祭り特派員
end その1
日が暮れて、月が空の上に昇る頃。
その場所は、灯りに満ちていた。
年に一度の盆踊り。町の人々は、踊り、屋台、雰囲気、それぞれ様々な楽しみ方で祭りを楽しんでいた。
そこを、一人歩く少年の姿があった。
日が無いというのに帽子を被り、鍔を前にして顔を半分隠している。まるで目立たない為の出で立ちだが、灯りに照らされたその帽子を被る姿は、逆によく目立った。
「おぅ、そこの帽子の兄さん!」
なので屋台の男性に、声をかけられた。
「……」
帽子の少年は無視せずに、呼ばれた男性が店主をする屋台の前へと立った。
「どうだい、一つ三百円だぜ」
黒く日に焼けた男性の屋台は、りんご飴を売っていた。
小さめなりんごを飴でくるんだものがずらりと並んでいる。その内の一つを取り、帽子の少年へと向ける。
「あー、甘いもんはちょっと」
しかし帽子の少年はりんご飴の前で手を振って断った。
「そうかい、なら仕方ねぇな」
りんご飴を元の列に戻そうとした、
「じゃあアタシにちょうだい」
そこへ横から百円玉を3つ持った手が伸ばされる。少年の横に、眼鏡をかけた少女が立っていた。
「へい、毎度!」
りんご飴を列に戻さず、三百円を受け取ってからりんご飴を渡した。
「どもー。……てかアンタさ、帽子被って何やってんの?」
りんご飴を受け取った少女は、少年の帽子を指しながらそう聞いた。どうやら、二人は知り合いらしい。
「気にすんな、お前には関係ない」
「えー、そう言われると逆に気になるんですけどー」
「あ、ひょっとして兄さん、祭り特派員ってヤツかい?」
「……」
男性の問いに、少年は目を反らした。
「聞いたことあるぜ、祭り特派員。人知れず各地の祭りを見て回り、点数を付けてる集団。祭りの翌日に掲示板にその評価が貼られてるって話だ」
「マジ? そんなのがいるってのも笑えるのに、アンタその特派員やってんの」
けらけらと笑う少女を見て、少年は帽子の鍔を後ろへ持っていき、顔を見せた。
「あー、顔見せて良いんですか、祭り特派員さーん?」
「オレはそんなもんじゃねぇよ。お前知らないのか? 祭り特派員のルール」
「ルール?」
「オレの姉貴、実は昔特派員やったことがあんだよ。その時に聞いたんだが、ルールがあるんだ」
少年は右手を肩の高さまで挙げ、指を二つ伸ばした。
「一つ、その祭りの屋台を隅々まで調べること。オレが甘いのダメでりんご飴断った時点で、もうコレを破っただろ」
「んー、そだね」
少女はりんご飴を舐めつつ少年の話を聞く。
「二つ、祭り特派員はその存在を祭り関係者にバレてはいけない」
「バレたらどうなんの?」
「もしも祭り関係者にバレたら。分かるだろ? どうせなら高い点数を付けてもらいたいから、待遇されてしまう。でもそれじゃあちゃんとした評価にはならない」
「へー、お姉さんはどうだったの?」
「普通に一般客として楽しんでたから、バレなかったらしい。点数も高めにつけてたな」
「ふーん」
「つうことはよ、今どっかにその祭り特派員が居るってことだよな」
今まで聞いていた男性が空いた列にりんご飴を刺しながら呟いた。
「もうここは評価した後だったりして」
「初めてからもう何十人ってお客が来たぜ。変わったヤツは何人か居たが、もしかしたらその誰かだったのかもな」
「それじゃあさ、その祭り特派員、探してみようよ。アタシ達で」
「オレの話聞いてなかったのか? バレたらダメなんだぞ」
「別にバラして回るわけじゃないし、アタシ等祭り関係者でもなんでもないじゃん」
「そりゃそうだが……」
「どうせヒマでしょ? 一緒に回って特派員探そうよ」
「……まぁ、いいか」
「頑張れよ、二人共」
男性に見送られ、帽子の少年と眼鏡の少女は祭り特派員探しを開始したのだった。
「りんご飴、旨いか?」
「んー、なかなか。食べる?」
「いや、旨ければいいんだ」
「?」
―――翌日、町の掲示板には祭り特派員の評価シートが貼られていた。