第3話 上流を目指そう。
洞窟から少し離れた所に川があった。
あたりを警戒しつつのったりと移動したものだから
『少し離れた』と感じるより、
『だいぶ離れた』と錯覚する。
事実時間が進むよりも、不安要素が大きい。
こんなんで大丈夫かと思ってしまうほど俺は臆病者だった。
緩やかな川というより、流れは少しはやめで、
ひょっこりと顔だけを水面に近づけると
流れてくる川の冷たい水しぶきが飛んだ。
二本足に切り替えて少し遠くを見てみると、
若干深い場所もいくつかありそうなきがする。
目を細めてみれば、水流の中で川魚の様な影もちらほらみえた。
ただ二本足は疲れるのですぐに四足にもどってしまったが。
ながい舌で顔にはねた水をペロリとなめてみると、
水質の味には特に変わった様子もなく
普通に川の水っぽい。
俺は大きな顔を川に突っ込んで
バクバクと水をひとのみした。
喉が渇いていたせいか、
ブハーっとひといきついて、
少しだけ気持ちが緩やかになったような気がした。
ふと、お腹がすいた。
胃の中に何も入ってないのだろうか?
何かを食べたいという衝動がふつふつと湧き上がるのだが
食べれそうな物は見当たらない。
川魚はどうか? と川の中に足を入れて顔を突っ込み、
探しては見るものの、そう簡単にはつかまらなそうだ。
日差しで光る川魚を見つけられても、
とても捕まえられそうなうごきではない。
ゆるやかに見えて近づこうとすれば、
凄まじい速さで見失ってしまった。
連中は速い。いや、俺自身がのろいのだけかもしれない。
腹が減ってはなんとやら、
一度洞窟へ戻って、先程うろついていた鼠の様な生き物や、
蝙蝠のような生き物を食べたほうが
少しは腹の虫も鳴り止むのではないか?
……いやよした方がいいだろう。
そもそも寄生虫とかいたら怖いし。
お腹をくだすのが関の山だろう。
変なものは食べないにこしたことはない。
何事も慎重が大事な気がした。
もちろん気がしただけだが……。
川から這い上がり、どちらに進むか悩んだ。
下流へ行くか、上流へ行くか。
汚れていない川があるのだから、
きっと近くに食べれそうな果物があるのではないか?
ついでに川から飛び出た魚が落ちていないかとか、
そんなことを安直に考えてみた……。
しかし魚は食べられるのか?
それこそ寄生虫とかいたらどうしたものか……。
いや、それを言ったら川の水にだって寄生虫がいそうだ……。
もう飲んでしまったので気にしたら負けだな。
どれも決めてにはかけるが、
ここにいても何もはじまらない。
俺は上流を進むことにした。
上流の方が何かと川も綺麗だろうし。
ペッタンペッタンと川の水が跳ねる岩場を器用に進んだ。
歩いててこの足の利点がなんとなく分かってきた。
ようは吸盤に近いっぽい。
地面にくっつくと、地と足の裏がくっついたように、
離れなくなる性質があるらしい。
しかも、離れたいと足を進ませれば、
特に問題がなく地面から足を離すことができた。
ますますトカゲっぽい気がしてきた。
……いや、もしかしたらヤモリかもしれないが。
その辺の知識は思い出そうとしても出てこなかった。
もしかしたら聞きかじった程度なのかもしれない。
深く考えるとまた頭痛がしはじめた。
いったいこの痛みは何なのだろうか。非常に困る。
俺は痛みのせいでイライラしつつも川岸の小さな滝を登ったり
大きな岩場を降りたりしながら深く考えるのをやめた。
とにもかくもだ。
何でもいいから食べれそうな物を食いたいと必死に進むのだった。
ぐぅぐぅ~とお腹の音だけが無常にも川に音に消えていった。
川の音で足音も消えて、
<外敵から狙われることも無いから一石二鳥>と思ってた時代が
俺にもありました。
そんなアホな事を言いたい、まさにそんな気分。
お腹がすくのを我慢したり。
食べ物が落ちてないか探したりもした。
そういうときに限って嫌な事件はおきるものだ。
むしろ、来るべきその時を迎えてしまったと
いったほうがいいかもしれない。
川の音とは異質な声に気がついて、
俺が滝をよじ登って顔をひょっこりと出すと、
それは起きていた。
目の前には緑髪の少女が背を向けて腰が抜けたように震えていた。
どこかに村でもあるのだろうか、村人のようないでたちに見える。
腕には籠を抱えていて、
なんだか甘い匂いのする実がたくさん入っている。
すさまじく美味しそうなのだが、今はおいておこう。
少女の先にはこれまた獰猛そうな狼が三匹。
なにやら獲物を狙ってるご様子で、
今にも飛び掛ってきそうな勢いだった。
「バウバウ!」
「ガウガウ!」
と、いかにもっていう感じの威嚇で狼達がにじり寄ってくる。
狼といっても、たぶん少女と背丈は変わらないくらいの大きさだ。
そんなのが襲ってきようとしてるのだから怖いのは無理も無い。
むしろ俺だって怖い。こんな奴らに齧られたらどうすればいいのか。
もしも自分の体が柔らかかったら対処できない気がした。
もしかしたら、かまれれば感染症にかかるかもしれない。
大切な尻尾(?)がもぎ取られるかもしれない。
できる限り痛いことは嫌だし。それは少女だって気持ちは同じだろう。
小さな滝を登ってきた俺からしてみれば、
ちょこっとだけ出た顔と狼とでこんにちわをする形なのだが、
むこうは獲物に夢中で少女の背後にいる俺の存在なんて
お構い無しのようだ。
「こっち、こないでー!」
少女は籠の中の果物を放り投げて、狼をけん制すると
狼はそんな攻撃も気にしないようにひらりとかわした。
果物は石や岩にぶつかるとべっちょりと潰れてしまう。
ああ、なんてもったいない。
「あっちへいってー!
誰か助けてー!」
少女は一心不乱で果物を投げる。
それでも実の数は決まってるのだから
投げてるうちに全て無くなってしまった。もったいない。
そうこうしてるうちに、もう手が届いてしまう位の近くまで狼達が、
にじりよってきた。
この場で襲い掛かってきたら、ひとたまりもないだろう。
少女が助けを求める。
狼達は自分達のために少女を食べようとする。
きっとここでの自然の摂理なのかもと思うわけだが、
出来れば助けてあげたい。
考えにいたると、不思議に俺の体が動いた。
体の大きな俺が、
のろまでやわらかなそうな俺が、
いったいどこまで対処できるか不安でもあるのだが……。
意を決して、俺は息を吸い込んで大声で叫んだ。
<<キュピーー>>
と、なんとも強そうには見えない甲高い声に
少女も狼も唖然と俺を見る。俺は急いで登りきって
少女の前にどしん現れて狼達に身構えた。
爬虫類(臆病者)VS狼さんチーム!!
少女からしてみれば、もっとも恐ろしい状況が
今、目の前で始まろうとしていた。
迷走してる気がしつつ。
三日坊主が四日坊主になれたきがしまs