魔界と魔族の話(神歴988年夏)
ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話は、「こうして僕は魔王と出会った」の二週間半後が舞台というわけで、作中の時間は神歴988年の八月頃の話です。
前略、天国のお母さん、元気ですか。
魔王であるライナス様に拾われ、あれから二週間半が経ちました。初めはどうなることかと思いましたが、今や怪我もすっかり良くなり、この調子ならあと五日もすれば一度は骨折した右足も添え木から卒業出来そうです。
……ねえ、お母さん、愚痴を言っていいですか。
「よぅ! 坊主、今日も見舞いにきてやったぜ! ははっ、元気だったかぁ~?」
ライナス様が超うぜえ。
なんだあの脳天気な笑顔、耳に煩いくらいの大音量。ていうか、今は人間と戦争中なんじゃないんですか、なんで毎日僕の元に見舞いに現れているんですか。暇なんですか、暇なんですね、畜生。
「よしっ、子供は食ったら育つ、つーわけで、ちゃんと食えよ。どんどん食えよ。食いまくれよ。てか未だに怪我治ってねーとか傷の治り悪いのな、お前」
ほっとけ。こちとら基本性能が人間と殆ど大差ねーんだョ。
……いやね、そりゃ感謝していますよ。あの時拾ってもらえなかったら、右足骨折全身打撲で動けなかった僕はいつ何に襲われて命を落としてもおかしくなかったですもん。そりゃあ感謝していますけどね、けどね、正直毎日このノリで来られるのはうぜええええええーーーー!
「よっし、いっちょ、ここは俺が腕を振るって、料理とかやってみせてやるぜ!!」
「って、ああああーーー、ストップ。ストップ、まてこらおい!」
と、一応相手は命の恩人ですので、出来るだけ口汚く反論するのは自重していた僕ではありますが、なんだかノリノリのしたり顔で頷いた後、腕まくりしながらフライパンを取り出すライナス様を見て、思わず感情のままに待ったをかけてしまった。そのまま僕の勢いは続く。
「アンタ、何やってんですか!?」
「え? 決まってんだろ。いつまでも怪我の治りの遅ぇ誰かさんのためにだな、精の付く料理を作ってやろうってのよ。喜べ!」
「って、アンタ、料理なんか出来るんですかい!? 魔王なのに」
普通に考えて王という身分の人間が自らの手で料理などするとは思えない。普通そういうのは料理人の仕事だ。魔族の王と人間の王とは違うのかも知れないが、その辺の構造に変わりはないだろうと思う。だが、何よりも不安を煽るのは、この二週間半で思い知った、繊細な外見に反したこの人の豪快パワフル極まりない性格が何よりだ。正直料理を出来るようにはとてもじゃないが見えなかった。
「おいおい、俺を誰だと思ってんだよ」
やれやれと言わんばかりに首をふりつつ、心外だなと言わんばかりの声でそんな台詞を吐くライナス様。それに一瞬だけでももしかして僕が考えすぎていただけなんだろうかと思った自分を、殴ってやりたい。
「したことねーに決まってんだろ?」
「って、それ威張りながら言う台詞!?」
駄目だ、なんていうか駄目だ、悪い予感しかしやがりませんよ、ファ○ク!
「はは、大丈夫、大丈夫。ほら言うじゃねえか、料理は愛だって。それに未知への挑戦こそ人を成長させるスパイスになるんだぜ?」
「愛だけで料理が出来るならこの世に料理人なんて職業はいらんわ! ていうか、あんた人じゃなくて魔王でしょうが! それに僕はアンタの踏み台になるなんてまっぴら御免です」
「煩ぇな。男が細かいこといつまでもグチグチ言ってんじゃねえ。往生際が悪い」
NOOOO! 駄目だ、聞く耳もちゃしねえ、この男。なんていうか、この人がまともな料理を作り上げるビジョンが全く見えないんですけど、このままじゃ僕は怪我が治るより先にこの人の料理に殺されかねない。僕の人生積んだ。
……実家の愚妹よ、先に旅立つ兄ちゃんの不幸を許し給え。天国のお母さん、僕、もうすぐ会いに行くことになるのかもしれません。ふふ、感動の親子の再会ですね。寧ろ初顔合わせですね。……畜生、ファ○クまだ僕18歳だぞ、童貞だぞ、ざけんじゃねえ。まだ女の子といちゃこらすらしたことねえんだぞ、死にきれるか、○○○の○○○○の○○○が。
と、まずい、本格的にまずいと走馬燈が駆け巡る僕と、ノリノリで料理をしようとするライナス様の前に現れたのは小さな救いの女神なのだった。
「あ、ライナス様」
ひょっこりと顔を出したのは、あの日、初めてライナス様と会った日もライナス様と一緒にいた、茶色のおかっぱ頭と、ソバカス顔の魔族の女の子でした。確か、名前、なんて言ったかな-。
「お、サラじゃねえか」
あ、そうそうそういう名前だった。
「ライナス様、そろそろ作戦の時間です」
「お、もうそんな時間か? ちょっとくらい待てよ、今こいつに精の付くもんを……」
「いえ、料理はわたしの仕事です。彼にはわたしが料理を出しておきますので、さっさと行ってください」
うお、すげえ。きっぱり言い切った。配下なのに主に対して表情一つ変えず言い切るって大人しい見た目しといて、地味に凄いですね、この子。
「えー、でもよー」
「ライナス様」
「う」
「ライナス様」
「あー……」
「ライナス様」
おお、なんという見事な口撃。均等な発音での名前連呼だけで、あの凄まじく喧しいライナス様をたじたじにもってきましたよ、この子。無表情に無平坦な口調ではありますが、そこにあるのは言葉にならないプレッシャー、我が儘を言わないでくださいオーラ。見事なものです。いやはや、僕もかくありたいですね。
遂に、配下たる少女を前に、ライナス様は敗北のため息を吐き、がりがりと頭を右手で掻きながら、降参の台詞を吐き出しました。
「あー、もうわかった、わかった。ったく、しょうがねえな。その代わりそいつの面倒はちゃーんと見ろよ?」
「心得てます」
「んじゃあな、サラ、坊主、行ってくるぜ。夜には戻ってくるから、大人しく待ってろよー?」
そう言ってライナス様は出て行った。ふー、なんとか命の危機は免れました、これは感謝しなくてはなりませんね。僕はかしこまってサラさんのほうへと顔を向けた。
「ありがとうございます、助かりました」
「いい、わたしの仕事しただけだから」
そう一つこくりと頷きながら言うサラさん。なんていうかきっと真面目な子なんでしょうねえ。ていうか、一体何歳くらいなんでしょうか。見た目は僕より数歳年下くらいに見えますが、魔族と人間じゃ成長速度が違いますからねえ。もしかしたらこんな幼い顔しといて僕より年上なのかも知れません。
「ところで、何食べたい?」
「はい?」
そんな風に感心している時にかかった思わぬ台詞に、つい首をかしげつつ聞き返してしまいました。でも彼女は僕のそんな態度に気を悪くするでもなく、淡々と続けます。
「食事を世話すると言った。だから、希望があるなら言えばいい。材料は人間の軍よりはあるから、凝ったものは無理でも大抵のものなら作れます」
いや、マジで真面目だ、この子。うっかり感動してしまった。思えば、軍に入ってからは碌なものを食べさせられなかったような気がします。なんていうか、人の情が身に染みますね。いや、この子人間じゃなくて魔族ですけど。
「好き嫌いはないので、なんでもいいですよ。強いて言うなら、君の得意料理が食べたいです」
「わかった。作ってくる」
そういって、スカートを翻して出て行く彼女を見て、ふとこの生活を送りだした頃から危うく忘れそうになっている事実が頭の端によみがえりました。そういえば、今でこそライナス様に保護を受けている僕ですが、元々は人間軍サイドにいた人間で、言うなれば敵です。だというのに、いくら怪我して動けなかったような、下っ端中の下っ端とはいえ、敵の僕の世話を焼くとか、彼女は嫌じゃないんでしょうか? 僕を助けたのが、彼女が仕える主だったから、主の意に沿うために感情を隠して接しているとかじゃないのではないかと、考え始めると不安になってきます。
僕は彼女のことが嫌いじゃありませんし、うざいとは思うけどライナス様のことだって嫌いじゃないです。でもだからこそ、もしかしたら嫌われているんじゃと思うと、少し胸が痛む思いがします。でも、本人に面と向かって嫌いかどうか聞くというのもなにか違う気がしますし、一体どうしたもんですかねえ。
思う間にも鼻孔をくすぐる良いにおいが漂ってきました。
……まあ、考えるのは後でいいですよね。
「ごちそうさまでした、おいしかったです」
「どういたしまして」
サラは料理上手でした。
料理自体は芋がゆのコーンスープ仕立てというシンプルなものですが、塩加減がなんとも絶妙でうっかり二回ほどお代わりをしてしまいました。ていうか、これまでに出されていた料理とは味が違いますから、普段の料理を彼女が作っているというわけではないのでしょうが、本職と違ってこれとは吃驚です。
そんな風に感心していると、彼女はいつも通りの無表情無平坦な顔のまま、じっと僕の顔を見つめ、そしてそれを言いました。
「ねぇ、あなたこれからどうするつもり?」
それは不意打ちと言えたかも知れません。
「どうする、とは?」
「あなた、剣の国の歩兵でしょう。ライナス様はあなたを助けるつもりだけど、国には死んだことにされているか逃亡したと思われてるんじゃないの?」
それは今まで僕が思考の端からわざと目を反らしていた内容でしたが、そう、なんですよね。僕は彼らの、いや、彼女の敵、なんですよね。それだけじゃなくて、国から見たら、こうやって魔王の庇護をうける僕は裏切り者に違いないだろうとはわかっているのです。
「やっぱり迷惑ですか、僕がここにいるのは」
「それは別にいい。わたしの両親は人間に殺されたけど、あなたに殺されたわけじゃないし。それにライナス様はあなたを助けたいみたいだからそれに否やはない。でも、ずっとこのままでいるわけにはいかないでしょう。あなたの傷はもうすぐ治る。治ったらどうするの」
治ったら、か。
「地殻変動が起こる年まで、置いてもらえはしないですかね」
気づけば、思うがままに僕はそんな自分にとって都合の良い言葉を吐いていた。
「どうせ国は僕みたいなしがない村民の数と名前や顔なんて把握していませんからね。地殻変動で村が元の場所から移動したら、その時村に戻ったとしても村にも家族にも迷惑かからないと思うのですよ。僕の死も逃亡も、地殻変動一つで有耶無耶になりますから。だから……って駄目ですね、自分のことばっかり言って都合良いですよね、すみません」
そういって顔を伏せる僕に対して、やはり少女は感情を交えぬ淡々とした声で言った。
「いい。別にライナス様はあなた1人抱えることを迷惑だなんて思ったりしない。それに、数年なんてわたしたちにとってはそれほど長い時間じゃないから」
だから気にしなくていいと、そんなことを言う少女に、つい胸に熱いものがこみ上げてきた。
見た目にはわかりにくいけど、気遣ってくれたのだ。サラはお人好しだ。とびっきりの優しい子だとそう僕は思った。
「ありがとうございます」
「いい。礼はライナス様に言って」
そういって控えめに一歩後ろに下がって主を立てる彼女は、きっと侍従の鑑なのだろう。
そして、夜、八時を過ぎた頃には宣言通りライナス様がこの小屋へと帰ってきた。
「よぅ、坊主、サラに聞いたぜ? お前、地殻変動の年までうちに置いてほしいんだって?」
そういって笑う顔はカラカラとしていて、やっぱり軽い。なんていうか、この人の笑顔を見ていると、小さな事で悩むのが馬鹿らしくなってくるのは、きっとこの人が持って生まれた才能なのだろうとも思う。
「ええ、お願いします、ライナス様」
「む? なんだ、別に呼び捨てでもいいぜ。お前は魔族交じりとはいえ、人間側なんだし」
「いえ、そういうわけにはいかんでしょう。けじめは大事です」
「変なとこで堅い奴」
そういって、カラリと笑った。
ライナス様は、初めて見たとき女神のような美女と思ったくらいに女のような繊細で優美な造形をしていますが、そうやって笑う顔はまるで太陽のような少年の笑顔だ。妙に人を惹きつける笑顔、ひょっとするとこういうのをカリスマと言うのかも知れません。まあ、本人にそんなこと言うつもりありませんが。
「ところでライナス様、首尾はどうだったんですか?」
そんなことを考えていると、横にいたサラがライナス様にそんなことを聞いた。
そういや、僕のいた部隊ってどうなったんでしょうかね。敵軍総大将であるライナス様に聞くわけにはいきませんが、ファッ○ン隊長は生きているんでしょうか。死なれてたら困りますね。仕返しが出来なくて。
「おお、よく聞いたな。当然の如く我が軍の勝利よ。奴ら這々の体で逃げていったぜ。ま、この俺がいるから当然なんだけどな」
「ということは、城に戻れるのですか?」
「ああ、明日の戦勝祝いの宴が終わったら、城に戻るぜ。いやー、あのオッサン、弱いくせにこそこそとしぶとかったよなー。とりあえず5㎞ほど領土より後退させてやったが、防衛戦争としちゃあこれで充分だろ」
その言葉に、あー終わったって戦争自体が終わったのかと、妙な感慨と共に思いました。とはいえ、基本的には他人事のような感想だったのですが、そんな僕に向かって、ライナス様はくるりとゆるく編んだ髪を回転させながら振り向き、にっとした笑顔で「というわけで、明日の宴にはお前も出ろよな」なんてとんでもないことを言いました。ああ、宴ね、うん……って、はい!?
「ちょ、ちょっと待ってください。宴って戦勝祝いの宴なんですよね、魔族のための宴なんですよね」
「大丈夫、大丈夫、宴に知らないやつが1人や2人増えてたくらいで我が軍の奴は誰も気にしやしねえよ」
「いや、ちょっとは気にしてくださいよ!? 僕元敵兵じゃないですか」
「おいおい、まだわかってねえのな。いいか、よく聞け。ここでは、俺がルールだ!」
そういって、仁王立ちで拳で胸を叩く当代魔王様。その自信は一体どこから沸いてきやがるってんですか、マジわけわかりませんよファ○ク!
「俺がありといったらありなんだ! というか、出ろ。暫くうちで世話になるってんならどっちにしろ俺の配下共の顔覚える必要あるだろうが。親睦会と思って出ちまえ」
うわ、それ言われると反論出来ねえ。と、そこで自信満々のドや顔からにぃっとやけに人なつっこく、どこか男くさい笑顔に変えて、諭すような声で続けました。
「小難しく考えるなよ。人生は一度っきりなんだ、何事も楽しめ。お前が敵兵だったなんて理由でいじめようとしてくるやつなんざ、俺が殴って黙らせてやるよ」
なんていうか、男らしい。女みてえな外見しているくせに、性格は僕の何十倍も男らしいとか、なんだこの敗北感は。でも不思議と悪い気持ちはしないのはどうしてですかね。
はっきりといえば、少し嬉しかった。
僕だって男ですから、ただ守られるってのは性分じゃありませんが、それでもなんつうか会ったばかりの僕に対してここまでしてくれようって気持ちが、なんとも嬉しいなって思いました。まあ、んなこと口には出来ませんけどね。照れくさいですし。
「と、そんなわけでだ、明日は宴だが、その次の日にゃあ此処も出払うことになるからな。今日はもうさっさと休め。と、そうだ。良いこと考えついたぜ、さっさとお前が眠れるように寝物語を話してやるよ!」
って、感動した僕が馬鹿だったーーー!
なんだよ、寝物語って。僕は子供か、ふざけんな畜生。同年代の人間より明らかに成長遅れててもこちとら18だぞ。んなこっぱずかしい真似出来るかあーーー。
「いりません、やめてください、マジやめてください」
「なーに、ガキが遠慮してんだよ。心配すんな。こう見えて意外と俺物知りなんだぜ?」
「いや、だから遠慮とかじゃなくてですね」
「さー、いくぞ!」
嗚呼畜生、ちょっとは話聞けよ、この馬鹿魔王。
* * *
―――――そう、これは昔々の話だ。
今から7000年ほど昔の話。
神々と共に暮らす精霊達がいた。
神の眷属たる精霊達は、己が司る属性と同じ属性の神に仕え尽くすことが定めであり、他の属性の精霊同士が交わることも、手を取り合うことも許されてはいなかった。
それが神の手によって生まれた彼らの当たり前だった。
初めから予定調和の人生。伴侶ははじめから決められていて、神の言う通りに伴侶と交わり、子を残していく。それが当然だった。けれど、そんな自分たちに疑問を抱く精霊も現れだした。
この世に生まれ落ちた存在でありながら、自分の意志で考え、自分の意志で生き、好きな者と愛し合えないのはおかしい、と。
彼らは精霊界の掟を破り、互いに協力し合って自分たちのための国を作った。水も動物も植物も、全てが豊かな自分たちのための桃源郷。全てを自分たちの子供に残して、己を礎として、命をかけて彼らは第三次元に、神のためではない、己達の為の国を、世界を生み出したんだ。自分たちのための楽園を。
もうわかるだろう? ああ、そうさ。それが、『魔界』なんだ。それは彼らの血であり、汗であり、努力の結晶。神の言いなりではなく、自分たちの手によって初めて手に入れた確かな対価だったんだ。
勿論、神の加護を離れるんだ、代償はあった。
一つは寿命。精霊界の掟に逆らい、自分とは違う属性の相手と交わった代償として、生まれる子供達は、本来の精霊の半分しか生きれなくなってしまった。まあ、そうだな、それでも人間よりはずっと長生きだけど、それでもそうなんだ。
一つは能力。違う種族が交わるのが禁止されていたのは勿論理由があったのさ。それは、能力のランダム化。属性の違うもの同士が交わり合い、一つの属性に特化する者は魔族にはなくなってしまった。その結果というべきかな。魔族の子供が生まれ持つ魔力量と能力値は親や血筋に関係なくランダムなんだよ。巨大な力をもち、一城の主になれる素質をもっていたとして、その両親がそれに見合う力をもっているとは限らないんだ。魔族の中には植物活性化能力とか、動物使役能力とかそういうのしか持っていない魔族だっているからな。寧ろ魔族のうち2割から3割は戦う力をもたない奴だ。これもな、掟破りの弊害の一つなんだよ。その代わり、高い能力で生まれたものは、精霊よりも圧倒的に性能で勝る。でもそんな風に個体差が激しいからこそ、魔族は家族の情は育ちにくいんだ。だから魔族は人間とは違って、成人すると高確率で親子の縁が切れたりするのさ。
それでも絆がないわけじゃない。魔族は親子の絆の代わりに主従の絆を大事にする。そして、先祖が命がけで生み出した自分たちが住まう大地を、誇り、愛している。だから……―――――。
「だから、魔界を人間に占領されるのが許せないんですか」
その僕の言葉に、ライナス様は薄く笑って微笑んだ。無言のそれはまさに静の肯定だ。
「そうだ。魔族にとって魔界ってのはな、それほど大事な場所なんだよ」
だから守るために戦うのだと、ライナス様は続けた。
「……自分たちが死んでも、ですか。それでも、戦うのですか」
僕にはわからない。死にたくはないし、痛いのは嫌だ。確かに自分たちが育った故郷がなくなったら悲しいだろう。それでも命をかける意味がわからなかった。なくなったらなくなったでまた一から造りなおせばいいじゃないか。命に代えれるものだなんてとても思えなかった。
「お前も男だ、いつかはわかるさ」
「……わかりません」
義務だからしょうがないと徴兵には応じた。でもずっと思っていたのだ。戦なんてやるだけばからしいではないかと。なのに何故、そんなにこだわるのだろう。どうして皆戦うのだろう。と。
「わかりませんよ。痛いのは苦しいじゃないですか。殺し合いなんてばかばかしい。死んで何になるっていうんですか」
そう思う僕に対して、ライナス様は、まるで兄か何かのような顔をして僕を見ながら、「ガキ」と、意外にも柔らかな声でそんな言葉を吐き出した。
「僕もう18ですよ。ガキじゃないです」
「っても、お前魔族交じりだろ? 人間でいったらまだ14か15くらいじゃねえの? それに俺なんてそれを言ったら187歳だぜ? 俺から見りゃ充分ガキだろ」
「うっせえです。放っといてください」
そうして、一つ笑うと、ライナス様は、その白く形の良い手を伸ばして、くしゃりと僕の髪を乱暴にかき混ぜた。
「そう思うなら別に逃げていーんだよ。逃げる弱者を斬るような真似はしやしねえ。戦いってのはな、命をかけても守りたいものとか、譲れないものとかそういうものがあるやつだけがやるものだ。それがわからないってことは、まだお前は命をかける時じゃないってことさ。別に恥ずかしいことじゃねえ」
さっぱりざっくばらんとした声で、ライナス様はそう言った。
それにふと、胸にこみ上げてきた疑問のまま、僕はその実を尋ねる。
「アンタも、守りたいものがあるから戦うんですか」
その質問に、初めライナス様はきょとんと、元から大きなたれ目がちな二重眼を一つ瞬かせると、次いでにっと不敵なまでの少年の笑みを湛えて、誇らしげに答える。
「俺は魔王だからな」
そのまま足を投げ出し、行儀悪くベットに体を横たえつつ、言った。
「王ってのは家臣を守ってこそ、だ。その辺は人間も同じだろう」
だから戦うのだとそう言う。理屈ではわかる。でも。
「……わかりません」
それは責任感なのか義務感なのか、それとももっと違うものなのか、僕には決してわからない。だって僕はしがない村民で、日々の食事に困ることもなく、だからといって誰かに強く帰属してきたわけでもなく、そうして何気ない日常を生きてきたのだ。なんの責任もこの肩に乗ったことはない。
だから、わからなかった。
人には逃げていいと言いながら、命をかけても守るものがあり、戦はそのためにするのだというその言葉が。意味が、わからなかった。
遠いと思った。
ずけずけと土足で僕の心の中に居座って、距離無く近づいてきたこの男にいつしか隣にいたような錯覚を覚えていた。それは間違いだったと今思う。
僕とこの男は全く違うフィールドの上に立っている。
ああ、そうだ。どんなに気安かろうとこの男は、いやこの男こそ魔王、6代目を冠する今代の魔族の王なのだ。
「今はそれでいいのさ」
ライナス様は笑う、年上の笑顔で。見守るように。それが、どうしようもなく悔しくて、自分のちっぽけさが悲しかった。
「変な話になって悪かったな。じゃあ、よく休めよ」
そういってライナス様は立ち上がり、ドアへと向かい、灯りを消していく。見れば、月が雲に隠れて外はすっかり真っ暗だった。
「おやすみ」
それに応えることは出来ただろうか。この時の記憶はどうにもおぼろげだ。
どちらにしろ、今夜は上手く眠れそうになかった。
了
おまけ四コマ
この時代はまだライナス様のほうが外見年齢&精神年齢共に主人公より年上ですので兄貴風吹かせていますが、後の時代考えるとなんだか新鮮ですね。
この回では出せなかった主人公の答えは、「ライナス様とリリーシア」編でいずれ回答が出るかと思います。