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盗賊 LEVEL2

ファンタジーが最近書きたかったので、頑張って書いてみました、どうぞ御一読よろしくお願いします。

 賊、彼はそう呼ばれる存在。そして、彼はその仕事の最中である。

「くそ……今日はやけに厳重だな」

 そう毒づく彼の名前はジャック、この街に流れ着いた盗賊である。

 彼が何度も忍び込み、銀の食器などを盗んでいる、普段は警備がずさんなはずの教会。しかし、今日は予想以上に騒がしく人が多い。普段絶対にいないテンプルナイトまでもが教会の中を巡回している。

「しかし、俺達が見回りをする必要があるのか、アレがここにあることなんて、誰にもわからないだろ」

「仕方ないさ、これも大事な仕事であることは間違いないんだからな」

 テンプルナイトたちは重そうな鎧を身に着け廊下の奥へ歩き去る。

 何かの宝具でもあるのだろう、そんな訳の解らないモノに関わって捕まるのは真っ平御免である。そう思い、今日のところは引き下がろうとする。

『おい、お前賊か何かの類か?』

 ビクリと髪まで逆立ちそうになり、今後の牢屋での生活が脳裏に走る。

『何をビク付いているのだ、お前に少し頼みがある』

 テンプルナイト達とは様子が違う、その口調は焦り切迫していることを隠しきれていなかった、それに何より声の主が見当たらない。

『私を盗み出して欲しいのだ』

 ジャックは声の主が誰かを理解する。声の主は「宝具」で、ソイツは自分を盗んで欲しいと頼んでいるのだ。

「冗談じゃない、面倒事に巻き込むな」

 吐き捨てるようにそう言うと、その声はしばらく黙る。

 彼は諦めたのかとホッとすると、突然クリスタルの光に照らされる。

「何者だ!!」

 今度は間違いなくテンプルナイトだった、宝具の声に気を取られて、気付くことが出来なかった。

「くそっ」

 転びそうになりながら、駆け出す。重い鎧を着ている奴らが追い付くことはないが、こうしている間に教会の出入口はすべて封鎖されてしまう。そして、逃げられないようにジリジリと追い詰められて行くのだろう、そんな考えが彼の頭を駆け巡る。

『おい、私を盗めば逃がしてやるぞ』

 宝具はそう言ってジャックを唆す、それを聞いて彼は呻くように口を開く。

「場所はどこだ」

『いい返事だ、そこの角を曲がり階段を上がれ、そしたら目の前の窓から外に出て、そのままヘリを伝って左へ進め』

 階段を駆け上がり、壁をよじ登り窓を開く。そこから飛び降りて逃げようとも考えるが、下にはナイトがクリスタルを光らせながらウロウロと見回りをしている。

『ほら、早くしろ』

 音を立てないように、下に落ちてしまわぬように、ゆっくりと慎重にヘリを歩く。

『そのまま真っ直ぐ』

「真っ直ぐって言っても道がないぞ」

 ヘリは先で途切れてしまって、その先には闇が広がっている。

『飛べ』

「くそ」

 そう毒づいて、ダッと闇へと飛び出す。

 そんな彼に訪れた一度目の衝撃は、ガシャンと何かが割れて散乱する音と共に訪れる。そして、二度目の衝撃は、ガンッと何か硬い物に当たる音と共に訪れる。三度目の衝撃は、ゴシャンッと今までぶつかった物と一緒に何かを潰すような音と共に訪れる。

 失いそうになる意識の尻尾を捕まえて、強引にそれを手繰り寄せる。

『もう少し上手く着地出来ると思っていたが、まぁいい早く起きろ、捕まるぞ』

 ソイツに言われて、身体の悲鳴をあちこちから聞きながら、ズルズルと身体に鞭を打って立ち上がる。

 彼の足元には巨大な十字架が横たわり、目の前には集まったナイトがズラリと並ぶ。

「はは、捕まったも同然じゃないか」

 力無くジャックは笑う。しかし、宝具は彼の足元で余裕そうに文句を言う。

『諦めるのは私を掴んでからにしてくれるか?』

 そちらを向けば、銀の装飾のされた鞘に入った一振りの剣が置かれている。

 彼がその剣に気付くと、ザワリとナイト達が困惑の声を上げる。その剣がそれである、間違いない証明であった。

「ウオオォ」

 恐怖から一人のナイトが駆け出してハンマーを振りかぶる。

『私で受け止めろ』

 そう言われる内に剣を拾い、鞘に収まったままでハンマーを受け止める。

ギィンッ

『上出来だ』

 本来ならばハンマーで叩かれれば、剣など鞘ごとへし折られてしまうが、その鞘には傷一つ付かずに、逆にハンマーがビシビシとひび割れる。

『私を抜け』

 剣に言われなくても、柄を握り引き抜こうとするが、剣は鞘から抜けない。

「なんだ、錆びてるのか?」

『私が錆びる訳ないだろう、愚か者。しかし、抜けぬのなら仕方ない』

 ビシッとハンマーに致命的な亀裂が走り、砕けたその破片がまるで散弾のようにナイト達が並ぶ方へ弾け飛ぶ、それにより彼らは怯み困惑する。

「少々荒っぽいが、手段は選んでられんな」

 ジャックの意志とは関係なく、彼の口が間違いなく宝具の声を出す。

「っ―――――……」

 彼は全く余興しないことに、文字通り声にならない声を出すと、次に唇は宝具の言葉を喋る。

「落ち着け、少し荒っぽいと言っただろう」

 怯んでいたナイト達は体制を立て直し、混乱している賊と宝具に各々の武器を手にして駆け出す。

 その後の身体の動きは、彼の意思とは全く関係なく、目の前を素早く何かが飛び去る瞬間に目を閉じてしまうのと同じように、まるで自分の命令が身体に伝わらず、別の何かに身体が従っているような感覚に陥る。

 事実、その感覚は間違いではなく、その命令を送っているのは、他でもない彼が持つ剣なのである。

「ハアァ」

 ナイトが正面から剣を振り下ろす、刃が身を裂く前にその手首を素早く鞘の先で上へ弾く、その衝撃でナイトの強く握り締めていたはずの柄は簡単に手から離れて宙を舞う。

 左右から迫る鈍器を確認しながら、正面に立つナイトの胴を素早く鞘で打ち抜き、彼がそれを知覚する頃にはその背後に立ち左右から迫る鈍器を避ける。

 この一連の動きと、この後の動きを知ることが出来たナイトはいない、見ていられた人間は身体の持ち主であるジャックのみであった。

 数の上で優勢なナイト達は、自分達の絶対的劣勢を理解出来ぬまま彼の持つ宝具へ立ち向かう。

 ハンマーを持ち襲い掛かるテンプルナイトの内に入り込み、素手でその鎧に触れる。

「はっ」

ビキッ

 触れていた部分を中心として鎧が歪む、宝具がテンプルナイトから手を離すと、彼はゆっくりとその場に崩れ落ちる。それが特殊な種族が持つ力だと知る人間は、ここには一人しか居なかった。それはジャックでも、もちろんナイト達でもない、この騒動を目撃していた一人の歴史に詳しいシスターだった。

 次にナイトが側面から切り掛かる、その軸足を鞘で素早く叩き転ばせ、その顎を蹴り上げる。

 その隙を付き、ジャックの背中目掛けて放たれた、鎖に繋がれ棘の付いた鉄球、それを踊るようにターンして、躊躇することなく拳で殴り持ち主の頭に打ち返す。そのまま左右のナイトにもテンポよく鉄球を殴って顔を打ち抜いていく。

 棘の付いた鉄球を素手で叩いたというのに、その手には傷はない。その手に鎧を歪めた力と同じものを使っていたのは明らかだった。

 倒れるナイト達を見渡し、少し視線を上に向ける。

「さて、後は」

 そう言う最中に姿を消し、二階で詠唱準備していた魔術師の前に現れる。

「ひぃっ」

 魔術師は喉から高い声を出して、ペタリとその場に尻餅を付く。

「申し訳ないが、私も手緩くするつもりはないんだ」

 眉を残念そうに曲げて、ゆっくりその場から動けない彼に近付く。

 その時、側面から黒い何かが宝具の歩みを阻むように飛び出る。

 瞬時に宝具はそちらに反応して、鞘付きの剣を振るおうとするが、ピタリとそれを止める。

 その黒い塊は、身体に押さえ付ける。細い腕で振り払われぬよう力一杯締め付け、細い脚で進ませまいと目一杯踏ん張る。

「早く逃げてください」

 この騒動を見ていたシスターは、腰を抜かし四つん這いになりながら逃げようとする魔術師に言う。

 それを嘲笑うように、宝具が踵でカンッと一度床を叩くと、魔術師の居る床が円くくり抜かれ落ちる。

「あっ」

 派手な音を立てて彼が落ちるとバッとシスターが離れる。

「貴方は動けぬ者にそんなことをして恥ずかしくないのですか?」

 指を刺してきつく宝具を睨む、そんな彼女に対して、軽く溜め息を吐き出す。

「残念だが、動けぬ者に何かしようとしたのはそちらが先だ、悪く言われる筋合いなどないのだが」

 彼女が「何を…」と言いかけたところで、トンッと頭を鞘で叩く。

「知らぬのは問題だが、それを教えぬのは勝者の特権と言ったところか……」

 鞘で叩かれ、糸が切れたようにゆっくりと崩れるシスターの身体を支え、脇に抱えるように持ち上げる。

「さて、帰りはどちらだろうか」

 夜明け前の教会から急ぐことも無く歩き去る。

 教会の敷地から出ると、困ったと辺りを見渡す。

「ああ、帰り道も帰る場所もわからんな、持ち主よ帰り道をイメージしてくれないか」

 自分の裏側にいるジャックの意識にそう言うと、彼は反射的にそれを思い起こす、彼がイメージすると同じように、宝具にもイメージが浮かぶ。

「あまり遠くはないのか」

 なるほどと呟きながら、そのイメージ通りに進み、すぐにジャックの住家に到着する。

「あまり綺麗ではないな」

 床に転がる瓶を蹴りながら、椅子にシスターを座らせて、力を入れれば簡単に解けてしまいそうな程軽く縛っておく。ジャックの身体はベッドへ横たえ、剣である自身はシスターの膝に乗せて手を離すと、ジャックの身体から力が抜けカクンと深い眠りに落ちる。

「ふむ」

 静寂の中で、人に宝具と呼ばれる“彼女”は自身の新たな持ち主となった盗賊について考える。

「未熟者だな」

 一言だけ仕方ないと言いたそうな口調で発音して、どちらかが目覚めるまで黙ることにする。


―――――――



「本当に私を……」

 覚醒仕切れていない意識の中で、彼は声を聞く。

「ああ、私は君がこの場所を……」

 身体が重い、意識もまるで深い霧に包まれたように考えることが辛い。

「それだけのために私を……」

「そうだ、私は……」

 だれか二人が話をしている、それだけが理解できる。しかし、それ以上は考えられない。

「わかりました、それでは私は……」

「ああ、また……」

 意識が徐々に闇へ引きずられる、そのまま闇の中へ沈んでいく。

 そして、彼のその意識が目覚めるのは、かなりの時間が経過してからだった。

 ベッドの上で上半身を起こして、身体がズンッと重いことを感じる。

「やっと起きたか」

 自身を盗ませた宝具は椅子に立て掛けられている。それを見て、ふとジャックに疑問が浮かぶ。

「そこに座っていたシスターはどうした?」

「帰したぞ」

 サラリと重大なことをソイツは言う。

「帰した?何故そんなことをしたんだ」

 慌ててジャックが重い身体をベッドから乗り出す。

「私の用事が済んだからだが、何か用があったのか?」

「用事とか、そういう問題じゃなくてだな、そのシスターが居場所を話したら」

「ああ、それについては平気だ、彼女を逃がして丸一日経っているが、私を取り戻そうとする兵はここに来ていないからな」

 丸一日と宝具は簡単に言う、ジャックは一日以上の時間を眠っていたことになる。それに彼が驚愕していると、ソイツは少し申し訳ないと言いたそうな声を出す。

「逃げるためとは言え、少々無理矢理にお前の身体で私の力を使ったからな。傷は付けていないはずだが、 酷い疲労感が身体に残っているだろう?」

 そこまで話を聞いて、根本的な疑問が彼の中で浮かび上がる。

「鞘から抜けなかったり、身体を操ったり、お前は一体どんな宝具なんだ?」

「宝具?そうか、今は人が作ったモノ以外も宝具と呼ぶのか……今は人間の時代なのだから当然と言えば当然か」

 自分を宝具と呼ばれることに違和感が有るように言う。

「しかし、人間の尺度に合わせるのは気にくわんな。だから、私なりの自己紹介をさせてもらうぞ。私の名はミラークィーン」

 ミラークィーンと名乗る剣は、疑問符が頭に浮かんでいるジャックを無視して、そのまま自己紹介を続ける。

「過去にはアーティファクト、お前達人間にはバランスブレイカーと呼ばれる代物だ」

 彼女がそう言うが、やはり理解出来ていないようで、ジャックは首を傾げて見せる。

「あの女とは大違いだな。良く聞け、アーティファクトとは古代文明の遺産だ、神が作ったとも、世界が作ったとも言われているモノだな。ちなみに私の事はこの剣に憑依した魂だと考えてくれて問題無い、ミラとでも呼んでくれ」

 彼女は出来るだけ簡単に丁寧に教えていくが、ジャックが理解できているようには見えない。

「とりあえず、お前が特殊で強いと言うのは理解できた、ただそれが鞘から抜けない理由はならないだろ」

 どうにか理解できた部分について言うが、続いて残っている疑問を口にする。

「それは、お前のLEVEL不足だ」

 その疑問に対してミラは簡潔に答える。だが、ジャックは彼女を疑うような顔をする。

「LEVELだと?旧世界の頃、しかも竜族の使っていた武器だとでも言うのか?」

「ほう、よく知っているな、ちなみに私を鞘から抜くには、LEVEL10は必要だ」

 突然にLEVEL10と言われて、彼は難しい顔をして見せる。

「そのLEVEL10ってのは、具体的にどれくらいなんだ?」

「そうだな、一人いれば敵が倍数以上の戦場がひっくり返せる指揮官が、LEVEL10に価するだろうな」

 それを聞いて、ジャックは愕然としてしまう。

「待て、そんなことが出来る奴なんて数えるほどしか居ないぞ」

「お前に言われて具体例を挙げただけだが。まぁ、それだけLEVEL10の者が少ないと言うことだ」

「ちなみに、そのLEVELの尺度だと俺はいくつなんだ?」

 自分を指差しながら、気になっていた部分を質問する。

「そうだな、大体LEVEL1かLEVEL2と言ったところかな。いや、盗賊の技能が少しは有るようだから、LEVEL2くらいが適当か」

 自分を鍛えるつもりが無ければ、普通LEVELは上がることはない、その気のない者達は生涯でLEVEL2程度しか上昇しない。

「厄介なモノを盗んだな……」

「ついでに、その厄介なモノのおかげで、この街からは出ることが不可能になってしまったな」

「は?」

「今頃街の出入口には厳しい検問があるだろうな、バランスブレイカーが盗まれたことを大事にはしたくないが、外に出てしまうのは問題だからな」

 ミラは「人間はそういう生き物だろう?」と言い足して話を続ける。

「そう言うことだ、捕まりたくなければ、私に従う他ないな、私なら少しは街から出る策があるぞ」

 彼は口からは呻くような声を出す、しかしすぐにハッと気付いたような顔をする。

「策ってどんな策だ?まさか、強行突破とか言わないでくれよ」

「それも策の一つに入っているのは間違いないか、もちろん最終手段だがな」


 ジャックが「それ以外の手段は……」と言いかけたところで、外へ繋がる扉がコンコンとノックされる。彼の身体がビクリと跳ねる。

「ほら、街を出る手段があちらから来てくれたぞ」

どうだと自慢をするようにミラは笑う。

 ジャックはこの剣に裏切られたのかと考えながら、覚悟を決めて身体を引きずり、深呼吸してから扉をゆっくりと開ける。

「あ、起きていましたか」

 ちょうど扉を開けようかと考えていた相手が、バスケットを持って立っていた。

「起きていたならちょうど良かった、食事をお持ちしましたよ」

 白い布を乗せたバスケットの中には、パンとハムとチーズ、そして瓶に入ったワインが入っていた。

「なんだ?」

 一歩後ろに後退ると、その一歩を目の前の彼女が踏み出す。

「どうしました、ミラさんに話を聞いてないんですか?」

 彼女は奥の部屋にある剣の名前を口にして首を傾げる。

「どういうことだ?」

 誘拐したはずのシスターがわざわざ食事まで用意して、その犯人に会いに来ていた。


―――――――



 話しは少し前、捕われた彼女が目覚める時まで遡る。

「ん……」

 うっすらと目を開く、彼女は意識が半分ほど覚醒すると、無理矢理残りの半分を覚醒させて周りを見渡す。椅子に縛られ、目の前にはベッドに横たわる男。

「ここは……」

 すぐに、自分の置かれている状況を整理する。あの場所で兵士を守ろうとして賊に頭部を叩かれ気絶させられた。そして、今見知らぬ場所に縛られている。それらを統合して考えると、目の前にいる男に気絶している間にさらわれたと考えるのが、一番しっくりと来る。

「起きたのか」

 不意に膝の上から女の声がする、ゆっくりと視線をそちらに向けると盗まれた剣が膝に乗っている。

「貴方は……」

「……その顔は、何か私に言いたげだな」

 剣が発する声の口調と雰囲気は感じたことがある。それは、気絶させられ薄れゆく意識の中で聞いた声と同じ。

「私はハンナ・クルセイド、今すぐにこの縄を解くことを要求します」

「残念だ、今すぐにそうしてやりたいところだが、私には立ち上がる脚も、縄を解くための手もない、だから君を解放することは出来ない。ただ話し相手程度なら出来なくはないが」

 「残念、残念」と心にもないことを言って剣は笑う。

「貴方はミラークィーンですね、竜族の使った武器だと……」

「よく知っているな」

「一時的でも私たちの祈りの場所で預かることになるモノですから、それくらいは調べました」

 横たわる男を気にしながら静かに言葉を口にする。

「安心していい、ソイツは当分起きないだろうからな」

 心の中を見透かされたように剣にそう言われ、視線を膝の上に向ける。視線の先の剣は言葉を続ける。

「“私”のことは調べたのか?」

「……第十二代女帝であり竜族の最後の女帝、ミラ・シルバー・ルーン」

 声の名前を言葉にすると、剣の笑い声が部屋に響く。

「なるほど、そこまでよく勉強したな、それで私はどんな竜なのだ?」

「世界を我が物とした凶悪な竜だと、それを人は剣に封印したのだと」

「ふむ……なるほど、そうか、今ではそう語り継がれているのか」

 剣は少し寂しそうに言う、その様子にハンナはその様子に不思議そうに首を傾げる。

「何か間違っていますか?」

「間違えていないさ、そう記されているならそれが真実なんだろうな、ただ真実とその時の事実は違うものなのさ」

「その時の事実……」

 彼女が調べた教会の書物が真実だと言うが、それは事実ではないと言う、剣はその“事実”についてゆっくりとした口調で話し始める。

「私の知る事実は竜族の女帝としての事実だ。確かに竜族は世界を制するほどの種族であった。しかし、私は世界を我が物にしたつもりなどなかったさ、それよりもこの世界をどうやってより良く改革べきかを考えていた。産まれも寿命も生活も違う全ての種族がどうすれば幸せに生活出来るか、私の日々はそればかりだった」

 昔を懐かしみ嬉しそうに剣は話す。しかし、ここでその声は急に沈んだものになる。

「ハンナと言ったな、君は竜殺しの武器を知っているか?」

 突然名前を呼ばれて、話に耳を傾けていた彼女は少々驚くが、それについて自分が知ることを話す。

「えっと……竜を殺すことに特化した、剣、斧、鎌、槌、鞭、弓、槍、杖、爪、暗器の十種類の形をした十の武器だったような」

 そう言われてミラは感心したように声を漏らした後で、続きを話す。

「そう、私たちが世界を統一したことが気にくわなかった天神が一者一つ造り、人間に手渡した武器だ」

 ガタリと椅子が揺れる、ハンナの身体は小刻みに震えている。

「嘘、魔神ならともかく、天神が地上の統一を、平和を望まないはずがない。もし、そうだとしてもそれは竜族が他の種族を虐げていることを見兼ねて、天神が手を下す替わりに人に武器を託したはず」

 首を必死に横に振り、声を荒げてミラの言葉を拒否する。

「言っただろう、これは私の知っている事実だと。それに、天神と魔神の違いなど、私たちからすれば地上に頻繁に介入するのか、殆ど介入しないのか、その程度の違いだ」

 ハンナとは対照的に剣の声は落ち着いていたが、その声は人の芯に響くような声だった。

「貴方の知る事実ですか……」

彼女にはそれを否定するモノがない、なぜなら彼女が読んできた中に、捩曲げられていない史実が記されていると考えられる、原書が存在していない為である。

「神は人ひとりに対して特別なことをすることはない、やるならば国単位や種族単位の介入だ」

 随分と大雑把で迷惑な話だろ、とミラは笑う。その笑いの裏にある絶滅を感じながらハンナは口を開く。

「その介入により貴女は剣に封じられた」

「自分から封じた、と言うのが正しいがな」

 そして、ミラは続けて「真実とは勝者が造るもの、それが敗者の事実と違っていたとして、敗者の事実は受け継がれることはない」と静かに付け足した。

「貴方の事実では、私たち人間が神に選ばれたから、竜殺しの武器を託された訳ではないのですね」

「そうなるな。しかも、その後竜族と言う力を失った大陸で魔族による人族への宣戦布告が起こり、侵略が始まった。人族は竜族との戦いからの連戦も相まって、この大陸の半分を魔族に奪われる形になり停戦した。私たち竜族が大陸からいなくなって、最も歓喜したのは魔族だろうな」

 彼女が言う魔族の侵略とは、それから開戦と停戦を繰り返しながら数百年前から今まで続く、魔族と人族との大戦の始まりであることをハンナはすぐに察する。

 しばらく、二人の間に静寂が流れる。ハンナは今までの話しを噛み砕く。言い伝えられた真実よりも、剣が知る事実の方が話しが通っている。しかし、その話しの中での違和感の正体を探す。彼女がそれを探し当てるのを、ミラは静かに待っている。

「一つ、気になる部分があります、神が竜族を気にくわないと思う理由はなんですか?」

 ハンナは内にある疑問をミラにぶつける。

「私は神から直接宣戦布告された訳ではないから、正確にはわからんが、理由なら神が人に武器を渡した時に言った言葉に関係が有る可能性も考えられるな」

「……なるほど、確かにそうなりますね」

 納得するように彼女が言った所で、ミラは少し意地の悪い口調で話し始める。

「そう言えば、君の縄はそんなに強く縛った覚えはないが、少し頑張れば解けるんじゃないか?」

 そう言われて、ハンナは縛られた手首を少し動かす、するとすぐに手が抜けそうな隙間が出来る。

「少し足掻けばすぐにボロが出るものさ、真実と似ているだろ?」

「……そうかも知れませんね。しかし、本当に私を逃がしていいんですか?」

 縛られていた手で足首を縛る縄を解いていく、こちらも緩くすぐに解ける。

「ああ、私は君がこの場所を喋ったりしても構わないさ。私の君を捕らえた目的は事実を伝えることだけだ……」

 自由になった足で立ち上がり、剣を手に持つ彼女と楽しそう話しを続ける。

「それだけのために私をここに連れて来たと言うの?」

 ハンナは剣を教会に持ち帰る気は起きず、自分が今まで座っていた椅子に立てかける。

「そうだ、私は君が真実を疑うことを知って欲しかっただけだ」

 ハンナが知る真実を否定した剣は笑う。

「わかりました、それでは私は戻ります、またお話を聞かせてください」

 身体の埃を払い、彼女は一度剣に対して頭を下げる。

「ああ、また機会があれば話をしよう」

 頭を下げるハンナに剣はそう言う、それに対して彼女は微笑みを返して、床の瓶をコツンと蹴ってからその部屋を後にする。


――――――――


 人間は知識に貪欲だとハンナはつくづく思う、あのミラと話してから言い知れぬ不安からソワソワしてしまう。それはあの剣がまた捕われてしまわないかと言う心配でもあった。

 そんな彼女の頭の中は「私の信じた歴史は間違っていたのか?」、「本当の歴史はどんなモノなのか」などで一杯になってしまっている。

「ハンナ、貴方も大変でしたね」

 彼女がボーと考え事をしていると、不意に先輩のシスターからそんなことを言われてフッと我に返る。

「アルマ姉様、えっと私が大変と言いますと?」

 ハンナは先輩に対して、自分の今まで置かれていた状況を考えず、反射的で簡単な返事をしてしまう。

「もちろん、昨晩の騒動のことよ」

「あ、そうですね……でも、あれも一つの試練だと考えています」

 慌てて取り繕うが、神を疑い始めた自分が言うと、なんとも薄っぺらい言葉だと思えてしまう。

「試練ねぇ、それでも宝具なんて簡単に引き受けるべきではなかったわ、上に逆らえるかはわからないけど」

 試練と言うハンナに対して、アルマは盗まれた宝具のことや、賊の被害を受けて砕け散ったステンドグラスと倒れた十字架、穴の開いた床のことを考えて溜め息を吐き出す。

 そんな悩める先輩を無視して、ハンナはまた剣の話しに思いを馳せている。

「ハンナ、聞いている?」

 いつになく自分の話しへ入って来ないハンナの様子を疑問に思うが、すぐにその疑問は意味ありげな微笑みに変わる。

「なるほど、貴方を守ってくれたナイトの安否が心配なのね?」

 彼女がナイトを助けようとしたことも知らずに、「ハンナも年頃なのね」と納得するように何度か頷く。

「いや、そんなことは……」

 突然予想外の言葉を投げ掛けられ、首を振って否定するが目の前の彼女は微笑んだまま口を開く。

「恥ずかしがらなくていいのよ、それに医療施設に送られたナイトの全員が無事だっらしいから、安心しなさい」

「え、本当ですか?」

 そう言われてハンナの顔はほころんでしまう、それは竜の女帝が人を殺すような存在ではないことへの安心と、その女帝を尊敬する表情だが、その表情を確認して確信したようにアルマは笑う。

「やっぱり、気になっていたのね」

「あ、違います、そういうことじゃないです」

 アルマに違う意味で伝わってしまい、彼女は慌てて弁解しようとするが、その唇を指で押さえられる。

「そんなに、恥ずかしがらなくていいのよ」

 唇を押さえられて、これ以上説明することを諦める。

 竜の女帝からの受け売りだが、恋をしているように見えたのなら、それが彼女が姉と敬愛するアルマの感じた事実なのだと考えることにする。

 ハンナはゆっくりと唇に触れているアルマの手を、包むように両手で掴む。

「姉様……」

 優しく微笑みながら「何かしら」と首を傾げる彼女の表情を見つめると、心がざわめくが直ぐにそこに決心を付ける。

「私、旅に出ようと思います、世界の教会を巡りたいのです」

 ミラと話してから半日の間考えていたことを口にする。言われアルマは少し驚いたように眉を動かすが、すぐに優しく微笑み、ハンナの手を握り引っ張るように歩き出す。

「ちょっといらっしゃい」

「あ、アルマ姉様?」

 引っ張られるままに歩き、到着したのは昨晩賊の襲撃を受けた礼拝堂。

「旅に出るのはわかったけれど、貴方は剣は扱えるかしら?」

 並んだ椅子をカパリと開き中からクレイモアを取り出して見せる。

「えっと、姉様?」

 ハンナはキョトンとしていると、アルマはクレイモアを手慣れたように握り、ハンナや椅子に当たらないように二、三度振るう。

「これは貴方には重いかしら」

 手応えを確かめハンナの使うことを考慮しながら、椅子の中へ片付ける。

 ハンナはそんな状況を目の当たりにして、混乱を隠せない。確かに教会が大量の武器を所持していることは知っていたが、まさか礼拝堂の椅子の下にそれが隠されていたとは思いもよらず、戸惑ってしまう。

「これはどうかしら」

 今度は刺突剣を手に持ち、鞘から抜いてヒュンヒュンとクロス描くように振るう。

「姉様、私はそういう物は……」

 武器の扱いに慣れている目の前の彼女に、怖ず怖ずとハンナは言う。

「そういえば、ハンナは戦士団には所属していなかったわね」

 それじゃあ武器を扱うのは難しいか、と考えながら鞘にレイピアを納めて椅子の中に戻す。

「使い慣れていない物を扱っても怪我をするだけね、誰かお付きが必要かしら?」

 椅子をパタンと閉めて、ハンナに付き添う誰か適当な人間はいないかと考える。

 武器を華麗に扱うアルマに圧倒されていたハンナは、かろうじて次の言葉を声に出す。

「あの、私の知り合いに付き人になってくれる方がいるので」

 ピクリとアルマの眉が動く。その瞬間から、彼女の視線はハンナへの不信が含まれる。

「そうなの、それならその人にお願いした方がいいわね」

 しかし、口からは肯定的な言葉が出てくる。いつの間にか視線からは不信は消えているが、彼女はハンナに対する不信を飲み込み、吟味しながら微笑んでいる。

「せっかくの気遣いですが、断ってしまい申し訳ありません」

 アルマが不信感を覚えているとは知らず、ハンナは頭をペコリと下げる。

「では、私は仕事に戻りますね」

 そのまま理由を付けて、礼拝堂から歩み去る。

 ミラの持ち主を付き人にする約束などしていないが、ハンナの求める事実に行き着くにはそれ以外の方法が無かった。

「……」

 残されたアルマはクリスタルを一つ取り出す、緑色の輝きの中に白い文字が浮かび上がる。

 軍の幹部に通じている者が持つことを許された通信用のクリスタル、その中に白い文字が浮かび上がり霧のように消える、それを数回繰り返してから、彼女はクリスタルをしまい溜め息を吐き出す。

(ごめんなさいね)

 声には出さずに心の中で呟く。

 教会の者が教会の目が届かぬ所へ行くことは了承できない、ハンナのような由緒正しい家名を背負う者はなおさらである。

 教会のやり方が牢獄のようだと感じることは多々ある。しかし、それ故に守られていることもあるのだと、同じように名家の出であるアルマは考えながら、礼拝堂を後にする。


―――――――



 時は進み、話しは戻る。二人と剣が集う盗賊のねぐら。

 来客したハンナと簡単な自己紹介を済ませて、彼女が持ってきたパンとハム、そしてチーズをジャックは食す。

 身体が食事を欲しているのがわかるほど、口に入れた瞬間に唾液で食料が湿り、二、三回噛むだけで喉の奥に難無く飲み込まれていく。

 自分自身が空腹であるのは間違いないが、ここまで身体が食料を受け入れていることについて、左手に持つ剣がどんなことをしているのかを考えようとするが、すぐに考えるだけ無駄だと考え、食事に集中することにする。

 ワインの満たされた瓶をグイッと傾けて、ゴクリゴクリと喉に流し込む。

 食事を終える頃には重かった身体は大分軽くなっていた。

「人間は良いものを食べている割には、それを力にするのが下手だな」

 ミラと名乗っている剣は、持ち主の治癒能力を活性化させながらそう言う。

「それにしても、便利な力ですね」

 三人分の食事をたえらげたジャックを見ながら感心したように、この場所に一度捕まったハンナは言う。

 あの時とは、服装が少し異なりピッタリとした動き易い物になっている。しかし、肌の露出が少なく、深い色合いをしていること、 そして修道服であることは変わっていない。

「ありがとう、助かった」

 久しぶりにたらふく食べたのだろう、彼は幸せそうに笑う。

「いえいえ、お気になさらず」

 空になったバスケットを床に置いて、ハンナは首を横に振る。しかし、本心が付き人になって欲しいなどと言えるはずもなく、その機を伺う。

「こう言う時は神に感謝した方がいいのかな?」

 彼女の考えとは裏腹にジャックは軽口を叩く。だが、自身を誘拐した犯人に対して、突然食事を持って来た彼女を疑わずにはいられない。

「賊のくせにまともな事を言うのだな」

 剣は持ち主に対して窘めるように言う。

 この中で状況とそれぞれの思惑を知る剣は、二人の様子を見ながら少し呆れてしまう。

(相手の意思がわからないと、自分の意思が言い出せないのか、人間とは難儀な生き物だな)

 自分の意思をすぐに伝えることが多い竜族の女帝は、目の前で行われている二人の会話に仕方なく介入する。

「二人に私から一つ頼みがあるのだが、私にかけられている呪いを解く手助けをして欲しい」

 静かだが心の芯に響くような、特徴のある声で剣は話す。

「私はいいですよ」

 目的がハッキリとしているハンナはすぐに返答をするが、ジャックは少し考えて口を開く。

「見返りはなんだ?」

 盗賊の性分だろうか、相手を信用することよりも、確実な見返りを求めてしまう。それが自分の利を失い、己の首を絞めようとも気付かない、それ程に他者を信じるのは恐ろしいのだ。

「もちろん、見合うモノを用意するが。前金として、この街から生きて出してやると言うのはどうだ?」

 彼が疑うことを知っていたように、剣は自信満々な口ぶりで、そんな権利もないのに笑う。

 しかし、その権利が有るハンナが頷いて見せる。

「それに関しては私が支援します、貴方を私の付き人として街から出します」

 ジャックはすぐに二人がグルになっていることを考えるが、盗賊一人を捕らえる程度でこの剣を利用する必要はないと言う決断にいたる。

「それに保証はあるのか?」

 ハンナは保身に走るジャックに対して、不快を覚えてしまい、それを言葉で発しようとするが、その前に剣が声を挟む。

「そんな保証はない。しかし、良く考えるべきだな、貴様が生き残るには、協力するしかないんだぞ」

 相変わらず説得力のある声で言う。そして、そのままゆっくりとした口調で続ける。

「両者に言うべきだろうが、今自らの望みがあるならば先に言うべきだな。もちろん今後増えることや変わることもあるだろう、しかしそれも承知の上で今の望みを言うべきだ。そうでなければ埒が明かないだろう、互いが疑っては何も始まらん」

 剣にそう言われ、二人の間に沈黙が流れるが、溜め息混じりにジャックが口を開く。

「言う必要が無かったと思っていたから、言わなかったのだが、俺の今の望みはこの街を生きて去ることだ」

 改めて言う必要もないだろうと言いたそうな顔をして渋々と答えて、ハンナに視線を向ける。

 ハンナはその視線に答えるようにゆっくりと話し始める。

「私は、歴史を……本当の歴史を知りたい、お二方には世界を巡る、その手助けをお願いしたいのです」

 彼女は、ジャックと剣に視線を向けて頭を下げる。

「利害は一致しているだろ。残りは私の目的か……私の呪いを解除すること、後は久々の世界を見物でもするかな」

 最後に剣が自分の望みを話す。そこでジャックは首を傾げる。

「さっきも言っていたが、呪いってのはなんだ?」

 ミラの事柄について詳しく説明されていないジャックは、そんな疑問を剣に向ける。

「ああ、キチンと話していなかったな、私はこの剣に呪いによって縛られている竜だ、だからお前には私を鞘から抜いて貰う必要がある、そうしなければ呪いが解けんからな」

 それを聞いて、ジャックの口がポカンと開く。

「簡単な話だ、旅の道中でLEVELを上げればいいんだからな」

 剣は笑う、ジャックは険しい表情を浮かべ、ハンナは首を傾げる。

「とりあえず、始めの目標はこの街を出ることだな」

 剣の言葉にハンナは「はい」と返事をして、ジャックはのそのそと旅の支度を始める。


――――――


 話が決まれば案外にすんなりとジャックは街を出る決意が出来た、思い入れのあるようなことは教会に盗みに入っていたこと程度で、特に街に未練などなかった。

 ジャックはローブを纏う自分の隣に立つ、ハンナと名乗るシスターも同じように決心を付けてきた、そう考えていた。もちろん、彼女はそれに見合うだけの意思と行動を示していた、彼女は決心が出来ている。しかし、未練があるのは彼女ではなく、彼女を取り巻く環境のようだ。

「アルマ姉様、どうしてここに?」

 ジャックがハンナに視線を向ける。彼女の表情を見ても、今の状況を彼女が望んでいないことを彼は判断する。

「ハンナ、貴方の言う付き人では心配だから、こちらで勝手に準備させてもらったのだけど……」

 その付き人が教会から来た自分の監視役だと、ハンナはすぐに理解して、ここで引く訳にはいかなかった。

 アルマの視線がハンナから、ローブを着たジャックへ移る。

「その人が貴方の付き人かしら」

 殺気、それを一番に感じたのは彼が持つ剣、ミラだった。

『お前の相手はあいつみたいだぞ』

 耳元で囁かれるよう伝えられ、ゾワリとした感覚を味わいながら言われた相手に視線を向ける。そこには金色の髪と青い瞳が印象的なナイトが立っている。

 ハンナと旅立つならば、灰色の髪の自分よりもお似合いだろう、そんなことをジャックは考えてしまう。

「お気遣い感謝いたします。しかし、気持ちだけお受け取りすることにします、私は彼と旅を共にすることを約束しています、それについては揺らぎません」

 しかし、彼の考えとは裏腹に隣に立つハンナは首を振り、申し出を拒否する。本当の歴史を知るためには、ミラの存在が不可欠であり、もしもミラと行動を共に出来たとしても、この付き人は歴史を調べる障害になりかねない。それを考えて彼女の申し出を断る。

 それを聞いてアルマはジャックに視線を移す、その瞳には明らかな怒りが宿っていた。

「そう、なら……その人が動けなくなれば代役が必要になるかしら?」

 ハンナが返事をするの前に、アルマの隣に立つナイトがジャックに切り掛かる。

ギンッ

 ジャックは素早く一撃目を短剣で弾く、格上の相手に対して身体能力で間に合わない力は、彼の背中に隠したミラが補っている。

ギンッ、シィン……

 ナイトの目算ならば相手は一撃を受け切れずに決着がつくはずだった。しかし、現実は相手の男は短剣を使い、自分の剣をあしらっていく。

 一方、ジャックも状況は良くはない、ミラの力の付与があるとしても、格上の相手に苦戦している。

『力むな、相手が見えなくなるぞ』

 彼が背負う彼女は冷静にジャックの状況を把握して助言する。

 冷静に一歩足を引き、剣の切っ先がギリギリで当たらない距離で、短剣を構えたまま避けることに専念する。

 目の前を剣が風を切り裂きながら通過していく、そんな刹那の中で相手の動きを冷静に判断する。ここからは踏み込んだ方が負ける、我慢比べであること、それをジャックは理解していた。

 それは、その時々で臨機応変に対処をすることを余儀なくされる、賊という職業の特性であるとも言える。

 それとは逆にナイトの動きは、ある程度の効率化と構造化が行われているため、臨機応変とは言えずに、二、三手避けられると踏み込んでしまう。

 踏み込んできたナイトの剣の切っ先を短剣でそらし、刃の上を走らせるように短剣を動かして、ジャックは懐に入り込む。

 もしこれが騎士同士であれば泥臭く、汚い戦い方だと品格を疑われ、顰蹙を買うことになるだろう。しかし、それを知らぬジャックは左手でナイトの首を掴み、そのまま彼の額に目掛けて頭突きする。

ゴッ

 ぶつかり合い鈍い音がする。強化と治癒をミラが行い、覚悟もしていたジャックと比べ、ナイトは完全な不意打ちをくらい、そのまま仰向けに倒れてしまう。

「ってぇ……」

 一筋の血が額から伝う、それを軽く拭い、渋い顔をしながらハンナを見る。

「シスターハンナ、この程度の怪我なら、旅の支障にはならないだろう?」

 ジャックのその顔はきちんと別れは済ませろ、そう言いたそうな表情だった。

 ハンナは今の戦いに面食らい、それどころではないのだが、無理矢理その状態から脱して、彼に返答をする。

「……そ、そうですね、支障にはなりませんね」

 ここでジャックから視線を外して、一拍入れる。この一拍で物事の整理を済ませ、事が全て思惑通りに進んでいることについて考え、次に話す相手に視線を向ける。

「アルマ姉様」

 視線の先のその相手も数秒前の自分と同じように、面を食らっている。

「彼の怪我も軽微なようなので、私は彼と旅を共にします」

 ハンナは一度頭を下げてから歩き出す、彼女が前を歩き去る瞬間にアルマは我に返り、憎悪の視線を後ろを歩くジャックに向ける。

「そんな睨まないでくださいよ、彼よりも俺が彼女のお付きの方が安心でしょう」

 すれ違い様にローブのフードを被り、口元だけを見せて彼は笑う。

 それに何も言えずに、アルマは立ち尽くすことしか出来なかった。


―――――――


 街の外、詳しく言えば防壁の外は、人や馬車が通る場所だけが自然と平たになった道がいくつかあるだけで、ほとんどが手付かずである。

「ハンナ様ですね」

 門の警備をしている兵士がハンナに頭を下げる。

「様付けはやめてください」

「いいえ、教会の方、更にはアルマ様のご友人なら尚更そうはいきません」

 彼女が言う言葉に対して、それは出来ないと首を横に振る。

 自分が力の下にいるのだと、残念そうに溜め息を吐き出す。

「では、お気を付けて」

 兵士は、一度ローブのフードを被ったジャックを見てから、頭を下げる。

「ええ、行って来ます」

 兵士に見送られながら二人は街の防壁から離れる。

 兵士が見えなくなった頃に道が三つに別れている、ジャックは背中から剣を取り出す。

「さて、これから何処へ向かうかが問題だな」

 取り出されて早々に剣は声を放つ。行き先についてはハンナとミラの会話になるのだろうと考え、ジャックは剣を持つ役割を果たすことにする。

「手がかりがあればいいのですが」

 竜族の女帝と修道女は二人で悩んでいる、剣を持っていたジャックがその沈黙に耐え切れずに口を開く。

「その探しているモノは何なんだ?」

「……それは、いろいろあるが、例えば古い歴史書や竜殺しの武器を持つ所持者の居場所がわかるモノだが」

 ミラはジャックに対して説明する、もちろん彼が知っていることなど期待していない。

「やはり、記録にある竜殺しの武器を受け取った人物の住んでいた場所を、一つ一つ調べる方が遠回りになるかも知れませんが、確実でしょうか?」

 ハンナは確実と言ったが、本当に持ち主の子孫がその武器を持ち続けているかも疑問であるため、確実と言えるほど確率の高いものではない。

 また彼女たちの間で沈黙が流れる。月日が掛かることは気にしていないが、目的のための行き先があやふやなままでは、到底達成できるとは考えられない。

「おい、ミラ」

「なんだ?」

「お前は、自分が竜だと言ったよな?」

「そうだな」

「竜殺しの武器の持ち主探しは、仲間の敵討ちのためか?」

 剣に向けてジャックが尋ねると、フンッと鼻で笑い、ミラが返答する。

「私を見くびるなよ、今さら復讐などに興味はない、戦争に駆り出された人間達にも、その子供にもなんの罪があると言うのだ。私は、ただ世界があれからどうなったのか、それを知りたいのだ」

 仇討ちなど今さら意味などないと簡単に言ってのける。そんな彼女が相手だからだろうか、彼はゆっくり口を開く。

「そうか、なら俺に一人竜殺しの武器を持っている知り合いがいる」

 それを聞いて始めに反応したのはハンナだった。

「本当ですか?」

 まるで彼が知っていることが信じられない。そんな驚きが表情に出ている。

 意外なことを話した彼に、ミラは落ち着いた調子でゆっくりと話し始める。

「……ジャック、私を信じてくれてありがとう、おかげで行き先の目処が立ちそうだ」

 その言葉はミラには珍しい安心したような声色であった。

 仲間を殺した人間が憎くないはずがない。しかし、彼等を信じなければならない、そして彼等に信じて貰わなければならない。そうでなければ、今は亡き同族たちのために何ができるのか、それすらも知らぬままになってしまう、それだけは生き残った自分がしてはいけないのだ、それが自身を剣に封じた彼女が己を支えるために出した答えだった。

「それで、その知り合いのいる場所はどこなんですか?」

 歴史的な物に対面する機会だと、興奮気味にハンナが催促するようにジャックに尋ねる。

「場所は、ここから南に行った港、マーメイドソングだ」

 マーメイドソング、その聞いた瞬間ハンナの顔が強張る。

「酷い名前の港だな、セイレーンにでも魅入られているのか?」

 その名前の由来を知らない、ミラは冗談混じりに言うが、その冗談があながち間違っていないことにハンナは溜め息を漏らす。

「そうだな、セイレーンに魅入られているよ、あの港は」

 頭に手を添えるハンナに変わり、ジャックはミラに話す。彼女は「そうか」と何故か楽しそうである。

 ハンナの気持ちとは裏腹に、行き先の候補はマーメイドソングしかなく、二人と一振りの剣は始めの行き先をそこに定めて歩き出す。



いかがだったでしょうか、似たような物語も有ると思いますが、それはその中に作者のオリジナリティを探すのが楽しいと思いますよ。

後、余談ですが、ファンタジーもいいけど、学園ものもよろしくね。

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