第三話 敵はとてつもなく巨大なようです(物理的に)
正義が番長部に入るのは早まったかと葛藤している間に、怜がさっさと話を進めていく。
「まあ、三人制武器ありバーリ・トゥード風のビーチフラッグということになる。元ネタはあるライトノベルからだというが、まあ単なる噂だろう」
「つまり相手の旗を奪取すればこちらの勝ちなんだな?」
「ああ、正確には『相手チームの旗を破壊すれば』勝利という事になっている。手に取るのがほぼ同時だと判定が難しくなるということで、旗の竿の芯にセンサーがとりつけられゼロコンマ一秒差でもどちらの旗が早く破壊されたかチェックできるそうだ」
なるほど、正義の頭の中で情報が整理されていく。この番長戦争は冗談事ではなさそうだ。
機材には十分にお金がかけられてルールも文句が出ないようにしっかりと定められている。
これは単に学校ごとの予算配分だけでなく、不良生徒の行動を番長戦争によってコントロールしようとしているのかもしれない。
スポーツなどでストレスを発散させる療法と、ほぼ同じ形態をより過激な喧嘩に近いルールで代行しているのだ。それにより暴動などの過度の混乱を無くしているのではないだろうか。
まあ、いいだろう。正義はサングラスを中指で押し上げながらそう判断を下した。
俺は別にこの学園で番長になりたかっただけだ。だとしたら、この『番長戦争』のルールにのっとって勝利することで番長に就任するのが一番無理がないストーリーである。
そう決めると、後は番長戦争に勝つことだけを考えるんだ。
ルールは理解した。他に必要な情報は、
「相手高校のデータはねぇのか?」
「それならここに……」
と言いかけて相手校の資料が挟まっているだろうバインダーを取り出そうとした怜の動きが停止した。
額に急に汗がにじみ「あ、やば」と口から洩れてフリーズしている。
一体何事だ? 正義が眉根を寄せていると、怜と千美が慌ただしく目配せをし合っていた。
「おい、どうした?」
「い、いや何でもない! それより相手高校の番長達のことだが、確かウドの大木で気にする必要はなかったぞ」
「う、うん! あいつらだだの木偶の坊だよ! あんなの僕は認めないね!」
と必死に気にするほどの相手じゃないとアピールしてくる。彼女達の言動からはどうやら大柄な相手だとは推測できるが、ここまで隠されるとどうしても知りたくなるのが人情だよな?
「下手な隠し立てせずにさっさと教えろよ。どうせ本番で当たるんだから遅いか早いかの違いだけだろ」
と怜に資料を催促する。ここまでストレートに要求されても「むむむ……」と悩んでいる彼女の横から手が伸び、滑らかにバインダーが抜き取られた。
「はい、正義さん。これを見たからって尻尾を巻いて逃げないでくださいね」
いやみな口調で悟がバインダーを放り投げる。
正義はいささかムッとしながらも空中で受け取った。大した事を書いてなかったらへそを曲げてやるぞ。
そう決心して対戦相手である『栗林野高等科出場選手データブック』の表紙を、内心大声で叫ぶとパワーアップしそうな高校名だなと突っ込みながら開いた。
その一ページ目の写真だけで、なぜ彼女達が正義に対戦相手を知られたくなかったかが判明する。
とりあえず一番気になった事だけは指摘しておかなくては。
「お前ら、まず訂正しろ。この相手は『木偶の坊』でも『ウドの大木』でもない。普通こんな奴らの事は『木製巨大ロボット』と呼ぶんだぞ」
「「ごもっともです」」
怜と千美が同意する。突込まれたのに二人とも笑顔なのは、どうやら正義がまったく戦意喪失していないと判断したからだろう。
二人が自分の事を見直したのはいいが、正義が加わるまでこの巨大ロボットを倒す作戦はどうするつもりだったのだろう。
そう尋ねたところ
「もののふに小細工は必要なし! 全力で斬るのみ」
「僕の発明にかかればあんなのは木偶の坊だって言ってるじゃないか!」
「あのロボットの一撃って……ああ、どのくらいなのか早く味わってみたいものですね」
……駄目だこいつら、早くなんとかしないと。正義の脳裏にはそんなフレーズが浮かんだ。
ちらっと写真を見ただけで強敵と判断できる相手に何一つ対策を立てていなかったのか。それならば無能すぎるぞ。
「そんな事言われても今回は参加できるかすらわかんなかったんだもん!」
千美の抗議に正義は思い切り唇をひん曲げる仕草で答える。すねた子猫みたいで可愛いのは認めてもいいが言い訳にはなっていないぞ。
二人の間の張り詰めた空気を柔らかくするためか、怜が口を出す。
「一応最低限の情報とそれを分析した物がある。まあ、実際に戦闘を目の当たりにしたのではない上、相手側も改良が進めらているだろうから鵜呑みにはしないでほしいが」
「ここにあるデータより上がってはいても、下がっている事はないってわけだな」
「うん。でも僕が分析して推測したんだから、大はずれって可能性はないよ!」
「そりゃ心強いお言葉で」
正義はパラパラと資料を流し読みしていく。とにかくまず敵チームの全体像を把握しなければならない。
三体のロボットに乗り込む敵チームの戦闘員は当然三人だ。その全員が三年生のチームらしい。最終学年まで番長戦争に関わってきたなら、コンビネーションが悪いなど虫のいい話は期待できないな。
個人的な戦闘能力においてもデータを見る限りでは三人とも格闘技の猛者で空手や柔道の段位持ちばかりだ。
本当にこんな木製ロボットに搭乗する必要あるのかね、こいつら? 普通に降りて戦っても強敵なのは間違いないんだが。
「で、めでたく正式に出陣が決まった今。こいつらとどうやって戦うつもりだ?」
「知れたこと。正面から打ち負かすのみ」
「決まってますよ。正面から打ちまくられるんですよ」
怜と悟は気勢を上げているが、正義の目には方向性はどうあれ両者とも間違えているとしか思えなかった。
「いや、この二人はともかく、僕も考えてはいたんだけどねぇ……」
残った千美は猫っ毛のショートカットをぼりぼりとかいて腕組みをする。小柄な千美がそんな格好をすると、がんばって背伸びをしているようでどうにも微笑ましい。
「どうして許可されたか不思議なくらいあのロボットは完成度が高いんだよ。木製とはいえ人間とは桁違いの防御力に加えて、その重量による攻撃力のアップは凄まじいんだよね。
破壊力だけをとれば今回の番長戦争でもトップクラスだろうね」
「そうだよなぁ、でかくて重いって事は戦闘ではそれだけで十分なアドバンテージだよな」
正義も小さな科学者の意見に首肯せざるえない。銃などの火力が認められていない直接戦闘においては、攻撃・防御の両面で重量が打撃力とヒットポイントに直結する。
ましてや一撃必殺などの致命傷を与える攻撃が制限されているこの場合は、なおさら不利が重くのしかかる。
正義が頭を捻ってもなかなか良いアイデアは浮かんでこない。同様に怜に千美と悟も「うんうん」と頭を抱えて唸っている。
やはり、今まで棚上げにしていた問題はそう簡単に解決はできないようだ。ここは議題を変更したほうがいいと正義は判断した。
「ま、敵チームの詳細な分析と攻略法は千美に任せるとして、俺達のビーチフラッグにおける戦術を決めないか?
その戦術における役割分担によってどんな訓練なんかが必要かも決定されるしな」
「そうだな」
真っ先に怜が賛成する。彼女はどちらかというと、情報分析などより戦いに直接関系する話し合いの方が性に合ってそうだ。
うむ、と一つ頷くと襟を正して正義に真っ直ぐな視線を放つ。
「正義の戦闘スタイルはまだ把握しきれていないが、悟と私の二人ならば役割ははっきりしている。
私が剣術を使った攻撃役で悟は硬気功で防御役に専念していた」
「まあ妥当だな」
正義にも納得できる体制だった。RPG風にイメージすれば判り易いだろう、サムライスタイルで軽装備の怜がアタッカー役で硬気功で防御力抜群の悟が壁役だ。
この二人のコンビは役割分担が明確になっているが、ここに正義を組み込むにはどうするのが一番効果的だろうか。
「ふむ、こんな場合は正義は遊撃手としておくのが無難かもしれんな」
「ええ、そうですね。無理に僕達のように連携をとれと言っても時間がたりませんよ」
「そうだね。なら正義には僕の作った新兵器をプレゼントするよ! 一人離れて戦うのなら武器が必要だろうし……離れてればそれが自爆しても影響は少ないし」
「まあ、そういう事なら遊撃手になってやるが……千美、最後になんか呟いてたか? 聞こえなかったんだが」
「べ、別に何も言ってないアルね!」
明らかに挙動不審な謎の中国人になった千美はともかく、他の二人も正義がフリーポジションになるのには賛成だった。
そりゃ今から即席で三人のコンビネーションを合わせろ! と無理を言われるよりは現実的だろう。
正義も下手をすれば囮の人身御供にされるかもしれんと、警戒していたのが無駄になり人心地がついた。
そこに怜から訓練のお誘いがかかる。
「さっきの模擬試合からして正義は打撃系の格闘技だな。無論それはかまわないのだが、木製巨人像を相手にするにはいささか不安ではないか?
もし、正義の都合が合うならばうちの道場で修業してみてはいかがだろう」
瞳から僅かな懸念の色を隠しきれない様子からして、正義の実力はまだ怜からして心もとないのだろう。
それが理解できるから、正義はサングラス越しにでも判別できるほどの仏頂面を作った。でもまあ、悪気があってのことではないんだよな。
手助けが不要だと印象付けるのに失敗した俺が悪かったんだ。仕方ないとりあえず、お誘いに乗ってみようか。
「ああ、修行させてくれるのはありがたいが、怜の実家は道場をやってんのか? もし、和風の古流剣術なんかだったら俺の近代的なスポーツ的トレーニングを中心にした喧嘩殺法とは水と油だぞ」
正義の質問に怜は頷いた。
「確かにうちは剣術の看板を掲げているが、実態は先祖代々の剣を主体にした実戦における戦闘技術の集大成にすぎん。
要は流派を建てた当時に最も数が多く、はったりの効いた武器が剣だったから主要な武器に選んだだけなんだ。
実際最近は抜刀術の一環として銃の早抜きを教えてガンマンを育ててもいるぞ。その他近代の軍隊格闘技でも素手の格闘術においてもいろいろ教えることができるはずだ」
「銃の早抜きって、お前の流派の弟子は西部の賞金稼ぎ達かよ。大体居合いと早抜きって技術に関連性はないだろ。いや、それ以前に日本国内の道場で銃を扱うってのがそもそも」
とめどなく突っ込み続ける正義の首筋に、この日何度目かの冷たい感触がした。怜の日本刀がそこに当てられてたのだ。
「……話は変わるが、正義はマグナムの的になるのは好きか?」
「は?」
「ならば、正宗による試し切りの据え物役にでもなるか、うちの道場について口をつぐむかだ」
と銃殺刑か一刀両断されるか何も突っ込むなとの三択ならば、正義も死なない道を選ぶしかない。
「OKOK、とにかく刀を引いてくれ。でも、毎回怜に首に刃物を当てられるのはたまったもんじゃねぇな。ツンデレを気取っているのかもしれないがこれじゃ単なる脅迫だぞ」
「そんなつもりはなかったんだが……」
怜は口ごもるとそそくさと刀を仕舞った。やはり、刀を振り回しすぎだとの自覚症状はあったらしい。バツが悪げな表情を作っていたが、ぽんと手を叩いて笑顔を見せる。
「ええと、そう! 『あたしが日本刀で斬ろうとするのは単なる趣味で、別にあんたが特別な訳じゃないんだからね!』……って事で収めてもらえないだろうか」
「ああ、俺個人に刃を向けてるんじゃなくて、怜の日本刀の標的は無差別ってことだな。特定のターゲットを狙う暗殺者ではなく無差別殺傷のテロリストだと怜を思えと、了解した」
正義は納得したが、悟も千美も怜にかわいそうな子に対する曖昧に微笑んでいる。「あれ、間違ったか?」と頭を抱えている怜に正義は助け舟を出す。
「はいはい、怜についても道場もなんだかテロリストの教育キャンプと間違えそうだなとか、ちっとも思わないようにしますよ」
「HAHAHA、正義は面白い事を言うな。別にうちは銃と爆発物と毒と各種神経ガスの取り扱い方を教えている以外は、他の古流武術とあまり変わらない……はず……だぞ」
段々と自信が無くなってきたのか怜の声が小さくなっていく。そりゃそうだろう、銃や爆弾の扱いを教える道場なんかが普通のわけないだろう。
正義が真っ当な感想を抱いていると、白衣のマッドサイエンティストが口出ししてきた。
「うん! 全然おかしくないよ! 銃はともかく毒薬と爆発物は女の子の嗜みだもん。僕なんか三つのころから名前を書く代わりに持ち物に全部自爆装置をつけてたぐらいさ。そのぐらい習ってない娘の方が変わってるんだよ! 僕は声を大にして主張するね、花嫁修業に爆発物取り扱いも入れるべきだと!」
「……千美の持ち物全てが危険物なのと、ここらへんの地域の価値観や危機意識が日本の常識外なのは了解できた」
正義の学ランに包まれた肩が落ちた。どうも転校する学校の選択をミスしたんじゃないかという気がして仕方がない。
振り切るようにリーゼントを振り、雑念を追い払う。ここまできたら尻尾を巻くのは男らしくない。怜の実家の道場で実戦的な訓練ができるとポジティブに考えなければ。
「それじゃ、怜の道場にお世話になるか。お手柔らかにお願いするぜ」
「お手柔らかという点では請合えないが、強くするのは任せてもらおう」
自信に満ちた笑みで余り豊かではない胸を叩くと、怜は正義の修行について保証した。
「うちには一日の使用で倍以上も強くなるという伝説の鍛錬器具がある。私にはどうしても使わせてもらえなかったが、正義ならば許可がでるだろう。
なにしろうちの父親が『男の友達を連れてきたらコレをさせてやる』と酒を飲んで笑っていたことがあったからな」
「へー、そんなすごい器具があるんだ。ぜひとも僕の参考にしてみたいね! 正義がどれほどパワーアップするか楽しみだ!」
「一日で成長するなんて、やはり命の危機まで追い込むんでしょうね。僕もそのトレーニングにお付き合いしたいものです」
そのうさん臭くも画期的な訓練とやらに、三者三様の賛辞が続いたが正義だけは納得できずに首を捻っていた。
怜が語った父親のコメントって、どう考えても娘に近づく不埒者を始末してやるって意味じゃね?
サングラスに隠されたごつい顔に涙を浮かべ、正義は心の中で愚痴った。
俺はただ「番長になる」と宣言しただけだぞ。なんでスーパーサイヤ人になれそうな特訓そしたり、木製巨大ロボットと戦ったりしなきゃいけないんだろう?
それは自業自得だとか、自ら墓穴を掘ったとかいうの単語を頭から消し去ろうと必死だった。