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異世界の千命勇者(チェーン・ブレイヴ)  作者: 村奈ケイ
第1章
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ライフバージン喪失

出口へとよたよた歩き出すと、すぐに姫に呼び止められた。


「ハナオ様、お靴の用意はございますので……!」


手渡されたのは、足の甲と足首をそれぞれベルトで固定するタイプのサンダル。

ソールは結構厚みがあるけど持った感じはかなり軽い。


「ありがとうございます」


足のサイズをほぼ選ばない構造で、履いてみると実際ぴったりフィットした。

二歩三歩と歩いてみた感覚もかなりよさげ。

指先が露出してるし明らかに戦闘には向かないけど、今はこれでいいんだろう。


「ハナオ様、申し訳ございませんがお手をお借りできるでしょうか?」


振り返ってみると、姫は俺が出てきた棺桶(?)の蓋を閉めておきたいらしい。


「はい、初めての共同作業ですね」

「今、何かおっしゃいましたか……?」

「いいえ、何も」


いくつもの冒険と恋愛を経て、やがて年老いて寿命を終えた時――。

俺はまたきっとこんな箱の中に帰ってくるんだろうな。


まあ、何十年も先の話だけど……。



いよいよ部屋を出てみると、意外性も何もない光景が広がっていた。

ざらついた岩肌の通路がだらしなく左右に伸びている。


状況から察するに、ここはおそらく城の地下のダンジョン。

王族専用の秘密ルートか何かで直接城内のどこかに繋がっているはず。


「……」

「……」


通路は壁の燭台に挿された松明で照らされている。

でも設置の間隔がかなり長いので、ランタンなしでの探索は厳しそうだ。


「……」

「……」


むーん……。


歩き出して数分経つけど、まだ一言も会話がない。

あれだよな、『ダンジョン内の廊下は喋らない』的なルールないよな?

別に怒ってるわけでもないだろうし、俺の方から……。


思い切って話し掛けようとした途端、姫はぴたりと立ち止まった。


「……アロム姫?」


少しドキドキしている俺に向き直ると、姫は深く頭を下げる。


「ハナオ様、大変申し訳ございません。ひとつ前の岐路で道を誤りました」

「あー……」


何とかこらえようとしたものの、俺は我慢できずに軽く吹き出してしまった。


「ハナオ様……?」

「いえ、すごく自信に満ちた足取りで、全然間違える雰囲気じゃなかったので……」

「申し訳ございません……」

「あー、いえ、本当に気にしないで下さい」


来た道を戻り始めてすぐ、姫は小さくため息をもらした。


「確かに覚えているはずの道順なのですが、やはり緊張しているようです……」

「緊張、ですか……?」

「はい。勇者様がこんなにお近くにいらっしゃるかと思うと、どうしても――」


恥ずかしそうに眉を寄せてちらりと流し目とか、マジ反則なんですけど。

相手はローブの下全裸でサンダルだけ履いてる変態さんですよ?

そっちが緊張するって言うならこっちも緊張させますよ、主に下半身をデュフフ。


ゲス顔は心の中だけにとどめ、爽やかに微笑む俺氏。


「私だって人間です。どうかあまり勇者とか意識しすぎないで下さい」

「はい……なるべくハナオ様にご迷惑をお掛けしないように――」

「あー、逆です。むしろ道を間違い続けて下さいって言っているんです」


きょとんとした顔になった後、姫の頬がゆっくりと緩んでいく。


「ハナオ様、それにしてはこのランタンが邪魔になります」

「うーん……勇者にそれを壊す勇気はなさそうです」


二人で笑い合うと、かすかに肩が触れ合った。

何となく最初の小さな壁を壊せたような気になる。

ここからは多少気軽にいろいろ話せそうかなと思った矢先――。


「――っ!」


姫が小さく声を上げて立ち止まった。


「どうしまし――」


ああ……。

姫の答えを待つまでもない。

約10メートル先の角から現れた巨体が、松明の炎に浮かび上がった。


青とか緑とかそっち系の体色。

大きく裂けた口から覗く発達した牙。

やや猫背でゴリマッチョな上半身、長くて太い腕。


「デデトロ……中レベルのモンスターです!」

「あの、ここって、あんなのが徘徊してたんですか……?」


普通に考えればダンジョンにモンスターは付き物。

だけど王女が一人歩きして来るくらいだから、安全なものとばかり思っていた。


「いいえ……今までは一度も……」


姫は少し呆然とした様子で首を振って答える。


2メートルを優に超える怪物は俺たちを敵と認識したようだ。

歩くペースを上げたかと思うと、短めの足をフル回転させて迫ってくる。


どうする?

まあ、重要なイベントには違いないよな。

姫の信頼を勝ち取るためにも、この世界での俺のポテンシャルを知るためにも。


「アロム姫、何か武器になるものは!?」

「このようなものしか……」

「……」


……うーん。

受け取ったのは護身用と思われる短剣。

これはさすがに無理ゲーなんじゃ……。


「ハナオ様、後退して迂回する道もございます」


ザコではないとはいえ、チート全開の勇者様なら難なく圧倒する相手だろう。

だけど今の俺にチートの実感はないし、武器は短剣だけ、魔法の心得もない。

ていうか、そもそも魔法が存在する世界なのかな、ここって。


考えてる間にも距離はどんどん詰まり、もう5メートルを切った。

たぶんもう数秒であいつの間合いに入る。

俺一人ならともかく、姫をつれてじゃ逃げても絶対追いつかれるな……。


「……」


いやな汗が吹き出す。

ごくりとつばを飲む。

そしてようやく気がついた。


姫は俺のすぐ後ろにじっと寄り添ったまま動こうとしない。


さっき会ったばかりなのに、こんなに信じてくれてるんだ……。

自分を置いて逃げたりしないって。

格好だけつけて瞬殺されたりしないって。


「……」


やっぱりここは大事なイベントだわ。

ゲームだったら絶対セーブしときたいくらいに。


「アロム姫は下がって隠れていて下さい。軽く交戦して様子を見ます」

「はい、どうかお気をつけて、ハナオ様!」


どうかお気をつけて、か。

はははは。

美少女プリンセスからこんなお言葉たまわっちゃえば、あれでしょ――。


モチベ100倍でしょうがあああっっ!!


青黒い巨体に向けて疾走する。

我ながら速い。

漫画だったら無数の集中線が俺の背中に伸びてきてるはず。


グガウゥルゥウウウウウウ!!


片仮名にしづらい唸り声とともに、ぶっ太い腕で俺をなぎ払おうとする怪物。

それをスピンして華麗にかわし、さらにステップインして懐へ入り込んだ。


俺は確信した。

あります。

チートはあります!


デデトロの攻撃は想像以上に速かった、と思う。

でも余裕で見切ることができたし、体をミリ単位で自由に動かせる。


問題は――。


えぐるように全力で腹を切り裂いたつもりが、傷はうっすらと細く出血もない。

たぶん紙で指を切った程度のダメージ。

むしろ柄を握る俺の手の方がじんじんと痛んでいる。


こいつ、固すぎだろ!


となれば――。


狙うのは目しか!


二撃目は跳躍して回避、空振りしたヤツの腕を蹴ってその頭部へと迫る。


ああ、すげえ……。


今、主観とサードパーソン、両方の感覚が並列、補完しあってる。

俺はゲーム内のPC自身であり、それを操作するプレイヤーでもあり。

すなわち(クリエイター)が定めし運命(仕様)から解き放たれた存在――。


つまり、この世界の何者にも負けるわけがない。



くうぅうっ、きもってぃいいいい……!

俺の内側で暴れるようにほとばしる快感――。

その名はたぶん、全能感。



「うぉおおおおっ!」


宙空で体をひねり、赤く光る目に切っ先を突き立てようとした瞬間――。


「ハナオ様、デデトロには毒が――!」

「え?」


姫の叫び声と同時に、目の前の怪物はぐぱあと大きく口を開けた。


「!?」


薄汚れた牙と舌の合間から吹き出された熱風が俺を包む。


「くっ……くっ――!」


くっせえええっーーーー!!


おぉおおっおおえええええええぇええっ!!


生ゴミをじっくりコトコト煮込んだような悪臭に気が遠くなる。


「ぐっ……」


何とか体勢を立て直して着地したものの、毒の回りは早い。

視界はかすみ、心臓が飛び出るほど鼓動が激しい。


やべ。

息苦しい。

体に力が、入んね……。


震える右手から短剣がこぼれ落ちた。

これ以上は無理、逃げなきゃ……。


あ……待てよ。

それとも、あれか、何か奇跡的な能力に目覚めるフラグ?

あるいは、えーと、もうひとりの勇者(美少女)が……。


「ぶぐっ!!!」


スイーツな幻想を切り裂く無慈悲な一撃。

俺の口から不細工な悲鳴と赤い液体が飛び散る。


顔、胸、腹。

3か所同時に激痛と焼けるような熱さが突き抜ける――。

人型モンスターのツメ攻撃とか、地味に強すぎ。


「ひめ、にげて……!!」


そう叫んだつもりでも、どこまで声になったか。


俺は受け身も取れず、前のめりにどさりと倒れた。


意識はどんどん狭く小さくなる。


ああ、マジかよ。


終わり?


俺の異世界、文庫で何ページ分?


上から落ちてくる感じは、あいつの足……。


ははっ。


それ、もう、死体蹴りじゃ――。



ね……。



「ハナオ様ぁあああぁあっ――!!」

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