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異世界の千命勇者(チェーン・ブレイヴ)  作者: 村奈ケイ
第1章
7/15

1/1000の耐えられない重さ

扉を開けると、硬い表情を浮かべたアロム姫が立っていた。

そして、その後ろにはひざまずく2名の剣士。


これは、どういう状況……?


容疑者の段階では一応礼は尽くすってこと?


やっぱり連行されるのか……?


「お休みのところ大変申し訳ございません。今しがた急な報告が入り――」

「……」


心臓がきゅんと縮む音が聞こえた。


「警戒区域内にデデトロが出現したそうなのです」

「え、デデトロが!?」


最悪の予想は外れたものの、胸を撫で下ろせる状況でもない。


「はい。すでにマリウナが指揮を執って対応に当たっております」


「ただ、被害を最小限に食い止めるためにハナオ様にもご助力を――」

「行きます。案内して下さい」


俺は姫の言葉を途中で遮って答えた。


「ありがとうございます、ハナオ様」


姫が丁重に頭を下げると、片方の剣士が立ち上がった。


「ハナオ様、それでは私がご先導させていただきます」


残る一人はたぶん姫を警護しながら戻るのだろう。


「ハナオ様、どうかお気をつけになって下さい。ご無理はなさらずに……」

「はい。では行ってまいります」


軽く笑顔を作って一礼し、俺は案内役の剣士に向き直った。


「では急ぎましょう」

「はっ!」


走り出すと、鼓動が速まるのに比例して気持ちも高ぶってくる。


デデトロ……俺を殺したモンスター……。


毒の息の苦痛、ツメ攻撃の衝撃、そして無惨な遺体が脳裏によみがえる。


「……」


今感じてる怖さが、トラウマとか苦手意識になる前に払拭しなきゃいけない。


こんなに早くリベンジの機会が訪れたのはラッキーなんだ――。



□■



途中で兵の詰め所に立ち寄って俺は装備を整えた。


選んだのはバスタードソードとスケイルアーマー。

王の間でマリウナと対戦した時と同じになった。


扱いやすさだけを考えれば、剣はもう少し軽い方がいい。

だけどデデトロの硬さを思うと攻撃力はこれ以上落とせない。


鎧はアジリティ重視でチェーンメイルと迷った末、スケイルにした。

マリウナ戦のいいイメージを引っ張りたい気持ちもある。


とにかくあのツメを直撃されないようにしないと……。



□■



「ありがとう。もう大丈夫です」

「はっ! ではこちらを」


結構、疲れたな……。

かれこれ1キロ近く走ったんじゃ……。


息を切らしながら俺は運んでもらった剣を受け取り、抜刀する。


ここはいわば第二次防衛線らしい。

俺に気づいた剣士が次々にひざまずこうとするのを慌てて制止する。


「あ、そのままでいいので――」


最前線は十数メートル前方で、マリウナともう一人の剣士の背中が見える。

相対しているのは西洋ファンタジーで言うトロールに似た人型モンスター。

その向こうにも2~3名の剣士がいて取り囲んでいるようだ。


マリウナは俺と同じ装備、他の剣士はプレートアーマーを着込んでいる。

ゲームっぽい構図はこの広くもない通路内で戦うなら必然かも。

人海戦術でタコ殴りにしようなんて思えばムダな犠牲を増やすだけだろうし。


「……」


できればもうちょっと休みたかったけど、そうもいかない感じだな……。


マリウナを中心に連携は取れてるけど、攻め方に思い切りが足りない。

有効なダメージをほとんど与えられないまま、じりじり圧されてしまっている。


大きく深呼吸をひとつして、俺は走り出した。


「……」


体をビリビリと駆け抜ける緊張感――。


今度は……今度こそ仕留めてみせる……!


「代わります!」


俺が叫ぶと、マリウナの隣りにいた剣士Aは斜めに下がって道を開けた。


鋭く振るってきた太く長い腕を軽やかにかわして懐へ潜り――。


ぐっと柄を握る手に力を込め、隆起した腹筋を水平に斬りつける。


ドヤァ!


前回とはまったく違う、確かな感触。


「ん――ブッ……!」


噴き出した青い返り血が口の中にまで入り、すぐに吐き出す。

人の血とはまた違った生臭い味が残る。


「グォグググ――!」


悲鳴のような歯軋りとともに振り回すツメは俺にかすりもしない。


よし……この感じ、イケそうだぞ……。


ポジティブな予感が舞い降りた時、巨体の向こうから緊迫した声が――。


「も、もう一体! デデトロがもう一体接近してきます!」

「!?」


マジか……デデトロB登場!?


「ハナオ様!」

「えっ!?」


何を思ったか、すかさず背中を向けてデデトロAが走り出した。


逃げる……?


いや、まず剣士CとDをターゲットにした……?


「挟まれるぎりぎりまで走れ! こっちは何とかする!」


全力で追いながら、壁際に寄って前方を窺う。


「くっ……」


向かってくるデデトロBまでは10メートルあるかないか。

互いに詰めていってる以上、すぐにでも埋まってしまう距離だ。


とにかく、まずはこいつを止めないと……。


「うぉおおお!!」


さらにギアを上げ、デデトロAの左足のふくらはぎに剣を突き立てた。


微妙に速度が落ちてきたところで、マリウナが反対の足へと斬りつける。


「グォオ……」


ようやくデデトロAはバランスを崩し、前のめりに倒れ始めた。


その時――!


「あっ……!!」


狙ったのか、それとも受身か何かのつもりだったのか――。

デデトロAが伸ばしたツメの先が剣士CとDの背中を強烈に弾いた。


「大丈夫か!?」


這ったまま動かないデデトロを迂回し、崩れ落ちた2人の元へ駆け寄る。


「……」


剣士Cの背中は鎧の板金がひしゃげて、奥から血が流れ出している。

傷口は見えないけど、出血量から考えると命に別状はなさそうだ。


「ハナオ様、私は……」

「いいから」


肩を貸して立ち上がると、マリウナも同じように剣士Dの体を支えている。

俺を見て軽く頷いたので、向こうも深刻な状態ではないらしい。


それにしても、プレートアーマーってやっぱ重いな……。


思うように歩けず、気ばかり焦っていると――。


「グゥウ、ウ――!!」


デデトロAが突然上半身を起こし、左腕を力任せに振るった。


「くっ……!」


とっさに剣士Cをかばうようにして倒れ込むと、右肩に激痛が走る。


「がっ、ああ……!!」


俺は体をよじり、思わず剣を手離した。


背後でデデトロAがゆっくりと立ち上がる気配を感じる。

迫り来るデデトロBとの距離はたぶんもう5メートルもない。


「私は捨て置き、ハナオ様だけで合流を……このままでは挟まれます!」


んなことできるか……。

一応勇者だぞ、俺……。


「ハナオ様、その者は諦めて早くこちらへ!」


痛みだけじゃなくて、今度は焼けるように傷口が熱くなってきた。

床に飛び散った赤色の上に、とめどなく鮮血がしたたり落ちていく。


くそいてえ……。

マジで泣きたい、ってか泣いてるか……。

勇者つらすぎワロス……。


「……」


左手で探りながら柄を握り直し、そっと右手を添える。


何とか、いけるか……。


いかないと、な……。


痛みをこらえ、剣の感触を何度も確かめながら俺は立ち上がった。


「グゥウウウ――」


マリウナたちが時間稼ぎをしてくれたらしい。

背後からの攻撃に気を取られていたデデトロAの眼光が俺を捉える。


「……」


今の俺にあいつの硬い筋肉は斬り裂けそうにない。

だったら――。


疾走し、さっき負わせた腹の傷口を丁寧になぞるように剣を振るう。


そして。


悶えるように前のめりになったところを、全力で剣を振り上げ喉を掻き切る。


「ッグウウフッ……!」


倒れかかってくる肩と頭を順に蹴り、目の前に迫ったデデトロBの頭上へ――。


口を大きく開けたのは想定どおり。


俺は躊躇せずそこへ、牙と舌の間をめがけ全体重を乗せて突っ込んでいく。


ズグッ……ブッ!!


貫通した手応えを感じたと同時に、毒の息がわずかに漏れてきた。


激しく咳き込む俺の前で、デデトロBの目から光が失われていく。


ざまあ、みやがれ……。


次の瞬間――。


断末魔の叫びとともに俺は鷲づかみにされ、壁へ激しく投げつけられた。


「!!」


全身が砕け散るような衝撃、口の中にあふれ出した血の味。


「ハナオ様!!」


マリウナが叫ぶ声、剣士たちの怒号と足音、それから――。


「まったく、無茶するんだから……」


どこからともなく、呆れたような、でもどこか優しげなみずきの声。


「フッ……」


最後に聞いたのは自分の口から漏れた小さな笑いだった。





「……」


正直、まだ完全に信じていたわけじゃなかった。


でも――。


俺はこの部屋に戻ってきて、背後のひな壇でまたひとつ人形が壊れている。


もう受け入れないわけにはいかない。


俺はここにある人形の数だけ命が与えられている――。


アロム姫の言葉のとおりなら、残りは998……。


「……」


それにしても……。


自然とため息がこぼれた。


ボスでも何でもないモンスターに2回も殺されるとは……。


今回は2体相手でどっちも仕留めたはずだから、一応進歩はしてるけど。


せめてあの二人、剣士CとDが助かってくれてればいいなあ……。


ていうか、生きてたらちゃんと名前を訊かないと……。


目を伏せて立ち上がった俺は、棺桶の脇にあるものを見つけた。


靴――。


はっと視線を上げると、部屋の中央の祭壇には下着と服が置かれている。


「アロム姫……」


さすがは将来のマイワイフ……。


すっかり気分も良くなり、サンダル風の靴を履いて祭壇の前まで歩く。


次は味噌汁でも作っておいてもらおうかな……?

頑張った後はやっぱり何かご褒美欲しいし……。

生き返った瞬間にトントン包丁の音とか聞こえてきたらいいよなぁ……。


頬をだらしなく緩ませながら服を着ていると、やがて足音が聞こえてきた。


一人じゃなくて何人かいるみたいだな……。


「失礼致します……!」


でも入ってきたのは俺が最初に思い浮かべた人だけだった。


「アロム姫、服のご用意ありがとうございました」


上着の最後のボタンを留めて笑顔で迎える。


「ハナオ様……」


姫は少し息を切らしながら、俺を見た途端に表情を和らげた。

例の千命勇者の伝承とやらを信じていても、やっぱり不安もあるらしい。


「お体の調子はいかがでしょうか?」

「ええ、問題ありません。前回同様、完全に復活しています」

「そうですか……」


姫は目を閉じて大きく息を吐くと、ゆっくりと振り返った。


「入りなさい」


あ……やっぱり他にも誰かいるんだ……。


「失礼致します!」


入ってきたのはマリウナを先頭にプレートメールの剣士A、B、C。


良かった……全員生きててくれた……!


俺の前で順にひざまずく中、剣士Cだけは土下座して床に頭を擦り付けた。


「ハナオ様、この度の私の不能が生んだ事態、お詫びの申し上げようもございません!」


え、全力で謝罪……?


どうせしてもらえるなら、感謝の方が気持ちいいんだけど……。


「!?」


戸惑いながら剣士Cの背中を見ると、そこは治療した様子がない。


「いや、そんなことはいいので早く手当てを!」


俺の声など聞こえないかのように、マリウナが口を開く。


「ハナオ様、部下をお助けいただいたこと、心より御礼申し上げます」

「だからそんなことより――」

「ですが、あのように庇い立ていただくのは今後はどうかご遠慮下さい」

「え……」


予想外の言葉に俺は半ば呆然として、ぽつりと尋ねた。


「なぜ……?」

「ハナオ様の尊いお命と一剣士の命は決して等価ではございません」


マリウナの口調は攻撃的でも、嫌味っぽいわけでもない。

ただその言葉は鋭く俺の胸に突き刺さった。


「しかし……私には、千の命があるし――」


まるで言い訳するように口ごもる自分がもどかしい。


「ハナオ様のお命はおひとつおひとつ掛け替えのない意味をお持ちです」

「……」


淀みない言葉に俺は恐怖すら感じ始めている。


ていうか、アロム姫は何で黙っているんだろう……?

王の間ではマリウナの言動をぴしゃりと叱ったのに……。


俺の視線に気が付いたらしく、姫はゆっくりと口を開いた。


「ハナオ様は傷の治療を優先せよとおっしゃっています。今日は下がりなさい」


いや、そういうことじゃなくて……。


「はっ! それでは失礼させていただきます」


最後まで伏せたままの剣士Cを立たせて一礼すると、4人は退出していった。


「ど――」


感情を抑えきれず、声は震えながら大きくなっていく。


「どういうことですか? アロム姫も同じ考えなのですか!?」


姫は俺を真っ直ぐ見据えて静かに答えた。


「はい。今後は御身の無事を最大限に優先していただければ幸いです」

「……」


体から力が抜けていく。

うつむいた俺の耳に届く声は優しく、どこか切なげにも聞こえる。


「ハナオ様が利他を重んじられることは存じ上げております。ただ――」


「願わくばこの大陸全体にお目を配り、末永くお導きいただきたいのです」


「父や私や剣士、王都の民、今を生きる者すべてが土に帰ったその後も……」

「!」


ああ――。


そこまで考えなかった。


俺が千の命を使い切るのは、誰も知らないずっと遠い未来なんだ……。


「……」


意識した途端、とんでもない孤独感が圧し掛かってくる。


命なんて一個で良かった……。


その代わりもっと圧倒的なチート能力を与えてくれれば……。


その時、部屋の外から大きな声が響いてきた。


「申し上げます! 陛下がアロム様とハナオ様をお呼びでございます」

「何があったのです……?」

「私は存じ上げませんが、緊急事態とのことです。どうかお急ぎ下さい」

「……」


姫は少し表情を硬くして俺を見た。


「……ハナオ様、ご同行願えますでしょうか?」

「はい……」


今度こそ牢獄か?


それとも国王自ら命を大事にしろとお説教?


まあ、どうでもいいか……。


考えることが面倒になり、俺は投げやりな気持ちで姫の後に続いた。

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