第8話 村と門番と。
森、森、森。
一面森である。
リュイスは時折、木に刻まれた跡を確認して移動方向を変える。
ばあさん曰く、ここは『迷いの森』らしい。
「キュウー! はやくはやく!」
「ああ、いそがせるな」
冒険者を惑わしたり、二度とでてこれなくなったり、
魔物がそれを狙ってきたりと森での治安は良くないらしい。
そのせいもあってか、人間が近寄ることはめったにないとか。
いやそもそも、人間の立ち入る場所ではないのかもしれない。
近くに人間の村も街も、国も無いという事なのかもしれない。
似たような光景が続いたり、似たような木がたくさんあるのだが、
位置と方向が無理やり捻じ曲げられたりはしていないらしい。
だから、この近隣に住む人は同じような木に目印をつけて、
一定の方向を決めて動いてるのだとか。
だからといって、俺にこの目印を解読できる頭はなさそうだ。
象形文字? のような謎の目印が乱立している。
形も違えば、同じ形すらない。理解できない。
目印で覚えるのは無理と判断した俺は、
リュイスの移動する方角のみで覚えるしかない。
まっすぐ進んで、途中左へ九十度方向転換、かとおもったら右へ九十度。
やたらめったら、まっすぐには移動しない。どうなってるんだ……。
まあ、村とばあさんの家を何度も往復していれば、
いやでもそのうち覚えるだろう。
そこまで俺が滞在していればだが……。
「ついたよー!」
リュイスが元気よく後ろを歩く俺に手をふった。
元気があることは良いんだけどな。
こちらとしては、
ちょこちょこ顔を覗かせたり、空から襲ってきそうな奴がいたりで、
左手は常に長剣の鞘にあてたままで神経が磨り減ったわ。
視線を向ければ、回れ右と逃げていってくれたので助かるが……。
精神的にも物理的にもダメージがきそうだ。
主に頭や腹あたりに……。
村の周囲は木材で出来た柵と高い土の壁で覆ってある。
なんでも、昔は柵だけだったのをばあさんが
ちょちょいっと改良してあげたらしい。
森の魔法使いさん、さまさまである。
入り口は北と南に一つずつあるらしい。
俺らが目にしているのが北側らしいのだが、
この森で方向なんてよくわからない。
太陽の位置で分かるのではないかって?
切り株の年輪でわかるんじゃないかって?
そう思ってた時期が俺にも……。
最近までありました……。
年輪をみても輪がないし、
何より左からでも右からでも太陽があがったりする。
理解できない。
わけがわからない。
言葉につまるわ! の三拍子である。
地形的な特殊魔法でも全体にかかっているのだろうか。
もしくは呪いか何かてきな……。
リュイスに聞いても「それが普通」とだけしか返ってこなかった。
なんだろう。俺だけ常識という概念が間違ってるのだろうか。
非常に困る。
村の入り口に着くと強面の亜人『狼人』の二人組みが槍をつきつける。
つきつけた鋭利な槍とは裏腹に二人の尻尾がこれでもかとすごい揺れている。
ついでに耳までぴょこぴょこ動く。
見てて面白いんだが、仕事としての自分達と
仲間意識的な部分で葛藤してるのだろう。
見なかったことにしておこう。
「とまれ! グリュン村に何をしに来た!」
「足を止めて、名を名乗れ!」
誰に対してもこう問う様にしているらしい。
ばあさん曰く『ドッペルという魔物を見分けるためじゃよ』とのことらしい。
ドッペルという魔物は人に化けたりして襲い掛かってくるらしいのだが、
問われるとすぐに逃げてしまう臆病な奴らしい。
「リュイスー。
森の魔法使いから物々交換ー!」
そういって向けられた槍を無視してリュイスが村に入っていった。
普通とめられてるのだから、
刺されるか拘束されるのが当たり前だとおもうのだが。
槍を戻して二人が道をあける。
「ようこそグリュン村へ!」
「リュイス殿を歓迎する!」
さすが森の魔法使いの孫といったところか。
俺は関心しつつも、少女に声をかけた。
「リュイスーー。忘れものがあるぞ!」
「そうだったーーー!」
スタスタと戻ってきたリュイスに俺は壷を渡した。
果物の籠と両方持つのは大変そうに思うが、リュイスは器用に頭の上に壷をのせる。
そのまま平然と歩いてしまった。バランス感覚がすごそうだ。
「衣類かミルクだぞ分かってるか?」
「うん! 任せて!」
人の話を聞いてるのか聞いてないのか、目先は村の方に夢中だったので、
俺は顔を無理やりこちらに向けさせてもう一度言う。
「衣類かミルクだからな?」
「うん! 任せて!」
それでもリュイスは視線をあわせようとはしなかった。
心ここにあらずだ。大丈夫なのか……。
リュイスが村の中へと入っていく。
途中、村人にこえをかけられて楽しそうだ。
ばあさん曰く村人のなかにリュイスを嫌うものは一人もいないらしい。
元気があって、森に住んでるということもあって、人気者なのだろう。
それならば俺が着いていく必要もない。
「一緒に入っても構わんぞ?」
「森の魔法使い様の弟子なんだろ?」
二人が快く村の中を勧めるが、俺は首を横にふった。
「いや、ここに来てまだ浅いしな。
何よりこんな顔だ迷惑をかけるかもしれない。
ここでまつさ」
「そうか……」
「ドラコニアンはどこでも特殊だからな……。
まあ、近寄りたい奴はいないだろう」
二人のもふもふな強面が神妙な顔つきになる。
いや、あんたらもどうかとはおもうけどな。
「それにしてもだ!
森の魔法使い様に弟子が出来るとは珍しい!
よほどの手練れとお見受けするが?」
「俺達はこの村を守るので精一杯だからな、
最近の人間騒動のせいで、この近辺も危ういと感じたんだろう。
森の魔法使い様が俺達の手助けをしてくれる様に
使わされた人物に違いない」
「人間達は本当に我侭かつ暴虐の限りを尽くすからな!
本当に困ったものだ」
「あいつらは本当に困る。
一人現れたと思ったら十人はでてくるからな!」
なんだその黒い虫みたいな厄介者扱いは……。
この地域での人間はそんなに敵視されてるのだろうか。
ついでに手助けがどうのとか、勝手に決められてもこまるのだけどな。
俺を置いてけぼりにしながら二人が雑談する。
どうやら、前来たときの門番とは違う奴ららしい。
数回ここに来ているが、そのときは俺の顔を見るや視線も合わせないし、
何より会話すらしなかった。
また顔つきが強面で、みんな同じ服装だからか分かりにくい。
ついでに声色もほぼ同じだ。なんなんだこの種族。
全員兄弟か何かか?
「盛り上がってるところすまないが、
俺自身はそこまで強くない。
むしろお前達の方がよっぽど腕がたつんじゃないか?」
俺がそういうと、二人はきょとんと顔を突き合わせて大笑いした。
「ハッハッハッハ! 冗談がうまいなこの御方は!」
「全くだ! ドラコニアンといえば竜人の中でも屈指の兵揃いだしな!
俺達が強くても、その境地にはまだまだ程遠い!」
それを聞いて、狂人の言葉が頭を過ぎった。
魔物に避けられて、視線をあわせようとするものなら、
凄まじい勢いで逃げられる。
ここまで聞いて嫌な予感しかしない。
「かなり前の事になるので、御仁は知らないかもしれないが。
この近辺で魔物が大量発生したときがあってな」
「そのときに急に現れたのがそのドラコニアンよ。
名前すら何も教えてはくれなかったが、
魔物という魔物をこれでもかとバッサバッサと倒してくれたわ」
「その数、千匹を優に超えていただろうな。
あたり一面魔物の死骸だらけよ。
あれは震えがとまらなかったな!」
うわー。聞くだけで狂人もビックリなレベルだな。
どこの世界の殺戮者だよ。
「数日して全ての魔物を一掃すると、
礼も受け取らずに消えたしな」
「もっと強い奴を探すとかいってた気がしたな!」
一騎当千の兵ですか、恐ろしくて近づけないな。
同じような格好をした亜人がいたら絶対に近づいてはいけないな。
俺は心の中で、絶対に会わないように祈った。
ノーサンキュー竜人さん。
「ときに名前を伺っても宜しいか?」
「我らは多種族から見れば名前でしか判断ができんからな!
是非名前を伺えれば嬉しいのだが!」
左右の狼人が尻尾を振りながら嬉しそうに尋ねた。
どうやら自分達からは名乗ってはいけない仕来りでもあるのかもしれない。
俺は迷った。適当に変な名前を言うのもいやだし……。
かといって、あの名前もどうかとおもうのだが……。
目の前の二人は目をキラキラと輝かせている。
強面の癖になんだよその視線。痛いんですけど。
狼じゃなくて犬か? 犬の種族なのか?
「……キュウという。変な名前だろ?」
「やはり泣き声の様な名前が主流なのだな!
俺はモロク、耄碌のモロクとでも覚えてくれ!」
モロクと名乗った狼人は胸を軽く叩いた。
左側にいたモロクが名乗り出ると、
今度は右側の狼人が声を上げる。
「実に良い響きだ! 俺の名前はナラク!
奈落者のナラクとでも覚えておいてくれ!」
二人が同時に手を出してきたので、
あわせるように俺も両手で握手した。
なんだこのダジャレの様な奴らは……。
あれか他の奴もこんななのか?
俺は少し考えた後に口を開いた。
「あ、ああ……。よろしく頼む。
もしかしてこの前無口だったやつは寡黙のカモク……。
横にいたのは沈黙のチモクとか……。
そんな名前とかか?」
「おお! よくわかったな!
面白いだろう!
我ら兄弟!
名に恥じぬ性格をしているからな!」
「仲良くしてやってくれ!
やつらは息抜きを学んでくれんのでな!」
あたりかよ。あたりたくもなかったよ。
というか名づけ親でてこいよ。顔がみたいわ!
二人が俺の肩をバンバンと叩く。
友達感覚なのは良いが、門番がこんなんで良いのか……。
なんだか頭がいたい。多分強いんだと思うが。
いったい後何人いるんだ……。他にもいたよなたしか……。
俺はリュイスが戻ってくるまで、二人の話に聞き入ってた。
暇つぶしにはなりそだし。
何より、自分とかわらないような名前の付けられ方に
親近感を覚えたような気分がした。
笑い話にできるならいいじゃないか。
名前を恥じることはない。
名前に誇りを持てと、教えられた様な気がした。
いや、やっぱり名前の件は考えておこう。
イイハナシダナー! では、すまない気がしてきた。