金木犀の記憶
ジェムスと一緒にベーゼ退治しためいは半月経った今でも余韻に耽っていた。
「私、ジェムスとハグしちゃったよ・・やだ、まだドキドキが止まんないよぉ」
興奮のあまり、ひとりベッドに仰向けになったままじたばたした。
「君は気づいてないけど誰も持ってない力を持ってるよ」
琉が言ったことをふと思い出し、胸に手を当てた。
「誰も持ってない力・・」
部屋のドアを叩く音がした。
「おい、いつまで色ボケしてんだよ。飯食いに行くぞ。テルのおごりだってよ」
ヨミの声だ。
「パチンコで勝っちゃってねぇ。居候させてもらってるお礼よ」
胸を張るテルの足元でルルとララがまとわりついていた。
「戦利品はそれだけじゃないでしょ。早くお菓子をよこしなさいよ」
「だからご飯食べてからあげるから、我慢しなさいって」
甘い余韻をぶち壊されためいは不機嫌そうにむくっと起き上がり、机の上に置いてあるショルダーバッグを背負った。
(まったく、下品なんだから。琉君とは大違い)
「わかったわよ。行くわ」
秋の夕暮れの肌寒さが冬の匂いを運ぶ中を五人で歩いた。
「ボンボン亭って行列ができるくらい有名なとこよね。前から行きたかったんだ」
紅いベレー帽をかぶりピンクのコートを着ためいは嬉しそうにテルに言った。
「そうさ、ヨミ達に旨いもの食べさせたかったし」
テルは得意そうに応えた。
「ホントはデートの下見でしょ」
ルルがにやりと笑ってからかった。
「これは言っちゃダメですよ。ホントのことですから」
図星だったテルはルルララに思いっきり拳骨をおみまいした。
たんこぶを撫でながらルルはべそをかいた。
「悪いのはララじゃない」
「どっちも同罪じゃ」
五人が歩いていると、どこからか黒いガラスの欠片のようなものが落ちてきた。
それが鼻に付いたヨミは手に取った。
「・・羽根?」
空を見上げると、黒い物体が電柱で立っていた。
それは彼女たちを挑発をするかのように沈みゆく夕日に背を向け、この夜に滲む漆黒の翼を広げた。
「黒天狗・・!」
テルはすぐさまルルララ姉弟を双星剣にして構えた。
「こないだから俺の周りをウロウロしやがって。勝負だ」
ヨミはめいにキスをし、紅月剣を召喚した。
潔く剣の先を黒天狗に向けるも、彼は戦う素振りを見せずずっと黙ったまま電柱の上で立ち止まっていた。
秋の肌を刺す風が吹く中、暫く両者とも動かなかった。
(こいつ、深い恨みの波動を持ってる・・)
少しでも動けば殺し合いが始まりそうな緊迫の空気が流れていた。
ヨミの額には大量の汗が流れた。
「埒が明かないわっ」
空気を引き裂くようにテルが間に入って双星剣を投げつけた。
黒天狗は顔色一つ変えず翼で風をつくり双星剣を避けて天空高くまで飛んだ。
「お前らに用はない」
氷の表情で呟いた彼は全身を包む黒い炎をガラスに変え銃弾のように投げつけ反撃した。
「テルのばかっ」
地上で二人は必死に黒天狗の攻撃から逃げ惑った。
無差別攻撃に近所中の塀や壁に黒いガラスが刺さった。
「痛っ!」
運悪くヨミの紅月剣を持っていた手に命中し、剣は弧を描いて飛んで行った。
「しまった…!!」
ヨミは血が滴り落ちる手を押さえて紅月剣の方に向かった。
「お前はいらない」
黒天狗はヨミに向かってさらにガラス片を投げつけ、紅月剣と離れたところまで吹き飛ばした。
黒天狗は地上に降り立ち、アスファルトに刺さった紅月剣の方に向かった。
「めいちゃんに触れさせないわ!」
彼の背後からテルは双星剣を黒天狗の首に充てた。
「お前には、関係ない」
そう呟くと彼の体から湧いてきた黒い煙がテルを吹き飛ばした。
紅月剣のもとに辿り着いた黒天狗はそれを拾い上げ、柄の部分にキスをした。
「思い出してくれ・・めい」
キスした部分から紅月剣が熱を伴い黒い煙をあげて消えた。
(ここはどこなの?)
濡れ鴉色のレースがたわわになった裾の長いドレスに身を纏っためいは深紅の絨毯が敷かれた部屋で佇んでいた。
アラベスク柄の黒色の壁紙に、そこに窓はなく大きな鏡のみ飾られ、照明は燭台に灯る微かな蝋燭の火のみだった。
そして、鼻を衝くほど強烈な金木犀の香りが部屋中を漂っていた。
「僕の部屋にようこそ」
後ろから十センチくらいに伸びた黒い爪がめいの頬を撫でた。
爪から伝わる底知れない冷たさに驚いためいはすぐに振り向いた。
「誰?」
めいの後ろには妖しい笑みを浮かべる黒天狗が裾が破れた黒ずくめのコートを着て立っていた。
(殺される・・!)
紅月剣を失っためいは恐怖に何も言えず、怯えた目で彼を見た。
「そんな目でみないでくれ」
黒天狗が指を鳴らすと、中世のバロック音楽が流れた。
「僕の好きな曲なんだ。一緒に踊ってくれるかな?」
警戒していためいは調子が狂い、言われるまま彼の手を取った。
「でも・・踊り方がわからないわ」
「ボクがリードするから、君はついてこればいい」
音楽に乗って二人はワルツを踊り始めた。
敵のはずなのに不思議なくらい歩調の合う彼にめいはうっとりとした。
「大丈夫。あの時と同じでいいんだ」
「あの時って?」
二人の間に溶けてしまいそうな程甘ったるい空気が流れた。
さっきまで異臭でしかなかった金木犀の朽ちた香りがめいに覚えのない記憶を押し付けるかのように呼び出した。
・・秋の夕暮、友達と別れた少女はひとり、川で遊んでいた。
家に帰らなければならないのに、帰ってしまったらまた明日になってしまうからだ。
今日が楽しかったのに、明日になってしまうのが嫌で帰り道の川に膝まで浸し踊っていた。
きらきらと夕日に照らされ輝く水しぶきがたまらなく綺麗で、いつまでも踊り続けた。
すると、全身真っ黒な服を着たブロンズ髪の少年が向こう岸で拍手をしていた。
「君、きれいだね」
見知らぬ少年に声をかけられ、少女は固まっていた。
少年はふわっと身軽に少女のところに来て手を掴んだ。
「一緒に、踊っていいかな?」
黒曜石色の目にどきどきしながら少女は頷いた。
二人で下手なステップでワルツを踊った。
あどけない少年と少女は想いのままくるくると旋回を続けた。
いつしか真っ暗になった空と川で星が散らばり、月が二人を眺めていた。
今まで気づかなかった金木犀の香りが川に染み込むように漂った。
少女は勇気を出して不思議な少年に話しかけた。
「あなた、名前はなんていうの?」
「ぼくは、黒天狗」
「わたしはね・・」
すると、少年の背中から鴉の翼が出てきた。
少女は驚きのあまり声を失った。
その表情に彼は悲しそうな目で言った。
「やっぱり怖いね、ぼくはこの世界の人間じゃないんだ。だから」
川に映る星が消えて暗黒に染まった。
「僕はひとりぼっちなんだ。帰る場所も行く場所もない。ずっと、ずっと・・ひとり」
凍りついた黒天狗の目を見て少女は手を握った。
ぐずぐず啜り泣いて何も言わないこの小さな手は、幾千年かけても溶けない氷を溶かしてくれるようなむせ返るほどの温もりを含んでいた。
「ねぇ、明日もあえるでしょ。あなたのお友達になりたいの」
少女は黒天狗の袖を掴んで寂しげな顔をした。
黒天狗は優しい笑みで応えた。
「そうだね、また明日。お友達っていいね・・うれしいよ」
二人は明日もこれからもずっと友達でいる約束の指切りをした。
それから二人は川でしか会わない秘密の友達になった。
「私、どうしちゃったんだろう」
めいは我に返り、黒天狗を突き飛ばした。
彼女の目には涙が溜まっていた。
「勝手に人の記憶を書き換えるのはやめて!そんなの、私やってないから」
予想外の言葉に黒天狗は動揺し、必死になって言った。
「これは君の過去なんだ、君が友達としてる詐欺師とは違う」
「ヨミ達のことを貶すのはやめてっ」
めいは頭を抱え、塞ぎ込んだ。
すると部屋の鏡からひびが入った。
「めいっこの鏡を破って帰ってこい!これは罠だ!」
ヨミの声と共に鏡から紅月剣が飛び出してきた。
それを引き抜いためいは何も言わず粉になった鏡の中に潜り、部屋から脱出した。
一人取り残された黒天狗は割れた鏡の前で涙を流し頽れた。
「めい・・君がいればなにもらない・・何で君は十字架族のことばかりなんだよ!」
現界に戻っためいはさっそくヨミに怒鳴りつけられた。
「まったく、世話焼きやがって!あいつは俺たちのことを恨んでるから何するかわからねぇ・・だから・・絶対に俺から離れるなよ」
恥ずかしさに目を逸らすヨミの発言にめいは頬を赤らめた。
「やだ・・それって」
ヨミも赤面して必死に否定した。
「バカっ!勘違いすんなよ。めいがいなきゃ俺も困るからさ・・第一紅月剣がないと戦えないしな」
その様子を見ていたララはぼそっと呟いた。
「照れ隠し」
ララの隣でルルは深く頷いた。
「まったくですわ。ツンデレなんて男らしくないわよ」
ヨミはルルとララの頭を全力の拳で殴った。
「だーかーらー違うって言ってるだろ!」
突然、テルがスマホを見て叫んだ。
「ちょっと、ボンボン亭が閉店しちゃった」
時刻は午後十時。周りは次々と店を閉めて真っ暗になっていた。
「ま、今日はカップ麺だな。そのかわり次はデラックス定食頼むからな」
ヨミは後ろに手を組んでテルを見てにやりと笑った。
「わかってるわよ」
一同は諦めて家に帰ることにした。
黒天狗との熾烈な戦いの最中、めいは憧れのクラスメート・瞬と急接近する。
何故か互いによく思っていない彼はめいに「ヨミと関わるな」と意味深な言葉を残す。
そしてヨミにつきまとう黒い影が再び襲いかかる・・!
次回
ボクっ子幼女と鋼鉄の鎧
重なる影
キモヲタ、カムバック
・・紅い月はいつもキミをみている。




