夜に棲む彼
――今日は月が綺麗だ。
真ん丸く肥えて、青く強い光ですべてを照らす月を見上げ、私はそう思った。
真っ黒い空には雲もなく、月光を遮るものはなにも無い。月の光が強いせいで、星々の放つかすかな光はいつもよりもさらに見えにくい。
今宵の月はまさに夜空に君臨する女王だ。
月は、光が強い時はくっきりと影を作る。しかし、そんな時でも太陽に比べてどこか典雅な気がする。太陽の邪なものをすべて消し去る強い光に比べて、凄烈だが優しく浄化するような美しい光を私はとても気に入っている。
まあ、夜の世界にしか生きられない私にとって、太陽の光を愛することなどとてもできないが。
おっと。失礼、自己紹介がまだだったね。……私の名はセヴィル。セヴィル・レン・バルドネイトだ。よろしく、美しいお嬢さん方(男のことは考えていないらしい)。
私はいま、地に生きるどの生き物よりも夜空の女王に近い場所にいる。それはもちろん空を飛んでいるからだ。
だが、空を飛んでいるからといって、私は鳥ではないし、他のどの空を飛ぶ生き物とも違う。
私はいわゆる夜の貴族と呼ばれる者だ……うん、この呼び方はなかなか優雅で私好みだ。
すべてのお嬢さん(くどいようだが男のことは考えていないらしい)がこの呼び方を知ってくれていることを望むが、やはりそういう話を好まないお嬢さんもいるだろう。そんなお嬢さん方のためにも分かりやすく言おう。私は吸血鬼と呼ばれる生き物だ。ヴァンパイアという呼び方も知られているな。
私はすべての女性を愛している。その中でもストライクゾーンは十六歳から四十代前半まで。血液型はあまり気にしないかな。それぞれに良さがある。
血は最上の飲み物だ。赤ワインやトマトジュースなんかを代わりに飲む吸血鬼など邪道だ。
だからといって、男の血ではだめだ。そんなものを飲むやつの気が知れない(かなり失礼な言いぐさだ)。以前に一度だけ試しに飲んだことがあるが、とても飲めたものではなかった。
やはり同じ血でも美味しいものを飲みたいものだ。生きる糧となるなら尚更だ。
………む。前置きが長くなったな。自己紹介としてはそんなところだ。年齢にあまり意味があるとは思わないし――一応言うならば私は十六世紀の生まれだ――、愛に国境はない! ……これは私の座右の銘だ。ちなみに、これも一応言うなら、私はスウェーデンの出身だ。
とにかく、私のことよりもお嬢さん方(しつこいと言われようが……以下略)のことを聞きたいところだが、今は残念ながら時間がない。私はこれから食事の時間だからだ。
私は黒いマントを翻し、ふわりと気配を消して下界へと降りていく。
せっかくの月夜なのに、町の灯りは空まで人工の光で染め上げ、美しいビロードの空の闇は薄れてしまっている。残念なことだ。
そんなことはさておき、街まで降りて、今夜のメインディッシュを探す。
この街はなかなか私好みの美女が多い。私は期待に胸を膨らませて、人間のフリをして何気なく通りで擦れ違う女性を観察する。
擦れ違う女性のほとんどが、私を振り返って見たり、横目でチラチラと窺う。中には友人と一緒に私を見ながらヒソヒソと話す女性までいる。
言ってしまえば、所詮吸血鬼など、生きるためには女性をオトしてなんぼなのだ。美醜に関しては、命がかかっている分、人間よりも切実だ。
故に、吸血鬼のほとんどが美しい容貌を持つ。擦れ違う女性が私に見惚れるなど、当然でなければいけない。
まあ、ツヤのある黒髪に血の色をした深紅の瞳。整った顔立ちは他の吸血鬼よりも優れていると自負しているがね。
その効果を如実に見ることができて、私はご満悦だった。
機嫌良く街を散策していると、視線の先に気になるものが見えた。
それは、人間の少女だった。しかし、ただ少女がいるだけでは、私も気になんてかけなかっただろう。
少女は、服と呼ぶのもおこがましいような布切れを纏っていた。そして、あろうことか、大の大人がその少女を数人掛かりで痛め付けていたのだった。
この世の女性は全て愛すべき庇護の対象。中でも少女とは、無償の愛を受け、幸せでなければいけない。ささやかでも、その愛を知る少女は、やがて多くの愛を与えられる慈母となれるからだ。
なのに、いま目の前では、信じられない光景が広がっていた。少女はぼさぼさのくすんだ茶色の長い髪を力無く垂らして俯いて、ただ耐えている。もう逆らうことも諦めてしまっているようだった。
私はたまらずその輪に割り込んだ。
「いい大人が、こんな幼い子供を痛め付けて、恥ずかしくはないのかね?」
毅然とした態度を心掛け、きっぱりと言う。
「……なんだ、あんたは」
男の一人が胡乱な目付きで睨んでくるが、私の心には些かの動揺も恐怖も生まれない。
「私のことなど、どうでもいい。それよりも、何故こんな年端もいかぬ子供をいたぶるのだ?」
背中に少女を庇って、心持ち腕を広げる。少女は事態が飲み込めないのか、きょとんとして私を見上げていたが、私を味方と判断したらしく、マントの裾を小さな手でにぎりしめた。
「……俺らだって、そいつがただの子供だったら、こんなことしないさ。だけど、そいつは悪魔の子なんだ」
「……なに?」
聞き返すと、男は興奮したようにベラベラと喋りだした。
「そいつが生まれてから、ロクなことがない。流行り病で街の住人すべてが倒れたし、死亡事故が相次いだ。そいつの両親だって、父親は生まれてすぐに変死したし、母親は数年して、原因不明のノイローゼで自殺した。そいつが悪魔を呼び込んだに違いないんだ!」
一息に言い切ると、自分の正義に確信して、鼻を鳴らした。
私は、ふう……と溜め息をつき、男達の顔を順番に眺めた。
どの顔も、自分達に理があると信じ切った、腐った面をしていた。
背後の少女は、今の言葉に怯えてますますマントの裾を強く握っていた。それとも、私が話を聞いて自分をいたぶる側に回るのを恐れているのだろうか?
私は殊更ゆっくり言った。
「くだらない。バカバカしい……信じられないな、まったく。こんな子供がどうやって悪魔を呼び込むというのだ? お前達の暴力にも、ただ耐えることしかできない子供が」
「…………」
なんの反論もできず、黙りこくる男達。
「流行り病も、不幸な事故も、たんなる偶然でしかない。この子のご両親についても、気の毒ではあるが、この子自身とはなんら関係ないだろう。それを、こんな幼い子供に責任をすべて押し付けて、それが『逃げ』だと何故分からない?」
「あ、あんたは知らないからそんなことが言える! 長くこの街に暮らしてきた人間は、誰もがそう思ってる。そいつが悪魔を呼んだってな!」
それを聞いて私はがっかりした。いくら美人でも、こんなことを何とも思わないような人間なら、血はまずそうだ。せっかく期待していたのに。
私は二度目の溜め息をつき、少女の頭を撫でた。少女は触れられる瞬間、ビクッと体を強張らせ、それから撫でられることも無いのだろう、びっくりした表情で固まってしまった。
「これ以上茶番に付き合う必要はないな。行くか」
私の独り言に、男達は過剰に反応して、鬼の首を獲ったように喚いた。
「ほら見ろ! 結局あんただって、言うだけ言って、善人面でそいつを見捨てるんだろ! 俺らのことなんか言えないじゃないか!」
男の言葉に少女は絶望してそろそろと私を見上げた。
……まったく。
「誰がそんな無責任なことをすると? 君達の基準で考えないでくれないか? 私はこの子を引き取ると言っているのだよ」
「なんだって? その悪魔の子を引き取る? 正気か?」
「もちろん正気だとも……少なくとも、子供をいたぶって平気な顔をしていられる輩よりはね」
男達は皆一様に顔を赤らめて激昂した。
感情にまかせ、何やら喚いているが、その反応すら面白味に欠ける。なんてつまらなく、くだらない人間達。
私はわざと見下した表情を作り、男達だけでなく、この町に住む、少女を悪魔の子だと思っている愚かな人間すべてを嘲り、侮蔑し、鼻先で笑った。
「人間という生き物は、分からないな……この世で一番美しい時もあり、この世で一番醜い時もある。太陽の下に平然と生きるくせに、闇の生き物ですら持たない混沌を抱え込んでいる……」
「あ、あんた、なに言ってるんだ……?」
男の一人が気味悪そうな顔で聞く。
「べつに。この世に悪魔などという空想の生き物などいないというだけだ……いるとしたら、闇に生きる者達だ。私のような、ね」
「………!」
口を薄く開けて、鋭く尖った犬歯を見せて笑う。男達には、それだけで充分恐怖だろう。……そして、少女にも。よほど怖かったのだろう、少女は私を驚いた表情で見上げたまま硬直してしまった。すぐに手を離すと思ったが、小さな手は私のマントを握ったままだ。意思の通りに体を動かせないのだろう。
だから私は少女と目線を合わせるようにしゃがみ、固まったままの少女の手を握り、そっとマントから離してやった。
「すまなかったな、少女よ。ここよりは暮らしやすい場所へと連れて行ってやろうと思ったが、それも適わぬようだ。怖がらせてすまない。ただ、危害を加える気はない。君にも、ここの住人達にも……」
「…………」
言葉に返事はなかった。しかし、かまわなかった。口を開けばこの可愛らしい少女が恐怖と呪詛の言葉に汚れると思った。
私はもう一度少女の頭に手を載せ、優しく撫でた。この先、誰にも撫でられることが無くとも、たとえ化け物でも撫でられた思い出くらいは残るだろうと期待して。
そして身を翻してその場を立ち去ろうと歩きだした。
………が。
「ま……待って」
背中からかけられたのは遠慮がちなか細い声。初めて聞く声だったが、私には誰が発したものかすぐに分かった。
ああ……容姿と心根によく合った、可愛らしく優しい声だ。
私は振り向く。
目の前には、深く青い海のような色をした目を潤ませた少女がいた。
「あの、あの……待って、ください………」
少女は必死に、それでもどこか遠慮がちに声を出す。
ほてほてと私に追いつくためによろけながらも小走りに近寄ってくる。
ついに私に追いつくと、両手でマントの裾を掴んだ。逃がすまいとするかのように。
「あの……あのっ………」
それ以上は言葉にならないようだ。
私はまたしゃがみ込んで少女と目線の高さを合わせる。そして、少しでも心が軽くなるようにと微笑む。
「ん………? 大丈夫だ。落ち着いてゆっくりと言えばいい」
少女はほっとしたようにはにかんで笑った。うん、いい笑顔だ。
「あの……あなたの名前はなんていうの?」
「私はセヴィルだ。セヴィル・レン・バルドネイトだ。……君はなんという?」
「わ、わたしは、アシュレイ。アシュレイ・フラン」
「そうか。いい名前を親にもらったな、アシュレイ」
そう言うと、アシュレイは顔をぐしゃぐしゃにして涙を流して泣き始めた。普段なら、女性を泣かせるなど、私の本意ではないが、今は仕方がないだろう。嬉しくて流す涙は美しく暖かい。泣く者の心を癒すものだから。
「わた、わたし……あなたについて行っちゃだめ? この街にいるのはもうつらくて、幸せな思い出よりも、つらい思い出の方がどんどん増えていって、もう、思い出したくない……!」
それは、悩みに悩んだ答えなのだろう。アシュレイは弱くない。いくらつらくても、今いる『場』から逃げ出すなど、簡単に出せる答えではない。しかし、アシュレイの強さを支えていた思い出はだんだん幸せなものからつらいものへと割合は傾いていく。もう耐えられないギリギリのラインまで来ていた。そこへ私がきっかけを与えてしまった。未来を信じて耐えることに無理がきて、諦めはじめたところで希望が見えてしまった。
「私は君をここから連れ出すのに、なんの異論もない。ただ君の選択にほんの少し手助けをするだけだからな。だが、その答えで本当にいいのかね? 心のなかに少しでも未練があれば、後になってつらい思いをするだろうし、どこへ行っても後悔をすることになるかもしれない。それでも、私と共に往く選択ができるかね? おまけに私は人外の化け物だ。いつか君を食料として殺してしまうかもしれない……それでも?」
アシュレイは目を強く輝かせた。誰になんと言われようとも変わらない固い意志が感じられる。
「それでも……。わたしはあなたと一緒に往きたい。一緒に生きたい!」
今の時代を生きる人間にしては、とても生きた眼をするアシュレイを見て、私は愚かにもある望みを抱いてしまった。この少女と共に生きたいと。
一度湧いてしまった望みは抑えることも忘れることもできない。
アシュレイの本気を推し量るためにわざと突き放して試してみたが、これではどちらが真に試されたのか分からないではないか。
「……分かった。君を連れて行こう、アシュレイ」
「ありがとう! えっと……」
「セヴィルでいいよ、アシュレイ」
「え……でも………」
「私がいいと言うのだから、いいんだよ」
「……分かった。ありがとう、セヴィル」
照れくさそうに声を小さく抑えて私の名前を口にする。私は嬉しくなって、アシュレイの茶色い髪をクシャクシャと掻き回した。
「それじゃあ、なるべく早くにこの街を発とう……どれくらいで準備はできる?」
「え、えっと……家にある荷物は少ないから、すぐに済むと思う」
「そうか。……ところで、このあたりに宿はあるかね?」
その問いに、アシュレイはきょとんとしてから答えた。
「んっと、この近くだと、通りの二つ向こうに酒場とくっついてるのが一軒と、もう少し先に高級宿があるよ」
「そうか。では、私は高級宿の方にチェックインするから、支度ができたらおいで」
アシュレイはますますきょとんとしたが、素直に頷いた。
「分かった。なるべく早く行くね」
その言葉に、私は苦笑した。
「急がなくていい。両親との思い出のたくさんある家なのだろう? 充分に別れを告げてから来れば良いよ」
それにも素直に頷いて、アシュレイは家のある方向へと走った。
――急がなくていいと言ったのに。
やはり私は苦笑してから、教えられた場所へと向かった。
コンコン。
部屋の扉がノックされる。私が扉を開けると、そこにいたのはやはりアシュレイだった。
「早かったな。もう別れは済んだのか?」
そう聞くと、アシュレイは少しだけ淋しげに笑った。
「うん。幸せだった思い出はいつでも思い出せるから、いいの。荷物もこれだけだし」
ひょいと掲げたカバンは小さく、本当に必要最低限の物しか入っていないのだろうと分かった。
「そうか。君がいいと言うのなら、それでいい」
言って、アシュレイの頭にぽんと手を載せる。
「さて、アシュレイ、今からこの部屋の備え付けの風呂に入ってくれ」
こんなセリフ、年頃の女性に言えば、間違いなく白い目で見られるか、その場ではたかれるだろう。しかし、アシュレイはその辺りのことには疎く、ただ首を傾げている。
「……お風呂?」
「そうだ。もうバスタブに湯は溜まっている。頭も体も、ちゃんと綺麗に洗って、出たらこれに着替えるんだ」
新しい女物の服を渡しながら、保護者の気分になった。
実際、今のところはたしかに私が保護者だというのは間違いないが。なにやら複雑な気分だ。
「できるか?」
その問いに、うーん、と首を捻ったのを見て、私は諦めて宿の世話係を呼んで、アシュレイを風呂に入れさせてもらうことにした。こういう時に高級宿は融通がきいていいな、うん。
部屋に来た女性の世話係に幾ばくかのチップを渡して、アシュレイを風呂に入れるよう頼んだ。女性は、私の美貌に陶然となりながらも、愛想よくアシュレイを浴室へと連れて行った。
しばらくの空き時間ができた私は、虚空から読みかけの本を取り出した。そして、部屋にあったなかなか上等な白ワインの栓を開けた。私はワインは白の方が好きだ。べつに血の代わりに飲むわけでなし、赤い必要性は全くない。まあ、半ばそんな意地で白を飲むようなものかもしれないが。
一人のしんとした空間にいるのはいつもと変わらないというのに、今の私には待ち人がある。それも人間の。おかしなものだと、笑いが込み上げてきたが、悪い気分ではなかった。
本をどれだけ読み進めただろうか。ふいに浴室へと続くドアが開き、中から世話係の女性が出てきて私に微笑みかけた。
私はてっきりアシュレイが出てくるものとばかり思っていたから、自分でも意外だががっかりし、女性に普段のような愛想笑いは返せなかった。
それでも女性はめげずに微笑んで、
「お嬢さん、とても綺麗になりましたよ」
そう言ってアシュレイを促した。
アシュレイはなかなか出てこなかった。どうやら恥ずかしいらしい。女性も困惑顔で促していたが、私が先にしびれを切らして浴室へと向かった。べつに服はもう着ているのだからマナー違反ということもあるまい。
「アシュレイ、なぜ出てこないのだ? …………」
言いさして扉に手をかけた私は、それ以上言葉が出てこなかった。
なるほど、女性が『綺麗になりました』と言ったのは、私に対する愛想だけでなかったのだ。
ぼさぼさのくすんだ茶色に見えた長い髪は、実は汚れていただけで、洗ってみれば、ちょうど秋頃見られる夕日を反射してきらきらと輝く稲穂のような色をしていた。
髪の色は深い海の色をした瞳とよく似合っていた。それまでもぼんやりと、整った顔立ちだな……と思っていたが、それどころではなかった。ちゃんと身なりを整えると、別人のように見違えた。
「…………」
私がなにも言えないでいると、アシュレイはなにやら勘違いしたらしく、世話係の女性の陰に隠れてしまった。
「アシュレイ?」
声をかけると、顔だけをそっとのぞかせて、小さな声で恥ずかしげに言った。
「こういうの、着たことないから。似合わないと思う……」
その言葉に私は破願して隠れていたアシュレイを無理矢理抱き上げた。そのまま世話係の女性を下がらせる。女性は残念そうにしていたが、不興を買いたくないと思ったのか素直に下がった。
「やっ、いやだ……!」
空しい抵抗を試みるアシュレイにさらにおかしさが込み上げてきて、笑顔で私は問うた。
「どうして隠れようとするんだね? せっかく綺麗になったのに。……ああ、女性が着飾ったのに何も言わなかった私にも罪はあるか」
「???」
なにを言われるか分からないと身構えるアシュレイに最大級の褒め言葉を贈ろう。
「綺麗だよ、アシュレイ。君の髪は黄金の稲穂の色だったのだな。深い海の色をした瞳によく似合っている。それに、私が贈った服も、君の髪と瞳の色を映えさせている。贈ったかいがあるというものだ……まったく、良家の子女もかくやという感じだな」
さっき思ったことをそのまま言った。
アシュレイは顔を赤らめて、私から視線を顔ごと逸らしている。
「ん……? そういえば、君は何歳になるんだ? アシュレイ」
ふと気になって聞いてみる。すると、それにつられてアシュレイも自然に視線をこちらに向けた。
「えっと、ことしで十三、になる……」
なんと。私としたことが女性の年齢の見立てを誤るとは。栄養が足りていないのだろうか、見た目は十歳くらいにしか見えない。
「そうか。しまったな……一人前のレディにこんなことをしてはいけないな」
そう言ってアシュレイを降ろすと、少し残念そうな顔をして私のマントを引く。
「わたし、だっこされるの好きだよ。もうしてくれないの?」
そんな寂しそうな顔で聞かれたら、望みを聞かないなんて酷なことはできない。男でなくともそうだろう、この可愛さを目の当たりにしたら。
顔の造作は整っているが、連想させるものは人形よりもぬいぐるみ。言葉としては綺麗よりも可愛い。多くの人間に愛されるであろう、素直で豊かな表情。
そんなアシュレイが今まで虐げられて育ってきたのは、まさに不幸としか言いようがない。本来ならば誰からも愛されていただろうに。
それでも生来の気質であると思われるまっすぐな性格は失われなかったのは、誰にとっての幸運であっただろうか。
「うーん……そうだな、しばらくは私が親代わりであるわけだし、それに……」
私は言葉を濁した。私が思い浮かべた言葉をそのままアシュレイに言ってしまうのは、あまりに酷であろうから。
『それに、今までこうした愛に触れてこなかっただろうから』
などと。私にしては珍しく自己嫌悪してしまった。
私はそれをごまかすようにアシュレイを抱き上げた。
純粋に嬉しそうにはにかむアシュレイを見て、ほんの少しだけ連れて行こうと決めたことを後悔した。
こんなに純粋なものに闇の者が触れてしまっては、いつか闇に染まってしまうのではないかと感じたからだ。
純粋で、まっさらであるからこそ、どの色にも染まりやすい。アシュレイはとても強い人間だが、そういう危うさはどうしようもない。だからこそ私が気をつけねばならないのだが……。
いずれにせよ、私たちはまだ出会ったばかりで、互いのことをまったく知らないのだ。
後悔するときが来るにせよ、いま考えても詮無いことだ。
私はそう思うことにして、たったいままで考えていたことにフタをする。
そもそも、闇に生きる私がこんなことで悩むなど愚かしいと苦笑しながら。
−了−
久しぶりの投稿がこんなんでごめんなさい。
それでもここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。
続きはまだ考えてませんが、状況によって書くかも。
ほんと、テキトーな作者です……。