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異世界の千命勇者(チェーン・ブレイヴ)  作者: 村奈ケイ
第1章
8/15

グレオン・シリーズ

緊急招集を受け、俺とアロム姫が王の間に足を踏み入れると――。


縦に細長いテーブルに腰掛けていた面々は、出迎えるように立ち上がった。


「ミラン……陛下……」


怒りと驚きが混ざったような呟き声はたぶん俺にしか聞こえなかったはず。

それでも姫の厳しい視線を浴びる張本人はタイミングよく明るい声を返した。


「お待ちしていましたよ、アロム姫。そして、千命の勇者、ハナオ・カトー様」


うっ……すげーイケメン……。


赤いじゅうたんの先、テーブル右側の一番奥。

顔といい髪形といい、俺が元いた世界の某事務所っぽい雰囲気。

少なくともルックスはドームツアーで黄色い声援を浴びまくれるレベルだ。


この若い男がどこかの国王なら、その隣りは臣下の者なんだろうけど――。


でかいな……!


190cmくらいありそうなスリムな体躯、年齢は20代半ばから後半くらい。

漫画とかアニメによくある片目隠しの少し銀色がかった髪。

よく見るとこちらも負けず劣らず綺麗な顔立ちをしている。


剣士たちの着衣からロインタールのナショナルカラーはおそらく白と赤。

2人がともに青と黒を基調にした服を着ていることからも国外の人間だと窺える。


一方、テーブルの反対側に並んでいるのは知っている顔を含めて6人。


一番手前はモニ姫。

俺のファーストキスを奪い去ったおっぱい小悪魔。


空席をひとつ挟んで第一王女であるクラナ姫。

物憂げな表情で俺とアロム姫の歩く足元を静かに見つめている。


その隣からは面識がない、年代もバラバラな男たちが3人続く。


まずはいかにも武人らしいオーラをまとった、がっちりした初老の男性。

次に、丸い帽子と数珠みたいな首飾りをつけた中年の男。

最後に、生真面目で融通が利かなそうな委員長タイプの若者。


そして一番奥にこの国の主であるザルツ。

俺の手を引いて立たせてくれた時とは違い、威厳に満ち溢れている。


やがてテーブルまで到着すると、アロム姫は姉と妹の間に並んだ。


あれ、えーと、俺は……?


「ハナオ様はあちらでございます」

「え……」


姫の左手は一番上座の席へと向けられている。


あそこって一番身分の高い人間が座るんじゃ……。


ていうか、これから一体何が始まるんだよ?


少なくとも断罪されるような場ではなさそうだけど……。


戸惑いながらも俺は言われた席の前に立った。


「……」


左右合わせて9人の視線を一斉に浴び、あらためて困惑していると――。


「突然お呼び立てして大変申し訳ございません、ハナオ様」


イケメンと片目隠しが胸に手を当てて頭を下げた。


「私はここより北に位置するグロミド王国の国王、ミラン・ロクランでございます」

「同じくグロミド王国の近衛隊長、コーデリオン・ダストと申します」


遠路はるばる的な枕詞はこの国の人間じゃない俺が発するにはおかしい。


勇者って自称してもいいのかもよくわからない。


一瞬迷った末、俺は結局シンプルに名乗るだけにした。


「ハナオ・カトーです」


すると、今度は右のザルツ王が口を開く。


「ハナオ様、こちらも数名ご紹介をさせていただきたい」


委員長、数珠の男、老戦士の順に名前を聞くことになった。


「秘書官のホルト・ルクと申します。どうかお見知りおき下さい」

「祭司長を務めております、リカラート・オルローでございます」

「軍大将のロクタフ・カランです。お目にかかれて光栄に存じます」


そして顔合わせが終わった後――。


「……」

「……」

「……」


しばらく沈黙が訪れると、ザルツ王が小声で俺に言った。


「……ハナオ様、お掛けになりませんか?」

「あ、ああ……そうですね」


背もたれが異様に高い椅子に座ると、他の出席者も次々に着席し始める。


そっか……俺待ちだったのか……。


内心軽く冷や汗をかくと、イケメン―グロミドのミラン王―が口を開いた。


「ハナオ様は神聖ロインタール王国の現状を何もお聞き及びでないと伺いました」

「はい」


基本的に、必要な情報は必要なタイミングで得られるものだと思ってるしね。


「実は5日前より私どもグロミド王国軍が城を支配下に置いております」

「え……」


驚いて言葉を失った俺に代わり、アロム姫が会話を引き継ぐ。


「大量の便意兵を使い、非正規の戦闘組織の手引きまで受けた結果でしょう?」

「帝国ならそのくらいの手は当たり前のように使ってきますよ」

「そうだとして、帝国と同じ卑劣な手法を取るに至った事情があるのですか?」

「目的は啓発です。貴国の現在の防衛意識では迫り来る乱世に対応できない」

「まさか、本気でそのためだけに城を……?」

「はい。その証拠にただの一人の死者すら出しておりませんし――」


ミラン王は一度言葉を切って、アロム姫からザルツ王へと視線を移した。


「明日には全面的な撤退を予定しております」


よほど想定外の言葉だったに違いない。

テーブルの右側全員が本気で驚いているのが伝わる。


あ、いや、末席のモニ姫だけは穏やかな面持ちのまま変わりがない。


かえってちょっと不気味だな……。


何を考えてるんだろう……?


「ただし、条件があります。そのご承諾を賜りたくお集まりいただきました」


探るようなミラン王の眼差しに動じることなく、ザルツ王は静かに応じる。


「どうぞ続けて下さい。その条件とは?」

「はい……」


少しもったいぶるように間を取ってからミラン王は核心を口にした。


「撤退にご同行の上、ハナオ様に2ヶ月間グロミド王国へご滞在いただきたい」

「!?」


え、俺……!?


「そ――そんなこと認められるわけがありません!」

「アロム……」


立ち上がりかけるアロム姫の手首をクラナ姫がやんわりと掴む。

そんな様子はまったく意に介せず、ミラン王は言葉を続ける。


「情報は統制しておりますが、城の異変が内外に知れ渡るのは時間の問題です」

「王家の名に泥を塗りたくなければ要求を呑め、と?」

「私はただ、貴国の利益に適ったご判断をしていただきたいだけですよ」


わざとらしいため息をつきながらミラン王はうつむいた。


「……ご承服いただけなそうですね。ではひとつ、譲歩を致しましょう」


再び顔を上げると、その瞳はむしろ輝きを増している。


「ハナオ様がコーデリオンと試合をし、勝たれた場合は無条件撤退を致します」


え、やっぱり俺……!?


「どういう道理なのです? ハナオ様は我が国を代表するお立場ではない」

「ええ。だからザルツ王、貴方はハナオ様に伏してお願いをしなくてはなりません」

「なぜこの件でハナオ様にご執着されるのか理解に苦しむ」

「貴国にコーデリオンに勝てる見込みのある剣士がおられますか?」

「……だからと言って、ハナオ様を二国間の交渉に巻き込むことはできない」

「ザルツ王、それを決めるのはハナオ様ご自身ではありませんか?」


このミランという男……。


シナリオはここにはいない他の参謀が用意したものかもしれない。

それでもこの若さでザルツ王と臆せずやり合えるだけでもすごいな……。


「……ホルトよ、お前はどう考える?」


眼鏡が似合いそうな秘書官は問われてすぐに口を開いた。


「今回生じた有形無形の損害については補償をご検討いただきたい」


直接投げ掛けたわけではないのに、ミラン王は即座に返答する。


「どこまでご希望に添えるかはわかりませんが、交渉の場は設けましょう」

「――であるなら、あとはハナオ様のご意向次第かと思います」


ザルツ王は口ひげを軽く指でなぞった後、さらに意見を求めた。


「祭司長のお考えは?」


リカラートは神経質そうに眉をぴくぴく震わせながら、早口でまくし立てる。


「今回のグロミド軍の行動は混沌を深める愚行と断ぜねばならないでしょう」

「侵略の意図はなかったとはいえ、教団のお叱りは真摯に受け止めます」


ミラン王がしおらしく頭を下げると、リカラートの口調は少し穏やかに変わった。


「今はこれ以上不安の種を育てぬため、一刻も早い城の開放を優先すべきです」


ザルツ王は大きく息を吐いてしばらく黙り込むと、やがて視線を俺へと向けた。


「ハナオ様、大変恐縮なのですが、我が国のためにお力添え願えるでしょうか?」


きた……。

まあ正直、途中からこの展開は読めてた。

結局最後は俺が決めるんだろうな、って……。


選択肢は大きく分けて3つある。


1.言われたまま試合を受ける。

2.試合を受けず、別の方法でグロミド軍を無条件撤退させる。

3.試合を受けず、この国を見捨てて旅立つ。


とりあえず3はない。

最初に召還された国だし、生き返る時に戻ってくるのもこのダンジョンの中。

未来の嫁(アロム姫)までいるこの国を足蹴にはできない。


2の問題はタイムリミットがあることだ。

城の陥落が知れ渡る前になるべくひっそりとお帰りいただかないといけない。

ただ、交渉は難航しそうだし、力ずくでとなれば結局コーデリオンと剣を交えることになる。


となると答えは必然的に――。


「コーデリオン殿との試合、お受け致します」

「ハナオ様……神聖ロインタール国王の名においてご厚情に感謝申し上げます」

「ただし、ひとつだけお約束願いたいのです」

「何なりとおっしゃって下さい」

「試合中、私がどんなに不利な形勢でも決して途中でお止めにならないで下さい」


ザルツ王は数秒口をつぐんだ後、短く答えた。


「承りました」

「父上……!」


再び抗議の声を上げるアロム姫をクラナ姫が制止する。


アロム姫、ザルツ王はきっと俺の意図を汲んでくれたんですよ。


俺にあって相手にないものを心理作戦として利用するってことを。


もしも実力差があまりなければ、小さな動揺とか恐怖心が勝敗を分けるはず……!


さりげなくグロミドの二人の反応を窺ってみると――。


あれ……?


「素晴らしい……! さすがは千命の勇者様!」


いかにも楽しくて仕方ないといった感じで、ミラン王の口角は上がりきっている。


「コッド、こちらも言っておくぞ。勝つか、死ぬか、お前にそれ以外の結末はない」

「はっ」


ちょっとジュース買ってきてくれ、とでも言われたかのような平然とした答え。


えーと、あなたの命は普通に1個だけだよね?


生きるか死ぬかの修羅場をそんなに何度もくぐってきてるわけ?


それとも単純に自分の強さに圧倒的な自信がある?


いや、その両方か……。


「……」


くそ、完全に俺の方が心を乱されてる……!


「ミラン王よ、試合については私からひとつ要望がある」

「……伺いましょう」

「コーデリオン殿にはグレオン・シリーズではなく、通常の武具をご使用願いたい」


グレオン・シリーズ……?

何だよ、その中二感あふれる響きは……。


不安がいったん和らぎ、胸が小さくときめいてしまうのはオタクの性か。


「得物によるハンデを無くしたいということならそれでも構いませんが――」


ミラン王はどこか悪戯っぽく頬を緩ませた。


「たとえばグレオン・シリーズ同士ならいかがでしょうか?」

「……どういう意味です?」

「貴国が持て余す一振り、ハナオ様が『適格者』でない保証はないでしょう」

「……」


適格者……。

そのワードもちょっと素敵じゃないですか……?


「陛下……」


何だかよくわからないけど目でぐっとアピールしてみると、ザルツ王は小さく頷いた。


「ロクタフ、あれをここに」

「かしこまりました」





ロクタフ将軍から黒塗りの箱を受け取ると、ザルツ王は俺の前へと置いた。


「ハナオ様、グレオン・シリーズというのは8本の魔法武器の総称です」

「魔法武器……」

「このダンジョンの奥深くで発見され、今は4つの国が2本ずつ所持しています」


そこまで説明を聞くと、箱がゆっくりと開けられていく。


「そのうちの1本がこちらの『白濁』ございます」

「……」


ほぉ……。


中にはグラディウスっぽいブレードの短い剣が収められていた。

手を保護するキヨンも短いので、両刃の大きめのナイフといった印象だ。


「魔法が衰退した現代では、扱える『適格者』は残念ながら非常に限られております」

「……手にしてみてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです」


少しドキドキしながら柄を握って取り上げてみる。


「!」


皮膚を通して何かが血液中に流れ込むような不思議な感覚があった。


そして――。


「!?」

「ハナオ様、どうかされましたか?」

「え、あの、聞こえませんか? 急に歌が……」


女性がアカペラで歌う声がどこからともなく耳に届いてくる。

すぐ近くからのような気もするし、かなり遠くからのような気もする。


マイナー調の切なげなミディアムバラード――。

ところどころ吐息交じりだったり、かすれ声だったりして、若干セクシーさも漂う。


「ハナオ様、魔導師グレオンの歌声が聞こえるのは適格者である証です」

「え……」


試しに剣から手を離してみると、確かにすぐに歌声は途切れてしまった。


「千命の勇者様に10万人に1人の確率など障害になろうものか!」


ミラン王が拍手をすると、すぐに全員が追随して手をたたき始める。

どう応じていいかわからず、俺はとりあえず頭を下げた。


10万人に1人ってすごくね……?


こういう『選ばれた感』こそ、異世界勇者の醍醐味だよな……。


少しの間快感に浸った後、俺は気持ちを切り替えてザルツ王に尋ねた。


「それで、この剣の魔法効果はどのようなものなのですか?」

「傷を与えた相手から心身の活力を奪って我が物とする【吸精】です」

「その効果は、傷の大きさや深さに比例して変化するのでしょうか?」

「詳細は不明ですが、一般の兵ではかすり傷でも戦闘の続行が困難になります」


ふーむ……。


リーチは短いけど、当てさえすればかなり勝機が広がるってことか。

なかなか面白そうな剣だな。


でも、気になるのは――。


「あの、コーデリオン殿が持つグレオン・シリーズにはどのような効果が?」

「それを扱う者に【加速】の魔法効果を与えます」


当人より早く、ミラン王が率先して答えてくれた。


加速……。


思わず口元がぴくりと引きつったのを感じる。


「加速のレベルは大きく分けて3段階。時間経過に合わせ向上します」


時が進むにつれてより速くなるってのは厄介だな……。


今の俺が剣技で一国の近衛隊長を上回るとは思えないし、パワーにも自信はない。


アジリティで勝負したいのに、そこで負けるようならこの短い剣を当てるのは厳しい。


やっぱり、普通の剣で勝負した方がチャンスがありそうな気がするな……。


せっかく考えがまとまりそうになったのに、ふと妙な視点が頭に浮かんできた。


俺が今この状況をモニターの前で見てたとしたら――。


ここで魔法武器を選ばない主人公にはげんなりするよな……。


グロミド軍の撤退自体は俺がこの戦いを全うすれば保証される。

勝敗は俺の向こう2ヶ月の生活拠点を占うだけの話だ。

このレベルの相手に負けても信頼度が大きく揺らぐことはないはず。


「……」


俺は自分の作品を面白くすることに決めた。


「せっかくどちらも適格者なのです。グレオン・シリーズでやりましょう」

「ハナオ様、貴方は……素晴らしい、素晴らしすぎます!」


ミラン王が興奮気味に身を乗り出してくる。


「瞬駆のコーデリオンと『白濁』を携えた勇者の戦い……」


軽く呼吸さえ乱しながら端正な顔を手で押さえる。


「然るべき規模の闘技場で貴族どもから見物料を取れば、国家予算すら――」

「ミラン王、少しお言葉を控えられよ」

「……これは大変失礼致しました」


謝りながらもさして悪びれている様子はない。

隣のコーデリオンも目を閉じてかすかに口元を緩ませている。


「では、急ぎ調印の準備をさせますので、試合はその後までお待ち願います」

「はい、しばし休憩と致しましょう。ハナオ様もどうぞ楽になさって下さい」

「ありがとうございます」


『白濁』を手にして席を離れ、柄の感触を確かめながら軽く振ってみる。


うん、悪くないぞ……。


俺だけに響く女魔導師の歌声をBGMに、ポジティブなイメージが膨らんでいく。


これなら、イケるかも……!


片目隠しの優男が戦意喪失してひざまずく姿と――。


健闘を称えながらそっと手を差し伸べる俺の姿が見えた気がした。

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