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出会いと契約




 晴れ渡る空――。


 俺はどうやら仰向けに寝転んでいるらしい。


 目の前には、俺の事を心配そうに覗き込む少女の顔がある。

 めちゃくちゃ可愛い。たぶん今までの人生で見た誰よりも。


 最初に目に留まるのは、腰辺りまで伸びた赤髪、真ん中あたりで一度結ってまとめただけのシンプルな髪型。そして髪色に負けない鮮やかな深紅の瞳である。  


 目はクリクリと大きく、身長の低さも相まって愛らしい小動物の様な印象を受けた。



「大丈夫? “召喚”……初めてだったから。痛いところ、ない?」


「召喚?」



 こちらを覗き込んでいた少女は黒いマントを羽織っている。

 中からクリーム色のベストと白いブラウスが見える。スカートは灰色のチェック柄。首元の赤いリボンには獅子っぽい何かと竜っぽい何かを模したブローチが付いていた。


 全体的にいかにも魔法学校の制服です、といった感じのデザインだ。


 体を起こし辺りを見渡すと、彼女と同じ様な恰好をした男女が数十人程いる。男はスカートとリボンの代わりに、同色のズボンを穿きネクタイを締めていた。


 ここは開けた野原であり、見たことない草花が生えている。

 遠くにはどこぞのテーマパークにでも建ってそうな石造りの巨大な城が見える。


 ファンタジーな光景だな。


 海外旅行などしたことない俺にとって、この見慣れない景色は、映画やテレビの世界の様に感じて今一つ現実感がない。



「平気……?」



 おっと、いかんいかん。

 少し呆けていたせいで、女の子を放置しすぎていたな。

 状況を整理したいし、とりあえずは目の前の女の子にいろいろ聞いてみよう。



「あ~っと、ごめんごめん。気が付いたら知らない場所にいたからさ、ちょっと混乱したんだ。ここがどこか教えてもらえる?」



 覚えている限りだと、例の神にデロデロしたものを飲まされたら意識が飛んでここにいたんだよな。

 ん? いや待てよ、確か足元に魔法陣っぽいのが浮かんでいたな……。それに、その時聞こえた不思議な声と、目の前の女の子の声が似ている気がする。



「ここは、“イーワルド魔宝学院まほうがくいん”」



 イーワルド……、神の話を聞いた時にでた単語だな。

 確か、十の種族が共存する世界……だったか?



「私は、“魔宝族まほうぞく”の“レイヴァ・フレイムテイン・ブレイディア”」


「俺の名前は“ひじり つるぎ”」


「ヒジリツルギ?」


「ツルギでいいよ。レイヴァ」


「うん……分かった。ツルギ」



 まだほんの少ししか会話をしていないが、俺はレイヴァに対してすごく内気な少女だな、と感じた。

 愛くるしい見た目だが、びっくりするくらい無表情で言葉も必要最低限なものしか喋らない。

 ただ印象としては、人見知りの暗い子……というより、謎めいた神秘的な女の子といったほうがしっくりくる。


 笑ったらもっと可愛いのに、等と考えてしまう。

 正直なところレイヴァの外見はかなり俺好みだ。出会った場所がこんなよくわからない場所でなければすぐにでも惚れていただろう。



 まあ、そんな話は置いておいて。



 “まほう族”……か、これは神様との話でも特に出てきていなかったな。


 だが予想は付く。


 先程の会話で“イーワルド”というワードがでた。偶々《たまたま》同じ単語だった可能性もなくはないが、まず間違いなくこの場所は神の言っていた異世界“イーワルド”の可能性が高い。


 彼女は、イーワルドには盟約を結んだ十の種族がいると言っていた。“まほう族”とはその内の一つなのだろう。 

 名前から推測するに、杖とか持って魔法をバーンと使う感じだろうか? 恰好もそういう映画とかに出てきそうだし。



「人族!?」


「おいおい、嘘だろ。 名門“ブレイディア”家の“つかい手”が人族なんてよ」


「でも彼女って“ブレイディア家”の人間の割には“武器化ぶきか”も満足にできないんでしょう? つかい手が人族なのも納得よ」



 俺とレイヴァのやり取りを静観していた外野が、ザワザワと騒ぎ始めてきた。

 聞こえてくる内容はあまり好意的ではない。

 どちらかと言うと、俺とレイヴァを馬鹿にしている様に聞こえる。

 


「ゴホッ、ゴホッ、皆さんお静かに……、まだ“授業”の途中ですよ」



 喧噪渦巻く人垣を割って、頬骨が浮かび上がるほどガリガリに痩せた、顔色の悪い男性が現れた。

 年齢は四十代くらいだろうか? 茶髪には白髪も少し混ざっており、具合が悪そうな表情の所為で更に老けて見える。


 立てたえり袖口そでぐちのおかげで、裏地が赤と分かる真っ白のコート。長さは膝下くらいまである。

 右肩から前部にかけて金の飾緒かざりおが吊るされていて、左胸には、レイヴァ達が付けている物と同じデザインのブローチの他にもう二種類ブローチが付いていた。

 羽織っているマントは黒ではなく、コートと同色の白色。履いている黒色のロングブーツは鏡の様に磨き上げられていて、顔が映りそうだ。 


 一人だけやたら凝っている服装、先程の“授業”という言葉から、ガリガリの男がこの一団の統率者であり教師であることは容易に想像がついた。



「ゴホッ、ゴホッ、ブレイディアさんも無事、つかい手の召喚に成功した様で安心しました」



 男はこちらを一瞥いちべつすると、憐れみの表情を浮かべてレイヴァに視線を戻した。



「ゴホッ、ゴホッ、いや、安心するのは早かったですね。過去にも人族を召喚んでしまった才能なき者達はいました。その末路は語るまでもないのですが……」



 才能が“ない”だの“末路”だのと酷い言い草だ。

 言い方もまるで俺がこの場にいることが原因みたいに聞こえる。


 ……いや、たぶんそうなんだろうな。



「ゴホッ、ゴホッ、名門ブレイディア家のあなたが、“人族”の少年を“つかい手”として選ぶというのは、かなり問題が多いです。ゴホッ、ゴホッ、彼をつかい手とするくらいならいっその事、召喚は“失敗”した……とする事をススメます」



 ……ん?


 なんだ、“失敗”した事にするって……。


 それってつまり、俺は最初からいなかったてきなアレか? 消されるってことか!? ヤバイ、異世界きていきなり大ピンチじゃん!


 どうする? また走って逃げるか? この人数相手に逃げきれるとは思わないけど、黙って殺されるわけにもいかないしな。



「私は、彼を“つかい手”にします。“失敗”ではありません」



 逃げる隙を窺っていると、庇う様に俺とガリガリ教師の間にレイヴァが割って入ってくる。

 距離が近い為か、鼻先をかすめた赤い髪からほんのりと女の子特有のいい香りがした。


 一瞬の沈黙、走る緊張。


 どうなるんだ、と成り行きを見守っていると先に教師が口を開いた。



「ゴホッ、ゴホッ、……そうですか。分かりました。ではそのままつかい手に“依り代”を捧げて“契約”してください」



 男はこちらを見た後やはり憐れみの表情を浮かべ、その後苦虫を噛み潰した様な顔になった。

 レイヴァは教師の指示にコクリと頷き、こちらにゆっくりと振り向いた。

 彼女のおかげでとりあえずは助かった……のかな? なんだか気が抜けてしまう。



「手を……」



 そういうと彼女はひざまずき、俺の左手を取った。



「え、ちょ、な、なん!!?」



 可愛い女の子に手を握られるなんて初めてだったので、思わず変な声を出してしまう。


 ボディタッチの多い女は計算高くてあざといから好みじゃない、等とかっこつけて言ってた時期もあったが……、正直もうどうでもいいッス。

 可愛い異性に手を握られる、その事実だけでこんなにも晴れやかで満たされた気分になるのなら相手の思惑おもわくなんてどうでもいいじゃない!



「我が第二の心臓を捧げ、汝とちぎるは盟約の誓い。聞け、我が名は“レイヴァ・フレイムテイン・ブレイディア”」



 俺の手を握ったまま、レイヴァは怪しげな呪文を唱え始める。

 握られた手がカーッと熱くなっていく。

 

 何事かと思い目をやると、握られた時に付けたのか、左手薬指に“指輪”がはまっていた。

 そしてレイヴァの呪文に呼応するかの様に指輪に付いた赤い宝珠がその輝きを徐々に増していく。

 不思議なことに指輪はまるで、最初から体の一部であったかの様に体によく馴染んだ。



「えっと、レイヴァ……この指輪は何?」


「“契約の証”、あなたと私を繋ぐ“依り代”」



 なるほど、全然分からん。


 とにかくレイヴァは口数が少なすぎる。

 聞いたら聞いたことだけしか答えない。

 別に拒絶されてるとかそういう嫌な感じは受けないし、むしろその口数の少なさがミステリアスで可愛いのだが……。


 って、そういう話ではなく。情報を集めたい現状で、彼女に話を聞いていても時間がかかりすぎる。


 こんな時に俺をフォローするとか言っていた自称神はどこに行ってしまったのだろうか。

 このまま俺を異世界に放りっぱなしにしてさようなら、ということはないと信じたいが……。



「ッ!? いて、痛ててぇ、痛ぇー!!」



 突然、身体中に耐えがたい痛みが走った。 

 指輪が眩しいくらいに光っている。



「ゴホッ、ゴホッ、やはり人族は脆弱ですね。契約時の適合作業ですら痛みで声をあげる。ゴホッ、ゴホッ、安心しなさい、ソレで死ぬことはありません」



 ガリガリの教師がそんな事を言ってきたが、冷や汗をかく痛みの中で俺は、言葉を理解する余裕等なかった。

 

 俺の手を握ってくれるレイヴァの表情は相変わらず起伏が少なくて、何を考えているか分からない。

 が、手のひらを通して伝わるぬくもりから、俺の事を心配してくれている事は感じられた。



 そして激しい痛みの中俺はまた意識を失った。






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