第5話 話にのせられて、そして乗せられて。
<どうしてこーなった?>
爬虫類の上に少女が跨る。
鱗をしっかりと掴んで乗り心地は悪くなさそうだ。
ちょこんと乗っかるだけともいうが、
真ん中にしっかりと騎乗できれば御伽噺もびっくりな組み合わせだ。
<どうしてこーなった?>
二度ほどつぶやくも言葉は謎の言語でかき消されていく。
そもそも『キュピー』ってなんなんだ。
もっと他に使える言語はないのかと。
少女があたりを見回す。
何か目印でもあるのだろうか?
先ほどから同じような森を進んでいる印象しかなかった。
先ほどまで怯えていたエルフさんは何処へやら……。
ペッタンペッタンと森の中を俺が抜けていく。
少女がときおり「そっちじゃないよ あっちだよ!」と、
馬を扱うように鱗を蹴飛ばす。
………。
正直痛くはないが、なんだか家畜同然の扱いなきがしてならない。
なんだか悲しくなってくる。
「もうちょっとでつくから我慢してね」
さいですか。心を読まれた気分で俺の気持がド底辺まで下がっていく。
途中、魔物の群れを見つけてしまった。
魔物といっても液状の粘っこい粘菌のようなやつだ。
ノロノロ動きながらナメクジのように這っている群れに
なんだか寒気を感じたが襲ってくる様子はなかった。
逆に襲ったらどうなるのか……。
あれか? スライムみたいなやつだから酸性で
触っただけでこっちが溶解するとかあるのだろうか?
それとも一発尻尾で叩けば、液体が飛び散って終わるのだろうか。
自分でそう思ってさらに寒気が襲った。
やっぱり何かを溶かす路線で間違いは無いはずだ。
こいつらは触ってはいけないのかもしれない。
尻尾をつぶされては困る。
「そいつらは触っちゃ駄目。
食べても駄目。
もうちょっとでつくから我慢してね」
さいですか。というか食べねーよ。
どんだけ何でも食べれると思ってんだよ。
ぷはぁっとため息をもらして、
俺は少女の指示にしたがって動き出す。
少女が俺をじーっとみながら指先を一本たてて
結論を出した。
「今そんなの食べれるか!
っておもったの?」
<おもってねーよ>
「思ったんだよね?」
<いや、おもってないから>
「あからさまに嫌そうな顔してるよ?」
さいですか。
なんだか、少女の問いに調子が狂ってしまう。
そんな心情もお腹を満たせば解決するだろう。
俺は欲望に忠実に足をすすめた。
のったりくらりと、森を抜けていくと家があった。
小さな煙突に木に埋まったような不可思議な家。
さらには、そんなことも忘れさせるような物が
その木にはびっしり実っていた。
<食べ物だ!>
お腹が空いている俺はのったりと近寄って
シャクシャクとかじる。
とりあえずお腹が満たせれば今は良い。
まあ、わがままを言えば美味しければ良い。
あとついでに、毒じゃなければ良い。
それって結果的に喰えれば良いってことじゃないのか?
細かいことは気にしない!
一つかじってはまた一つと
木から果実をもぎとって口の中にいれる俺。
すると少女がゲシゲシと強く俺のことを蹴った。
なにしてくれんの? 俺、お腹空いてるんだけど。
「勝手に食べちゃだめ!
おばば様にお願いしないと駄目なの。
ちょっとまってて」
そういって少女は家のドアを叩いて
中に入っていった。
ああ、持ち主がいるのか。
それは勝手に食べては問題がある。
俺は仕方なく果実を食べるのをやめて、
ちょこんと近くの岩陰に体をやすめた。
しかし腹が減った。
早くなんとかお腹の中をみたしたい。
日差しを浴びながら俺はまたため息をついた。
少しして家の中から年老いた老婆がでてきた。
大き目の杖に、片メガネ。使い古されたローブに大きな帽子。
みるからに魔法使いという格好の老婆だった。
エルフの少女と同じで耳が長い。同種族なのだろうか?
「あんれまぁ……。
早々と帰って来たと思ったら、
これはまた大きいペットを連れてきたのぅ」
前言撤回。魔法使いではなくて、ただのばあさんにしておこう。
俺の中で最初の印象が砕けてしまった。
<ペットはどうなのよ。
もうちょっとマシな言い方はないのか?>
またもや「ピュイー」っと変な泣き声で俺は返答した。
まあ、話が通じないのは諦めたわけだが。
「おやおや?
竜言火語を使えるのかい?
これは本当に厄介な代物を拾ってきたのぅ」
俺の言葉に反応してか、ばあさんはなにやら困った顔をした。
竜言火語? それはなんなんだろうか?
俺の使う言葉ということなのだろうか?
まったくわからないことだらけだ。
ついでに落し物じゃねーから。
こんなでっかい爬虫類そのへんに落ちてないから。
俺はばあさんに心の中で突っ込んでおいた。
ばあさんは俺の近くまで寄ってくると、今度は俺自身を調べ始めた。
背中にのぼってみたり、目を覗いてみたり、尻尾を杖で叩いてみたり。
身体検査かなにかか?
「おばば様言葉わかる?」
そこへひょっこりと少女が顔をのぞかせた。
「まかせなさい。私を誰だと思ってる?
かりにも森の魔法使い様じゃぞ?
ウヒョヒョヒョヒョ」
ばあさんは奇妙な笑い声をあげると
杖をくるりと回した。
大丈夫なのかこのばあさん。
俺は少しだけ心配になった。
ばあさんが何やら呪文のような呟きをすると、
杖の先からこれまた何やら霧の様な色が突然噴出した。
それは俺の全身を覆うようにモクモクとかぶさると、
それらは瞬時に消えてしまった。
ほんの一瞬の出来事に俺は
目をパチクリとしながら体を確認する。
特に痛みも何も起きない。
何をしようとしてるんだ?
このばあさん。
「ありゃま。抵抗されちまったわい。
あんたには悪いんだけどね。
ちょっとだけでいいから。
力をぬいて貰えんかねぇ」
そういってばあさんは俺に手を合わせながら頼み始めた。
<いや、ばあさんよ。
何かするならまず何をするのか教えてくれよ。
ついでに、抵抗ってなんなのか教えてくれ>
俺は期待しない言葉でつっこんだ。
案の定、俺の言葉なんて無視して続くように
ばあさんはまた同じ呪文を唱えて杖をまわした。
先ほどと同じように霧のような煙が俺を覆うが、
とくに何も起きなかった。
その結果にいらついたのか、
ばあさんは俺の体に杖をボカボカとおもいっきりぶつけた。
「だからいっておるじゃろうが!
『力をぬけ』っちゅーんじゃ!」
痛くはないが何をされるか分からない限りこっちだって困る。
なんで力をぬかないといけないのかと。
<何するのか言えよ先に!>
俺はしぶしぶもう一度声にならない声で反論した。
もちろん理解なんて出来ないと思っていたのだが。
「そんな姿でそんな言語じゃ、喋れなくて困ろう!
こっちはそっちの困ってることなぞお見通しじゃよ!」
<何だ会話できるのか。先にそれを言ってくれよ>
俺はうなだれる様にため息をさらについた。