最後のお見合いに臨む侯爵令息と幼なじみの伯爵令嬢は、今日も2人でお茶会を開く
『幼なじみのお見合い失敗シリーズ』完結編です。
前作・前々作を見てからの方がより楽しめると思います。
色とりどりの花が咲き乱れる伯爵家の庭園。
その一角に用意されたお茶会の席で、侯爵令息ジェードが盛大に吼えた。
「何故、上手くいかないんだ! 俺ほど将来有望で好条件の男が果たしているか? いや、いない!」
段々と熱くなっていくジェードに対して、伯爵令嬢ルチルは冷めた目でジェードを見つめる。
「しかも今回のお見合いは完璧だったはずだ! それなのに何故上手くいかないんだ!?」
「つまり、完璧では無かったということでしょうね」
「うっ」
情け容赦ないルチルの正論がジェードの胸を突き刺す。
本来なら、家格も年齢も下のルチルが格上で年上のジェードにこんな事を言えば不敬に当たる。
しかし、幼なじみである2人の関係は、こんな会話も許されるほど気安い仲なのだ。
その証拠に、ジェードはルチルを咎める事もなく、わざとらしく咳払いをすると、別の話題を切り出した。
「そういえば、ルチルもこの間のお見合いが上手くいかなかったと聞いたが、何か問題があったのか?」
ジェードの言葉で、まるで走馬灯のように歴代のお見合い相手達がルチルの脳裏を過ぎって行く。
そのあまりにも個性的すぎたお見合い相手達のことを思い出すと、自然と遠い目になってしまうのも仕方がない。
「ジェード様。私ももう18になります。結婚に夢や憧れだけを抱いているわけではありませんし、相手の方にも多くを望むつもりはありません。しかし、お見合いの場に5人もの女性が乗り込んでくるような男性と、一生添い遂げる気にはなりませんでしたわ」
ルチルの衝撃発言にさすがのジェードも言葉を失う。
これまでのルチルのお見合い相手は、マザコン・ナルシスト・暴力男のスリーカードだったが、今回の浮気男を入れてダメ男のフォーカードが揃ったらしい。
ここまでいくと、もはや作為的なものを感じて、ジェードが眉を顰める。
気まずい沈黙の中、ほぼ同時に2人がティーカップに口をつけた。
すでにお茶会も終盤を迎えていたため、ジェードが持参した人気店のスイーツもすでに無い。
ふーっと細く息を吐き、先に沈黙を破ったのは、ジェードの方だった。
「こうしてルチルとお茶会をするのも、これが最後かもしれないな」
「えっ?」
今度はルチルが驚く番だ。
思わず、ティーカップを落としそうになって、慌ててソーサーごとテーブルに戻す。
「それは、どういうことでしょうか?」
「実は、とうとう父上の堪忍袋の緒が切れたらしくてな。次のお見合いも失敗したら、廃嫡して勘当すると言われた」
ジェードの言葉を聞いて、ルチルは頭痛がした。
確かに現侯爵であるジェードの父の気持ちもわかる。
苦労してセッティングしたお見合いを無駄にされること、実に29回。
むしろ、よくこれまで辛抱したものだと感心する。
しかしだからこそ、現侯爵は本気なのだろう。
ルチルは沈痛な面持ちで、ジェードに囁いた。
「その……。大丈夫なんですか?」
このままでは、またもやお見合いに失敗して、ジェードが侯爵家を追い出される未来しか見えない。
しかし、当のジェードはけろりとした様子で堂々とこう言い放った。
「次のお見合いを成功させればいいだけだろう? 何も問題はない」
「どこから出て来るんですか? その自信は」
「29回もお見合いを失敗しておいて」という言葉は、なんとか胸の内に留めた。
そんなルチルの気遣いに気付いているのかいないのか、ジェードが自信満々に答える。
「よく考えて見ろ。俺は29回もの経験を積んでいるんだぞ。その集大成である30回目のお見合いで失敗するはずがないだろう!」
「……先程、私とお茶会をするのも、これが最後かもしれないとおっしゃっていませんでしたか?」
「今度のお見合いが成功すれば、こうしてルチルに愚痴を聞いてもらうこともないという意味だが?」
「そうですか……」
脱力したルチルは、「もう勝手にしろ」と心の中で呟いた。
「まあ、頑張ってください。成功することを祈っておきます」
「ああ。お見合いは3日後だ。楽しみにしていろ」
「奇遇ですね。私も次のお見合いは3日後なんです。よければ4日後にお互い結果報告をしませんか?」
「構わないぞ。それでは、4日後また来る」
そう言って、颯爽と立ち去っていくジェードの後ろ姿をルチルは生暖かい目で見送る。
確かに、ジェードは自信過剰で少し性格に難があるかもしれない。
しかし、ルチルにとって5歳年上のジェードは、優しい幼なじみだ。
だから、もしジェードが30回目のお見合いも失敗に終わった時は、こっそりと現侯爵に取り成してあげようと密かに決意する。
何だかんだ言っても、結局ルチルはジェードを見捨てることが出来ないのだ。
◇ ◇ ◇
それから3日後。
とある邸の一室では、お見合いの当事者2人を置き去りにして、両家の両親が大層盛り上がっていた。
その盛大な茶番劇を当事者であるジェードとルチルが冷めた目で眺める。
そして、早々にお見合いの場から追い出された2人は、どちらともなく侯爵家の庭園へと移動した。
退室する時、婚約期間や結婚条件などについての詳細な話し合いが始まっていたようだが、最早つっこむ気にもなれず無言でその場を後にする。
侯爵家の庭園は、毎日庭師が整備をしているのだろう。
どの花も庭木もピシッと画一的に並んでいる。
どこか無機質な感じすら漂う整然とした庭園を歩きながら、ジェードが口を開く。
「今日のお見合いのこと、ルチルも相手が誰か知らなかったのか?」
「はい。乗っていた馬車が侯爵邸の前に止まるまでは、全く知りませんでしたわ。ジェード様こそ、今日のお見合い相手が私だとご存知なかったのですか?」
「ああ。先入観を持つのが嫌で、いつもなるべく相手の情報を入れないようにしていたからな」
ルチルはその言葉を聞いて、ジェードがいつもお見合いに失敗していた原因の一端を悟った。
ジェードの言い分も決して間違ってはいない。
しかし、プラスから始めるかマイナスから始めるかで、結果が大きく変わるのもまた事実だ。
恐らくジェードは、相手の趣味や好みを全く考慮せず、自分勝手に話をしていたのだろう。
その結果が、29回もの玉砕というわけだ。
ルチルも、まさか根本から改善が必要だったとは思いも寄らず、そういう類いのアドバイスをしたことは一度もなかった。
これまでの徒労を思うと、ルチルの口から溜め息がこぼれる。
「なあ、ルチル」
隣りを歩いていたジェードがいきなり立ち止まる。
何事かと見上げたルチルは、いつになく真剣な表情をしたジェードと目が合った。
「このお見合い、ルチルの方から断ってくれないか?」
驚きのあまり、ルチルの目が大きく見開かれる。
「俺の方から断ると、角が立つだろう? ルチルから断れば、ルチルの評判に傷が付くこともないしな」
あまりにも衝撃的なことが起こると人間は何も話せなくなるというが、今日ルチルは身を持ってそれを知った。
「…………宜しいのですか?」
何度も瞬きを繰り返し、ルチルがようやく言葉を思い出す。
「今回のお見合いが失敗したら、ジェード様は大変なことになるのでは?」
心配するルチルにジェードが困ったように微笑む。
「実を言うと、あまり宜しくはないんだが、仕方ないだろう。俺の都合でルチルの人生を巻き込むわけにはいかないしな」
笑いながら、ルチルの頭をポンポンとする。
「ルチルのことは、俺が一番わかっている。これから将来、ルチルには俺よりも相応しい相手がきっと現れる。だから、俺のためにルチルが犠牲になる必要はどこにもないんだ」
それはきっと紛れもないジェードの本心なのだろう。
しかし、ルチルは自分の中で何かがすぅーっと冷めていくのを感じた。
そのくせ、煮え湯を飲まされたような気持ちが全身でコポコポと音を立てて弾けていく。
「……ジェード様は嘘吐きですのね」
冷ややかな、それでいて静かに熱を帯びた言葉がルチルの口から発せられる。
「いつも私に愚痴っていた『俺ほど将来有望で好条件の男はいない』というジェード様の言葉は本心ではなかったのですか?」
「うっ……」
何も反論できず、ジェードがルチルから目をそらす。
その瞳は、様々な感情で激しく揺れ動いていた。
ルチルがこれまでジェードの事をただの幼なじみだと思っていたように、ジェードもまたルチルの事を幼なじみ以上に見た事がなかったのだろう。
今のジェードは、自分の感情に戸惑っているように見える。
そんなジェードの姿を目の当たりにして、ルチルの心も自然と凪いでいった。
「ジェード様。私からひとつ提案があります」
「提案?」
「私もジェード様もこれまでお互いのことを異性として意識したことはなかったでしょう? だから、もしジェード様が私を嫌いでなければ、試しに恋人として付き合ってみませんか?」
思いがけないルチルの提案に、ジェードが目を白黒させる。
「ルチルはそれでいいのか?」
「嫌なら初めからこんな提案は致しません」
「……それもそうか」
ルチルの正論に、ジェードが苦笑する。
「わかった。しかし、付き合うといっても具体的に何をすればいいんだ?」
「そうですね……。とりあえず、手でも繋ぎましょうか?」
「そんな所から始めるのか?」
「ジェード様。減点です」
ルチルがわざとらしく息を吐く。
「いいですか? 女性というのは、過程を大切にする生き物なんです。きちんと手順を踏んでくれる事によって、自分は大事にされている。愛されていると実感できる生き物なんですよ」
「わかった。心に留めておこう」
「期待しています」
そう言うと、ルチルはジェードに手を差し出した。
思い出の中で、幼いルチルが遊び相手を求めて差し出した手を、ジェードは一度も拒んだことがない。
しかし今回は、これまでとまったく意味が違う。
ルチルがやや緊張した面持ちで差し出している手を、ジェードが何のためらいもなく握った。
ぱっと見上げたルチルの顔に笑顔が咲く。
それを見たジェードも自然と笑顔になる。
その瞬間、まるで恋人になった2人を祝福するかのように、爽やかな風が侯爵家の庭園を通り抜け、無機質だった植物が一斉に祝福の歌を奏で出した。
◇ ◇ ◇
それから2ヶ月後。
今日もジェードとルチルは、色とりどりの花が咲き乱れる伯爵家の庭園の一角で、2人だけのお茶会を開く。
お茶会を楽しむ2人の左手には、幸せを象徴するかのようにお揃いの婚約指輪がしっかりと輝いていた。
(完)
「お前らもう結婚しろよっ」と言い続けてきましたが、ようやくなるようになりました。
ルチルはこれからもジェードの手綱を握り、ジェードは今後もルチルの尻に敷かれることでしょう(笑)
最後まで閲覧いただき、ありがとうございました!