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第七話 ピーチ味のジュースをどうぞ

 戦い間近の控え室で正義は右手をぐっと握り締めた。今までの試合前ならば両拳に力を入れるところだが、左手がギプスに覆われていては仕方がない。現在彼の左腕は試合用ギプスとやらで肩から拳まで一直線にすっぽりと覆われて、わずかに指先が覗くぐらいだ。これは普通にギプスを首から紐で吊るすより、動きやすいようにと左肩から右腰へと体に密着してくくりつけられている。


 そんな窮屈さを我慢しながら大きく深呼吸を繰り返し、正義は胸の動悸を少しでも抑えようとするが彼の鼓動はどんどんペースアップしていく。

 体が「もう戦う準備は出来ているぜ」と告げているようだ。

 正義はこれでも試合経験は重ねてきているが、左目の負傷後は初の公式な試合だ。どうしても緊張が拭えなかった。

 

 かえって一学年下の悟の方が落ち着いているようだった。

 正義がいつもの長ラン・ボンタンといった面積の広い改造制服に左手のギプスがアクセントを付けているのに対し、悟は上半身裸で下にはビキニタイプの水着のボディビルダーのステージ衣装だ。

 悟いわく「この輝かしい肉体を隠すほうが罪です」との意見に番長部の誰もが反対する意欲を失ったのだ。


 また今も黙々と腕立てをしている。これにも勿論「試合前にスタミナを消耗するな」と正義達が忠告したのだが、悟の「パンプアップさせてない筋肉を晒すぐらいなら切腹します」との信念に押し切られた。

 さらに武器の携帯が一つだけ認められているのに、裸体にこだわる悟はまったく興味がないようだった。

 そのために正義が片手でも使用できる木刀を悟の武器として登録し、開始後すぐに渡す事にしたのだ。


 怜は黒塗りの鞘に修められた日本刀を床に横たえ、正座をして黙想している。

 端然としたその姿はいかにも決闘を控えた侍らしい緊張感を伴ったものだったが、時折洩れる「うふふ」という黒い含み笑いが台無しにしていた。


 千美は正義達の周りを落ち着きなく歩き回り「やっぱりロケットパンチが必要だったか……」とか「今からでもこのピーチ味ジュースを向こうに差し入れに……」と呟きが止まらない。


 男の控え室のドアがノックされ、『番長戦争開催委員会』と書いてある腕章をはめた真面目そうな女子高生が入ってきた。


「野際学園の生徒の皆さん。もう少しで試合が始まります。まず参加メンバーと武器の最終チェックをさせていただきますので、こちらへ提出してください」


 正義は「おう」と答えてそちらに向かった。

 悟は女子生徒に向かい威嚇するかのように大胸筋を誇示するポージングをとった。

 怜は正座を崩さずに視線だけを彼女に投げかける。

 千美は「あ、ご苦労様。ピーチのジュースでもどう?」と飲み物を勧めた。

 余りに自由すぎる各々の反応に、困惑した素振りを隠しきれず首を傾げながら女子生徒は番長部の使用武器の最終確認をとっていく。


「まず綿式 怜さんは『日本刀』ですか、刃は……ああちゃんと刃引きしてありますね。結構です。

 次に板井戸 悟さんの『木刀』は問題ありません。そして折葉 正義さんの……『仕込みギプス』ですか? ええ、ユニークですが中身は別に違反はしてませんしOKです。

 はい、野際学園の武器の最終チェックは終了ですね。このシールをはっておきますからそれ以外の武器は使用しないように」


 ぺたぺたと差し出された武器にシールをつけていく。それが終わると咳払いをして「ちょっとした変更がありました」とこちらから視線をそらした。


「まず試合会場はサッカーグラウンドで行われます。そしてメインスタンドから右があなたたちの陣地となっています。そして、普段はサッカーゴールのある位置にお互いの旗を設置しておきました。野際学園の守る旗の色は白で相手の栗林野高等科は赤となっています。

 サッカーフィールドを越えて芝生から陸上競技のレーンまで出ると戦闘放棄としてその生徒は失格処分になります。ですので、あまりに大回りして相手の旗を奪うというのは不可能になりました」


 なんでもない事のように告げられるが正義達にとっては不利になりかねないルールだった。これまでは競技場内であればどこでも移動可となっていたはずなのだから。

 相手がロボットという規格外の大きさとパワーを持ち合わせているため、ある程度の距離をおいての迂回戦術も考えていたのだ。


 相手も条件は同じだろうと言うのは不正解だ。例えば相撲やボクシングで一回り小さくなった土俵とリングで戦えば、有利になるのは明らかに体格が大きい方だ。つまりこの場合は巨大ロボットを持つ側だ。

 さらに陣地や旗の色までもコイントスなどで直前に決めるまでも無く、勝手に押し付けられるとはスポーツ的に考えると怪しすぎる。

 これは相手高校からの抗議や圧力で変更させられたのかもしれないと正義は推測した。


「今更ルール変更かよ、しかも相手側に有利になるって不自然だな。明確な根拠がなければ抗議させてもらうぜ」


 不機嫌な正義に女子生徒は一瞬目を伏せ、覚悟したかのように彼をにらみ付けた。


「わ、私だって急にルール変更だなんておかしいと思うわよ。でも上から『グラウンド内ぐらいじゃないと見にくくて、トトカルチョが盛り上がらないからルール変更ね』なんて堂々と言われたら、 あたしなんて下っ端にどうしようもないじゃない。

 トトカルチョってなによ、委員会が胴元ってどういうことよ。大体、この委員会に入ったのだって内申書に凄く優遇されるからって聞いてたのに、何よこれ、ただの雑用係じゃない!」

「ああ、すまんすまん。判ったから落ち着いてくれ」


 スイッチが入ったように呪詛を撒き散らす女子生徒を正義はどうどうと落ち着かせる。


「変なこと聞いて悪かったな、ほら、ピーチ味のジュースでも飲んでくれ」

「気が利くわね、ありがとう」


 にっこり笑って受け取った女子生徒は、ジュースに口をつけた瞬間に崩れ落ちた。彼女が床に倒れる前に上手く支えてソファに横たえた正義が、額に滲む汗を拭い「ふう」とさわやかにいい仕事終えた笑顔を浮かべると皆の冷たい視線が突き刺さる。


「委員を気絶させてどうするつもりだい! まだルールの最終確認も終わってないんだよ!」

「女性にこのような仕打ちとは無礼ではありませんか!」

「ギャラリーがいた方が僕の筋肉にはキレがでるのに!」


 若干一名理解不能の人物もいるが、他の部員は皆が正義の暴挙を非難している。

 だが、正義も何も考えずに女子生徒に千美印のピーチジュースを飲ませた訳ではない。


「彼女に抗議しても無駄どころか俺達には時間を失うデメリットしかない。だから非常手段を使わせてもらった」


 とソファの上の女子生徒に「南無南無」と正義はギプスのない右手だけを顔の前に立てて拝む。千美が「失礼だね! ボクのジュースじゃ死んだりしないよ!」と髪を逆立てているが、一口で失神にいたらしめたジュースの製造者としては説得力がゼロだった。


 怜も心配気に女子生徒の顔の前に手を掲げて呼吸の有無を確認し、次に胸に耳を当てて鼓動が乱れていないか注意する。最後にまぶたを開け瞳孔を調べようとしたら、女子生徒が「ここはどこでしょう? 私は……ああ、頭が痛い」と目を覚ました。


 いきなりのアクシデントにも眉一つうごかさずに、怜はそっと女子生徒の肩を押して起き上がった彼女を再びソファに横たえる。

 

「いきなり倒れたから心配したわよ。多分貧血のようだからしばらくここで休んでいなさい。委員会の方には私達が連絡しておくから、今はゆっくりしていなさいね」


 慈母の微笑みと慣れない優しい口調でなだめる怜に、女子生徒はなぜか頬をそめて「ご迷惑をおかけします、お姉さま」と瞳を潤ませて説得に従った。

 怜と見詰め合っている女子生徒以外の三人も顔を合わせる。『お姉さま』って何? 全員がクエッションマークを浮かべていると、女子生徒を上手く寝かしつけた怜がやってくる。

 怜は全く表情を崩さずに、何か言いたげな正義達を控え室から押し出しと「お大事に」と一声残してドアを閉めた。

 

「さあ、正義はやらねばならぬ事がある為に非常手段を使ったのだろう? 急がねば試合が始まってしまうぞ」

「ああそうだな、皆も委員会まで付き合ってくれ。それと……お姉さまって何?」

「さあ、急ごうか。急がねば正義の首が落ちてしまうぞ」


 怜は固まったままの慈母の微笑みのまま正義の首筋に刀を添えた。皮一枚を隔てている頚動脈へ脈を刃は触れている。抜く仕草さえ確認できないほどのとんでもない腕だが、殺気を込めて味方に振るっていい技ではない。だが、首を狙われた正義を含めて誰も文句を言えないほどの怒気を怜は漲らせている。

 よっぽど『お姉さま』扱いされたのが苛立たしかったのだろうと推測し、正義は首をすくめようとして慌てて止めた。


「了解だ。急いで行こうぜ。それと、この刀が刃引きしていなかったらもう俺の動脈から血がしぶいているぞ。頼むから刀をどけてお姉さま」

「……判った正義の辞世の句は『頼むから 刀をどけて お姉さま』か。きちんと五・七・五になっているとは、潔く覚悟を決めた証拠だな。では短い付き合いだった」


 これは切腹ではなく斬首だと日本刀を大上段に構えた怜と、両手を上げて「すまない冗談がすぎたな。許してお姉さま」と火に油を注いでいる正義の二人の後頭部を千美が叩いた。


「正義も怜も遊んでないで早く行かなきゃ失格になっちゃうじゃないか! まだ最終的なルール確認も終わってないんだから、委員会に連絡を入れてその辺の説明もしないと」

「ええ、そうですね。ほら怜も正義もじゃれあってないで駆け足です。万一遅刻して観客が僕の美しい肉体美を拝めないなんて事になったらそれは人類の損失ですよ」


 千美と悟に口々に諌められ怜も憮然と刀を納め、正義も「悪ぃ」と彼女にリーゼントの頭をかいて謝罪した。


「確かにふざけている場合じゃなかったな。とにかく試合前には委員会にクレームをつけないと、下手したら難癖付けられて即失格になりかねんな。

 体調不良の委員をよこした事と急なルール変更、それを試合直前に突きつけてきた事を交渉材料にして少しでも俺達に有利にもっていかないと」

「体調不良って……あれは正義の渡したジュースのせいじゃないか!」

「おや、千美はあのジュースが有害だとでも言うつもりか? 俺はただ千美の差し入れしたピーチジュースを好意で委員に飲ませただけだぞ。まさか千美は悪影響のあるジュースを試合前の俺達に渡したのか?」

「え、いや、そんなつもりじゃ……」


 強く言い返された千美は表情を曇らせて口ごもる。まあ、普通の神経をしていれば「うん、そうだよ」とは答えられないだろう。


「だから、この場は委員が体調不良だったで済ませるのが一番だ。そうすればかえってこちらが被害者であちらを責めるカードを持つ事になるんだから」


 と平然と初めて会った少女に責任を負わせる正義に、番長部の他のメンバーは何か言いたげだったが諦めたように全員肩をすくめた。

 反対意見が無いと判断した正義は開催委員会室に足を進めながら疑問点を挙げていく。


「大体、このルール変更も怪しい点があるんだ。試合直前にルール変更っておかしいだろう? せめてインターバルをおくとかしなければいけないはずなのに、前の試合が終わってから今まで何の音沙汰も無く「さあ試合だ」って時に「ルール変更です」って不自然だろ。

 推測だが、俺達が不利になるように工作した奴らが審判や委員会に圧力を加えているのかもしれない。だとしたら試合に間に合うように急ぐんじゃなくて、アクシデント――しかも開催委員会側のミスによるものを俺達が試合前に記録に残るように抗議するのが大事なんだ。

 

 このまま敵に状況をコントロールされたまま試合に出てしまえば、審判にどんな些細な揚げ足をとられて失格にされてしまうか判らない。

 まず、審判に抗議するより大本の委員会の方に話をつけるべきだ」

「うわー、腹黒いというか相手が悪党だと信じきってなきゃでてこない発想だね。でもそれはたぶん正義が黒いから敵もそうだ! と思い込んでる被害妄想かもしれないよ。

 とは言っても委員会の女子生徒を眠らせ……不幸にも体調不良にしちゃったからには、どの道開催委員会に顔を出さなきゃいけないから、まあ行き先は同じか」


 千美は正義を一言けなしたが行く先については納得する。その様子に怜も悟もしぶしぶ従うことにしたようだ。なんと言ってもこのちびっ子が部長なのだ、それなりに信頼をされているらしい。

 さらに正義は千美に対し「こいつらに俺達が実行委員会室に突入するってメールを送ってくれ」と名簿を取り出して命令する。

 

「こいつらにメールを送るの!? というか正義がやんなよ!」

「俺もできたら自分でするんだが、さすがに片手じゃ操作がやりにくい」

「う、す、すまん正義」

「怜さんが謝る必要はありませんよ。あの怪我をおして出場するなんて、正義さんも僕ら番長部の側に近づいてこれたんですから」

「ちょっと待て! 僕も悟と同じ側に分類されているのか!?」

「う、す、すまん千美」

「怜も僕をそっちに分類してたのかー!」


 自分の行動でチームワークが崩壊一歩手前になっているのを気にも留めず、闊歩し続けていた正義が「ビンゴ」と足を止めた。

 そこは実施委員会と張り出された部屋の前だった。他の部屋より一回り大きな窓から中が見えている。

 窓から覗くと豪華な部屋の中に、委員会のメンバー以上に尊大な態度でなぜか九里林野高校の生徒会長が座っていた。



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