神との出会いと旅立ち
目の前には只々、ひたすらに真っ暗な空間が広がっていた。
「お~い、誰かいないのか~」
俺の声は暗闇に虚しく響く、返事は返ってこない。
真っ暗で明かり一つないはずなのに、なぜか自分の姿はしっかりと見える。
見慣れたぼさぼさの黒髪、くたびれたブレザータイプの学生服、履き物はローファーではなく上履きだった。
そう、確か……、俺は学校で授業を受けていたはずだ。
「意味わかんねえ……」
普段なら口に出すこともないが、こうして声に出して喋らないと気が狂いそうだ。
ここは足裏に感じる地面の感触と、発した自分の声くらいしか刺激がない。
「よう来たのう、我が親愛なる息子よ」
あてもなく彷徨っていると、どこからともなく俺に対して呼びかける声が聞こえてくる。
ポゥ、と目の前に青白い光が淡く浮かび上がり、中から自分と同い年くらいだろうか、十七歳前後の少女が現れた。
少女は足元まで届きそうなストレートロングな白髪に、白い瞳、白い肌、白いワンピース、と白尽くしな見た目をしている。
目鼻立ちがハッキリとしており、日本人の顔とは明らかにつくりが違う。ありていに言って、すっごい美人だ。
しかし、息子とはどういう意味だろう。俺の母親は二児の子供を持つ、御年四十二歳の専業主婦のはずだ。
こんな、出来ればお付き合い願いたい美人の息子に等なった覚えはない。
「お~い、聞いとるか~?」
自称“俺の母”は反応なく呆けている俺に対して返事をしろ、と手をブンブンと振ってアピールしてきた。
その愛らしい姿を見て確信する。絶対俺の母親等ではない。
「あの、どちら様でしょうか?」
見た目に似合わない年寄り臭い話し方をする、控えめに言って不審者な目の前の少女にとりあえず質問してみる。
様子から察するに、俺をこんな怪しい場所に連れてきた何者かに関わりを持つのは間違いない。もしかしたら少女が張本人かもしれないが……。
いずれにせよ、この質問の答えによっては全力で逃げ出さないといけなくなる。
「ワシか? ワシは“人族の神”じゃ。“聖 剣”君」
「……宗教の勧誘?」
「ちゃうわい!!」
自称“母”は自称“神”にクラスアップした。
やっべぇよ、神を自称するとか怪しい宗教団体の中でも割と頭のおかしい部類の奴じゃん。
しかも“聖 剣”君って……。
俺の名前まで割れてるんだけど、これ身元バッチリ分かってますよって脅しかけられてるじゃん。
……、とりあえず逃げとこ。
「あっ!?」
「すんません! そういうのほんと間に合ってるんで!! 俺、ナポリタン・モンスター教の信徒なんで他宗教はお断りします!!」
右も左も分からない真っ暗闇だが、とりあえずは少女のいる方向と逆に進めば問題ないだろう。
そう思い俺は、障害物にぶつからないことを祈りながら全力疾走した。
今はとにかく少女との距離を空けないとダメだ。こんなところで捕まって等いられない。
「あいや、待たれい! ワシのことを不審に思う気持ちは分からんでもないが、少し話を聞くのじゃ」
少女がパンパン、と手と打つと俺の体がフワリと宙に浮かび上がり自由を奪われる。
「って!? ちょ! ええええええ!!?」
スススッ、と浮いたまま少女の元まで引き寄せられ、目の前に降ろされた。
想定外の事態に俺は、変な声を上げてキョドるしかできなかった。
「スミマセン、スミマセン! オムライスケチャップソース教からあなた様の宗教に改宗致しますので、どうか命だけは取らないでー!!」
「命なんて取らん取らん、というかさっきと宗教名違うし……」
少女はナイナイと手を振る。
どうやら殺されはしない様だ。助かった。
それにしても、人間を宙に飛ばすとかマジで神様なのか? いや、神じゃないにしてもただの人間でないことは間違いないだろう。とりあえずは暫定“神”ってことにしておくか。
「ゴホン、え~じゃあまず前提としての話をするぞ? さて、親愛なる息子よ……君は既に“死んでいる”」
何やだこの子こわい……。
神様系女子が今度は世紀末救世主みたいなことを言い出して俺は軽く困惑した。
「実感はないかもしれんがの、つい先ほど君を含めて君のいた世界は“喰われたんじゃ”」
「世界が喰われた? 何に?」
「“魔王”」
オーケーオーケー、一旦落ち着こう。
話が荒唐無稽すぎてついていけない。というか、いろんな要素をぶち込みすぎだ、闇鍋でも作る気かこいつは。
「ちょっとおっしゃってる意味がよくわからないです」
「じゃろうな。この段階で分かったら、とてつもなく物分かりがいい切れ者か、分かった気になっておる愚か者じゃ」
いいから最後まで黙って聞け、と彼女は話を続ける。
「よいか? 世界は決して一つではない。それこそ夜空に輝く星の数以上に世界は存在する。ワシの様な神々はそれを管理し、そこに住まう子供達に恩恵を与えることで信仰を得ておる」
「信仰を得るとどうなるんだ?」
「めっちゃ元気になるぞ」
なんだかこの自称神様は、人が真面目に話を聞こうとする意欲を削いでくるな……、わざとか?
「子供達……というのが、“人族の神”であるワシであれば正にお主みたいな人間のことを指すのう」
「……“人”族ってことは、他にもいろんな種族がいるってことか?」
「お、察しが良いな。他に九種類の種族がおって、それぞれにワシの様な種族を司る神が存在するぞ。人族を含めて全部で十種類じゃな」
八百万の神なんて言って、日本の宗教観てきには米粒一つにすら神様がいる勢いなのに、蓋を開けてみると実際はたいして数がいないんだな。
家畜に神はいない……ってやつか。何とも世知辛い世界だ。
ん、待てよ? 神は子供達から信仰を得るのが目的みたいなこといってたっけ。ってことは、神を崇め信仰するくらい知能、というか文化がないと神は存在しないとかそういう感じなのか?
「まぁ、半分くらいは当たりじゃな。そんな感じの認識で良いぞ」
「ナチュラルに心の声を聞くなよ」
読心術使えんのかよ、さすがは神を自称するだけはあるな。迂闊なことは考えないようにしなければ。
「話はここからじゃ、一つの世界に一種族しかいなければ特に何の問題もないんじゃがの。稀に複数の種族が同時に存在する世界があるでな、コイツが中々厄介なんじゃ」
「厄介……?」
「うむ、いろんな種族がそれぞれ別の神を崇めていたら、争いの二つ三つくらい起きないはずないからの。元の世界でもあったじゃろ? 宗教戦争ってやつ。アレのもっとヤバイ感じのを想像してくれれば良いぞ」
「へ~、そういうのってどこの世界でもあるんだな」
「子供たちが血を流すのは、ワシら神としても望むところではないのでな。遥か昔に禁じたのじゃ。ワシら十柱の神々が“盟約”を結ぶことでな」
神々が盟約を結ぶとか、まるで神話のお伽話みたいだ。いや、自称とはいえ神の話なんだから神話でいいのか。
「そうして十の種族全てが一緒に住む世界、“イーワルド”が出来たのじゃが……、神々の中で裏切り者がでよってな。信仰の力を欲する余り、自分の信徒以外の魂を喰らい始めたんじゃ」
「魂を喰らうって……、そいつが魔王?」
「そうじゃ。ただ、十柱いる神々の内どいつが裏切ったのか分からん状態でな。困っておったのじゃ。……そこで、裏切り者を我が親愛なる息子である“人族”、つまりはお主に見つけ出してもらって、ぶっ殺してもらおうかと思ってのう」
……。
「そこで、じゃないよね? 会話の流れがめっちゃ不自然に曲がったよね? 今」
なんで神々のいざこざに俺が巻き込まれなきゃいけないんだ。そもそも唯の人間である俺が神なんか殺せるわけがない。
「無理だ。自分でやれ自分で、俺を巻き込むな“カ・ミ・サ・マ”!」
「できればそうしたいのは山々なんじゃが……、お主はここがどういう場所か分かるかのう?」
質問の意味がよくわからないが……。
いわゆる神の間とかそういう場所じゃないのか?
「ワシ、裏切った神の罠にかかって、この場所にかれこれ数百年の間封印されとるんよね。だから基本的に外界に干渉できんのじゃ」
数ひゃ……!? それはまた気の遠くなるような話だな。そんなに長い間、この何もない所にいたのかこいつは。
「それに、この話を断ってもお前さんに帰る世界なんてないぞ? なんせもう魔王に喰われて消滅しとるからな」
実に痛いところを付いてくる。
この話が真実であれば、確かに俺に帰る世界なんてない。というか、話のスケールが壮大すぎてよくわからないし、帰っていいよと仮に言われてもどうすればいいかなんて皆目見当も付かない。
……最初から俺に選択の余地などない。むしろ一応形式だけでもこうして選択させてくれるだけこいつはいい奴なのかもしれないな。
「ワシの代わりに魔王を倒してくれれば、この封印も解ける。そうすれば元いた世界を修復することも可能じゃ。何だったら元の世界に帰すときにいくつか人生を楽に過ごせる特典を付けても良い。悪い話ではなかろう?」
「特典? すごい金持ちになったり、文武両道の天才になったりするのか? う~ん、確かにそれは魅力的かも……」
神の魅力的な提案に心が揺らぐ。
むしろ成功報酬がでるのであれば割といい話ではないのだろうか?
「おっし、決まりじゃ! よろしく頼むぞ息子よ。な~に、ちゃんとワシもフォローするから安心せい」
安請け合いしてしまっただろうか……。
俺はとんでもない使命を背負った気がする。
「それでは早速、ワシの力を分けてやるとするかの。ちょっと待っとれ」
「え、そういうのくれる感じなの? ラッキー……」
喜んだのも束の間、少女はいきなり自分の口に手を突っ込み、オエ、オエ、とえずき始めた。
「え……ちょっと待って、なにして、え……?」
そして、デロンと粘液塗れのビー玉のようなよくわからない物体を吐き出したのだ。
それをこちらに差し出してきて……。
「はい! ア~ン」
「ふざけんな! いらねえよそんな汚ねえもの!!」
「えい!」
ピンッ、と玉を指で弾き飛ばし、文字通り神がかったコントロールで、デロデロの玉を俺の口に叩き込んできやがった。
「オエェェ、お前まじふざけんなよ。飲んじまったじゃねえか」
グラリ、と突然視界が揺れる。
目の前の少女の顔がぐにゃぐにゃと曲がって視える。
そして胸が急に焼かれるように熱くなり、どんどんと意識が遠のいてきた。
気づくと、足元には映画やアニメで観るような魔法陣が浮かび上がっており、光を放ち始めている。
「一体……、何がどうなって……」
『我が……に、……えし、…い手よ……たまえ』
頭に知らない声が響いてくる。
か弱く儚い、しかし聞いてるだけで不思議と落ち着くそんな声だ。
朦朧とした意識の中、目の前の少女はこう言った。
「……本当に申し訳ない。親愛なる息子よ。もうお前さんに頼るしかないのじゃ」
少女の先程までとは違う寂しげな表情にドキリとしながらも、俺の意識はそこで途切れた。