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魔王ライナス様と僕の友情日記  作者: EKAWARI
オープニングにしてエンディング 終わりの始まり
1/15

魔王ライナスの最期(神歴1091年秋)

 どうも遂にはじまりました、連載版ライナス様と僕の友情日記。

 ばんははろ、EKAWARIです。

 この回はOPくらいに思っててくれて良いかなというか、ある程度話数増えたくらいに読み返すといい話かもしれませぬ。

 因みに別に読み飛ばしても問題はないです。このシリーズはストーリーものではなく、一話一話で完結スタイルのSS集みたいなものですので。ほのぼのギャグが見たいんだ、シリアスはお呼びじゃねえって方は、『こうして僕は魔王と出会った』からご覧になられることを推奨します。

 そもそも短編集であって、一話一話で完結しているため、決まった終わりが存在しないシリーズですが宜しくです。

 因みに作中時間は神歴1091年、10月頃の話です。




 この世界、レスメディアの東南には、魔の大陸(マディウム)と呼ばれている大陸があった。

 それは、本来大陸と呼べるほど大きな島では決してなかったが、古来よりいくつもの霊道が走りまか不思議なことがよく起きたという。ふとした瞬間に別の磁界とチャンネルが繋がったのだ。霊的な力の強い子が生まれることも珍しくはなかった。

 そんな人間界の端にあった大陸とも呼べぬ島と、魔族が作り上げた第三時空にある世界、通称魔界が初めて通じ、奇妙な共存を果たさねばならなくなったのは、神暦300年頃のことだったという。尚、本来人間界の領土だけを見たら大陸などとても名乗れぬこの島が、『大陸』に数えられるようになったのは、魔界と融合して境界がわからなくなってからだ。

 そして、魔界と次元が繋がって以来、小地震が起きる度に人間界……その魔の大陸(マディウム)と魔界はどんどん融合していき、50年を過ぎた頃には、既にどこまでが人間が住まう大地であったのか、どこまでが魔界であったのかは当事者達にすら判別が付かなくなっていった。ただ、人間によって「悪魔」と名づけられた、人に似て人ならざる彼らと人間達は、己の正当性をかけて自分たちの土地を守るために争う間柄となったそれだけの話だ。

 人族に比べると数こそ少ないとはいえ、一人ひとりが人間より優れた能力と長い寿命を持つ魔族と、能力は低く寿命こそ短いが数が多いことだけが取り柄の人間。両者は拮抗しているとはいえ、敵対者で、多分どちらも間違ってはいなくて、そして……僕はその二つの種の間に生まれた。

 父曰く、美しい魔族であったという母は生まれてすぐに亡くし、人間の父に育てられた僕は、人間側として育った。外見も能力も異能はほとんど無く、僕が人間と違うことといえばその寿命と頑強さくらいのものだったから、人間サイドとして育ったそんな自分に疑問を抱いたりすることもまた無かった。

 そして、人間として魔族と戦うための兵に召集された時、のちにかの人物と友人になることなどその当時の僕は想定などしていなかったのだ。

 そう、魔族を束ねる魔族の王、変わり者と名高きその六代目、魔王ライナスと。

 ……今はもう100年近く昔の話だ。


      * * *


 石段を歩く。コツコツと、薄暗い城内に音が反響している。灯りなんてものはない。そんなものの機能はとうに忘れ去られていた。今はもうランプに油さえ残っていないだろう。

 広い城だというのに、足音は1人分で、誰もいなく、埃が舞うだけの人の温もりを忘れたそこは、ただただ無人で、白い。不吉なまでの白さだ。ここにあるのはかつての華やかさを失い残った寂寞感だけ。過去の栄華など最早どこにもない。思えば、これを見たくなくて、研究の忙しさを言い訳に今日こんにちまで目を背けていたのかも知れない、なんてことを思う。

 嗚呼、なんて僕は酷い男なのか。なんて、身勝手、薄情者なのか。

 此処に来る前、出来るだけ無心であろうとそう決意していたはずなのに、想いは止まらずに次々と溢れ出し、思わず息を吐いた。感情を殺すことのなんと難しいことか。吐いた息もまた、城の白さに負けぬほど、白い。それが見ていられなくて、歩みを早める。何も、考えたくはなかった。

 コツコツ、コツコツと、1人分の足音だけが木霊する。

 かつては豪奢で華やかだと感じた此処も、今や不気味そのものだ。幽霊が出ても誰も驚きはしないだろう。廃城と言われても信じるかも知れない。事実、この城に住まうのは今はもうたった一人だけだ。廃城だというその印象は、決して間違ってはいないだろう。

 今のこの城にかつての活気や暖かさ、ここの主人たる人物の明るさを見出すことはもう出来ない。

 ふ……と、目を細めてとれかけのレリーフを眺めた。気のせいか、鼻の奥がつんとした。

 ……この城を最後に訪れたのは20年近く前だ。今思えば、あの頃はまだ若かったなとそう思う。そして、それまでずっと隣に居続けていた件の人物の顔を夢想する。

 人懐っこい少年のような微笑の、この城の主の顔を。

『よぉ、相棒。今日は時間あるんだろ? 泊まってけよ』

 幻想の声を振り払う。

 過去は還らない。思い出に縋ることに意味はない。

 今は奥へ、奥へ。

 少しでも早く、会うように。幻想ではなく、思い出でもない本当のあの人の元へ。

 そうして僕は、最後に残ったその扉に手をかけた。


 ギィィと、古めかしい音を立てて扉が開く。その向こう側から、埃が舞う。辺りは暗闇。その奥に、今も鮮やかな思い出として生きてきた男は、在りし日の姿のまま其処に居た。

「よぉ……親友」

 金と宝石の装飾から、かつて煌びやかだったことが伺える埃の積もった王の椅子。その上に、やつれた表情を湛えた男が座っていた。

 絹糸のようにふわふわと跳ねながらも滑らかな長い銀髪。同色の長い睫に彩られた魔族を従える為の赫き瞳、通った鼻筋に、艶々とした唇。白磁の肌に、撫で肩の小柄な体躯で、趣味の筋肉トレーニングの甲斐もなく、全く筋肉らしい筋肉がついていないことや、細いウエスト、美しいその顔は、遠目で見れば美女に見えるだろう。そんな外見的特徴は全く変わっていないというのに、その男はかつてであれば考えられないほどの生気のなさをもってそこに存在しており、まるで今の彼は幽鬼のようだ。

 性別さえ越えて万民を魅了する美しく儚い美貌。

 ……その女のようなと形容するに相応しい容姿そのものが先祖から受け継いだ呪いの一つなのだと、こいつが言っていたのはいつのことだったか。

 それでもかつては、その見た目を裏切る、繊細さの欠片もない粗野な少年のような性格や、カラっとした言動と雰囲気のせいで、見た目のインパクトほど女みたいにこの人のことを思ったことはない。寧ろ儚さや女々しさからは一番縁遠い人だとさえ思っていた。

 だが、今のこの人は……欠けた生気、濁り気味の赤き瞳、元から白かったというのに病的なまでに青白くなった肌、やつれた顔、儚い雰囲気。かつてとはまるで正反対だ。見ているだけで目の前の相手が、外見だけがあの人と同じ人形なんじゃないのかと錯覚しそうになる。そんな姿に成り果てていた。


「悪ぃな。折角きてくれたってのに、オマエをもてなすようなもんが何もないんだ」

 何も言わぬ僕に対して、目の前の人は、ゆったりと、どことなく震えるような声で言葉をつむぐ。その声はたどたどしく、弱く擦れていて、昔のような竹を割ったような気風のよさは見当たらない。その様に、もしかすれば、長いこと誰かと言葉をかわすという行為自体を行ったことがないのかもしれないとそう思った。

 思う間に、ぼんやりとした声で男は続ける。

「せめて酒とかあったらよかったんだけどな……あー……くそ、食い物ほんとなんかなかったっけ……せめてつまみくらい」

 そんなもの、どうでもいい。別に僕を気遣ってくれなくても良いんだ。

 思っても、息が詰まって声は出ない。変わりのように、ぎりと、爪が食い込むくらい己の手を握りしめた。

「って……駄目か。俺半年くらいなんも喰ってなかったんだった」

 無理だな、なんていってしょぼくれながら、男は力なく笑う。それは、僕が一番見たくない姿だった。

(そんな笑いはアンタにゃあ似あわねえよ)

 まるで、陽だまりみたいな男だと思っていた。明るくて人懐っこくて、たとえ人間てきだろうと酒を酌み交わしたら友人だとか、そんな馬鹿なことを本気で信じるようなそんな男だった。宴が好きで、卑怯な行為が大っ嫌いで、凄く馬鹿で、でも情に厚くて、にぎやかなことが何より大好きなそんな男だった。

 いつだって、馬鹿をやって、それでもずっと笑っていた。そんな男の隣にいるのが何よりも心地よかったのだ。迷惑をどれほどかけられようが、巻き込まれようが、本当は別にかまわなかった。こいつの笑顔が好きだった。自分にない無邪気なまでの明るさに救われていた。だから。

「相変わらずですね……ライナス様。酒ならもってきてますよ」

 乾いた口内を引きはがし、ようやくそこで僕は口を開く。淡々と昔のような口調で、在りし日を模るために、大きな嘘を一つつく。


 ―――――何も変わっていないという、大嘘を。


「様付けはやめろっつったのに、オマエ、まだそれなのかよ」

 つられるように、少しだけ昔を思わせる空気を纏って、苦笑しながらライナス様はそう口にした。

 それに、ともすれば苦く染まるつばを飲み込みながら、精一杯の虚勢を張って、いけしゃあしゃあと昔のような口を利く。気を抜けば、泣いてしまいそうな自分を必死に理性で檻をした。

「アンタがどう思ってようとアンタは魔王ですから。これは僕なりのけじめっすから、いくら言われても変えてやる気なんてねえですね。……ドンウォル地方の酒ですよ。ほら、サメルガ家の酒、アンタ好きだったでしょ?」

「ドゥじいの酒か? うわ、懐かしいな、おい。なぁ、ドゥじいは元気なのか?」

 ずいと、体を前に出して、これまでに比べると楽しそうに男は口にした。『懐かしい』なんて言葉をこの男から聞くのは初めてだ。いつもこの人は前を向いて、今を見つめて生きていたというのに。

「ドゥじじいならとっくに死んでますよ。今は彼の孫の代です。ドゥじじいは人間ですよ? 人間がアンタの尺度で生きれるわけがねえじゃないですか」

「……そっか」

 辛らつにさえ聞こえる声で説くように言った僕の言葉を前に、ライナス様はうつむいた。ドゥじじいが死んだのは今から50年近く昔のことだ。訃報だって共に受け取った。知らないはずがないのだ。なのに、ドゥじじいが死んだことすらこの人は忘れていた。

 ……きっと、今の彼にはそんな当たり前の感覚すらわからなくなっているのだろうと思う。

 それでも、魔王として、彼はもったほうだった。

 15年前、彼は……ライナス様は跡継ぎを作った。魔族とも人間とも全く遺伝子構造の異なる異種族、一子相伝の「魔王」にとって、それは、死へのカウントダウンでもあった。

 大抵の魔王は10年ももたないのだと、そう僕に教えたのはライナス様自身だ。

 魔王は長子たる次代の魔王が産まれた時、力の半分以上を奪われ、その後も死ぬまで少しずつ少しずつ我が子に力を奪われ続けるのだという。それは痛みも伴う喪失で、それに耐えきれなくなり、狂ったとき、魔王は周囲全てを巻き込んで暴走の果てに死ぬのだという。

 でも、彼は14年この城で生きている。

 内側から神経を侵されながら、それでも魔力を暴走もさせずに……生きている。

 何故そんなことが出来たのか。それはライナス様が歴代魔王の中で最弱であったからというのもあったのかもしれない。

 魔王としての力の強さと魔王の精神年齢には密接な関わりがあるという。

 全ての例外たる始まりの魔王サデスを除けば、魔王というのは強い力をもつものであればあるほど精神年齢は低いままそれ以上成長することは出来ず、弱ければ弱いほどに高年齢の思慮や情緒を得ることが出来るのだという。

 ……魔王に残酷な性癖のものが生まれやすいというのは、この精神障害がために子供の無邪気さで人を殺すからというのが、ライナス様の見立てだ。

 ライナス様がいつまでも少年のような雰囲気や青臭さをもっているのもそこからきている。とはいえ、ライナス様は確かに普段は馬鹿で単純ではあったが、それでも10代後半相当の知能や思慮を見せることも一度ならずあった。

 それはつまり、ライナス様は、他の代の魔王よりもずっと物事というものを深く考える能力を持っているということなのだ。

 魔王は次代の魔王が誕生する時に己の力の半分以上を奪われ、その後も徐々に神経を犯され、どんどん弱りながら、内側から痛みに苛まされ狂っていく。

 幼い精神に、弱りゆく身体、神経を侵す痛み、狂うには十分過ぎる条件だ。

 いつ自分が死ぬのかわからぬ恐怖、どんどんと衰弱していく身体、それらに耐え切れず発狂した末に魔力を暴走させ周囲を巻き込んで死ぬ魔王。それが魔族でも人間でもないたった一つの異端たる魔王の終わり。

 そして、先代が死ぬことによって、次代の魔王は魔王として完成する。

 魔王かれらにとっての救いがあるのならば、狂い死にする前に、目をつけていた勇者ニンゲンに殺してもらうことしかないと、そうかつてライナス様は語っていた。狂うにしろ殺されるにしろ、どちらにせよ、子を作った魔王に、残された道は死しかない。


「あのさ」

「何です」

 僕が持ち込んだガラスの杯に、持ち込んだサメルガの酒を注ぎながら、ライナス様はおずおずとした様子で、ろくにまわらぬ舌と格闘しながら一生懸命に話しかけてくる。それにそっけなさを装いながら僕も酒を注ぎつつ返事を返す。

 そんな僕に向かって、男は必死に明るい空気を纏おうとしながら言葉を続けた。

「俺、リリーシアとの間に娘も出来てたんだよ」

 リリーシアというのは、ライナス様が見初めた魔族の娘の名前だ。魔王は子供を作った時が自分の人生の最期だからと、死ぬ気はないからと、ずっと女に興味をもたないようにしていたこの人が、それでも求めてしまった女の名前だった。

「二人目だからさ、俺の因子なんて全くないから俺には欠片も似てないんだけど、さ、でも可愛くてさ、まるっこくってちっこくて、本当可愛くて。ほら、ツェールの奴は魔王だから抱くことすらしてやれなかったわけで。でも、娘はただの魔族だから」

 そう、魔王は一子相伝。銀髪赤目の女性的、或いは中性的な美貌を持つ男子、それらの条件を引き継ぐのは第一子だけだ。たとえ二子以降を設けたところで、生まれるのは母方の特徴を受け継ぐただの魔族でしかなくなる。

「ああ、自分の子供ってこんなに可愛いのかって思ったよ。父親になって、あれが一番嬉しかった」

 力が無いその声はまるで泣いているかのようだった。いや、実際涙を流していないにしても、きっと泣いているのだろう。

「……娘さんは」

「10年前、リリーシアの奴が連れて行ったよ。あー……くそ、でかくなったんだろうな。美人になったんだろうな」

 儚ささえ宿しながら、そんな言葉を口走るライナス様の横顔は遠くを見ていた。娘に会いたいのだと、きっと本当はそう言いたいのだろう。でも言わない。下手をすれば娘を巻き込んで魔力を爆発させ死ぬその可能性もあるからなのだろうと僕は思った。

 杯を重ねる。

 そんな中で、20年の月日を埋めるように、僕らはいろんなことを話した。

 話すのは大抵くだらない話ばかりで。昔そうであったように、とりとめのない話ばかりを重ねる。そうこうしているうちに外の空気が変わった。もう、夜が明ける。

 ずっと座りっぱなしで話していたからだろう、身体が硬い。僕はすっとその場から立ち上がった。それに併せて、バキバキと背中が物騒な音を立てる。全く歳は取りたくないとそう思う。

 そんな僕の様子をじっと見つめたあとライナス様は、きっと言おうと最初から決めていたのだろうその言葉を口にした。

「なぁ、親友」

「なんです」

「…………オマエ、本当は俺を殺しにきたんじゃないのか?」

 それは願望のような、呪いのような言葉。妖しく赤い目が僕の姿を捉える。

「『魔王の赫い目は魔族を支配する』てぇ言うが、オマエは魔族の血を引いてるとはいえ、人間交じりだ。おまけに俺に残された魔王としての力は今やほんの僅かなもの。今ならたとえ魔族の血を引いているとはいえ、オマエにだって俺は『殺せる』」

 たとえどんなに弱っていたとしても、魔王を『魔族』が傷つけることは不可能。それが魔王が魔族とは異種族ながらその王となった所以だ。だからこそ、死期が近づいた魔王からは魔族が逃げる。魔力の暴走で巻き込まれて死なないために。自分達では魔王を『殺せない』ために。殺せるのはある例外だけ。

 だけど、僕はそう、ライナス様の言うとおり人間交じりだから、そのルールに全て一致するとはいえないのだろう。

 ライナス様は、微笑む。女性のような優美なその顔に浮かべられたその笑みは、かつての少年のような屈託の無いそれとは全く違う、穏やかな湖水の微笑みだった。

「さぁ、やってくれよ、相棒。いや、『勇者』様。……俺の命をとるんなら、オマエがいい」

 きっとこの魔王様は心底そう思ってこんなことを言っているのだろう。

 本気で言ってるってことくらいわかっている。けれど、それがわかっているからこそ僕は……。

「冗談でしょ」

 むかついた。


「何、楽になろうとしてやがんですか。アンタそんな殊勝な珠ですか。僕がアンタを殺しにきた? 自惚れも大概にして下さいよ。アンタ昔より頭ん中お花畑になっているんじゃないんですか?」

 ぐいと、酒の最後の一杯を呷りながら、如何にも忌々しげに、辛らつにいってのけた。ぽかんと、タレ気味のライナス様の赤い瞳が僕を見てまん丸に形を変える。そんな男の様子を気にするでもなく、ズケズケと僕は言葉を続ける。

「勘違いしねえでくださいよ。僕は見届けに来たんです」

「……は?」

「苦しいからって逃げようとしてんじゃねえですよ! アンタは『変わり者魔王』ライナスでしょうが! 後悔なんてしねえって顔して、いつも前向き馬鹿でデーンと構えてる。それがアンタでしょう。なら、グチグチしてんじゃねえってんです」

 今のあんたなど自分の知っているライナスじゃない。そう言わんばかりの僕の言葉を前に、はっと、ライナス様が息を飲み込む。

 ……自分でも酷な事を言っていることはわかっていた。目の前にいるのは、生きながらにして貪られ神経を侵されるような苦痛を味わいながら生きている相手なのだ。それは四六時中拷問を受け続けているに等しい。それを、14年狂いもせずに生きてこられたこと自体が奇跡のようなことだと知ってはいた。死を望んでいるのなら、僕の手にかかることを望んでいるというのなら、それを叶えるのが慈悲だと理性では理解しているのだ。それでも言わずにはおられなかった。

「アンタはまだ生きているんですから、だからもっと足掻いてくださいよ。我武者羅に生きてくださいよ。アンタらしくないことなんてしてんじゃないですよ。僕の知っているライナスは逃げたりなんかしねえんです!」

「……悪ぃ」

 すっと、今まで濁っていた赤い目に光が戻りだす。罰の悪そうな顔で、ライナス様はそんな謝罪の言葉を口にした。

「確かに、さっさと楽になろうなんて俺らしくなかったわ」

 魔力が上手く循環していない身体で、ごぼうのような足を起こしながら、苦笑しつつライナス様はそう言った。その病的なまでに華奢な男の体躯はわざと見ないフリをした。

「んじゃあ、これから足掻きの第一歩として、俺へ派遣される予定の勇者共なぎ払いに行くけど、オマエついてくるか?」

 蝋のように白い顔に、かつての少年の笑顔の片鱗をのせて、震えつつ問うてくる瀕死の魔王様。その痛々しくも、少しの輝かしさを残したそれに、僕は昔みたいな顔を作って皮肉っ気たっぷりな口調で、小ばかにしたように笑いながら言う。

「ふ、言ったでしょうが。僕はアンタを見届けにきたんだって。当然ついていきますよ」

 

「友達、なんでしょう?」


 

 ―――――六代目魔王ライナスが死んだのは、この4ヶ月ほどあとのことだった。



 ご覧いただきありがとうございます。 

 ちなみにマディウム大陸は、本来日本+台湾くらいの大きさの島なのですが、魔界と融合しているせいで、実際の広さはオーストラリア並みにでかいと思ってくれてよかとです。

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