第6話 森のことならお見通し。
力をぬいた俺にばあさんは魔法をかけた。
体が霧に包まれると、いままであった尻尾や手足が
なんだか小さくなっていく感じがした。
視線も高い場所から低い場所へと縮んでいく。
覆っていた霧が役目を終えると、俺は二本足で立っていた。
手足も人のそれと全く変わらない。
五本の指に手、腕、肩と目で確認していく。
悲しいことに人と呼べるにはふさわしくない鱗は変わらずあった。
ついでに体中の色も人とは違うし硬そうだ。
亜人とでもいっとけば差し支えない気はするが、
個人的には人間にしてほしかった。
多分魔法の類で変身させられたんだろう。
抵抗がどうのとかいわれるとそれくらいしか思いつかない。
次に裸かと思えば、そうではなかった。
魔法使いの気まぐれなのか、冒険者のような軽装と腰には長剣まである。
自称魔法使いというだけはあって、
それ相応の実力者だというのはこれで分かった。
「……あー、うん。あーあー」
呼吸をしての第一声がそんなかんじだ。
やっと喋れた。
やっぱり喋れると喋れないとではおおいに気持ちが変わる。
肉声は大事だ。
やっぱり人の形だけでも良い。結果的には人ならざる者かもしれんが。
それでも気分は少しだけ晴れやかだ。複雑ではあるが。
「ほーれ? 喋れるようになったじゃろぅ?
私は森の魔法使いだからのぅ。
相手の姿を変えるなんて造作もない。
なんなら今度は飛竜とかにしてやろうか?
空を飛べるのは気持ちがいいかもしれんぞ?」
ばあさんはしてやったりと俺に言った。
本人が満足しているのだから、それ以上刺激しないようにする。
これいじょう、他の生物に化かされても困る。
「その……なんというか。
姿かたちと言葉までどうにかしてくれたのは嬉しいんだが。
もうちょっとどうにか……ならないのか?」
俺はばあさんに申し訳なさそうに言った。
「何をいっておる。
どっからどうみてもドラコニアンじゃろう?
しかもいまどき珍しい東の島国でしか見れない種族じゃぞ。
遠出をしてきた冒険者とでもいっておけば、どこでも通じるわ」
ばあさんが右手でパチンと指を鳴らすと
俺の目の前に小さな鏡がポンと現れた。
その鏡を落ちる前に手にとった俺は気になる顔を
のぞいてみた。
そこにうつってたのは爬虫類のソレ……。
よりかはまだ良いかもしれないが……。
そんな若々しいドラコニアンの顔が映っていた。
銀髪は少しぼさぼさで、長くも無く短くもない。
顔立ちは整っているのか、整っていないのか良く分からない。
とりあえず傷はないから整っているのだろうか?
そもそもドラコニアンなんてのと縁が無かった気がする。
肌の色は緑に近い。ばあさんの横で、
チラチラこっちをみている少女と同じような感じか?
あっちのほうが深い色をしてるとおもうが。
「……人の顔とかにはできないのか?」
俺が困り顔で尋ねると、ばあさんはめんどくさそうに
自前の杖で背中をかきはじめた。
孫の手じゃねーだろそれ。
「ずいぶんとまぁ、わがままな奴だのぅ。
まあ、出来なくもないが今はその姿でもいいじゃろ。
そんなことよりもまず、お前さんの話を聞きたいからの。
まずは家の中へはいれ」
「はいってはいって!」
続くように少女が俺の手を引っ張った。
こいつら、知的好奇心の固まりか何かなのか?
いや、魔法使いと名乗ってるのだからそうなのだろう。
きっと実験動物とか家畜程度にしかおもってないのかもしれない。
家の中はそれほど広くなく、あちこちに良く分からない品物が
あちこちに点在している。
あまりジロジロ家の中を見るのも悪いので、
俺は婆さんの後ろをついていった。
「あんまり良いものもないんじゃけどの。
まあ、ガラクタばかりじゃよ。
そこの椅子にでも座っておくれぇ」
手短にあったテーブルの横にある椅子に座るよう指示を出されて、
俺がゆっくりと腰をおろした。
向かい合うようにばあさんと、少女が俺を面白そうに見る。
「さて、自己紹介がおくれたの。
私は森の魔法使い『イェレル』
見てのとおりの変人さ。
こっちの小さい奴が孫のリュイス。
どちらもエルフ族じゃよ」
「よろしくね!」
元気な声で挨拶をかわされて、俺のほうがたじろいでしまった。
「あ、ああ……」
「して、お前さんの名前は? といっても、難しいかの。
何せ竜言火語しか喋っておらなんだからのぅ」
魔法使いのばあさんは何かしら俺について分かることがあるらしい。
俺のほうといえば、自分が何で、どうしてあそこにいたのかも分からない。
ここは、普通に切り出したほうが良いと俺は判断した。
「名前……いや、名前すら分からないといえばいいんだろうか。
記憶がすっぽり抜けているような感じなんだ。
イェレル……さんはその、俺について詳しいのか?」
「堅苦しいわ。イェレルで良いぞ?
解答としては六十点じゃな。
じゃが、ド底辺の生き物と割り切って考えてたレベルにしては
しっかりと答えられるじゃないか。
ああ、気にしなくても良いぞぃ?
私は相手の考えてることや相手の経験した事なんて
お見通しじゃからな。数日程度なら顔をみて大体分かる」
魔法使いだけに何でもお見通しという事らしい。
魔法使いどんだけだよ。ハイスペックすぎるぞ。
じゃあ、説明する必要も、挨拶する必要もないんじゃね?
俺は言い知れぬ奇妙な倦怠感を覚えた。
「じゃがの、こっちにいる孫にはわからんでな。
説明することで分かりやすくするには
こしたことはないじゃろぅ?」
「なるほど……。分かった。
魔法使いっていうのはそんなに便利なのか」
「いんや?
普通の魔法使いならそんなこともできんよ。
私は森の魔法使いじゃからな!
ウィッヒッヒッヒッヒッヒ!」
「おばば様は特別だものね!」
「そうじゃな!
特別な特別じゃ!
イッヒッヒッヒッヒ!」
何がつぼにはまったのか理解できなかったが、
魔法使いのばあさんは急にお腹を抑えながら笑い始めた。
うん、これは変人っていわれても納得だな。
俺はばあさんが笑ってる間に自分の分かる範囲でのことを話した。
記憶が無いこと。考えれば頭が痛くなること。
そして洞窟の中で目覚めたこと。
ばあさんはそれらすらも他人事のように笑っていたが、
リュイスはそれらすらも御伽噺のように聞き入った。
「おばば様竜言……なんとかって?」
笑いつかれてるところにリュイスが興味気にたずねた。
さすが興味新の塊。よくやってくれた。
俺も気になってたしな。
「ヒヒヒ……。竜言火語じゃな。
簡単に言えば大昔の竜がたくさん居た時に使われていた言葉じゃよ。
大昔は奇声の様な不可思議な音でしか会話ができんかったのでなぁ。
私達の声ができたのも、それらが後々に進化して
人との会話や魔法が発展したと云われておるわ。
今では全く使われていない言語のひとつじゃて。
私でも、聞き取るくらいしかできんぞぃ」
「そんなに古い言語だったのか……。
それじゃあ、俺は古い種族か何かだったのか?」
「さあて? それは私もわからんがなぁ。
ただ分かることといえば、
今の時代の言葉を理解できる頭があるのじゃから、
それなりに最近までは普通に暮らしてたんじゃろう。
最近というのがここ数百年かもしれんがな!
イーーッヒッヒッヒッヒ」
ばあさんは不敵な笑みを浮かべながら俺を指差した。
おねがいだから指差さないで。
ついでに他人の不幸も笑わないでくれ。
色々と心に痛い。
「ただ、この辺でお前の様な奴を見かけた覚えは無いしなぁ。
もしかしたら、何らかの理由で封印されていたのかもしれん。
現にお前さんが最初に目撃したと思われる鏡というのは、
ありゃ、そういった代物じゃよ」
そういってばあさんは真面目な顔で締めくくった。
リュイスはもう目がキラキラ輝いてなんだか神話を聞いてるようなかんじだ。
良いな。そういう目線で考えられて。
『封印されていた』か……。
なんだか嫌な方向に話が進んでて、俺は不安でいっぱいになった。
ついでにグルルルルと腹の虫もなった。
はらへったわ……。いつ果実くわせてくれるんだろうか。
まだちょっとたりないかんじなので、午後にでもちまちまやろうかとおもいます。暇な時間のちょっとした読み物にしてもらえれば幸いです。