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エピローグ

 激闘の熱気が未だに体から去らない中、正義達野際学園の番長部のメンバーは控室へ戻ってきた。

 疲労とダメージが短期間で抜けるはずもないのだが、皆の足取りは一様に軽い。

 勝利という最高の美酒がそれらの負の影響をすべて洗い流してくれたのだ。


「それにしてもあの栗林の会長の顔見てみたかったな、あれだけふんぞり返っていたのに俺達に負けたんだ。リコール起こされて失脚してもおかしくないぞ」

「まあ、それは難しいでしょうねぇ。彼は栗林どころか番長戦争の開催委員会まで完全に掌握してたようですし、権威に傷がついたのは確かですがそれほど深手にはならないかと」


 正義の高揚した台詞に対し、悟が小首を傾げて真面目な返答する。

 どうやら有人の転落を拝もうという正義の目論見は無理なようだった。だが、まあ今日の試合には勝てたんだ、それで良しとしよう。そう切り替えて、改めて仲間を見回す。


 白皙を汗と泥で汚しているが、勝利の充実感で表情を輝かせている怜。

 鼻筋を赤く腫らして、見える範囲だけでも無数に打撲の跡が残っている悟。

 裾を引きずるような白衣で、よろめく悟を支えている千美。

 なんともバラバラなトリオだが正義にとってはかけがえのない仲間達だ。

 こいつのおかげでまた正義は表舞台で戦う事が出来たのだ。少々……いやかなりの変わり者達でも彼らに向ける感謝の念にかげりはない。


「みんな……有り難うな」


 誰にも聞こえないように呟いたつもりであったが、戦闘グループに属する二人には届いてしまったらしい。怜と悟は肩を跳ね上げると面白そうに正義へ横目で伺っている。

 怜は口元をひくつかせて自分の道着の肩からついてもいない埃を振り払っている。

 悟は一人聞こえていなかったらしい千美に今の恥ずかしい呟きを伝えようとしている。


「と、とにかく乾杯だ! 番長戦争に勝ったんだから乾杯しないと!」


 耳を朱に染めて正義が話を逸らそうと乾杯の音頭をとろうとするが、小さなマッドサイエンティストは待ったをかけた。


「いや、番長戦争に勝ったとは言えないね。正確を期するなら番長戦争の一回戦に勝利したと言うべきだよ! まだまだこれからも二回戦、準決勝、決勝と道は続いていくんだからこれからも頑張らないと!」

「なるほど……でも、それが今乾杯しちゃいけない理由になるか?」

「ならないね」


 そこまで正義と千美の話に耳を傾けていた怜が、気配も感じさせずスポーツドリンクのペットボトルを掲げる。


「では改めて野際学園番長部の勝利を祝し――乾杯!」

 

 ペットボトルなのでぶつけても音が間抜けなのが惜しいが、勝利の美酒と言う奴だ。正義は一息で五百ミリリットルを空にする。


「くー、美味ぇ」

「ああ、まさに甘露。勝利の味とはかくも美味なものか」

「はあはあ、一気に飲むと口の中の傷にしみて、もう……」


 汗をかいた三人はごくごく水分を補給しているが、ただ一人元気一杯のはずの部長がペットボトルをテーブルに叩き付けた。その拍子に中身がこぼれる。どうも体の小さい千美では一息で飲み干すのは無理だったようだ。


「みんな一勝したからって気を抜いちゃダメだよ! あいつら栗林野高等科は敵の中で最弱、これからは第二・第三の……あ、怜テーブル拭いてくれてありがと。

 ええと、とにかく僕たちの戦いはまだこれからだ! と拳を握りしめて気合を入れなきゃいけないんだよ!」


 と実演のつもりか千美は己の小さな掌を固く結ぶ。その光景は正義あたりからすれば、拳を握ったというよりは平仮名で「ぐーにした」と形容したくなるほど様にはなっていなかったのだが。

 とにかく世話になったのは間違いない、相槌だけは打っておこうと正義も答える。


「そうだな、気を抜くのはまずいな。まだ初戦を突破しただけで、これからが厳しくなっていくんだろうしな。

 それと千美は、今回の戦いに集中していた俺達と違って次に当たる高校の試合を観戦してたんだろ? どんな相手なんだ?」


 と水を向けると、千美はそのふっくらとした頬を指でポリポリとかいた。


「……バナナだった」

「は?」


 正義、怜、悟と三人共が首を捻る。バナナ? 何だそれは?

 

「次に当たるところはバナナを武器にしてた」

「すまぬ、千美の言っている意味がわからない」


 冗談ではなさそうな千美の姿に、怜も態度を改める。


「だから、次の相手はバナナをブーメランみたいに投げたり、地面に皮を仕掛けてトラップ代わりにして戦ってたの!」

「……なんでわざわざバナナで戦うんだ?」

「ボクの方こそ聞きたいね! でも出場チームが番長部じゃなくて園芸部だったから、その辺が原因かも?」

「……バナナを武器として選んだとしよう。だが、許可される持ち込み武器は一個のみのはず。投げたり皮を地面に仕掛けたらそれで品切れで戦えなくなるのではないか?」

「ああ、あいつら『バナナの木』を武器として登録したみたいで、グラウンドには巨大なバナナの木が三本も運び込まれてたよ。一人頭でバナナ何十房にもなったみたいだね。勝った後はファンサービスなのか観客席にバナナを投げ入れてたから、不足ってことはないよ」


 千美の説明を受け、部屋の中はなんとも居心地が悪い空気が蔓延する。

 ――ロボットが終わったと思ったら、今度はバナナを武器にする相手と戦わなきゃいけねぇのかよ。

 正義がやさぐれた雰囲気を醸し出しているが、彼は次の相手校が正義達の試合を分析して「ペテン師とやるのか……」と頭を抱えている事実を知らない。

 まあ、いいかと正義は頭を振り払う。今日一日だけは勝利の喜びに浸っても罰は当たるまい。


「次の試合は明日考える事にして、とにかく乾杯だ!」


 ひとしきり勝利に酔いしれていると、野際学園に割り当てられた控え室のドアが控えめにノックされた

 番長部の全員の目が一斉に注がれる。浮かれてはいても未だに戦場の気は抜けきっていないせいか反応が鋭い。


「どうぞ施錠はしてないので御入室を」


 入ってこいと促す怜の態度も若干堅い。

 

 おずおずと開いたドアから顔をのぞかせたのは、野際学園の制服を着た幼さを残した少年だった。

 正義は表情に出さないよう注意しながら安堵の息をつく。どうやら危惧していたような栗林野からの抗議の使者ではないらしい。

 だとしたらこいつは一体何者だ?

 訝しげな視線を受けた少年は、顔を上気させた。


「あ、あのおめでとうございます。僕、うちの高校の番長部がこんなに強いだなんて知らなくて……」

「あ、うん有り難う」


 ごく普通の祝福の言葉に、身構えていた正義は虚を突かれていつものように斜に構えた態度ではなく素の反応をしてしまう。

 そんな正義の戸惑った顔を見て少年は大きく息を吸い込むと、勢いよく頭を下げる。


「僕も番長部に入部させて一緒に戦わせてください!」


 少年の言葉に正義が、怜が、悟が、千美が一斉に顔を見合わせる。

 お互いの顔に発見したのは驚きと――それ以上の隠しきれない喜び。


「当たり前ぇだろ! 歓迎するぜ!」

「先達として後進が出来るのは喜ばしい」

「いつでも打ち込みの相手になるよ!」

「ふっふっふ、入部してくれる良い子には特製ピーチジュースをプレゼントしてあげよー!」


 初勝利と新入部員と番長部として慶事が重なった為か、皆のテンションが止まることなく上がっていく。

 目を丸くする新入部員の前で、一度落ち着かせようかと正義は咳払いをして注目を集める。

 その瞬間言わねばならない言葉を思い出した。他のメンバーも正義の様子にハッとしたのか理解の頷きを返す。

 戦場の絆って言うか、一緒に戦うと本当にテレパシー並に意志疎通が出来るようになるんだな。

 僅かに驚きながら、正義と番長部のメンバーは新入部員に向けて声を合わせて手を差し伸べる。


「「「「番長戦争へようこそ!」」」」




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