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レイヴァ・フレイムテイン・ブレイディア




《目覚めよ……、目覚めるのじゃ勇者よ……》



 壮大な物語が始まりそうな声に導かれ、意識が徐々に覚醒していくのが分かる。

 というか、すごく聞き覚えのある声だった。

 人のやる気を削ぐのが趣味ですと言わんばかりのふざけた態度が鼻につく。


 神だ。


 見知った相手、という訳ではないがとりあえずは知っている相手の声が聞こえて俺は少し安心していた。

 


《ふざけた態度とはなんじゃい! いいから起きろー!!》



 神のがなり立て声にしぶしぶ目を開けると、自分が天蓋てんがい付きのベッドに寝かされていることに気づいた。

 ベッドは大きく、キングサイズくらいは余裕である。

 そんな大きなベッドが置いてあるにも関わらず、部屋はスペースが余るくらい広い。学校の教室くらいはあるだろうか。


 しかしそんな広い部屋にも関わらず、インテリアは木製の勉強机にクローゼットと本棚があるくらいで非常にシンプルだ。

 物がなさ過ぎてあまり生活感を感じない。


 どこだここは?



《ここは“イーワルド魔宝学院”学生寮の一室じゃな》 



 ここが学生の部屋? 随分と広いな。


 ……というか、当たり前の様に話しかけてきているが、一体どこから声を掛けてきているんだ?

 少なくともこの部屋内に神の姿は確認できない。

  

 

《いや~、すまんすまん。ワシの力の大部分を譲渡した関係で、お主の精神に接続アクセスするのが難しくてな。こうして話かけれるようになるのに時間が掛かってしもうたんじゃ》



 詳しいことはよくわからないが、お前は今もあの真っ暗な空間にいて、そこから俺に話しかけているってことでいいのか?



《そんな感じでよいぞ。今のワシは声をお主に送るのが精一杯じゃから、この世界の知識を教えたり何か助言するくらいしかできんが、可能な限りフォローするつもりじゃ》



 そいつはありがたいことで。

 そもそも俺がこうして駆り出されたのは、神本人ではあの空間から出られないって話だったからな訳で、こうして声だけでもサポートしてくれるだけマシな待遇と言えるだろう。


 正直このまま完全に一人で異世界に放り出されたらどうしようって思ってたくらいだ。



《ん? 待て、誰か来たようじゃぞ》



 神がそう言うと、ドアがガチャリと開き、一人の少女が部屋の中に入ってきた。



 “レイヴァ・フレイムテイン・ブレイディア”――。



 真っ赤な髪に深紅の瞳。可愛らしい見た目に神秘的な雰囲気を纏った、この世界で最初に出会った第一異世界人だ。


 レイヴァは俺の姿を確認すると、特に何も言葉を発さずに勉強机の椅子をこちら側に向けて腰かけた。

 表情から何を考えているか全く読めない。ジーッとこちらを見つめてくるだけである。



「お、おはよう。レイヴァ」



 とりあえず挨拶してみる。

 レイヴァは特に答えず、黙って俺の頭の上あたりに視線を移動させていた。

 返事をしてもらえないって地味に傷つくな……。



「あなた、誰?」



 どうやら忘れられていた様だ。傷つくどころの話ではない、めっちゃ悲しいんだが。


 しょうがない、もう一度自己紹介して覚えてもらうとするか。

 こういうのは根気がいるもんさ、一度でダメなら二度三度ってね。 



「まったく、忘れないでくれよ。俺の名前は“ひじり つるぎ”だ。ツルギと呼んでくれって言っただろ?」



 もしかしたら最初に淡々とした話し方をしたのがまずかったのかと思い、外国人風にちょっと身振り手振りを加えながらオーバーな話し方をしてみた。

 オイオイ、ジョニー勘弁してくれよ、HAHAHA。みたいな。


 するとレイヴァは視線を落とし、俺と目を合わせて頭にハテナマークを浮かべた。



「ツルギじゃない……、上の人」



 俺のことはちゃんと覚えているみたいだ。ちょっぴり安心した。


 それにしても上? 上を向いても人などもちろんいない。あるのはベッドの天蓋てんがいだけだ。

 レイヴァは何のことを言っているんだ?



《ひょっとして、ワシの事をいっておるのかのう》



 神がそんなことを言ってきた。


 そもそもお前の事を俺以外の奴が認識できるのか?



《普通に考えれば、あり得んことじゃな。他者の心の声を聴ける“耳翼族エウルフぞく”でも、神であるワシの声を盗み聞くことなぞ出来はせん》



 他人の声を聴けるって……そんなやばい種族もいるのか、等と考えつつも一先ずレイヴァに確認を取ってみる。



「上って何のことだ? ここにはレイヴァと俺しかいないぞ?」



 別に隠す必要もないが、レイヴァの言っている事がもし違った場合、俺は神のお告げを聴ける頭のおかしい人、という事になりかねないので確認が取れるまでとぼけることにした。



「自分の事を、神って言っている人」



 確認終了。

 聞こえているみたいだ。



《とりあえず、ワシが“人族”の神であることは誤魔化せ……、盟約を反故にし裏切ったのがどの種族の神か分からん以上、極力ワシの存在は隠せ》



 聞かれるのを警戒してか、めちゃくちゃ小声で囁くような音量で語り掛けてきた。

 心の声がそんなことで聞こえなくなったりするのだろうか。



「あー……この声は、ナポリタンモンスター教の主神、“ナポリ・タン・ケチャップソース”様のものさ」


《誤魔化せとは言ったが、ワシをお主のよくわからん邪教の神にまつり上げるのやめてくんない?》



 だって、咄嗟に思い浮かばなかったんだもん。



「ナポリ……? ツルギは変わったお友達がいるのね」



 レイヴァは特に深く言及しては来ず、そのまま机の上に置いてあった文庫本くらいの小さな本を読み始めてしまった。


 こちら側から本の中身は見えないが、結構なペースでペラペラとページをめくっている。

 レイヴァの読むスピードが速いのか、本の内容が薄っぺらいのか分からないが、あっという間に読み終えてしまいパタリと本を閉じてしまう。


 すると、それと同じくらいのタイミングでドアをノックする音が部屋に響いた。

 おそらく会話でもしていたらドアのノック音など聞こえないくらい広い部屋だが、現状全くといいほど会話が弾んでいなかった為問題はなかった。


 そしてガチャリとこちらの返事も待たずに扉は開かれ、なんとメイドが入ってきた。



「お、本当につかい手が人族やん。レイヴァお嬢様の人族好きもここまでくると感心するでホンマ」



 秋葉原にいるようなゴスロリ調のメイド服ではなく、丈の長いワンピースタイプの所謂いわゆるヴィクトリアンメイドみたいなメイド服。

 茶髪に青目、顔立ちもレイヴァ程ではないが、かなり綺麗な部類に入る。

 スタイルもよく、スラッとしていながらも出るとこ出ていて大人の魅力がある女性だ。


 だからこそ、テレビで観る似非関西弁っぽい喋り方の違和感がすごい。



《お主はワシのやった力の影響で、イーワルドの言葉を日本語に自動翻訳して聞いている状態じゃ。この者の話し方は訛りが強い、日本語に訳すと大体こんな感じ、くらいの認識で良いぞ》



 ああ、道理で今まで特に問題なく会話できていたのか。てっきりイーワルドも日本語喋る世界なのかと思っていたぜ。



「お嬢様に感謝しいや少年。人族のつかい手なんてここ数十年いなかったもんやから受け入れる部屋がなかったんや、本来なら馬小屋で寝る羽目になるところをこの部屋使わせてもらえるんやで」



 やっぱりと言うか何というか、レイヴァは良家のお嬢様なんだな。

 会ったばかりの時も周りから名門“ブレイディア家”なんて言われてたし。


 そんなレイヴァに口利きしてもらえていなかったら、今頃馬小屋にいたわけか……。



「まあウチら学院の使用人も人族がほとんどやしな。少年の境遇には同情してるんやで。何か困ったことがあれば相談しいや、なるべく力になってやるさかい」


「あ、ありがとうございます」


 メイドさんは俺と同じ人族なのか、まほう族のレイヴァと何が違うのか外見じゃよくわからないな。


 そんなことを考えていると、メイドさんはクローゼットを開けてレイヴァの服を脱がし始めた。



「ちょ!?何してるんですか!!?」


「何って、もう就寝の時間や。着替えんとお嬢様寝られんやん」



 そう言いながらもメイドはテキパキとレイヴァの衣服を脱がせ、白いネグリジェの様な服装に着替えさせた。



「ね、寝るってこの部屋で!?一緒に!!?」


「当たり前やろ、お嬢様の部屋なんやから。……はは~ん、少年。なんやいかがわしいこと考えとるな~? やめといたほうが身のためやで、人族からしたら魔宝族まほうぞくはごっつ力が強いからな。変なことしたら首へし折られるで」



 この部屋を使わせてくれるって、レイヴァが自分の部屋に寝かせてくれるって意味だったのか!?

 マジかよ、女の子と同じ部屋で寝るとか緊張して眠れねえよ。



「ほな、少年。ウチは廊下出て左突き当りの使用人室にいるから、何かあったらそこに来てな。お腹空いたら夜食も簡単にやけど作ってあげるから」



 メイドさんは脱がせたレイヴァの衣服を抱えてそんなことを言いつつ部屋から出て行った。


 気まずい沈黙が流れる。



《よかったのう、これはあれじゃ、ラッキースケベって奴にも期待できるんじゃないのか? ん?》



 声色からニヤニヤしている姿が容易に想像できてムカつく。


 そんなやりとりをしていると、隣でスースーと寝息が聞こえてきた。

 いつの間にかレイヴァはベッドに入り込み、眠っていたのだ。



《相手はお主の事など意識しておらんようじゃのう? カーッカッカッカ!》



 うるせえ! このナポリ野郎!!



《あ! 何しれっとワシにその変な名前を定着させようとしておるんじゃ!!》



 異世界での初夜――。

 隣に美少女が無防備に寝ている状況で眠れるほど俺の神経は図太いはずもなく、朝まで神と脳内バトルを繰り広げる羽目になった。






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