どらやきと家出少女
「お義姉さん、ゆっくりしてくださいな」
ヨミは盛大にずっこけた。
そう、テルは十字架族の改ざん能力でめいの父親の妹になったのだ。
めいの母は気を遣いながら、テルに缶ビールとおつまみの枝豆を振る舞った。
「いいですよ、お気使いなく」
と言いながらテルは上機嫌で枝豆を口に放り込んだ。
居候する気満々のテルにヨミは怯えながら指差した。
「お・・おま・・なんで」
「だって、あたしの店、ベーゼにぶっ壊されちゃったし。しばらくお世話になるわよ」
Tシャツに半ズボン姿のテルは缶ビールを飲み干し、リビングのソファーにふんぞり返った。
めいは、めんどくさい同居人ができて戦慄するヨミの肩をポンと叩いた。
「あら、あんただって勝手にいとこになってるしお互い様じゃない。ここでテルさんを追い出したらかわいそうよ。それともあんたが出ていく?」
図星の矢が刺さったヨミはめいに逆上した。
「うっせぇ!わかったから黙ってろ」
「はいはい」
めいはからかうようにその場を去った。
その後ろ姿を恨めしそうに睨み付けた。
(あのババアに束縛されないこいつが羨ましい)
夜になり、ヨミはいつものように自分の部屋のベッドで明かりを消して眠ることにした。
しばらくすると、部屋中に異臭がした。
「うっ・・酒臭い」
ふと目を開けると暗闇の中で何かが荒い息をたてて自分の隣で横たわっていた。
「・・ふっぎゃああああああっ」
ヨミは驚いてすぐさま布団をはがして電気をつけると、透け透けのネグリジェを着たテルが目を光らせて添い寝していた。
「なんで横で寝てんだよっ」
ヨミは髪を逆なでて怒った。
「添い寝してあげないと眠れないと思って」
頬を赤らめてはしゃぐテルに顔が引きつった。
「それ、お前が眠れないだけだろ。てか俺を襲うつもりだっただろ」
「テヘっばれちゃった」
ヨミはとりあえずテルを部屋からつまみだしてそのままベッドに倒れこんだ。
「ああっ・・めんどくせぇ!安心して眠れやしない」
と言って、数十秒もたたずにぐっすり眠った。
次の朝、ヨミはふらふらと一階の台所まで足を運び、何も塗ってないトーストを齧った。
「おはよ・・うわっ何?この目の下のクマ・・眠れなかったの?」
めいはヨミが今にも死にそうな顔をしていたので驚いた。
ヨミは薄ら笑みを浮かべて頭を机に乗せた。
「ああ・・テルに襲われる夢を見た」
肝心のテルがいないことに気づいた。
「そういや、テルは?」
めいは牛乳を飲む手をとめた。
「お店に行くって朝早くから出て行ったわよ。テルさんも早くお店を再開したいんだと思うよ」
ヨミは、やっと自分と同居できるとはしゃいでいるのに、すんなりと出ていこうとする訳がないと思い、めいの言葉に違和感を感じた。
(ま、どうせ新台とかでパチンコ屋で並んでるだろ)
すると、めいの母がニコニコしながらヨミにお弁当を差し出した。
「テルおばさんがヨミちゃんにって。渾身の一作だそうよ」
「・・こんしんの?」
もはや嫌な予感しかなかった。
やはり予感は当たった。
包みを開けると弁当箱を開ける前からタコのような目玉が覗いていて、クラゲのような生き物の脚が蠢いていたのでそっと返した。
ヨミは顔面蒼白になり大きくため息を吐いた。
「もうやだ・・こんな生活」
めいに散々慰められながら何とか学校に着いたヨミは自分の席に着いた。
めいと万智がぐったりしているヨミの隣で話した。
「どしたの?夜宮さん」
生気がないヨミを見て驚いた万智にめいは呆れて答えた。
「やっかいな叔母さんがしばらく同居することになったから疲れてるのよ」
それを聴いたエリカは窓に指さして言った。
「あの人が・・夜宮さんの叔母さん?」
「まさか・・!」
二人は顔を見合わせ、人だかりができている窓の方に向かった。
人だかりをかき分け注目の的を見ると、校門の前でヨミを大声で呼ぶテルがいた。
「ヨミ~やっと見てくれた。べんきょーがんばれっ」
嬉しそうに手を振るテルに、二人とも唖然とした。
「なんでいるんだよっ」
注目される恥ずかしさにヨミは居ても立ってもいられなくなりその場を去った。
「ちょっと、どこ行くのよ!」
めいの言葉も気にせず教室を出て、校庭のフェンスを飛び越えて学校を抜け出した。
学校から抜け出したヨミは、制服を着ているためどこにも隠れる場所がなかった。
とぼとぼ人通りのない住宅街を歩いていると、昔からやっていそうな古びた和菓子屋の前に着いた。
「ん?・・さ・・桜庵?」
お昼ご飯も食べずに抜け出したので、お腹が激しく鳴った。
「は・・入ってみるか」
小豆色ののれんを押して入ってみると、優しい甘さの香りとともに夏を閉じ込めたような色彩の和菓子がショーケースに並んでいた。
「うわぁ・・きれいっ」
初めて見る和菓子に感激していると、店の奥から帽子をちょこんと乗せた、がたいのいい男が出てきた。
「お嬢ちゃん、学校サボったらだめだろ・・って俺もよくサボってたけどな」
和菓子屋の制服を腕まくりした男は白い歯を見せて豪快に笑った。
いきなり嬢ちゃん扱いする男にむっとした。
「俺は嬢ちゃんじゃねぇよ。夜宮 ヨミだ」
「へぇっ、俺は立花 健太。ここの店の見習い。今は店のものは俺しかいないから大丈夫だ」
ヨミは、この人なら学校に通報しないだろうと安心した。
すっかり安心すると再びお腹が鳴った。
「お腹がすいてるなら早く言えばいいのに」
「・・ちょっ・・ちがうって」
ヨミは恥ずかしくなって否定したが、また鳴った。
「お腹は素直だな。いいものがあるから待ってろ」
健太は店の奥からどら焼き五つと温かいお茶を持ってきた。
「食いなよ。お代はいらねぇからさ」
ヨミはどら焼きを一口食べた。
「・・んまいっこのどら焼き、クリームが入ってる」
目を輝かせてクリーム入りどら焼きをそのまま平らげた。
「そんなにがっついたら喉に詰まらせるぞ」
「これで死んでも本望だ。もっとくれ・・ぐはっ」
健太は咽るヨミの背中を叩いた。
「ほら、言わんこっちゃない」
あれこれするうちに、二人は意気投合するようになった。
楽しい話をしていたら夜の七時になっていた。
「もう帰らないとまずいんじゃないか?」
さっきまでペラペラ喋ってたヨミは急に表情を暗くして目を逸らした。
「家に帰りたくねぇんだ・・めんどくさいのいるから」
健太は落ち込むヨミの隣に座った。
「そっかぁ・・どこもいっしょだな」
「え?健太兄ぃもそうなのか?」
「だって、このどら焼き、親父からしたら邪道だって。だから店に置かせてくれないんだ」
ヨミは餡を口の周りにべっとりつけて怒った。
「そんなの勿体ねぇよ。こんなにうまいのに」
「お袋も親父も頭固いから、俺がロボットみたいに親の言うこときかなきゃ気に食わないんだろな」
弱気になっている健太にヨミは怒鳴った。
「そんなことないっ」
健太は本気で怒るヨミに目を丸くした。
「自分がロボットになりたくないなら、本気で自分の想いを伝えたらいいんじゃねぇの?ちゃんと伝えたことあるか?」
彼は言葉に詰まった。
「ちゃんと言わねぇから、相手があれこれ勝手に思うんだよ」
ヨミは健太に諭しながら自分に言ってるような気になった。
健太は立派なことを言うヨミにきょとんとした。
「ヨミって意外と大人だな」
ヨミは照れ隠しに目を逸らした。
「・・そんなことねぇよ」
ヨミはしぶしぶ家に帰ることにした。
「健太兄ぃ、またここに来ていいか?」
「もちろんだ、いつでも来い」
健太は大きな親指を立てた。
ヨミは健太から勇気をもらい、少し微笑んで手を振り店を後にした。
「ただいまぁ・・」
家に着いて、溜息をついて玄関のドアを開けると、ナイフが飛んできた。
ナイフは自分の顔すれすれのところでドアに刺さった。
するとテルが駆けてきてヨミに抱き着いた。
「ヨルミア、大丈夫か?こんな遅くまで一人で歩いて・・ベーゼにやられたらどうするんだよ」
ヨミの我慢がついに限界を達した。
「やめろよ。俺は過保護にベタベタされるのが超っ・・絶嫌いなんだ!」
ヨミはテルを突き倒し、呆然としている姿を見て居たたまれなくなり、黙って家を出た。
(やばい、テルのことを傷つけてしまった・・こんなんじゃあわせる顔がない)
自分の放った言葉に自責の念に駆られながら歩いていると、隣町にまで行ってしまっていたので、桜庵の前で立ちすくんだ。
とっくに閉店になっているのに、店の明かりはまだついていた。
(あんなことを言った矢先、恥ずかしくて健太兄ぃのところにも行きづらいな)
ヨミは黙ってその場を去った。
テルはルルララ姉弟を呼び出しめいと一緒に街中を探した。
「どうしたのかしら、何回も携帯に電話したのに返事がまだ来ないの」
テルは青ざめた。
「どうしよう、ホントにベーゼに襲われてたら・・あたしがあんなことしなけりゃ・・」
「そうよ、ボスはヨミのこと構いすぎなのよ。だからウザがられるのよ」
ララの言葉がとどめとなり泣き喚くテルをララは慰めた。
「姉さんは言いすぎ。大丈夫ですよ、自分を責める前にヨミさんを見つけましょ」
二時間ほど探し回ったが、手がかりすら掴めなかった。
めいはカバンからスマホを取り出した。
「ヨミがいそうなとこって他にないですか?」
テルはふと、ヨミがアヤカシ界にいたときに暗い森の沼地によくいたことを思い出した。
「そういや、暗くて人通りのないとこによくいたな」
めいは閃いたらしく、心の中で根暗だなぁと思いながらスマホで調べだした。
「公園ですね。確か人通りのない公園といったら隣町の逢魔が時公園があるわ」
「よし、そこに連れってって」
スマホの地図を頼りに逢魔が時公園まで走って行った。
その頃、めいの読み通りヨミは逢魔が時公園にいた。
ここなら一晩泊まれると思い、女子トイレで洋式便器のふたを閉めて座っていた。
(夜の公衆便所ってなんだか気味悪いな・・)
すると、ドアをノックする音がした。そして携帯のカメラのシャッターらしき音もした。
ヨミは不審に思い、息を潜めた。
しばらくすると、咳払いをして「・・入ってますか」と言う声がした。
明らかに中年男の声だ。
ヨミは物音も立てず黙っていたが、ノックの音がだんだん激しくなっていった。
「おかしいな。鍵がかかってるってことは入ってるよね・・開けるよ」
(馬鹿野郎!開けるんじゃねぇ!)
ドア越しでもわかる欲情した男の嫌がらせはエスカレートしていった。
次第に体当たりを繰り返し、ドアノブを何回も回した。
ヨミは恐怖に身が凍りつき、心の中でパニックになった。
ポケットからスマホを取り出したが、電池切れになったので、助けも呼べずにうずくまった。
(テルにあんなひどいこと言わなければ・・)
不審者が早く諦めてくれることを必死に祈っていると、何者かが不審者を殴り飛ばす音がした。
「・・ぐはっ」
「待てっ殺してやる!」
聞き覚えのある女のヒステリ声がしたと同時に不審者が逃げて行った音がした。
静かになったところで、ぽつりとドアの向こうの女が言った。
「・・ヨルミア」
ヨミは気まずそうに黙ってドアを開け、今度こそ本気で怒られると構えた。
・・だが、テルはヨミの意に反して頭を撫でた。
「ごめん、ヨルミアも大人なのにちょっとやりすぎたわ。ベタベタしてごめん」
暫くどう反応をすればよいのか戸惑ったが、ヨミは微笑んで細い腕でハグをした。
「俺もキツイこと言ってすまなかった・・でも、何もなしじゃ調子が狂うから、ほどほどにしてくれよな」
「ヨルミア・・」
テルは嬉しくなってヨミが窒息するくらい強く抱き返した。
「やめろっこれがいやだって・・」
虫の息になって痙攣しているヨミに気づかず、テルはさらに強く抱きついた。
「ヨルミア・・やっぱ大好きっ」
「ぐはっ」
ヨミは苦しさのあまり吐血した。
「なんだかんだで仲がいいこと」
「ま、仲直りしたからいいんじゃないですの?」
めいとルルララ姉弟は二人を微笑ましく見ていた。
次の日、ヨミはめいを桜庵に連れていった。
上機嫌のヨミはピンクのショルダーバッグを斜め掛けしてるんるんと鼻歌を歌って歩いた。
「初めて知ったわ、ヨミにお気に入りのお店があるなんて」
「そこのどら焼き、すっげーうまいんだぜ」
店に入り、ショーケースにクリーム入りどら焼きが並んであったのをみて、健太にハイタッチした。
「やったじゃん。おめでと」
「ヨミのおかげだ。ありがとな」
めいは、いつの間にかヨミに現界の知り合いができていて、あっけにとられた。
「・・この人、ヨミの知り合い?」
ヨミは嬉しそうに鼻をこすりながら応えた。
「まぁな、マブダチってやつ?」
ヨミは初めての親友ができて、うれしさのあまりクリーム入りどら焼きをある分だけ買って帰ったとさ。
双星剣の使い手・テルに出会ったヨミとめい。
テルが留守にしている間、月のない夜に隠されたヨミの正体が明かされる。
次回は・・
月のない夜
暴食の匙
ガールズトーク
の三本。
紅い月はいつも貴方をみてる