リップバージン喪失
R15というほどではありませんが、ややセクシャルな内容を含みます。
ちょっとHな回が続いてしまいましたが、それだけの作品ではありません。
シリアスがお好きな方ももうしばらくお付き合いいただけたら幸いです。
部屋に戻ってきた俺は、閉めた扉にそっと背中を預けた。
「……」
リイロ、かわいかったな……。
そしてあのテクニック……。
にゅるにゅると繊細に、ぎゅるんぎゅるんと大胆に――。
「ハナオ様」
ギクッ!!
「お茶とお菓子をご用意致しました。よろしければお召し上がり下さい」
「あ、ああ……ありがとうございます」
ドキドキしながら扉を開けると、微笑むアロム姫とすぐに目が合った。
何となく後ろめたい……。
「失礼致します」
姫は木製のサービスワゴンを押しながら部屋に入ってくる。
うーん……こういうのって普通メイドとかがやる仕事だよな。
王女自らなんて、国賓級、いやそれ以上の扱いじゃね?
国王の指示か、それとも姫自身の意思なのかは気になるけど……。
「温泉はいかがでしたか?」
テーブルの脇にワゴンを止めると、姫は俺に向き直って尋ねた。
「おかげさまで本当にゆったりとした時間を過ごせました」
一瞬迷ってから付け加える。
「リイロのマッサージとジュースで体もすこぶる快調です」
「そうですか。それは何よりでございます」
直接の主人は違うにしても、姫の心証が良くなって困ることなんてないはず。
今の俺がリイロに何か返せるとしたら、これくらいのことしかない。
「リイロにも後ほど伝えます。どれほど喜ぶでしょうか」
姫の笑顔には何の疑心も感じられない。
『過剰サービス』を勘繰られないか心配したけど、杞憂だったみたいだな……。
「ではまた明朝お伺い致しますが、何かお困りのことはございませんか?」
「いえ……今の時点では大丈夫です」
「外には警護の兵がおります。何かございましたら遠慮なくお申し付け下さい」
「はい、ありがとうございます」
そこで会話が途切れかけると、姫は慌てたようにまた背中を向ける。
「あの、お茶を。こちらはデルノ産茶葉を使用した安眠に効果のある――」
「姫、それは後で自分でやります。どうかお気遣いなく」
「はい……かしこまりました」
姫は持ち上げかけたティーポットを静かに置いた。
その姿は少し寂しげにも見える。
あ、しまったな……。
変に遠慮しないでお願いするべきだったか……。
「……」
他に用件はなさそうなのに、姫は突っ立ったまま立ち去ろうとしない。
よっぽどお茶を飲ませたいのかな……?
だったら前言撤回して淹れてもらおうか――。
考えているうちに俺は後手に回ってしまった。
「今日は……私の生涯で一番忘れられない日になりました」
照れくさそうな微笑みはすぐに消え、姫はゆっくりと視線を落とす。
「でも、だからこそ明日を迎えるのが怖いのです」
「怖い……?」
「はい。もしも、ハナオ様が消えてしまわれていたらどうしようかと――」
スカートを両手できゅっと掴み、切なげな表情で俺を見つめてくる。
「……」
姫、その顔反則です……俺をキュン死させる気ですか?
いくら生き返れるとしても、そんな死因は恥ずかしいんですけど……。
高鳴り続ける鼓動を感じながら、俺はきっぱりと言った。
「私はどこにもいきませんよ。この世界でまだ何も成してはいないのですから」
「ハナオ様……」
姫の頬がゆっくりと、ほっとしたように緩んでいく。
「そのお言葉を胸に抱いて今日は眠ります。ハナオ様、おやすみなさいませ」
「おやすみなさい、アロム姫」
□□
姫を見送った後、俺は衛兵にトイレの場所を訊き、尿意を解消して戻ってきた。
当然確認しておくべきことなんだけど、姫に尋ねるのはちょっとね……。
すっきりした気分でベッドに体を投げ出すと――。
「あっ……!」
思わず声がもれた。
かすかにだけど、シーツからアロム姫の香りがする。
「……」
いや、シーツだけじゃないぞ……?
このベッド全体からかすかに花のような芳香が漂っている。
俺は急いで靴を脱いでうつぶせになり、枕に顔を埋めた。
はあぁ、アロム姫……。
ようやくひとつになれましたね……。
そうしてしばらくもふもふと妄想を堪能した後――。
俺はゆっくりと体を反転させて仰向けになった。
「……」
キャノピーの内側は精緻な彫刻が施されている。
ぼんやり見上げていると、心がだんだんとフラットに落ち着いていく。
そういえば、さっき温泉で見たのは何だったんだろう。
やっぱり俺の幻覚……?
本物のみずきは今頃どうしてるのかな?
目の前で言いたいことだけ言って消えちゃったけど――。
フツメンでシスコンな兄でも悲しんでくれてるだろうか……。
父さんと母さんは机の中の手紙、もう見つけてくれたかな?
最後に書き直したのは、たぶん1週間前。
内容はほとんど『ありがとう』と『ごめんなさい』だけだけど……。
猫のミロンが一番好きな缶詰も机の中に一緒に入ってる。
あいつにどれだけ癒されたかわからないもんな……。
もう遊んでやれないけど、どうか長生きしてくれますように。
田舎のおばあちゃんは――。
ああ、ダメだ。
これ以上は考えないようにしよう。
「……」
俺は体をまるめて、ぎゅっと目を閉じた。
わかっていたことなんだ。
異世界に召還されるっていうのは、こういうことだって――。
□□
「ん……?」
いつの間にか眠っていたらしい。
静かに目を開けると、扉の向こうからかすかに話し声が聞こえてくる。
「もうお休みに○□△○……」
「大丈夫よ、ちょっと△○□△……」
何か、トラブってる感じ……?
面倒だけど放置しておくのもちょっと気にかかる。
俺は仕方なくベッドを降りて扉を開けた。
「どうかしたんですか?」
「あっ、ハナオ様……お騒がせして申し訳ございません」
恐縮したように頭を下げる衛兵の横にいるのは、何と第三王女モニ姫だった。
王の間ではドレス姿だったけど、今着ているのは濃紺のブラウス。
襟の下は三角形に大きく開いていて、深い胸の谷間が露わになっている。
まだ少し幼さの残る顔にこの生意気ボディ……けしからん!
ムラムラと高まりつつ、俺は努めて冷静に切り出した。
「モニ姫、どうかなさいましたか?」
「きちんとしたご挨拶がまだでしたので、本日のうちにと思いお伺い致しました」
「恐縮です。そのようにお気遣いいただく必要などございませんが――」
このまま丁重にお帰りいただく選択肢もある。
あるけど――。
「せっかく来ていただいたのですから、よろしければお入り下さい」
巨乳こと巨大な乳房はアロム姫にもないし、当然リイロにもないもの。
そんな貴重なEカップ(推定)キャラのイベントフラグをへし折る理由はない。
「ハナオ様――」
ん……?
口ひげをたくわえた実直そうな衛兵がさりげなく身を寄せてきた。
「私はアロム様からどなたもお通ししないよう仰せつかっており――」
「さすがにモニ姫は問題ないでしょう。アロム姫には私から明日話しておきます」
「承知致しました。ハナオ様がそうおっしゃられるのであれば……」
男同士の内緒話が聞こえたのかどうか、姫は白い歯を見せて笑っている。
「ありがとうございます、ハナオ様。長くはお邪魔致しませんわ」
□
モニ姫を招き入れると、俺はそのまま右側のテーブルへと歩いた。
「アロム姫が用意して下さったお菓子がありますよ。いかがですか?」
サービスワゴンの上のティーカップを手に取る。
「冷たくなってしまいましたが、よろしければお茶も――」
反応がないので振り返ってみると、モニ姫はベッドに腰掛けていた。
「臭いわ」
「え……」
聞こえてきた想定外の呟きに動揺せずにはいられない。
さ、さっきまでいい香りだったのに、俺そんなに寝汗かいた?
いや、そんなはずは……!
「アロムお姉さまの匂い、染み付いちゃってる……」
「え……?」
モニ姫の横顔はうつむき加減で表情はよくわからない。
「ハナオ様のお体に合う服を至急ワードローブいっぱいに用意させて――」
「しかもこうしてご自分のお気に入りのベッドまで運ばせるなんて……」
「アロムお姉さまのハナオ様へのご執心は相当なものですわ」
そう、だったのか……。
俺が自分で気が付いてる以上に配慮してもらってるんだな。
そういうのにもっと敏感になって、ちゃんと報いていかないと……。
俺が静かに決意を新たにしていると、姫の声色が少し変わった。
「ねえ、ハナオ様もこちらにいらして下さらない?」
右手でセミロングの髪をすきながら、左手は体を抱くように胸を下から持ち上げている。
その童顔もあいまって、かわいさとエロさが絶妙なバランスで調和した光景。
「……」
そうきましたか――。
ベッドの上に年頃の男女が並んで座れば間違いも起こり得る。
いや、何も起こらないほうが間違いだと言ってもいいだろう。
それはゲームの世界だけじゃなくて、現実だって同じこと。
だけど、俺だって下半身に脳みそがあるわけじゃない。
こんな唐突な展開はさすがに疑ってかかるべきだ。
たとえば勇者としての俺の品格を試されている可能性。
ほいほいと安易に乗れば、回復できない傷を負いかねない。
「いえ、それよりお菓子を――」
「ハナオ様、状況が理解できませんか?」
「……?」
ふと見ると、モニ姫の雰囲気は一変していた。
半分だけまぶたを閉じ、冷ややかな目線を俺に送ってきている。
いわゆるジト目というやつだ。
「私が今ここで、生まれたままの姿になって悲鳴を上げたらどうなります?」
「!?」
き、急に何言い出すんだ、このコ……。
「はは、姫、ご冗談を」
「……」
俺の愛想笑いに対し、姫は1ミリも表情を崩さない。
も、もしかして本気……?
冤罪で投獄されて拷問とかガクブルだろ……。
待て、モニ姫が普段からこの調子でトラブルメイカーなら誰も取り合わないはず。
いや、でも王の間で会ったときはそれなりに優等生っぽい感じだったし……。
――って、あっ!?
気が付くと姫はブラウスのボタンを外し始めている。
「ちょ……ま、待って下さい!」
俺は慌てて駆け寄り、姫の前で行儀よく直立した。
「何してるんですの? 隣りにどうぞ」
ぽんぽんとシーツを軽く叩く。
「……」
くっ……完全にペース握られてる……。
不本意ながらも言われたとおりに座ると――。
モニ姫はすぐ俺の肩に頭を乗せてきた。
「!」
オレンジのような柑橘系の甘い香りがふわっと広がる。
そして、胸の高鳴りを加速させる囁き声。
「ご覧になりたいところがあれば、遠慮なくどうぞ」
「……」
では堂々とガン見させてもらいます、ともいかず、ちらりと目を向けた。
ブラウスのボタンは上から2つ外れている。
元々が胸元の開いた服だから、もう上半分はほとんど丸見えの状態。
むう……。
魅惑的な白い曲線はぱつんぱつんに張っていて、重量感も申し分ない。
下着はおそらくつけてないので、もう少しで大事な先端が見えてしまいそうだ。
もう十分に眼福だけど、正直ここまで来たら肌色以外も見たい。
パステルピンク、それともワインレッド、意表を突いてライトパープル――。
何でもいい、もう1センチ体をひねってくれさえすれば……。
「……」
くそっ、もういっそぺろんと全部むき出しにして、がっつり鷲づかみに……。
「楽しみですわ……」
え、鷲づかみがですか……?
などと思うはずもなく、俺は軽く呼吸を整えて尋ねた。
「何が楽しみなのですか?」
「ハナオ様がアロムお姉さまのご期待に応えられるのかどうか。そして――」
ゆっくりと口元に黒っぽい笑みが浮かぶ。
「もしも裏切られた場合、アロムお姉さまがどんな顔を見せてくれるのか……」
演技……?
いや、とてもそうは見えない。
このコ、かわいい顔して歪んでやがる……。
となると、やっぱりこの状況は危険だよな……?
「……」
目に焼き付けるように胸元を見下ろしつつ、重い口を開く。
「モニ姫、そろそろお帰りになった方がよろしいかと」
「モニでいいですわ。こうして二人きりの時は」
「お戯れもほどほどにしていただかないと困ります……」
「そうかしら? 困ってる顔じゃないと思うけど」
モニ姫は俺の頬をつんと指で押すと、立ち上がってブラウスのボタンを順に留めた。
「では、帰りますわ」
「……」
俺は複雑な思いで歩き出した背中を見つめている。
これで、良かったんだよな……?
チャンスはまたきっとあるはず……あるといいな――。
ん……?
ぴたりと足を止めたモニ姫は振り返りもせず言い放った。
「見送って下さらないの?」
「あ、ああ、失礼しました……」
最後の最後までマイペースを貫くか……。
心の中で舌打ちして腰を上げる。
そして早歩きして姫を追い越そうとした時――。
モニ姫は邪魔するように急に俺の前に立ちはだかった。
えっ、何で……?
疑問と同時に唇が重なる。
えっ――。
今まで知らなかった感触と温度が確かに鼻の下に……。
「!?」
俺は驚きのあまり腰砕けになり、ばたんと尻餅をついてしまった。
「ハナオ様、いかがなさいましたか!?」
扉の向こうから衛兵の声が響く。
「ああ、ちょっとつまずいただけです! 問題ありません!」
答え終わるとすぐに上から圧し掛かるようにして唇で口を塞がれる。
体はぴったりと合わさり、胸の上には心地よいモーニングスターが2つ――。
互いの生地が薄いので、『棘』の位置もかすかに感じ取れる。
くうっ、気持ちいい……。
第三王女の進撃はとどまることを知らない。
「!?」
繋がった唇の内側で、熱く柔らかな舌が俺の口の中に侵入してきた。
そして奔放に暴れ回る。
「んっ……ふあっ……」
時々隙間からもれるモニ姫の甘い吐息も破壊力抜群。
理性は完全に足元がふらつき、ダウン寸前になっている。
も、もういい、お前は休めっ……!
リビドー全解放で反撃してやんよ――!
と思ったところで姫は上半身をゆっくり持ち上げた。
えっ……終わり……?
馬乗りの状態で俺を見下ろす目は、とろんと呆けたような感じで色っぽい。
「いかがでした? 初めてにしては私、上手だったでしょう?」
「そ、そう言われましても……」
「……もしかして、ハナオ様も初めてでしたの?」
「いえ、そういうわけでもない、ですけど……」
歯切れの悪い回答は『肯定』と見抜かれたらしい。
「どうりで遠慮しすぎだと思いましたわ。物足りないくらいに……」
モニ姫は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、濡れた唇をぺろりと舌なめずりした。
ああ、誰か――。
小悪魔……小悪魔がここにいます!
「では、おやすみなさい。お菓子、おいしかったですわ」
立ち上がった姫の去り際は素早かった。
「……」
ぱたんと閉まった扉を俺は呆然と見つめている。
な――。
何ていう王女だ……。
姉妹なのに純情可憐なアロム姫とは全然違う……。
『ビ』で始まる3文字の属性が頭に浮かんでくる。
自分では初めてだって言ってたけど、どうだか……。
まだ少し肩で息をしながら、床にだらしなく座り込んだままの俺。
――と対照的に天高くいきり立ってしまった俺の聖剣。
このままじゃ収まりがつきそうにない。
ティッシュ……ティッシュ的な何かは……?
俺氏、鬼気迫る表情で室内をぐるぐる見回す。
「……」
――が、それらしきものは一切ない。
くそっ!
もう寝る!
頭空っぽにして寝るぞっ!
俺は仰向けでベッドに飛び込んだ。
□□
「ハナオ様、夜分遅くに大変申し訳ございません」
ん……アロム姫?
俺を起こしに来た……?
いや、今『夜分遅く』って言ったから、まだ……。
「……」
頭の中が少しずつクリアになってくる。
俺は荒ぶる聖剣を鎮めることに成功したらしい。
そしてどのくらいの時間かわからないけど、とにかく寝ていた。
で、アロム姫は何の用だろう?
それなりの深夜のはずだから一番考えられるのは……。
「やっぱりハナオ様が消えないか心配なので、一緒に寝てもいいですか?」
――だよな?
枕とかきゅっと胸に抱いて立ってたりして……。
にやりと口角を上げた俺の頭に、モニ姫の黒い笑顔がよみがえってきた。
……待てよ。
「妹のことで伺いたいことがあるので、ご同行願えますか?」
――の可能性もあるか!
くそ、あの時モニ姫を部屋に入れないで帰しておけば……!
でも、キスはめちゃくちゃ気持ちよかった……!
あと、ダブルモーニングスターも最高に凶暴だった……!
ってそうじゃなくて……!
「ハナオ様、申し訳ございませんが――」
「あ、はい! 今開けます!」
俺は覚悟を決めてベッドから下り、扉へと歩いた。