ボクっ子幼女と鋼鉄の鎧
いつもの桜田町に何も知らなければ何もない夜がいつものように訪れた。
ただひとつ、二つの影がこの街で一番高い電波塔の鉄筋に立って下界を見下ろしていた。
「わぁ、キラキラしてて怪しい匂いがプンプン。この街にボクの仲間がいるんだね」
灼眼の目を大きくして碧色の短いツインテールを風に靡かせた幼女が少女期特有の甲高い声で後ろにいる大きな影に話しかけた。
・・次の日の朝。
「何でいつも起こしてくんないんだよ。また遅刻だ!」
ヨミは目覚ましが鳴っても起こしてくれなかっためいに憤りながら人間離れした速度で学校に向かっている。
公園のフェンスを飛び越え、豪邸の池を飛び越え、アパートの屋根に飛び乗って学校までの道を近道して急いだ。
校門前の信号に引っ掛かり、足踏みしていたら隣にいた小学校低学年くらいの幼女が背広を着た小太りの中年に話しかけられていた。
「君、かわいいね。当職は弁護士の葉山。君と遊んでいいですか?」
男は得意げに胸の向日葵バッジを見せびらかせた。
ヨミは不快な光景に眉間に皺を寄せた。
(うわぁ…ロリコンかよ。てかその年じゃ弁護士って知らんだろうに)
無視する幼女に痺れをきかせた葉山は無理矢理幼女の手を引き、どこかに連れて行こうとした。
「やめてよ、おじさん」
ランドセルを背負った幼女は必死に抵抗した。
「とりゃっ」
ヨミが宙高くジャンプし、葉山の顔面を軽快に踏みつけた。
「誰だか知らないが、当職を侮辱したな。覚えてなさい」
めり込んだ顔を戻して葉山は言い捨ててどこかに逃げて行った。
「ありがと、おねぇちゃん。名前はなんていうの?」
幼女は乱れたツインテールを結び直しヨミにお礼を言った。
「夜宮 ヨミっていうんだ。大丈夫か?」
「うん、おねぇちゃん強いんだね。もしかして、人間じゃなかったりして」
幼女は意味ありげな目でヨミを見た。
ヨミは幼女の発言に驚き、慌てた。
「ちっ・・ちがうよ。俺、空手やってるからさ」
「ふぅん」
ヨミはふと幼女の首筋にある紅い紋に気づき、口をパクパクさせた。
「どしたの?」
「なっ・・なんでもな・・」
ヨミが言いかけると幼女は話を逸らすようにヨミに元気に手を振った。
「おねぇちゃん、ありがと。またあえたらいいね」
「そうだな。これからは気をつけるんだぞ」
手を振り返しながら、微かに嫌な予感がした。
「おい、ちょっと待てよ」
軽快なチャイムの音が鳴り響き、ヨミは見事に遅刻した。
「ただいまぁ」
学校から帰ってきためいとヨミが玄関に入ると、テルが飛び出してきた。
「ヨミ、また遅刻したでしょ。どんだけ家が好きなのよ」
テルは照れながら嬉しそうに言った。
「違うって、今日は深ーい事情があってだな」
言い訳するヨミにめいは苛立った。
「何よ、夜中ずっとゲームしてたからでしょ」
「いつもはそれだけど今日は特別なんだよ」
ヨミとめいはまた口喧嘩した。
「で、その深ーい事情ってなによ」
めいが机に肘を立てて言った。
「女の子をロリコン野郎から救ったんだよ。人助けしたのになんで怒られなきゃいけないんだ」
テルは話半分にルルとララにホットミルクをあげた。
「あら、えらいじゃないの」
ヨミはふと幼女の紋を思い出した。
「でも、その子・・首筋にフレイ家の紋があったんだ」
テルがホットミルクを吹いた。
「何言ってるのよ、フレイ家ってあたし達が生まれるよりとっくの昔に滅びたわよ」
フレイ家とは、千年前に栄えた十字架族の中でとりわけ美しいキャリスを生み出す名家<十字架貴族>であった。
彼らが生み出すキャリスはあまりに神聖で不可触で神に近い存在のものもあり、いつも鷲の翼に聖十字というフレイ家の紋が刻まれていた。
誰もがフレイ家の名を聴くだけで怖気つき尊敬するほどの名門であったが、テルが言った通りベーゼの出現と共に没落し、滅びたのだった。
「そいつの似顔絵、描いてやるよ」
ヨミはペンと紙を用意し、幼女の顔を描いた。
「絵をかくって」
テルは何かを思い出したのか笑いをこらえた。
「ほらよ」
ヨミがめいに紙をつきだすと、めいは唖然としていた。
「うわっ何よこの絵・・タコ?」
ルルララ姉弟がめいから紙を奪うと、笑い転げた。
「ヨルミアったらセンスなさすぎですわ」
テルは笑いすぎて涙を拭った。
「昔から絵が下手だったもんな」
何故か起こった笑いにヨミはふくれた。
「真面目に描いたんだぞっそんな笑うこたねぇだろ。確かに十字架族だったんだよ」
その頃、桜田町にある古い二階建ての法律事務所の前に例の幼女がいた。
「さっきは邪魔が入ったからできなかったけど、ちゃんと仕返ししなきゃね」
幼女は指を折りながら、ゆらりと動く銀色の巨大な鎧を引き連れた。
「おいっ出てこい」
幼女は照明が灯されていない真っ暗な事務所のガラスの戸を思いっきり叩いた。
すると、電気が灯されすぐに葉山が応じた。
「これはこれは朝の女の子じゃありませんか。さ、椅子に座りなさい」
幼女は黙ってパイプ椅子に座った。
葉山は温かい紅茶を差し出した。
「よく来ましたね。御用件は?」
「あなたを殺しに来た。ベーゼのあなたをね」
彼は幼女の言葉に高笑いをした。
「職業柄よく言われるんですよ。殺すってね。物騒ですよねー」
「ふざけないで!いいかげん人間の皮剥がしたらどうなのよ」
「まぁ、あせらないで」
葉山が顔を直角に傾けると肌が急に黒くなり、口から二枚の長い舌が出た。
みるみるうちに異形化し、八つの目を見開くとナマズ型のベーゼの姿になった。
驚きもしない幼女はその姿を鼻で嗤った。
「やっぱりね」
すると、大きな円盤状の物体が窓ガラスを派手に割った。
鋼鉄の鎧を身に纏った無表情の大女がゆらりと現れた。
「もうっ遅かったじゃないの」
無口な大女は左手を大きな盾に変え、総重量200トンの重さを感じさせないジャンプをみせベーゼの腹を回転鋸のように切った。
ベーゼは切られた腹を元に戻し、大きく裂けた口で大笑いした。
「やっぱり、十字架族だったか。貴様みたいな好物、すぐに犯してやる」
「めずらしく人間の言葉が喋れるのね。えらいえらい。でも、この銀影盾でバラバラにしてあげるわ」
十字架を胸に光らせた黒ずくめのバトルスーツに着替えた幼女はにっこり笑い、銀髪の大女に目で合図した。
大女は右手で盾をチェンソーのように回転させ、ベーゼに向けて飛ばした。
流星のような速さで盾が分裂し何十もの盾を作って切り裂いた。
ベーゼはバラバラに砕け散ってただの泥のようになった。
「やった・・」
幼女が油断すると、天井から不気味な笑い声が響いた。
「こんなんじゃ、死なない」
肉片がもぞもぞと動きだし、元のベーゼの形になった。
「こいつ復活するの?」
一瞬の逃げる隙も与えず紫の毒霧を吐き、幼女たちを攻撃した。
フレイ家の紋を背中に描かれた深紅のマントを翻し幼女は逃げたが、毒霧が部屋一面に充満したため、毒に当たり倒れこんだ。
「痺れる・・動けない」
「ハハハ・・さて、食うとするか」
ベーゼは嬉しそうに触角で幼女の脚を撫でまわし、黒ずくめのスカートをゆっくり捲った。
「・・なんてね。ボクは死人なんだよ。効くわけないじゃん」
幼女はけろっとした顔で起き上がった。
「なにっ演技だったのか」
驚くベーゼの背後から褐色の肌を筋だたせて大女が巨大な銀影盾を二つ持って飛び掛かった。
振り向くが遅く、盾で蝿取り草のようにベーゼを挟み込んだ。
大女は抵抗して開けようとする怪物を抑え込んだ。
「とどめだよ、銀武」
銀武という女は猫のような目を光らせて呟いた。
「闇に蠢く悪の影、聖なる鋼鉄の胎内で砕け散れ」
ベーゼは銀影盾の中で呻き声をあげて煙と共に消えて行った。
幼女は何もなかったかのようにスカートのほこりを払い、怪しく燿る月の方を向いた。
「さて、ボクの仲間を探しに行くとしよう」
銀武は幼女を片手で抱え上げ、幻影が消えて廃墟になった事務所を後にした。




