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第四話 限界を超えろ! 肉を切らせて骨を絶つ修行


 結局その日のミーティングは、正義が怜の道場に訓練しに行くのが決定された時点で終了した。

 中々に密度の濃い転校初日だったと、廃墟のような地下通路を登りながら正義は疲労した頭で考える。

 今日一日で転入した後は転がるように番長部に入部、木製巨大ロボットとの交戦決定、実戦武術の道場で特別訓練へご招待とイベントが目白押しだ。

 なぜ「この学校をシメる!」と宣言しただけでこんな事態になっているのか不明だが、これからの毎日に胸が踊っている事も事実だ。

 なにしろ『番長部』に入部し『番長戦争』などという大規模の喧嘩祭りに参加できるのだ、憧れていた格闘漫画やヤンキー漫画でも滅多にこれほどの連続イベントはお目にかかれない。

 自分が本当に戦える男になれたかどうかを試すには絶好の舞台だな。

 正義はそう一人合点していた。勿論この時、彼の脳裏には女性の怜や千美も参加しているため、番長戦争は男試しには不適切ではないか? などという疑問は浮かばなかった。



 翌日も正義は絶滅危惧種を保護するグリーンピースに匹敵する生温かい視線を浴びながらの授業を終え、ようやく放課後に番長部へと向かう。

 あきらかに通常の範囲を逸脱している部員の三人に対し、クラスメートよりも親しみを感じている自分に「染まってきたか」と達観する正義だった。


「うむ、何やらお疲れの様子だが今日の修行は予定通りで問題ないな? 装置の使用許可を取ったが、正義の疲労が相当なものならば日程を変えるのも考慮するが」

「あ、このぐらい問題ないね! それよりもその規格外の修行道具を早く見に行こう! マッドサイエンティストとしての血が騒ぐよ!」

「ええ、多少の疲れなどスパイスのようなものです。それを乗り越えて初めて新しい世界が開けてくるのです」

「……千美は勝手に俺の体調を大丈夫だと答えるな。それに悟よ、俺は新世界を発見なんかしたくねぇぞ。

 ああ、怜、すまん。ちょっとこの番長部に慣れかけている自分にがっかりしてただけでコンディションは悪くない」


 部室のドアを開けた途端にかけられた言葉に、若干の疲れをにじませながらも律儀に正義は突っ込みを返す。

 部員のボケを無視せずにきちんと交流をとろうとする彼の姿が、今まで人員不足に悩んでいた部員達のテンションを上げるのに一役かっている事に今だ気がついていなかった。


「まあ、正義がいいのならば、すぐにうちの道場へと案内しよう」


 怜はソファから立ち上がり、その動きが帯刀の鞘をかすかに鳴らす。身のこなしは滑らかで隙がない上さわやかなのに、物騒な雰囲気を撒き散らしている。うん、やっぱり無意識の内に周囲を威嚇してるよなぁ。

 正義はぼんやりと考える。この番長部の三人の中で最も常識人に見える怜ですらこれだ。もしかして部員不足だったのってこの三人についていけなかったからじゃないのか?

 ……まさか、それはないよな。


 正義が自分の思いつきに戦慄していると、準備を整えたのか三人が「何を呆けているんだ、こいつ」と言わんばかりの表情で怜の道場への出発を促した。


「ああ、悪ぃ。それじゃ道場まで案内を頼むぞ」


 こうして怜の家の道場で番長部は修行する事となった。



 ◇  ◇  ◇



「で、こうして俺は意味不明の道具を手足に付けられているわけだが、なぜこうなったのか説明してくれ」


 高校の体育館並みに広い板の間で、正義は手足を肌が見えないほど範囲の広い、黒いゴム状の拘束衣らしき物でぐるぐる巻きにされている。

 一見したところでは単に動きを封じられているようにしか思えない。 

 床に転がった正義からの、実に理に適った質問に怜が「それもそうだな」と頷いた。


「うちの流派は前も言ったように武器――それも刀が中心の戦闘技術だ。もちろん他の銃やナイフの扱い方も教えられるけれど、正義の得意な素手での打撃だけに特化しているわけではない。

 だったら細々とした技を教えるんじゃなくて、身体能力を伸ばす方法をと探していたら、ちょうどこの特訓方法を思い出したのだ」


 そう言って正義に巻きついている拘束衣を指差す。


「その黒いゴム状の物は電気刺激に応じて変化するようになっていて、スイッチ一発で急激に縮小するようになっている。その力はおそらく人間の耐久力以上、つまり正義は己の限界を超えて力を出して抵抗するしか無事にすむ方法は無い。

 正義はその締め付けられる力に死なないように頑張るだけで、いつの間にか筋力がパワーアップしているという寸法だ」


 淡々とした怜の説明に悟は「ちょっとやってみたいなぁ」と納得したようだが、他の二人はそうはいかなかった。


「これって近代的なトレーニングとしては意味がないんじゃないかな? 筋力ってのは最大近くの力を短時間で消費させることによって超回復でパワーアップするのに、こんな身動きのとれない状態でしかもタイミングや負荷は機械任せって科学的根拠はゼロだよ!」

「実にもっともな意見だな。俺が千美に同意するのははじめてかもしれん。さらに死なないように頑張るって怜の発言についてもスルーしなければなお良かったが」

 

 眼鏡を光らせて反論する千美と唯一自由になる頭をこくこくと動かす正義。その二人の説得力に富む反対に対し、まず正義を鼻で笑うと千美の肩に手をかけた。


「部長、確かにこれは科学的とは言えないかもしれない。でもこのハードな練習のデータがあなたの物にもなるのだぞ」

「……確かに、手を汚さずに傍観してるだけでデータは丸儲け……。

 こほん、ちょっと僕も短慮だったかもね! 長い歴史を誇る武門の修練を若輩が邪魔するなんて不遜だったね! ゴーだよ、ゴー!」


 急速に百八十度ターンをきめた千美に正義からの泣きが入った。


「おい、いくらなんでも変節が早すぎるぞ。こんな非科学的な特訓をして怪我でもしたらどうするつもりだ? 代わりのメンバーはいないんだぞ!」

「むう、それも一理あるな」


 意外なことに怜の方が心を動かされたようだった。


「やっと来た新入部員を壊すわけにも……」

「何を迷ってるんだよ怜ちゃん。ほら、ポチっとな」


 細い顎に指を当てて眉を寄せた怜に対し、横から千美が「ポチっとな」の声に併せて怜の持つスイッチを躊躇なく押した。


「何を考えているかしらないけど、科学の発展に犠牲はつきものさ! それに死んだりしないよ……たぶん」


 実にマッドサイエンティストらしい意見を悪びれず表明した千美は、うめき声を上げ始めた正義を瞳を輝かせて観察する。


 一方正義の方は冗談じゃ済まない窮地に立っていた。上半身に巻きつけられていた布が急速に縮んでいくのだ。

 ぴったりとフィットしていた程度の圧迫感から、じわじわと体に食い込んでいく。

 まず完全に身動きがとれなくなり、次第に筋肉に血が通わなくなる。さらに肩を中心とした関節から鈍い音が響き、肺から空気の入るスペースが奪われていく。

 ……本気でマズイぞ、これ。

 正義の脳裏に危険信号がレッドで点滅し緊急事態を告げている。


 流石にただならぬ気配を感じたのか、怜は一歩後ずさって表情を強張らせている。

 だが、他の二人は頼りになりそうにない。

 千美は携帯で正義の七転八倒を写しながら「おお凄い!」と口元を緩めている。悟に至っては「はあはあ」と先程より呼吸を荒くして羨ましげに見つめているだけだ。


 そんな仲間のはずの奴らに視線だけでSOSを送信するが、いっこうに救助してくれそうにない。

 その間にもじりじりと正義を捕獲している布は収縮を続けている。

 もはや正義の筋力による抵抗というよりも、骨格の頑丈さで潰れるのを防いでいると言うべきだ。もちろんこんな虐待まがいの行為ではパワーアップなど望むべくもないのを正義は知っていた。


「お、おい! 冗談抜きにコレをはずせ! 本気で怪我をしちまうぞ」


 唯一の話になりそうな怜に対し、正義は苦悶の汗を流して叫ぶ。

 一瞬不安げな表情になった彼女だが、長いポニーテールをばさばさと振るときつい目で正義をじっと見つめた。その真摯な瞳から読み取れるのは――『君ならきっとこの試練を乗り越えられると信じているよ』。


「そんな信頼はいらん!」


 恐慌気味の正義を見かねたのか怜達からのフォローが入った。


「正義! 落ち着くんだ。落ち着いて体のきつい部分に集中するんだ。その部分に気と力を集めて制限時間を耐え抜けば、きっと大幅なパワーアップになる」

「正義! 落ち着くんだ。正義が頑張った分だけ貴重なデータが取れるんだ! もう少し――具体的には心拍停止寸前まで粘るんだ!」

「正義! 落ち着くんだ。落ち着いて痛みを受け入れるんだ。そうすれば痛みの中からこみ上げてくる快楽を享受できる!」


 約二名ほど全く役に立たないアドバイスを放っているが、助けてくれる様子はゼロだ。

 何とか自分だけの力で乗り越えるしかないようだな。正義の腹がようやく決まった。

 圧迫されて浅くなった呼吸を鎮め、下っ腹の丹田に力を込める。

 そこから伝えられるエネルギーを背骨から手足の末端まで循環させていく。我流ではあるがそれなりに理に適った正義の自己調整法だ。

 思わぬ抵抗に上半身を締め付ける布の勢いが停止した。


「ほう」

「へー」

「はあはあ」


 観察していた者達は三者三様ながら正義の呼吸法と頑丈さに興味を持ったようだ。

 だが、正義にはそんな事を気にかけている余裕はない。ほんの少しの余裕ができたとはいえ現在進行形で締め付けられている事に変わりはないのだから。

 強く歯を噛み締めつつ両腕にパワーを集中させる。

 やはり拘束から解放されるには、腕を開く動きで布を破るのが効率的だろう。

 呼吸を止めて腕を全力で開こうとすると、強力な抵抗の後にじわりじわりと拘束が緩んでいく。

 周りの今一頼りにならないチームメイト達も「ほう」と感心のうめき声を上げている。


 もう少し、もう少しでこの拘束から抜け出せる……。

 正義のその内心を見通したかのように締め付ける力が大幅にアップした。先程までの締め付けの力が子供の蛇だとすると、今回は巨大アナコンダ並みの強烈さだった。


「正義、大丈夫か!?」

「正義、データは大丈夫か!?」

「正義、目覚めるまでもう少しだぞ!」


 流石に三人とも異常に気がついたのか険しい表情を見せている。二名ほどなにを期待しているのかわからない人物もいるが、彼女達が見守っている中で正義が雄たけびをあげてのけ反った。

 学ランと拘束具からのぞく首筋の筋肉には血管が浮き出し、顔は汗とほこりにまみれサングラスが外れかかっている。立派に突き出していたリーゼントさえセットが崩れていた。


 正義は外見を気にする余裕もなく全身のパワーで抵抗していた。 

 喰いしばった奥歯が嫌な音を立て、肩の関節のきしみと不気味なハーモニーを奏でる。

 ――もう限界だ。

 正義の理性がそう判断した瞬間に汗で滲む視界に、両手を胸の前で組み合わせて心許ない怜の顔が映った。


 似合わない表情しやがって、そんなに俺が心配ならこんな特訓をさせるなよ。

 正義が愚痴りそうになったた時にスイッチを入れる前の怜の言葉が蘇った。『正義は己の限界を超えなければならない』だったよな。

 なるほど、こんな事を考えていられるって事はまだ限界じゃないって事だな。だったらまだまだ俺はやれるはずだ!


 気合を入れなおし、さらに腕を動かそうとすると先程よりも可動域が広がった。アドレナリンが出ているのか圧迫感を感じない。酸欠になりかけていた肺に笛のような音を立てて空気が流れ込む。

 もう少し、もう少しだ。


 正義は残った全ての力を注ぎ込み――己の限界を突破した。



 ◇  ◇  ◇



「――左腕尺骨の亀裂骨折、全治二ヶ月ですね」


 レントゲンを貼り付けて見せてくれた医者が「過度の運動による疲労骨折です」と断定的に診断を下した。

 そりゃ左手の肘と手首の中間ぐらいの骨をきれいに折っちゃったんだから、完全復帰までそれくらいはかかるかなぁ。

 リハビリも入れればそのぐらいだろうと納得した正義は、もう一つ重要な事を思い出した。


「番長戦争はいつだったっけ?」


 つきそっていた怜は無表情の中に焦りを含んだ声で答えた。


「あとちょうど一ヶ月だな」

「……」

「……」


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