魔族と飛翔の話(神歴989年冬)
ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話は時間軸が少し戻りまして、神歴989年の1月くらいの話です。
前略、天国のお母さん、ライナス様の城で暮らし始めて約五ヶ月、僕は今日も元気に生きています。
そういえばあと数日で僕も19歳ですね。月日が経つのは早いものです。
あの夏の日、僕は崖から落ちて右足骨折と全身打撲で動けないところをライナス様に拾われ、救われたわけですが、そのまま村に戻っても逃亡兵として村に迷惑をかけることになりそうなので、地殻変動の年まで魔王城に置いてもらうことになったというのが、此処で暮らし始めた理由です。
が、流石に世話になりっぱなしでなにも働かず居候というのは居心地が悪いですので、今は夕方の薪割りと城内の窓ふき作業を僕の仕事として担当させてもらうことになりました。
初め、ライナス様は僕が働くことに対して、「俺の客なんだし、別にしなくていいぞ」って言ってたのですが、そこはほら、ただでさえ僕の都合、もとい我が儘で住ませてもらうのだし、何もしないわけにはいかないと、なんでもいいから僕に出来ることをやらせてくれと言うと、面白そうな笑みを口元に浮かべて、「自分でやれることをやろうってのは良い心がけだ。いいぜ、サラ、こいつに出来る仕事まわしてやれ」と自分の専属侍女に言いつけ、結果こうして僕は城の窓ふきという仕事を手に入れました。
しかし、そこでただの窓ふきだけ? 簡単じゃんと思う人がいたらそれは間違い、もとい甘い考えです。
何せ、この白亜の魔王城、すんげえ広いです。いや、マジで広いんです。なにせ、ライナス様曰く、この城の中にはライナス様含めて1000人ほどの規模の魔族が生活しているんだそうです。
考えてください。1000人ですよ? 1000人。1000人が余裕で暮らせる程でかい城なんです。その窓ふきがどれだけ大変なことか……多分経験者にしかわからない世界だと思います。まあ、幸いにも夕方くらいまでで出来るだけやれればそれでいいって言われているので、全部拭く必要はないのですが。
でも、慣れるまでは色んな意味で大変でしたよ。まず、城が広すぎて、最初の三日間はひたすら城内の構造覚えることが仕事みたいなもんでしたもん。まあ、当時余裕で迷子になったりしたんですけど。いやあ、城内で遭難ってどういうジョークなんですかね、もうわけわかりませんね。
怪我明け仕事始めの一週間なんか、加減がわからなくて、緊張とかもあっていろいろな意味でへとへとになりましたし。それが今や、適度な力の抜き方も覚えて、すっかり順応しました。いやはや、初めはどうなることかと思ったものですが、人間わりと簡単に適応出来るものですね。
あ、因みにですが、魔王の領地内には、本城から2㎞ほど離れた場所に別館もありまして、そちらにはこれまたライナス様の配下約2000名が住んでいるのだそうです。
なんでもライナス様によると、魔王は代々3000~5000人ほどの配下がいるが、その時代その時代の、魔王の次に有力な魔族でさえ、配下の数は500~1000人がせいぜいで、3000人配下がいるってのは相当な数字なのだそうです。
普通の魔族の場合は50~100人の配下が平均で、200人以上配下を従えていると「大魔族」と呼ばれ、20人以下の配下しかもたない当主は「小魔族」と呼ぶのだとかなんだとか。そして、主持ちの魔族は「一般魔族」とそう呼ばれるそうです。
当主或いは城主と呼ばれる魔族は、それぞれ自分の縄張りを持ち、その中で生活しており、基本的に配下は己が決めた主以外の言うことを聞く義務はないんだとか。で、小規模な縄張りでもって1人から数人だけで暮らすような魔族は「はぐれ魔族」と呼ばれて変人扱いされるとかなんとか。
それを聞いて思ったのは、わりと魔族も人間の村制度とそこまで大きな変わりはないのかもしれませんということですかね。城主=村長と考えたらわかりやすいです。とはいえ、最大の違いは、人間の場合は家族ごとに己の家で生活しているわけですけど、魔族の場合、一カ所、一つの建物に固まって共同生活を送っているということでしょうか。
召使いをたくさん抱えているような王侯貴族はともかく、人間は基本的に一つの建物だけで生活なんてしませんからね。しかも貴族とも違う魔族の特徴は、彼らはそれぞれ己の得意なことを中心に役目を果たし、協同体内での自給自足を実現させているから、余所様宅の魔族との付き合いも、金銭も必要としないってことですかね。
派閥争いとかもとくにはないそうで、互いの縄張りに干渉しないよう気をつけて、必要なものは全部領土内から、或いは魔法で調達しちゃうのだそうです。
派閥争いは特にはないとはいっても、人間ほどじゃなくても争い自体はあるそうで、何かのきっかけで当主魔族同士が正式な決闘を行うと、負けた方は勝った方の傘下に入って一一般魔族としてそこの協同体内で自分の立場を作り直して溶け込むのだとか。まあ、どちらにせよ傘下の1人としてやり直すってことですね。そうして協同体内の自給自足は成立していくんだそうです。
ただ、小魔族とかはぐれ魔族とかの場合は、自分たちだけで全てを用意するのは難しいそうですので、中には人間と交流したり、欲しいものと欲しいものをぶつぶつ交換して生活の糧にしている魔族もいるんだそうです。
時には知識を代価にする場合もあるとかで、魔族料理を伝えたり、元々マディウムにはなかった野菜の種を代価に生活の糧を得たりする魔族も過去にはいたそうで、そうして今日におけるマディウム大陸では、一部の魔族文化が人間に伝わって、そうして土着の文化と魔族文化が交わり合い、独特の進化を遂げながら、発展してきたんだとか。
うーん、こうして考えてみると、魔族も色々なんですね。案外身近な存在なのかも。いや、半分魔族の血引いている僕が言うのもなんですけど。
そういえば、僕の亡くなった母さんも、1人でいたところをうちのクソオヤジに、結婚承諾するまで追いかけ回されまくったって話ですし、もしかしてそうしたはぐれ魔族だったんですかね? まあ、真実は全て墓の中ですが。
と、脇道に話が逸れまくりましたね、話を戻します。
自分たちで出来る能力あるやつが出来ることをするというのが魔族のライフスタイル。そして、今僕はその魔族の中でも中心的存在である魔王ライナス様のお城で世話になっているわけです。
僕は別にライナス様の配下に下ったわけではないですが、それでも世話になっていることには変わりはありませんので、こうして魔族の自給自足システムの一部として今日も元気に薪割りをしています。
因みに薪割り場は、城の裏手の、別館と本城の中間くらいにある倉庫前が薪割り場で、僕の他にも力自慢の魔族や、重力属性の魔族の方なんかも一緒に薪割りをしているわけなんですが、この薪割り場のすぐ前には巨大なコロシアムじみた訓練場もとい演習場があるんです。(あ、余談ですが、僕は魔族の人達曰く、土と重力属性だそうです。魔力値が低すぎて、魔法とかは夢のまた夢らしいですが、10年くらい修行したら硬化くらいなら出来るらしい。くそう、悔しくなんてないですからね!)
そこでは日夜戦闘タイプの(裏を返せば日常生活にはあまり役に立たない)魔族が訓練に励んでいるわけですが……。
「おーい、坊主、もう上がっていいぞ」
「あ、はい」
こうやって少し早く薪割りが終わった日は、夕食までの時間つぶしに訓練場を覗きに行ったりすることがあるんですけど、どうしても気になることがあるんですよねえ。
「おらああー! もう終いかぁ!」
「てめええ、空に逃げるたぁ卑怯だぞ!」
「抜かせっ!」
……魔族ってどうやって空飛んでんの?
魔族の背に生える翼は人によって様々。まるで鳥の羽のようなやつもあれば、コウモリの羽や、トンボの羽、蝶の羽に似たような羽をもつ奴だっています。色もバラバラで、黒が多いですけど、緑や赤、半透明の白に、紫の羽のやつだっています。
しかし、そのくせ、日常生活では別に羽生えてないですし、一体どこに収納されているのか、不思議でなりません。なんで都合良く、必要な時だけ背中に生えるんでしょう?
大体人間サイズの体で羽ばたこうと思ったら、凄い筋肉必要な気がするんですけど、魔族の場合そんなこともないようだし、一体どういう構造しているのか。うむむ、謎です。
「よぉ! なーに見てんだ、坊主」
「うぉ!?」
と、そんな風に考えていた僕の後ろから、煩いほどの男のカラっとした声がかかり、思わず吃驚して妙な悲鳴を上げて、1,2歩後進しました。現れたのは、垂れ気味のぱっちりした二重まぶたの赤い目が印象的な、女男、もとい6代目魔王のライナス様です。
ライナス様は陽気にはははっと笑いながら、ぱたぱたと手を振りつつ言います。
「おいおい、そこまでびびるこたぁねえだろ。で、何見てたんだ」
……どうでもいいけど、顔は女みてえなのに、声は羨ましくなるくらい男らしいな、こいつ。まあ、仕草や性格も男らしいっちゃ男らしいんですが。え? 僕ですか? 普通声ド真ん中ですがなにか。
そんなとりとめのないことを僕が考えていると、ライナス様はひょっこりと横からさっきまで僕が見ていた演習場のほうへと目をやり、戦っている魔族たちと僕を交互に見ると、陽気な声で見当違いなことを言い出します。
「なんだぁ、演習に加わりたいのか? それなら好きにやってくれてもいいぞ。なんなら、俺がしごいてやっても別に構わな……」
「違います」
とりあえず、ライナス様がやる気満々暴走する前に、言葉を遮ってきっぱりと否定してやりました。
ていうか、腐っても相手は魔王。十中八九、戦ったら僕はライナス様に負けると思うのですけど、自分より細身の華奢体型な男にこてんぱんにされるとか、へこむから体験したくないですし、僕は別に喧嘩好きでも、訓練好きでもありません。
ついでにマゾでもないです。痛い目見るとわかっててわざとそれに飛び込む趣味はありません。
しかし、そんな僕の返答が気に入らなかったのか、ライナス様は眉に一本しわを寄せて「んじゃあ、なんなんだ?」とその外見を裏切るハスキーな声で聞いてきました。
きっとこのまま黙ってたら煩くつっかかってくるんでしょうね。とその時名案が浮かびました。そうだ、どうせ気になってるんだし、ライナス様に疑問の答えを聞いちゃいましょう。魔王にわざわざ聞くことじゃないかもしれませんが、何かと僕に構いたがるこの人が気を悪くするとも思えませんし。
「いやね、前から疑問だったんですが、魔族ってどうやって飛んでいるんですか?」
「は?」
その僕の質問が意外だったのだろう、一瞬ライナス様はぽかんと目を見開くと、まじまじと僕を見つめ直しました。
「ていうか、普段羽なんて生えてねーじゃないですか。っていうのに、一体どういう理屈であれ、生えてるんです? しかも、羽も種類バラバラですし、わけがわかりません」
その僕の言葉に、ライナス様は1人納得したように「あー、ああそっか」とうんうんと頭を数回上下させますが、なんだかむかつくなあ。この反応から、もしかして、魔族内では常識にあたることを質問しちゃったのかもしれないですけど、僕、人間社会で育ったわけですよ? 魔族の常識なんて知らなくて当然なんじゃないですかね。
そんな風に機嫌が急降下していく僕に対し、ライナス様は特に気を悪くした風もなく、「まあ、あれは本物の羽ってわけじゃねえからな」なんて言葉で返しました。ファ○ク? はい? どういうこと?
「あれは術者の魔力と想像力で作ってんだよ。だから、羽を作れたとしても、明確に飛ぶビジョンをイメージし、それに魔力を回し続ける持続力がねえと魔族は飛べない。羽の形が1人1人違うのはな、そいつにとって相性の良い形や色が生まれつき決まっててるからだよ。他の形じゃ飛べねえんだ」
ってことはつまり……魔族って妄想だけで空を飛んでいるってことか!? なんてこった。そりゃ物理に反しているわけですよ。純魔力製で体の一部とかじゃないんだから。そんな風に驚く僕を余所に、ライナス様の飛翔講座は続く。
「まあ、先祖の精霊がなんだったかも飛ぶ力には関わってくるし、土属性やら草属性とかみてえに空との関わりが低い属性の力が強いと、羽を作る作業すら無理になってくるな。まあ、まず反属性に風持ちのやつは絶対飛べない」
はあ、そういうものなんですか。
ちなみに反属性とは、文字通り、自分と相性の良い属性とは反対の属性のことだ。どうやら、魔族も人間も11属性のうち、絶対に相性の悪い属性というのが少なくとも1つはあるらしく、それは個体ごとに異なるそうですが、魔族は人間よりも魔力依存の分、影響力が顕著らしく、反属性の攻撃を受けると二倍以上のダメージを被るのだそうです。
ついでに、魔族の人曰く、僕の反属性は雷らしく、雷撃には注意したほうがいいらしいですが……普通の人間でも雷の直撃とか受けたら死にますよね、普通。というわけであんまり参考にならないアドバイスだった。
反属性とか得意属性とか関係ない存在は、歴代魔王含め本当に一部の存在だけだという話です。こうして思うに、魔王ってスペック反則ですね。なんて考えている僕を前にライナス様は言いました。
「因みに魔族のうち6割は空飛べねえぞ。羽作りだけなら8割くらいの奴は出来るだろうけどな」
なんだって?
「え!? 魔族って空飛べるのが普通なんじゃないんですか!?」
いや、だって、魔族の軍ってよく空飛んでいるじゃねえですか。魔族相手の戦闘の場合、飛行隊との戦いを最も注意せよってのは、入軍初日で言われたことです。大抵の人間は、魔族は普通空を飛べるものだと思ってますし、今だって訓練場では魔族の戦士はばんばん空飛んでいるし。なのに半数以上の奴が空飛べないっていうのか? マジで!?
「いや、だってよぉ、空飛ぶのって結構体力と魔力使うからな。魔力が優れているやつならともかく、体力か魔力どっちかが基準までない奴は短距離飛んだだけで息切れしてるぜ? 魔力と想像力が低かったら浮かぶことさえ出来ねえしな」
平均的な魔力と体力の持ち主にとっちゃあ、飛んでいるのは人間が走り続けんのと、あんまりかわんねえらしいからなーとカラカラと笑いながらライナス様は続けた。
「因みに俺は、何㎞飛んでも元気だぜ!」
「いや、あんたのことは聞いてないから……」
ぐっと親指を立て、自慢げに言うライナス様を前に、思わずがくりと肩を落として脱力気味にそう言う僕。それにライナス様は「そっかぁ?」と気分を悪くしたでもなく、言いながら、「そうだ」とこれまた何かを思いついたように言い出しました。
「飛ぶことに興味があるってんなら、折角だ。俺が空に連れて行ってやるよ」
眩しいほどの少年の笑顔で、僕の右手を取り、笑って言う魔王。
夕暮れの中の逆光。何故か僕は反論することさえ忘れて、ぽかんと男を見返していた。
「わっ」
次の瞬間には浮遊感。
ばさりとまるでブラックバードのような羽を広げて、ライナス様は前抱きに僕の腰のあたりに手を回しながら、空へと舞い上がりました。ぐんぐんと地面から離れて、遠く遠く。風を切って羽ばたいて、そんな初めて見る空からの光景に言葉さえ忘れて、僕は彼に身を任せていました。
夕暮れに染まる世界。黒い羽も朱い光を受けて、驚くほど優しく暖かな色を湛えています。そうして見渡す光景。いつしかその高さは城のてっぺんを越えて、風が痛く息苦しい程に高く高く。
森も山も越え、地平線の向こう側まで世界は広がり、山の向こうへと朱を纏って落ちる太陽の光景に、僕は震えて何も言えませんでした。
日が沈む。たったそれだけのことが、なんと暖かく、美しいことなのか。こんな美しいものは見たことがなかった。筆舌に尽くしがたい光景とはこういったものを言うのだろう。誰も及ばない空のてっぺんで、世界を包む朱に酔いしれる。真っ白だった雪さえ陽に染まって、そんな何気ない光景に、どうしてこうも泣きたい気分になってしまうのか。
ねえ、お母さん見ていますか。天国で貴女はいつもこんな光景を見ているのですか。
空は広いです。
空は自由です。
空は綺麗です。
畏怖するほどに、涙腺が弛みそうなほどに、この世界は美しいです。
「どうだ、すげえだろ。俺の特等席だぜ?」
にぃと笑いながら、両手で僕を支えているライナス様が言う。無邪気で陽気な少年の微笑み。いつもこんな光景を見ていたから、だから貴方はそんなに澄んだ目をしていたのだろうか。
わからない、けれど、それでよかった。こうして隣にいて、この光景を見せてくれた、それは充分過ぎるほどの好意だ。
「ええ、そうですね。……ありがとうございます」
震えそうな声で、上手く呼吸も出来ぬままに僕は返す。
いつかこの想いを、感謝を返せる時は来るのだろうか。相応しいものを返せるだろうか。そんな日が、いつか来れば良い。
そうしてそのまま、陽が完全に暗闇に沈むまで、僕らはいつまでもそこにいた。
了
ご覧いただきありがとうございました。
因みにこの1ヶ月後、震度3の地震と共に地殻変動勃発して、主人公は生まれ育った村に帰ることになります。