たちも生き生きと過ごしている。
しかし、水のない場所に足を踏み込むと、そこはどのような生物も長時間過ごすことの出来ない、過酷な砂漠地帯が広がっている。
ただでさえ住む場所の少ないウラール盆地に点々と存在する『生き物の楽園』には、動物も人間も、ひしめき合っていた。
その『生き物の楽園』の中で一番大きい場所が、この国マーブル王国の首都という事になる。
名を、ぺザンテと言う。
ぺザンテは、マーブル王国建国の父と言われる、ぺザンテ=ロ=マムクールから取ったものである。
その建国の父は、類稀なるカリスマを具え、人々をこのウラール盆地で住めるように尽力した伝説的な人物だとされている。
マーブル王国の血筋は、その伝説的な父の末裔という事になる。
王国には、大雑把に二つの人種に分けられる。
一つは、先の伝説的な英雄の血筋を引く王家・それに伴う分家、更に『生き物の楽園』に住む人々の事である。
『生き物の楽園』に住む全ての住民には、市民権というモノが与えられている。
住む家はもちろん、商売をする権利や基本的な人権の保障が約束されている。
こういう人達の事は、『楽園人』と呼ばれていた。
もう一つは、主に『生き物の楽園』の外で生まれた人々の事だ。
基本的に住む家は無く、『生き物の楽園』を行き来して、砂漠の中でないと取れないような材料や鉱石を取ったりする事で生計を立てている。
勿論それだけでは食べていけず、『生き物の楽園』に住んでいる人の商売の手伝いをしている。
ただ、手伝いをするといっても、かなり劣悪な環境下での手伝いを強いられている。
それが故に、その環境から逃げ出す人達も後を絶たない。
そのような苦しい状況で過ごしている人達の事を、『外地人』と称され蔑まれていた。
二つの人種の価値観の齟齬は、いつの時代においても生じているモノであった。
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『外地人』として生まれ育ったシュウ=リンファ――もとい、私は。
普段ならば路地裏で両親と川の字になって寝ていたであろう身分だというのに。
――どういう訳か、昨日からフカフカしているベッドの上で寝ているのだ。
高い位置にある小さな窓から陽の光が照らされ、高く可愛らしい鳥のさえずりが、朝を告げていのだと判った。
「……もう一度どうなってんのか、おさらいした方がいいよね」
確か、昨日チャティ様に宮殿に連れて行かれて……。
しかも、マーブル王国の王女様だって……。
……って、もしかしてここ! 国の中で一番大きい宮殿の中って事!?!?
そして、昨日寝る前にチャティ様に言われた言葉。
『管理人』という単語。
これは一体、どういうものなのだろうか……。
そう考えていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「失礼する」という言葉と同時に入ってきたのは、長身の女性と、小さい女の子だった。
長身の女性は一つ咳払いすると、私を訝しそうに見て言い放った。
「『外地人』であるシン族に入れ込むとは、チャティ様は一体何を考えていらっしゃるのやら」
その女性は、部屋に入ってからずっと私を睨んでいる。
部屋に入るなり、私が寝起き顔で居たからかも知れないけれども、それにしてもこちらの心象は最悪だ。
「そうよねー。私だって、『外地人』って何考えているか良く判んないし」
小さい女の子は、確か昨日チャティ様と一緒に居たような気がする。妹だとも言っていたような。
あの時は全然話も出来なかったけれども、この子もこういう風に考えているのか。
確かに、私は『外地人』のシン族である。こういう宮殿には全く似合わない人間であるのは百も承知だ。
チャティ様の妹だから優しくしてくれると、淡い期待を抱いていた私も少なからず居たのだ。
そんな期待に抱きついていた私が、馬鹿だったのかも知れない。
「そんなことより、だ」
長身の女性は更に眉間にシワを寄せて言い放った。
「いつまで寝てるんだ、シュウ=リンファ。お前は『管理人』なのだろう?
それならば、主人より早く起きて主人が寝るのを確認してから寝るのは、基本中の基本だぞ」
――はい?
そりゃ、昨日チャティ様から『管理人』になってと言われはしましたが?
肝心の内容を全く聞いていないので、どうしようも無いんですけれども?
「まぁ良い、今日は初日だ。お前も何にも知らないようであるし、色んな事はこれから教えていく」
長身の女性は、先程までの訝しい顔を幾分和らげていた。
それでも、笑顔と言うには程遠く、どこか諦めているような顔で、私を見ていた。
「とにかく、早く着替えて欲しい。お前には様々叩き込まなければならないのだからな」
ベッドの横には、いつの間にか私の『着替え』が用意されていた。
――もっとも、昨日まで来ていた汚らしい服ではなく、宮殿の人達が用意してくれたものらしいのだが。
臙脂色のインナーに、黒を貴重とした羽織物とダブっとしたズボンが、そこにあった。
仕方なく、私はそれに着替えていたら。
「遅い! とにかく遅いぞお前! 着替えなんぞ40秒あれば出来ろう!?」
「えっ!? えあえあえっ!?」
急に怒鳴られたので、変な声が出てしまった。
私は長身の女性に急き立てられながら、なんとか着替えを済ませた。
「き、着替えましたー」
「今度からは早く着替えるように、判ったな?」
「は、はいぃ……」
めちゃくちゃ厳しい。
……こんな調子でこれからの生活が進んでいくんだろうか。
それに『管理人』って何をするのか、全く判らないんですけど。
「さて、まずは自己紹介を行わなければならないな。お前は私の事を全く知らないだろうからな」
はい。全く知りませんって。
といいますか、いきなりドア開けて厳しいこと言われ続けたら、そりゃ嫌になりますけど。
「私は、セレネ=ベルトゥース。ここにおわすクムー=グラーベ様の『管理人』だ。
お前には、私の後任としてクムー様の『管理人』になってもらう」