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異世界の千命勇者(チェーン・ブレイヴ)  作者: 村奈ケイ
第1章
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さよなら妹、呼ばれて王女

「アッー!」


綱引きで負ける瞬間、最後に一気に体を持っていかれる感じ。

あの感覚に突然襲われれば、誰だって変な声のひとつも出すだろう。

ましてや入浴中、完全無防備なタイミングだったらなおさらでしょ。


「み、みずきーっ!」


俺は湯舟から飛び出し、びしゃびしゃと廊下を濡らしまくって居間へと走った。


「ちょっ、お兄ちゃ――」


ソファで携帯をいじっていた妹のみずきは慌てて顔を背ける。

バカ、今はそんな場合じゃないのに……!


「父さんと母さんに愛してるって伝えて! そしてお前のことも――」


ああ、顔を見せて。


最後にもう一目だけ。


19年間生きてきたこの世界から消える寸前―――。

広げた指の隙間から覗く妹の瞳はどうしようもなく愛おしかった。


さよなら。


どうか、元気で……。



□■



暗い……。


息苦しい……。


…………。



「ぷふぁっ!!」


目の前の闇を思い切り突き飛ばすと、ガタンと何かが転げ落ちる。

そして視界が少しだけ開けた。


「……」


屋内……なのか?

見上げている岩肌はろうそくか何かの淡い光で照らし出されている。


「……」


小さく深呼吸した後、俺は身震いした。

心の準備は万全、なんて言ったらウソになる。

でも3年くらい前から予兆はあったし、そんなに動揺している感じもない。


ついにやって来たんだ……異世界に。


耳を澄まし、近くに人の気配がないことを確認する。

その上で俺はゆっくりと体を起こした。


「……」


岩盤に囲まれた縦に長い部屋。

真ん中には祭壇があって、火のついた太いろうそくと果物か何かが並んでいる。

その向こうの一番端にある四角い穴がたぶん出入り口。


部屋の奥は一段高くなっていて、そこに安置された大きな箱の中に俺がいる。

ていうか、これたぶん棺桶だよな……?

薄気味悪いなと思いながらふと振り返ってさらにぞっとした。


背後はひな壇状になっていて、ある物で天井までびっちり埋め尽くされている。

その数全部で数百、いやあもしかしたら千体を超えてるかもしれない。


人形――。


1.ぱっと見た感じは全部同じでも、細部の仕上がりに微妙な個体差あり。

2.造形は5頭身のリアル路線なのに、顔の描き込みはシンプルで無表情。

3.質感とか素地の色は日本の土人形っぽいけど、配色のセンスは奇抜。


総評――。


1個でも結構キモいのに、こんだけあるとか無理っす。

ひとつひとつ手作りで思いが込められてる感じも悪い意味でぐっとくるし。


ていうか、これが召還の儀式?

総合的に見てこのロケーションはちょっと今後に不安を覚えるな。


「ふぅ……」


棺の中にもう一度全身を横たえて、ため息をもらすと――。


「誰かいるの……?」


女性の声にはっとして顔を上げると、入り口にランタンを持った人影がある。

足元までの長いローブを身にまとい、顔はフードに隠れて窺えない。


いや、いるけどさ……。

俺を呼んだのはあんたではないの?

それとももしかして敵対する側だったりする?


どう反応しようか考えていると、女の声色が微妙に変わった。


「……勇者様、でしょうか?」

「!!」


よっしゃ……!


俺はぎゅっと拳を握った。

『救世主様』とか『神様』とか色々あるけど、やっぱり『勇者』が一番でしょ。

この際、舞台装置が気持ち悪いのはさっぱり忘れようじゃありませんか。


「勇者様なんですよね?」


期待と不安が入り交じる声に、俺は再び体を起こして一番良い声で答える。


「私がその問いに心から頷けるのは、課せられた使命を果たした後です」

「……」


ビッシー決まったな……。


ローブの女はほくそ笑む俺の元まで駆け寄ってくると、その場に正座した。

そしてフードを脱ぐなり顔を押さえて泣き出してしまう。


あ――。

ここに来る直前のみずきの姿とかぶって、胸がきゅんと痛む。

まあ、別にあいつは泣いてたわけじゃないけどさ……。


「ずっと、お待ちしておりました。雨の日も、風の日も、嵐の日もずっと――」


ようやく顔を上げたのは、濡れた頬を光らせ俺を真っ直ぐに見つめる美少女だった。


「すべてはこうして貴方様をお迎えするために……」

「……」


ああ、顔立ちもみずきによく似てるんだ……。

みずきは黒髪ストレート、このコは茶髪ゆるふわ系で印象はだいぶ違うけど。


父親譲りで偏差値50のキングオブフツメンとして仕上がっちゃったのが俺。

一方みずきは舞台女優の母親の血を色濃く引き、見目麗しく成長した。

その割には男っ気がないので、高校では百合疑惑も浮上してるとか。


まあ、あいつは頭もいいし、すげー堅実な人生設計をしてるだけだと思う。

この先どんな男を選ぶのか、見届けられれば良かったけどな……。


「あっ、申し遅れました! 私は――」


思わず感傷に浸ってしまい、少女の声で我に返った。


「私は神聖ロインタール王国の王女、アロム・ラフラインと申します」


はいきた。

きました。

王女様。


これから始まる大冒険の道中、俺は幾多の魅力的な女性と出会うだろう。

だが、最終的に結ばれることになるのはこのお姫様に違いない。

ライトなノベルを死ぬほど読みまくった俺の第六感がそう告げている。


「私はハナオ・カトーと申します、アロム姫」

「ハナオ・カトー様……」

「ハナオで結構です、アロム姫」


ああ、やっぱりいいなあ……。

オタサーの姫なんかじゃない。

モノホンのお姫様(しかも美少女)を姫と呼べる幸せ、ぐぐっ……。


「ハナオ様、まずは私の父、国王とご面会いただきたく存じます」


ふむ。

ちょっと王道すぎるきらいはあるものの、よく言えば安心感がある。

この先の展開も大外しはなさそうじゃないか。


「わかりました。では早速まいりましょう。どちらへ?」

「はい、ご案内申し上げます。その前に……失礼致します」

「え……?」


ローブを脱ぐと、中に着ていたのはドレスと呼ぶには少し地味めなワンピース。

王族らしい宝飾品も一切身につけていない。

それでも、彼女の仕草ひとつひとつが高貴なオーラで彩られて見える。


持って生まれた資質が家柄とか教育で磨かれて、こうやって結実するんだな……。


「用意が不十分で申し訳ございません。今だけはこちらでご容赦下さい」


折り目正しくたたんだローブを差し出され、俺ははっと気がついた。


うぉおおっ!

はははーっ!

そういえば俺氏、素っ裸でしたあああっ!

ふひょおおおおおっああああああっーー!!


内心はのた打ち回るほど取り乱しつつ、俺は眉一つ動かさない。

瞳には虚無の色さえ浮かべている。


どうせここで恥ずかしがったって何の得もない。

今大事なのは召還直後はこれ(全裸)が基本だよね、という開き直り。

これにより勇者という存在の神秘性を高めるというメリットが得られる。


「ありがとうございます。ではお借りします」

「はい……」


俺にローブを手渡した後――。

背を向けるのは失礼だし、といって直視もできないし。

そんな感じで姫がどこか挙動不審でもじもじしている件。


いや、これはなかなかの眺め。

萌え百景、萌え文化財に登録して次世代に伝えたいレベル。

実際いつまでも見てられる――とはいえ、あまり困らせても意地悪かな。


俺は受け取ったローブに視線を移した。

へえ、生地は厚手だけど意外と軽いし、サラサラして手触りもいい。

裾を両手で広げて無造作にすっぽりかぶってみると――。


あふぁぁ……!


姫のぬくもりがまだ残ってて暖かいし、すげーいい匂いがするぅ……。

フローラル系の優しい甘さ、深く味わえばレモンっぽい爽やかさもほのかに……。


この貴重なぬくもりと香りを全裸で頂戴する贅沢感と背徳感。

いっそ向こうの世界で風呂に入った直後なのが惜しい。

俺の臭いをしっかりしみ込ませてお返しして、それをまた姫がすっぽりと……。


「……」


ヤバい。

想像が捗って仕方がない。

少し困惑したような姫の声が聞こえなければ、あと軽く5分は妄想してただろう。


「ハナオ様、お召しになったでしょうか……?」

「あっ、はい! では、まいりましょうか!」


動揺を隠すように無駄に元気良く答え、俺は若干前かがみで歩き始めた。

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