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魔宝族の授業




 俺は今二つの事に驚き、ここは日本ではなく異世界なんだとあらためて強く感じている。



 まず一つ目は、この学院についてだ。


 俺が“イーワルド”に召喚された時、遠くに見えた巨大なお城。“イーワルド魔宝学院まほうがくいん”と呼ばれ、国が運営している学校らしい。

 学び舎がお城という時点でいろいろ強烈なのだが、お城の中は外観以上にインパクトがある。


 城は、授業を受ける教室が集まった“講義塔こうぎとう”、生徒が寮生活を送る“学生塔がくせいとう”、様々な資料や文献を保管している“宝物塔ほうもつとう”。

 この三つの塔で構成され、道は迷路のように入り組んでいる。


 俺は授業に行くというレイヴァに連れられ教室まできたのだが……。


 階段を昇れば青く輝く海がある砂浜に出て、扉を開ければ農村広がるファンタジーな農村を通過し、トイレの個室をノックして入ると森の中という奇々怪々なルートを通ってきた。


 どうしたらそうなるんだよ!


 正直、帰り道もレイヴァと移動しないと学院内で遭難すると思う。



 そして二つ目。


 イーワルドには十の種族がいると聞いていたが、“まほう族”のレイヴァに会ったことで他の種族も人間っぽいと勝手に思っていた。

 ちょっと耳が尖っているとか、肌の色が少し見慣れない色をしているとか、別種族とは言えその程度だと。


 何が言いたいのかと言うと、教室の中がモンスターハウスだった……という話だ――。






 俺が通っていた学校とは比べ物にならない程に広い教室だ。

 部屋の中央には大きく立派な黒板が一枚浮いており、ゆっくりとした速度で回転している。

 その教壇を中心に、四方に向けて机が階段状に設置されていた。


 授業はまだ始まっている様子ではなかったが、俺とレイヴァが到着した頃には席にほとんど空きがなく、教壇に近い下の段の机まで行かないといけなかった。


 

「見てみろよ、本当に“人族”を連れてるぜ」


「恥ずかしくないのかしら、ブレイディア家も落ちぶれたものね」



 既に席に着いている生徒達は、こちらを見てクスクスと笑い始める。非常に感じが悪い。



(おい、ナポリ。ナポリ!!)


《なんじゃい、聞こえ取るわ》



 若干不機嫌そうな神の声が頭に響く。


 昨晩の問答の時に俺と神の間で決めたことなのだが、レイヴァは例外として、この世界には他者の心の声を聴ける種族がいる為、俺が神のことを神とそのまま呼ぶのはあまり好ましくないということになり、“ナポリ”という仮名を付けたのだ。

 本人はもっとオシャレな名前がいいと駄々をこねたのだが、やたら長ったらしく仰々しいものばかり候補に挙げるので、全て却下して今の名称に落ち着いた。



《それにしても、心の声のコントロール……うまくできておるみたいじゃの》


(だろ? 俺って結構飲み込み早いんだよ)



 “心の声のコントロール”も心を読まれた時の対策でナポリに訓練された。

 常に袋か何かで頭を包むイメージ、これを維持するとなぜか心の声を聴かれなくなるらしい。相手にえて聞かせたりしたい時は袋から心の声を取り出すイメージをするということなのだが……。

 まあこれも基礎でしかないので、相手の読心術が優れていると意味がないらしいが、とりあえずの処置として教えられた。



(って、そんなことじゃなくて! この教室内にいるレイヴァと同じ様な恰好の連中は“まほう族”ってやつなんだろうけどさ。二足歩行の犬猫っぽいのとか、手のひらサイズの小人とか、割と人間からかけ離れたモンスターがいるんだけど。なんだアレは?)


《カーッカッカッカ! モンスターとは言い得て妙じゃが、そんな言い草をしているとワシ以外の神々に殺されてしまうぞ。あやつらもイーワルドに住む十の種族、盟約を結んだ仲間じゃ》


(仲間? とてもそんな好意的には見えないけどな)



 化け物共も生徒達と一緒でこちらを見て笑っている。こいつらの嘲笑の対象はレイヴァというより俺に対してな感じはするが。



「ツルギ……、ここに座って」



 レイヴァにうながされ、彼女の右隣の席に腰かける。

 特にやることもないので、教壇の所でクルクル回っている黒板をぼーっと眺めていた。


 しばらくそうしていると、やがて教室の扉が開き、頬骨が浮き上がる程ガリガリに痩せた男とけしからん胸の女の人が入ってきた。

 男は一度見たことがある。俺がレイヴァに召喚された時にいた教師だ。


 女の人は見たことない。

 レンガ色の髪、尖った耳には見事な装飾が施されたイヤリングが輝き、白黒のまだら模様のビキニに腰には同色のパレオみたいな布を巻いている。

 

 非常に色っぽい恰好をしているが、それよりも目を引くのは頭に生えた黄色い角、そして膝から下が逆脚でひづめがあることだろう。



《あの女は“獣人族じゅうじんぞく”と呼ばれる種族じゃな。ベースは人族に近いが、獣の特性を持つ分だけ身体能力が高いぞ》



 ナポリが軽く種族について解説を入れてくれた。

 獣の特性を持つ種族か。創作の世界なんかだと割とお約束な感じだが、実際に見るとやっぱすごいな。



(たぶん牛の特性を持っているな。すっげえ胸してるし)


《聞こえておるぞ。この助平》



 おっとイカンイカン。つい心の声が漏れちまったぜ。


 ガリガリ教師は教壇に立つと、ぐるりと教室を見渡してボソボソと話始める。



「ゴホッ、ゴホッ、皆さん自分の“つかい手”をちゃんと連れてきているようですね。どちらかと言えば、今日の授業はこの学院に来たばかりのつかい手諸君に向けたものなので、しっかりと聞くように」



 相変わらず具合が悪そうに咳き込みながら男は話す。



「ゴホッ、ゴホッ、諸君も知っての通り、この世界“イーワルド”で人間と呼ばれる種族は十種存在します。種族間には戦闘における明確な力の序列があり、我々“魔宝族まほうぞく”は“種族階位”一位の崇高な存在です」



 十の種族がいることはナポリから聞いているし今更な情報だが、“種族階位”というのは初耳だ。

 力の強さで序列が決まるというのは何とも分かりやすいが、まほう族はそんなに強いのか。

 教室をざっと見渡しても強そうな化け物がいっぱいいる。そんな連中より隣の可憐な少女のほうが強いと言われても、なんとも信じられん。



(種族階位なんてものがあるんだな。人族って何位なんだ?)


《う~ん、ワシにもわからんのう。少なくともワシが封印されるまで、種族間でそんな順位付けなんてしとらんかったからの》



 どうやらナポリも初耳だったみたいだ。



「ゴホッ、ゴホッ、腕力の強い者。足の速い者。大量の魔力を持つ者。つかい手として召喚された君たちは各々自分の能力に自信があると思います。そんな君たち他種族より魔宝族まほうぞくが優れている理由をお見せしましょう」



 教師はけしからん胸をした牛の人の手を取り、そして。



「我が閃刃せんじんは汝と共に!!」



 男は先程まで覇気のない声でボソボソと喋っていたのが嘘のように、腹に響く大声で叫んだ。


 カッ――、っと教室内を光が包み視界を奪う。


 光が収まると教壇に男の姿はなく、牛の人だけがその場にいる。

 その手には、細身で先端が鋭く尖った片手剣、所謂いわゆるレイピアの様なものが握られていた。

 柄や手を保護する金属板の部分が綺麗な宝石で豪華に装飾されており、刀身を中心に小さなつむじ風が巻き起こっていた。


 レイピアの存在感はすさまじく、牛の人の人間離れした山脈よりも俺の目を惹きつけさせる。



「な、なんだアレ……?」


《あれは、魔宝族まほうぞくの固有能力、“武器化ぶきか”じゃな。言葉通り自身を特殊な力を宿す武器に変化させることができるんじゃ》



 思わず漏れた言葉に脳内でナポリの解説が入る。

 こういっちゃなんだが、まほう族という名前てきに杖で炎だしたり、マントで空飛んだりと魔法使いっぽいものを勝手に想像していた。

 まさか人間が剣に変身するなんて予想外だ。


 

『ゴホッ、ゴホッ、見ての通り我々“魔宝族(まほうぞく)”は己の肉体を武器にすることができます。その力はそこらの兵器とは比べ物になりません』



 レイピアから拡声器越しの様な音質でガリガリの教師の声が部屋内に響く。



「えい」



 本当に武器になっているんだと見入っていると、突然牛の人が目の前の何もない空間に剣を振るった。

 すると、刀身のつむじ風が一瞬にして教室を駆け抜ける。



「ギニャアアアア!!」



 後ろの席で猫耳の獣人が悲鳴を上げている。

 なんと風に巻き上げられて天上に張り付いていた。



「モ~、居眠りはダメですよ」



 牛の人がニコニコとそんなことを言っている。

 なるほど、これが“魔宝族まほうぞく”の“武器化ぶきか”した力か、剣の見た目に惑わされるところだった。


 というか、注意じゃなくて本気で殺る為に今のつむじ風使ったら、この場にいる奴全員の首を跳ね飛ばせるのではないだろうか。恐ろしい力だ。



『ゴホッ、ゴホッ、この武器化能力は強力ですが、武器の姿を取る以上一人では能力の全てを活用できません。ですから武器化した己を操る“つかい手”が必要なのです』



 教師は何事も無かったかのように話の続きを始めた。



『ゴホッ、ゴホッ、しかしその強力さ故に扱う側への負担が大きいのです。特に強大な力を持つ魔宝族まほうぞくにはそれ相応のつかい手が必要になります。ですから魔宝族まほうぞくは、武器化した自分の力を行使しても耐えられる力を持つつかい手を召喚するのです』


魔宝族まほうぞくは能力を使う為に自分を操るつかい手が必要。俺がレイヴァに召喚されたはそういう理由か)


《大体そんな感じじゃ。まあ正確に言うとお主をこの世界に送り込む為、魔宝族まほうぞくつかい手を召喚するという習性を利用させてもらっただけじゃがな》



 教師の話と脳内でのナポリの解説、二つを聞きながら情報を整理していく。



『ゴホッ、ゴホッ、ちなみに私のつかい手である彼女は“獣人族じゅうじんぞく”です。種族階位は第六位ですね。順位の高い種族をつかい手として召喚するということはそれだけ魔宝族まほうぞくとしての能力の高さ、つまりはどれだけ才能があるかという指標となります』



 再びカッ、と教室を光が包み込み教師が剣から元のガリガリ姿に戻る。



「ゴホッ、ゴホッ、一先ずここまでの話で何か質問のある人はいますか?」



 教師の問いに一人の魔宝族まほうぞくの少女が手を挙げた。



「ゴホッ、ゴホッ、それではコンプレッツォさんどうぞ」



 指名を受けた少女は自分の席を離れ、ツカツカと教壇の前まで移動した。その後ろを三メートルはあろうかという大男が付き従っている。



「先生並びにご学友の皆様は既に存知ているかと思いますが、この場を借りて改めて自己紹介をさせていただきますわ」



 わざわざ壇上前まで移動して何事かと思ったが、少女は黒いマントを翻し少し芝居がかった口調で自己紹介を始めた。

 


「ワタクシの名前は“ロウリィ・ボルトニング・コンプレッツォ”。実家はあの名家と名高い“コンプレッツォ”ですわ」



 ロウリィと名乗った金髪の幼女。

 ツインテールの先が雷の様にギザギザと癖が付いており、一度みたら忘れられないインパクトがある。

 背丈は低く、隣の大男の体格が人間離れしている所為もあり余計小さく見える。


 しかし、小さいのは身長だけで態度は非常にデカい。

 教師が設けた授業の内容に対する質疑応答で、私は良家の生まれですなんて自己紹介する奴初めて見たぞ……。



「そして隣にいるのはこのワタクシのつかい手。種族階位第三位の“闘鬼族とうきぞく”、“ソルガ・バーガンディ”ですわ」



 紹介された大男は腕を組んだまま特に何もしゃべらず黙っていた。


 赤銅色しゃくどういろの肌に人間離れした筋肉、そして額肩肘膝には鋭利な大角が生えている。

 頭付きの獣の毛皮を羽織り、その獣の頭を各部位の大角に突き刺して固定するという普通の人間には真似できないファッションだ。 



「ここは魔宝族まほうぞくとそのつかい手の為の学び舎ですわ。その授業で何故、人族が先生の授業を受けているのか……教えていただけるかしら」



 ロウリィは明らかにこちらを意識しながら芝居がかった喋り方でそんな質問を教師にしていた。

 何が面白いのか、ロウリィの発言に教室中の生徒はクスクスと笑い始める。



「ゴホッ、ゴホッ、それはその人族の彼がつかい手だからですよ。質問とはそれだけですか?」


「まぁ、種族階位“十位”の人族をつかい手に!? 最底辺の人族でも扱える武器にしか変身できない落ちこぼれがこの学院にいるという事ですの? なんて恥知らずなのかしら!」



 これまた芝居がかったその発言に、クスクスと笑っていた幾人かの生徒たちがゲラゲラと笑いだす。



《十位!? どういう事じゃい! なんでワシのかわいい子供達がその種族階位とやらで一番低い評価なんじゃ!!》



 ナポリが怒りをあらわにして声を荒げているが、俺は色々合点がいった。

 

 魔宝族まほうぞくは武器に変身する能力を有している。だが、その能力を使う為には武器になった自分を扱う者が必要であり、つかい手の強さが武器としての己の才能を測るバロメーターとなっているわけだ。

 自分たちを一位に据えた種族階位なんてもので、他人を評価している連中だ。

“十位”の人族を召喚するということは、最低であり、能無しであることの証明に他ならないのだろう。 


 この世界に来てからずっと感じていた不愉快な気持ち……、こいつらはレイヴァと俺を馬鹿にしている。


 隣にいるレイヴァを見る。

 彼女は無表情のままだが、女の子がこんな風に笑いものにされて傷つかないわけがない。



「おい、言いたいことがあるならハッキリ言えよ。この“チビ”」



 そんな言葉が自然と口から出ていた。


 このまま黙っていれば、恐らくレイヴァは何も反論しないだろう。それではだめだ。

 この手の嫌がらせは無視するとエスカレートする。 

 ちゃんと嫌なものは嫌だとアピールしないといけない。



 そして何より、俺は馬鹿にされるのが嫌いだ。



「チッ……!? な、何ですって!! 人族の分際で、このワタクシにチビですって!?」



 ロウリィのツインテールが一瞬ピンと逆立ち、顔をみるみるうちに真っ赤にしていった。



「そうだよ、聞こえなかったのか? 態度だけは“デカい”チビ女」



 俺のこの一言に、さっきまで俺達を馬鹿にして笑ってた生徒が今度はロウリィを笑い始める。 



「ソルガッ!!」



 笑いものにされたロウリィが怒気を含んだ声で叫ぶ。

 すると今まで腕組みをして沈黙していたソルガが前へ出てきた。



「やれやれ……、あまりうちのお嬢様を怒らせてもらっては困るな人族の少年」



 正直、ロウリィを挑発したらこいつが出てくるのは予想できた。


 種族階位とかいう序列の数字を無視しても、一目見てやばいと分かる相手。

 デカいし、角やら爪やら牙やらで尖ってるし、腕の太さとか俺の胴体くらいある。軽く撫でられただけで体がなくなるだろう。


 だが、引けない。


 俺はこの世界でやらなきゃいけないことがあるのだ。

 ここで怖気づいて声を上げなければ、この先もきっと恐怖に負けて逃げてしまう。



「モ~、喧嘩はダメですよ。やめやめ」



 内心もうだめだと諦めかけていたら、牛の人が俺とソルガの間に立ち仲裁に入ってくれた。



「ゴホッ、ゴホッ、そうですね。では、第三位の闘鬼族とうきぞくつかい手に持つ優秀なコンプレッツォさんには、次の“実技”の授業でブレイディアさんと同じチームになってもらいましょうか」


「ッ!? 先生!? 何故このワタクシがブレイディア家の人間と組まなければいけませんの!!?」


「ゴホッ、ゴホッ、実力差はあった方が、お互いに怪我をしにくいですからね。……それでは皆さん、次の授業は魔宝族まほうぞくとしての能力を使用する実技の授業です。くれぐれも己の力を誇示しようとしない様に。ではここまで、解散」



 教師が話終わると見計らったかの様に鐘の音が響いた。

 生徒達はゾロゾロと教室から出ていく。


 ロウリィはレイヴァをキッ、と睨み。



「ブレイディア! 貴方あなた、名家としての誇りはありませんの!?」



 レイヴァは何も答えない。相手を見据えて黙っている。

 ロウリィはレイヴァのそんな態度にフンと鼻を鳴らし、肩を怒らせながら去っていった。



《いや~、よう言うたわい。さすがは我が親愛なる息子じゃ! 褒めたるぞ、カーッカッカッカ!》



 ナポリは俺が言い返したことで、多少溜飲が下がったのか機嫌が直っていた。

 ……単純な奴。



「ツルギ……、次は屋外での授業。付いてきて」



 上機嫌のナポリに気を取られていると、レイヴァに声を掛けられた。

 レイヴァもあれだけ周りに笑われ、ロウリィにもいろいろ言われたはずなのだが。先程のやり取り等、まるで無かったかのようにいつもの調子だ。

 そんな彼女に少し毒気を抜かれつつ、俺は彼女の後を付いていき教室を出るのであった。






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