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『龍殺し』・前

「「始まり始まり~♪」」

「だりゃぁっ!!」


 気合の篭もった声と共に、右手に握られたブロードソードが眼の前の、大人の腰程の身長しかない緑色の肌を持った醜悪な生き物――ゴブリンに振り下ろされる。

 ゴブリンは手に持っていた、およそ盾とは呼べない木の板を構えるが、ブロードソードは何の苦も無く木の板ごとゴブリンの頭蓋を斬る、と言うよりも叩き割る。


「ふんっ!!」


 絶命したゴブリンの身体に蹴りを入れ、頭蓋に食い込んだブロードソードを強引に引き抜きながら辺りを見回す。

 敵は一体では無い。周囲にはまだ十を越すゴブリン達がこちらを取り囲んでいる。


「――へっ」


 だがそれでも彼――フロイルは余裕を崩さない。こんなザコ、何体居ようと何の驚異にもならないと言うかの様に。


「うらぁっ!!」


 気合一閃。一番近くに居たゴブリンに斬りかかる。袈裟懸けに振るわれた斬撃は吸い込まれる様にゴブリンの首を斜めに断ち、首と胴体が永久にオサラバする。

 何処かへ飛んでいった生首を気にする事無く、続く一撃は後ろに回り込んでいたゴブリンへ。真一文字に振るわれた横薙ぎが、粗末なボロ布を纏っただけのゴブリンの胴体を一閃した。斬られた箇所を両手で抑えながら、悲鳴を上げてのたうち回るゴブリンを驚異無しと判断しフロイルは視線を外す。


「ギィッ!!」

「ふんっ!!」


 横合いから武器とも呼べない木の棒を両手で大きく振りかぶったゴブリンの一撃を、フロイルは左手のラウンドシールドで受け止めて――弾き返した。シールドバッシュによって後ろによろめいたゴブリンに、フロイルは逆袈裟に斬り上げる。顔を斜めに斬られたゴブリンはそのまま後ろに倒れ二度と起き上がらなかった。


「ふ〜〜……」


 ためていた息を吐き出し呼吸を整える。辺りを見渡せば、既にこちらに恐れを成したか逃げ腰のゴブリン達。

――彼がそんなゴブリン達を全滅させるのには、それから二十分と掛からなかった。




   *   *   *


「依頼達成した。確認してくれ」


 約一時間後。無事にゴブリンの討伐を終え帰って来たフロイルは、ギルドのカウンターで討伐証明となるゴブリンの耳が詰まった袋を受付嬢に渡していた。


「確認します――――ハイ、37の討伐部位を確認しました。これにより『ゴブリンの群れの討伐』を達成したと判断します。こちらが報酬となりますので御確認を」


 ゴブリンの耳を数え終えた受付嬢が報酬が詰まった袋を差し出す。中身を確認するとフロイルは自分の鞄に袋を仕舞いカウンターを後にする。


「オイ、フロイル! 依頼は無事達成出来たのかよ?!」

「当たり前だ。コイツを見ろ」


 声を掛けてきた自分より年上の男にフロイルは今仕舞ったばかりの袋を取り出してジャラジャラ中身を鳴らす。それを見て男はバンバンとフロイルの背中を叩きながら言う。


「お前も漸くCランクが板に付いてきたな! 良くやった!」

「痛ぇっつの! こんなんで褒められても嬉しくないよ。俺はもっと強くなるんだ!」


 背中を叩く腕を振り払ってフロイルは言う。それを聞いた男は、ガハハハと笑いながらフロイルに言う。


「おうおう、頑張れよ若造!」

「言われなくても、わかってるよ!!」


 男の笑い声と、ギルド内に居る自分よりも先輩な冒険者達の生暖かい視線を背中に受けて、フロイルはギルドを後にする。


「……ったく。未だに俺の事、ガキ扱いしやがって……」


 やや幼さが残る顔を苛立たしく歪めながら、フロイルは街中を心持ち足早に歩いて行く。

 程なくして、毎日通うお馴染みの店――パン屋へとたどり着く。この時にはもう先程までの苛立たしさは無く、むしろフロイルはウキウキしながらドアを開けて中に入る。


「いらっしゃい――あっ、フロイル!」

「よう、サラ」


 カウンターに居た自分と同い年の女性――サラに片手を上げて挨拶するフロイル。

 サラも訪れた客がフロイルだとわかると、営業用スマイルが心からの笑顔に変わる。


「何時もの、くれ」

「は〜い。それで、今日はどうだったの? ちゃんと依頼は達成出来たの?」

「ご覧の通り」


 サラの問いに、鞄から報酬の詰まった袋を出して見せる。それを見たサラの表情が、驚きに変わる。


「凄いじゃない! 今迄で一番の稼ぎじゃない! どんな依頼だったの?!」

「ゴブリンの群れの討伐さ」

「群れの討伐って……大丈夫なの? 怪我は?」

「大丈夫に決まってるだろ」

「……この街に来たばかりの時は、毎日の様に傷を創ってたくせに」

「う、うるせぇよ! 昔の話しを持ち出すな!」


 サラの鋭い指摘に顔を真っ赤に染めて怒鳴るフロイル。そんな幼稚な態度にサラが思わず吹き出す。そしてそれを見てフロイルが更に怒鳴り、サラの笑いが大きくなる。なんとも傍から見れば微笑ましい光景がそこにあった。


「――そんじゃ、俺はもう行くぞ」

「ええ。毎度有難うございました♪」


 暫しの会話の後、パンの詰まったを受け取ったフロイルが店を出ようとし、サラが笑顔で見送る。店の外に出たフロイルは、今しがた眼に焼き付けた笑顔を胸に、決意を新たにする。


(強くなるんだ! もっと強くなって、サラに相応しい男になるんだ! それまで待っていてくれよ! 必ず、お前が誇れる男になってみせる!)




   *   *   *


「何でだよっ?! 何で俺は、参加出来無いんだよっ?!!」

「だから、言ってるだろ? お前にゃ、まだ早いんだよ」


――数ヵ月後。ギルドの中で激しく口論をする者達が居た。正確には一方が詰め寄っていて、もう一方がそれを何とか説得しようとしていた。詰め寄っているのはフロイルであり、説得しようとしているのはギルドのベテラン職員だった。

 内容は至って単純。近々予定されているモンスターの大規模討伐に参加したいフロイルに対して、ギルドが許可を出さない事に異議申し立てをしている所である。


「俺はCランクの仕事をちゃんとこなしてきたぞ! 実力は知ってるだろっ!!」

「知ってるがダメだ。今回の大規模討伐に参加するのは、Bランク以上の冒険者だと決まってる。Cランクは参加出来ない」

「Cランクでもやれる! 俺ならやれる! 役に立ってみせる!!」

「幾らアピールしてもダメなものはダメだ」


 諦めようとしないフロイルと、決して許可しない職員。お互いに一歩も引かず、会話は平行線に陥っている。

 そしてそんな二人を遠巻きに見物しているのは、今回参加予定のBランク以上の冒険者達であった。年齢的な差はあるが、間違い無くフロイルよりも何年も経験を積んでいるであろう皆は、心の中で共通して職員の方に賛同していた。口を出さないのは、こっちに飛び火して欲しくないのと、こういう奴は言っても聞かないと、かつて自分の身をもって知っているからである。故に中には「懐かしいな」「俺にも、あんな頃があったな」と、懐古する者すら居る。


「何でだよ?! CとBにそんな大差は無い筈だろっ?! 実力的には!!」

「……そんな事を言ってる時点でダメなんだよ。何でBランクがベテランと呼ばれてるかを、理解してないって事だからな」


――ギルドにおけるランクには『壁』が存在する。

 Eから始まりSまで存在するランクは、Eだと駆け出し・初心者レベル。Dで、それなりに慣れてきた若葉マークが外れたレベル。Cで漸く一般的な冒険者と呼ばれ、このランクが一番多い。そしてBランクの、所謂(いわゆる)ベテランと呼ばれるランクに到達するまでに一つ目の壁が存在する。

 大抵の者は、その壁を乗り越えられずに命を落とすか負傷して引退する――『思慮』と言う壁に。

 Cランクに至るまでは比較的容易(たやす)いのである。よっぽど運が悪いか、よっぽどのバカでもない限りは何時かは成れる……しかし、それ故にCランクに成った者は、自分の実力を過信する。Cランクで受けられるクエストの中でも難しいものを――自分の実力よりも格上のクエストを受けて早くBランクに上がろうと考え、その内容も危険度も上がった事に対して、()()()()()()()クエストを受けてしまう。その結果、準備不足・情報不足、そして奢りによる無謀な行動などによって命を落とす者は少なくない。

 Bランクに至った者は、そう言った失敗で運良く生き延びその失敗を糧に思慮深くなった者か、Cランクに成っても(おご)る事無く着実に経験と実績を積み重ねた者である。

……以上からして、今のフロイルの姿は、ある意味典型的な無知なCランクの姿である。


「――何か、騒々しいですね?」

「どうかしたのかい?」


 相も変わらずフロイルの声が響くギルド内に、入口から一組の男女が入って来る。

 男性の方は、身体の重要な部分を覆ったプレートメイルと篭手に脛当てを身に付け、背中にバスタードソードを背負っている。女性の方は、ゆったりとしたローブを身に纏い、手には先端に大きな宝石が仕込まれたスタッフを握っている。

 両者共に共通して20歳過ぎぐらいの年齢に見え、そしてその装備品の使い込まれ度と身に纏う雰囲気からベテランだとわかる。


「おっ、フィニーとアインか。良く来てくれた」


 フロイルを相手していた職員が、二人の姿を見て気安く声を掛ける。その声に、アインと呼ばれた男性は苦笑いで、フィニーと呼ばれた女性は静かな微笑みを見せる。


「呼ばれたから来たんだけど……これだけのメンバーが揃ってるんなら、僕らまで呼ばなくても良かったんじゃない?」


 アインがギルド内に集まっていた冒険者達の顔ぶれを見てそう呟く。フィニーもその言葉に同意する様に頷く。


「同感です。何で遠方に住む私達まで呼んだんですか?」

「まあ、そう言わないでくれ。今回の討伐の依頼主は領主だ。念には念を入れておきたいんだそうだ。だからこそ、必要以上の人間に声を掛けている」

「……だからって、僕はともかくフィニーは、漸く幼馴染の彼と結婚したばかりだよ……」


 職員の言葉に一応の納得はしながらも、アインはフィニーの方に視線を向ける。どこか及び腰になって――彼は知っている。彼女が今どんな状況なのかを。今この時期に呼ぶ事が何を(もたら)すかを。

 皆がアインにつられて視線をフィニーに向ければ、そこには顔は笑っているけど、ゴゴゴゴと言う擬音が聞こえてきそうな雰囲気を身に纏ったフィニーが居た。


「ふふふふ。新婚ホヤホヤの女性を夫から引き離した報いは、その討伐対象達に受けて貰いましょうか?」

(((((うわぁ……)))))


 それを聞いたギルド内の全員が心の中で、討伐で彼女の魔術の餌食になる不運なモンスター達に合掌した。頼もしい事この上ないが、これ以上ない位に怖い。


「――おいっ! 俺の話しはまだ終わってないぞ!!」

「ん……ああ」


 フロイルの声に、皆の視線が向く。職員を始めその場の殆どの者が、うんざりした顔になる。


「……彼は?」

「あ〜〜。Cランクの奴だが、今回の討伐に参加すると言って聞かないんだ」


 職員の返答に、話しのわからなかったアインとフィニーにも理解出来た。二人揃って生暖かい視線を送る。


「何だよ! その眼は! 俺を馬鹿にしてんのかっ?!」

「イヤ、そうじゃないけど……」

「いいえ、そういう訳ではないですが……」


 フロイルの言葉に顔を見合わせて苦笑い。どうやって説得したものかと思案して問いかける。


「君は何故、今回の討伐に参加したいんだい?」

「何の為に参加するのですか?」

「決まってんだろ! 強くなる為だ!!」

「「「「「あ〜〜〜」」」」」


 ビシッとしたフロイルの返答に対して、二人……イヤ、周囲の皆が何と言うか落胆の息を吐く。そんな理由なのかと。


「悪い事は言わないから諦めた方が良い」

「?! 何でだよっ!!」

「だってさ……君、強さ()()求めても意味無いよ?」

「それに、本当の意味での強さを知らないのでしょう?」

「はあっ?! どういう意味だよ?!」


 そこまで話した所で二人の表情が変わる。アインはどこか沈んだ表情に、フィニーは穏やかな表情に。


「強さを求め過ぎて、その原点を忘れる者も居るんだよ……」

「強いと言う事は、力が有ると言う事と同じでは無いんですよ……」

「…………」


 二人の言葉が全く理解出来無いフロイルだが、二人の雰囲気に口答え出来ずに口を噤んでしまう。そしてそんなフロイルは、後ろに迫った驚異に気がつかなかった。


「――?! オイ! 離せ! 降ろせ!」

「却下だ。いい加減――ガキは引っ込んでろっ!!」

「――ぬあぁぁぁぁーーーーっ!!!!」


 何時の間にか忍び寄っていた職員と冒険者達によって、担ぎ上げられた後に外へ放り出されるフロイル。無様に地面を転がっていったフロイルに、職員は声を掛ける。


「身の丈に合った依頼を受けて、じっくりと経験を積め。正直、俺はお前には才能が有ると踏んでるんだ。何時か、お前ならAランクにも届くかもと思ってる。だから、今は耐え忍げ。我慢も時には必要だ」


 そう言った後に無情にも閉まるドア。後には倒れたフロイルだけが残された。




   *   *   *


「……くそっ……ふざけやがって」


――数日後。フロイルはフラフラと完全な千鳥足で街中を歩いていた。日はとっくに落ちた真夜中の街を、酒臭い息と共に愚痴を吐きながら歩く(さま)は完全な酔っ払いである。ついさっきまで酒場で自棄酒を煽り続け、店主からいい加減帰れと優しく追い出され、仕方無く宿へと帰っている。


「どいつもこいつも……俺をバカにしやがって…………強く……早く強くなりてぇ……そうすれば……サラに相応しい男に……」


 ブツブツと呟きながら歩くフロイル。視線は地面に固定され、自分の足と道に落ちている石しか入らない――故に、彼は気づいていない。自分が宿に向かってちゃんと歩いているのかも。自分がどれだけ歩いていたのかも――


「……………………あ?」


……自分が何処に迷い込んでいたのかも。 

 気がつけば眼の前には黒塗りの大きな両開きの扉。思わずぶつかりそうになったのを寸での所で止まる。


「……え?……なっ、何だ、ここは? えっ? 俺はどうやって?」


 困惑のままに当たりを見回して、更に困惑が深まっていく。一歩どころかニ・三歩引いて、漸く自分の眼の前にある物の全容が眼に入った。

 それは豪勢な屋敷だった。二階建てと上にはともかく横には広い、外見からでも何部屋あるかは見当もつかない大きさ。しかも、扉の造りもそうだが壁や屋根に、窓の一つ一つに至るまで外から見える全てが精巧な造り。これ程の屋敷を造るには腕の良い職人がどれだけ必要になるのか想像に出来無い。

 後ろを振り返れば綺麗に敷き詰められた石畳の道が真っ直ぐ伸び、これまた豪勢な造りの門に続いている。石畳の両脇には広大な庭園が広がり、木と色取り取りの草花が絶妙な配置で咲き乱れており、その中央には見事な噴水。


「…………」


 フロイルは全くもってわからない。自分が何時の間にこんな所に迷い込んだのか、その経緯が理解出来ない。

 確かに酔ってはいたが、こんな場所に迷い込めばわかる筈。自分はここまで()()を見て歩いていた。しかし石畳の上を歩いてはいなかった。いや、それ以前にあんな大きな門をどうやって越えたのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかし現に門はしっかりと()()()()()()


「?!!」


 そこまで思い至った所でフロイルは漸く最大のおかしな点に気がついた。周囲が()()()事に。先程までは()だったのに、今は()の明るさが周囲を照らしている。


「………………………………?!」


 すっかり酔いも覚めた頭で、とにかく何なのか考えていたフロイルが、ふと思い出した。それは冒険者だけでなく一般市民でも一度は聞いた事のある、くだらない噂話。

――心の底から願う者が気がつけば迷い込んでしまう一つの屋敷がある。そこではどんな願いも叶えてくれる――


「…………」


 かつてフロイルも聞いた時は馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばし、今の今まで忘れていた記憶……だが、今は笑えない。有り得ないと思っても、今その有り得ない事に直面している。

 逃げるのならば恐らく簡単だろう。後ろの門までは遮るものは何も無いし、門番らしき者も居ない。普通に開けるか強引に乗り越えれば出て行けるだろう。


「…………」


 しかし、それは出来無い。もしあの噂話が真実ならば、この屋敷の中に入れば自分の願いを叶えられるかもしれない。そんな誘惑を振り払えない。

 覚悟を決めたフロイルは、ゆっくりと慎重にドアノブに手を掛けて回す。


「――――」


 意外にもアッサリ開く扉。微かに軋む音を立てて開いたドアから中に入って、フロイルは再度息を飲んだ。

 入った所にある玄関ホールは、屋敷と言うよりも何処かの劇場レベルに広く、豪華絢爛に溢れていた。正面には二階に繋がる幅広い階段。ホール左右と階段脇には他の部屋へ繋がる通路。だが、それ以上に眼に付くのは豪華な調度品。

 床と階段に敷き詰められた真っ赤な絨毯は、思わず踏む事すら躊躇う程の代物。ホール内に配置されたソファーや小テーブルと、その上に置かれた小物・壁に掛かった絵画・壁際に配置された騎士甲冑・天井からぶら下がるシャンデリアは、どれを取っても一流の芸術品としか見えず、触れる事も恐れ多い。

 単なる柱や階段の手摺りですら、細かな部分にまで拘った一流職人の技が伺える程の見事な造り。


「――――」


 一般市民や只の冒険者風情では、一生御目(おめ)に掛かれないであろう光景を前にして惚けていたフロイルだが――


「――白いの白いの! お客さん!」

「――黒いの黒いの! お客さん!」

「「久しぶりのお客さん!」」

(――?!!)


――突如聞こえる二つの声に、夢から覚めた様にビクッとする。フロイルがその声の出処を探そうとするが、そんな事をする迄も無く、声の主は姿を現した。

 正面にある巨大な階段。その上に現れたかと思えば、それぞれ階段の手すりを横滑りに降りて来て、器用に着地。フロイルの前に揃って並んで立つ。


「……なあ?」

「「な〜に〜?」」

「お前等が、この屋敷の住人か?」

「「そうだよ〜♪」」


 問いかけるフロイルに答えるのは小さな『双子』。チュニックの様な上着と、バギーパンツの様なダボっとしたズボンを履き、何処かの小人の様なとんがり帽子を被った、クリッとした紅い瞳がチャームポイントな可愛い男の子達。

 顔も背格好も着ている物も全く同じだが、唯一違うのは()。髪の色と着ている服の色が違い、『白いの』と呼ばれている方は何者にも染まらぬ純真無垢な『白』。『黒いの』と呼ばれている方は何者にも染められぬ完全無欠な『黒』。全く同じでありながら正反対な色に身を包んだ双子が無邪気な笑顔でフロイルを見上げている。


「……なあ、ここって」

「お兄さんはもう知ってる筈だよ?」

「お兄さんはもうわかってる筈だよ?」

「「お兄さんが、ここを望んだんだから♪」」


 その言葉にフロイルの全身に震えが走る。抑えきれない歓喜が全身を駆け巡る。心の何処かで未だ信じきれていなかった部分も無くなる。

 震えの収まらぬまま、フロイルは双子に再度問いかける。


「……じゃあ、やっぱりここは!」

「「そうだよ♪」」

「願う者が求める場所♪」

「求める者が願う場所♪」

「叶えられないで嘆く人♪」

「諦められないで縋る人♪」

「「そんな人達が訪れる、(やかた)〜♪」」


 フロイルを前に、二人で陽気にクルクル回りながら歌う様に喋る双子。無邪気でありながら、どこか得体の知れなさを感じる双子であるが、フロイルはそんな事は些細な事だと切って捨てて、双子の言葉を聞き続ける。


「お兄さんは何を願う?」

「お兄さんは何を望む?」

「分相応に小さな願い?」

「身の程知らずに大きな望み?」

「前者を願うならアッサリあげるよ♪」

「後者を望むならシッカリもらうよ♪」

「「見合った代価を要求するよ〜♪」」


 ジャ〜ン、と両手を大きく広げたポーズを決めた双子を軽くスルーして、フロイルは告げられた言葉を咀嚼する。


「……代価?」

「「うん、そう。代価」」

「それってどの位だ?」

「お兄さんの願いによるよ♪」

「お兄さんの望みによるよ♪」

「「その大きさによって、代価も変わるよ〜♪」」


 その言葉に一瞬考えようとするフロイルだったが、すぐに止めた。元々、考えるよりも先に身体が動くタイプであったし、何よりも願いが叶うと言う現状に浮かれている為、深く考える事を拒絶した。

 だから――


「力だっ! 力をくれっ! 誰にも、世界中の誰にも認められる力をっ!!」


――思いのままに願いを口走った。


(そうすれば、サラだって認めてくれる! サラに相応しい男になれる! そうなれば、サラにプロポーズだって!!)


 一人激しく理想な未来を思い描いてハイテンションなフロイルであったが、続く双子の言葉にテンションが戻る。


「「それって、どの位〜?」」

「…………へっ?」

「だから〜、誰にも認められる力って、どの位?」

「世界中に認められる力って、どの位?」

「「具体的には、どの位〜?」」

「…………」


 双子の言葉にフロイルが固まる。嫌味も皮肉も何も無い、本当に純粋に疑問に思っている双子の瞳が胸に突き刺さる。言ってる事は間違っていない。確かに具体的には言っていない。どの位と聞かれたならば、答えてあげるが道理。

 暫し……と言うには長い時間、うんうん唸ってから漸くフロイルは答えを返す。


「……『龍』だ」

「「え?」」

「『龍』を殺せる程の力だっ!」

「「…………」」


 フロイルの遠慮も自重も何も無い率直な言葉に、暫し呆然とした双子が首を可愛く傾げながら顔を見合わせて言う。


「白いの白いの! どうしよう?!」

「黒いの黒いの! どうしよう?!」

「「欲張りさんだよ、どうしよう?!」」

「…………」


 双子の声に、流石にフロイルも吹っ掛け過ぎたかと背中に汗が流れる。だがしかし、もう引っ込みはつかないと開き直る。


「何だよ? 無理なのか?」

「「ん〜〜〜〜……ギリギリ可能〜」」

「出来るのかっ?!」

「「うん」」


 正直予想外だった双子の返答に、身を乗り出して詰め寄るフロイル。双子の方は急接近してきたフロイルを気にする事無く、頷いてから言葉を続ける。


「「お兄さんが望むのは『龍殺し』って事で良い〜?」」

「ああ! それだ! それでいい!!」

「「じゃあ、アレあげる〜」」


 双子が指さした方を向けば、そこには飾られた騎士甲冑。アレがどうした、とフロイルが首を捻った瞬間、甲冑が両手に抱えていた剣が重厚な音を立てて床に倒れる。

 その音に一瞬ビクついたフロイルだが、双子の視線に促されて剣を手に取る――それは見事な造りのバスタードソード。無骨だが良い仕事している鞘から抜いてみれば、鈍色に光る刀身が現れる。自分の顔が映り込む刀身の美しさに、思わず驚嘆の声が漏れる。


「ソレが有ればお兄さん、『龍殺し』に成れる〜♪」

「ソレを持てばお兄さん、『龍殺し』を成せる〜♪」

「「けどその代価は「おっしゃぁーーーーっ!!!!」――?!」」


 突如響く雄叫び。双子が驚きに眼を見開くのも束の間、フロイルはバスタードソードを大事に抱えつつ入口の扉から走り去って行く。


「……白いの白いの、行っちゃった」

「……黒いの黒いの、行っちゃった」

「「せっかちさんだよ、行っちゃった……」」


 後に残された双子は、肩をすくめて扉の方を呆れつつ見つめていた。




   *   *   *


――最寄りの村からでも最低十日はかかる道程を経て、やっとたどり着く荒れた岩山。生命と言うモノを小虫や苔類以外には欠片も感じられない、静寂に包まれた無機物の庭園。

 今、そこに二つの生命が存在していた。


「Gaaaaaaahhhhh!!!!」


 一つは『龍』。頑強な鱗に身を包み、何者をも切り裂く鋭い爪と牙を輝かせ、対峙する者を(ただ)その存在感だけでショック死させる事も可能なプレッシャーを辺りに振り撒く、翼を持たない代わりに強靭な四肢で大地を踏みしめる巨体。

……だがそれは、本来ならば『龍』であって『龍』とは言えない存在。

 かつて『龍』は深い叡智を持ち、この世界の頂点に立つに相応しい種族であった。しかし、いったい何時からそうなってしまったのかは詳しい記録が残されていないのでわからないが、『龍』はその叡智を失いただの獣へと成り下がった。

 ただ本能の赴くままに生きる、かつての面影を失った種族ではあるが、それでも『龍』としての肉体的な強さ・生命力は失ってはいないので、今なお『龍』と言う名で呼ばれているのであった。

 衰えども、未だこの世界の頂点に立つ種であるが――


「GuuuuuWooooooohhhhh!!!!」


――その『龍』が今、傷つき苦悶の雄叫びを上げ追い詰められているなど、誰が信じられようか?

 もう一つの存在。自分の体格には不釣り合いなバスタードソードを両手で構えたフロイルに。


「――っらあぁぁぁぁっ!!!!」

(いける! いけるぜっ!!)


 歓喜を滲ませた表情のまま、フロイルはバスタードソードを振るう。通常ならば『龍』の鱗に弾かれて当たり前の斬撃が、容易く鱗を斬り裂き肉を断つ。まるでレアチーズケーキの様に柔らかい手応えに、フロイルのテンションは上がりっぱなしである。

 加えて身体も軽い。普段とは段違い()()()動きに、『龍』の爪や牙・尻尾の一撃に何の驚異も感じずに躱し続け、息も上がらない。

――この一戦。フロイルは明らかに異常な程の動きを見せていた。


(この剣のお陰だ! 身体が軽いとかだけじゃない! 『龍』の動きが視える! 読める! わかる!)


 ハッハッハッ、と高笑いを上げながら狂戦士ばりに剣を振るうフロイルと、己よりも遥かに矮小な存在に追い詰められている『龍』。奇跡を通り越した有り得ない光景。神話や物語に語られる空想譚が現実に繰り広げられ――そしてそれから数時間後。


「――いぃぃぃぃぃよっしゃああああぁぁぁぁっ!!!!」


 遂にその生命活動を止め、物言わぬ亡骸となった『龍』を前にして、己の傷は皆無の代わりに『龍』が流した返り血塗れのフロイルが勝利の雄叫びを上げていた。


(これで! これで俺は! 俺の夢を叶えられる!!)

「「後半に続く~♪」」

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