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第十二話 パパラッチにも注意が必要でした


 正義と怜の二人は敵ロボットに襲い掛かったが、全く同時というわけではない。

 まず、怜がそして一拍おいて正義がといように僅かな時間差を置いて攻撃をしかけたのだ。防ぐ方にとっては一度に複数の攻撃を捌くよりも、タイミングをずらして次々と攻撃される方が厄介である。

 何か後ろめたい事を振り払うような勢いで、怜の半ばから折れた日本刀と正義の木刀が空を切り裂いてロボットに迫る。


 二人のアタックに対し、ロボットは防御をするそぶりすらなく無抵抗に打撃を受けるだけだった。

 脚、腰、関節、下半身のあらゆる部位を正義の木刀と怜の刀が乱打する。


 全力で木刀を振り続ける正義の胸中に信じたくない疑惑が生まれた。

 ――もしかして避けられないんじゃなくて、避ける必要性を感じていないのでは?

 

 アイコンタクトで怜に仕切り直しを伝えると、タイミングを合わせて間合いを取り直す。

 正義はステップバックして距離を離し、今の連打がロボットにどれほどのダメージを与えたのか測ろうとした。

 無呼吸による連打の後で肩を大きく上下させて少しでも酸素を摂取しようとするが、息も荒いので深呼吸など出来るわけもない。疲労にかすむ目で観察しても、敵ロボットに目立った損傷は見つからなかった。 

 避けるまでもないって事かよ。正義の口元からギリッと歯を食いしばる音が洩れる。


 どうすればいい? 頭を高速で回転させても正義にはこのロボットを倒す方法が見当たらない。

 幸い敵は旗の防御を優先する為に、積極的に攻撃はせず迎撃に専念しているのか、間合いをとった正義達に接近はしてこない。これは攻め手が二人に増えたことに対応して用心深くなったのだろう。

 ロボットが正義達の動きに反応して移動なり応戦なりしてくれれば、回り込んで旗の奪取に行ける。だが、それは相手も承知の上だ。ロボットは自分のすぐ真後ろにある旗から決して離れようとはしなかった。

 

「専守防衛に徹しているのか」

「あのロボットを自衛隊にでも売り込むつもりでいるのかもな」


 怜の舌打ち交じりの愚痴に正義も軽口を叩く。


「どちらにせよ、前進してこない相手を叩くのは難易度が高い」

「ああ、だがこっちもあまり時間の余裕があるわけでもないしな」


 と正義はちらりと巨大モニターに視線を流す。

 そこには『あーっと、ここまで一人で防いでいた板井戸選手にも疲れがでたのか、肩が大きく上下しています』『はぁはぁ、馬鹿言わないで下さいよ、僕がこのぐらいで……うっ』『きゃー! 板井戸選手が何か噴出しました!』『は、鼻血が出ただけです』

 ……正義が危惧していたようなピンチではなく、どことなく楽しそうにも見える光景が実況されていた。

 だがいくら楽しそうとは言え、悟が流血までしているのだから、こちらが早く旗を取ってケリをつけてやるに越したことはない。


 正義が速戦を決断して横目で急造のタッグパートナーを窺うが、幸いな事に刀が折れても怜の心は折れていないようだ。

 まず、こいつに突っ込んでもらわないと始まらないんだよなぁ。

 正義は頭の中で旗を奪取するまでの戦術をデザインする。

 ――よし、これならいけそうだ。


「怜は俺と反対側から攻撃しろ!」


 そう叫ぶと正義は右周りに敵ロボットを回りこもうとフットワークを使い出した。同時に怜も逆周り足を運び、ロボットの前面に怜・背後に正義という位置を占める。

 ロボットも警戒したのか、旗を自身の真下に位置するように僅かに後退すると、上半身は微動だにせず膝関節を曲げるだけで重心を下げた。人間にはまねできないような機械的な動作だが、理にはかなっている。

 これで敵の懐深くまで入り込まねば、旗を奪取するのは不可能になった。

 リーチの差を考えると、ロボットの攻撃範囲は正義達の三倍を超えるだろう。その相手が『待ち』に徹しているのに、自ら踏み込んで攻略しなければならない。

 正義がどう動こうかと迷っている間にも、怜は敵ロボットの正面から突っ込んで行った。

 いや、確かに俺が命令したけど、もう少し躊躇いとかあってもいいよな。そんな愚痴がこぼれる正義の口元は緩んでいる。ここまで信頼されているのならば、こたえねば男がすたるというものだ。


 怜のダッシュに合わせて正義もロボットの間合いへ踏み込んでいく。正義はこの場合の間合いと言うのを、約六メートルと設定していた。

 普通の人間相手の場合だと、正義は約二メートルを敵の攻撃可能エリアとしている為、その三倍の身長を持つロボットの間合いも三倍の六メートルにしたのだ。

 大きく踏み込めば三歩ほどの距離――だが正義にははるか彼方にも思えていた。


「だからって、行かねぇわけにもいかないよな!」


 自分に気合を入れて飛び出す。幸いな事に敵ロボットは怜の方向を正面にしている為に、正義の接近するのは背後からになる。「怜、しくじるんじゃねぇぞ」そのぶん真っ向勝負を強要した形になるチームメイトの無事を願った。



 流石に二方向からの襲撃はまずいと判断したのか、ロボットは怜に向かい迎撃の為の攻撃を繰り出した。

 敵が二人いるのを意識してか、戻ってくるまでの隙が大きいロケットパンチではなくごく普通のパンチだ。

 もっとも普通とは言っても自動車クラスの重量を持った拳で、怜なら余裕を持ってかわせるはずなのだが、どうしても安全な距離をとって避けることに終始してしまう。

 普段の怜ならば果断にも危険を伴うのは承知で更に一歩前へ出る。

 だが、現在の状況では、後ろの正義に攻撃を任せるのならばこのままの現状維持で問題は無い。いや、返って状況を変化させるのは好ましくない。


 自ら突っ込んできたはずなのに、慎重に防御重視の構えを解かない怜に焦れたのか、ロボットは大振りの右フックを放つ。

 右フックとは言っても実質は巨大な砲弾が迫ってくるのと変わりはない。普通のフックならば頭を軽く沈めるだけでかわせるが、ほとんど倒れ込むように地に伏せなければ当たってしまう。

 伏せた怜の頭上を束ねた髪を契りとらんばかりの勢いで拳が通過する。寒気がするほどの威力だが、振り切るほどのおおざっぱな攻撃を仕掛けてくるとは、敵も相当あせっていると怜は感じた。

 ならばこの右拳が振り切られた後でこちらからも手を出そう。

 そう判断して素早く体を起こしざまに敵へ駆け寄ろうとした怜の目に、予想外の敵の行動が映った。


 敵ロボットは彼女を目がけて全力で右フックを振り切った、ここまでは判る。そしてパンチを振るう場合、その可動範囲はどう考えても百八十度が限界だろう。一回転するようなバックハンドブローなどもステップを踏まねば、標的を通り過ぎたらある程度で止まる。ましてやフックなどはもっと有効な攻撃範囲は狭い。

 怜の判断は間違っていなかった――相手が人間であれば。

 敵のロボットは怜にかわされたパンチの威力をそのままに、上半身がグルンと回転して下半身を軸とした独楽のように回った。腰のジョイントにどうやら急転回するための仕掛けがあったらしく、足の位置は変わらないまま真後ろを向くと、そこにいた正義に三百六十度回転した超ロングフックが襲い掛かる。



 正義にとってはその攻撃は完全な不意打ちだった。

 彼の立場からすれば、敵のロボットは自身の三倍の高さを誇るために、必然的に接近すると正義の視界は下半身が中心になる。さらに、旗を奪おうとするには地面に突き立てられた旗を視認しなければならない、ここでも視線は俯きがちになる。

 その上に人間の関節では不可能な動きで真後ろにいる自分へとパンチが振るわれるのだ。

 しかも、その攻撃は正義にとっては視認しずらい左サイドからだ。どうしても反応するのが一拍遅れてしまう。

 自陣での戦いとロボットの向きから、蹴りを警戒していた正義にとっては青天の霹靂とも言うべき一撃だった。

 とっさにスウェーバックしても、人間の約三倍という常識外のリーチをいかしたパンチを完全にかわせるわけもない。


 直撃する――そう判断した正義は少しでもダメージを減らそうと、顎を引き頑丈なえらが痛くなるほど歯を喰いしばった。

 こんな首から上を固める程度の備えが、自動車の衝突事故レベルの衝撃にどれほど役立つか疑問だが、正義はそれで僅かにでも勝利の確率が上がるなら無抵抗よりも無様な抵抗を選ぶ。

 

 ロボットの拳はとてつもない唸りを上げて、正義の顔面直撃のコースを通り――その軌道のまま地面に伏せた彼の額をかすめるだけに終わった。

 正義の防御が功を奏したわけではない。

 彼の行動はあくまでパンチをもらった後でのダメージ減少に重点を置いていただけで、かわせるとは思っていなかった。

 

 では、なぜロボットのパンチが外れたのか? 

 答えは簡単である、怜の仕業だ。

 彼女は自分の頭上を通り抜けていった拳が、正義を襲うと判断すると即座に阻止に動いたのだ。

 怜の打撃力では正義にパンチが到達するまでにロボットを倒すのは難しい、ならばどうするべきか?

 怜の頭が答えを出すより早く、体の方が正解を導き出していた。手に残った日本刀を正義の足に投げたのだ。

 無理な体勢からだったが狙い違わず刀は正義の足に当たり――地面に崩れ落ちる彼の顔面の至近距離をロボットの拳が通過した。


「よし!」


 怜は思わずガッツポーズをとる。

 手裏剣投げの要領で折れた刀を投擲したのだが、想像以上に上手くいった。彼女の手から放たれた刀は一直線で正義の向こう脛に直撃し、彼をダウンさせたのだ。

 守るために倒すって変だとか、わざわざ弁慶の泣き所を狙わなくても良かったんじゃないかとか、全ての疑問は怜にとって些細なことだ。

 もちろん、今までの正義との経緯により必要以上の力が入り、彼が苦悶の表情を見せているのも些細なことだ、怜にとっては。


「何が、よし! だ。足が折れたかと思ったぞ」


 悶絶していた正義が怜へ涙目で抗議する。なぜ涙目になっているのが判るかと言うと、ロボットのパンチがサングラスにかすっていたらしく吹き飛んでいたのだ。したがって、意外と幼い正義の泣きだしそうな顔が観衆にも目撃された。

 リーゼントと余りに不似合いなその表情にも、悪びれることなく怜は冷たく返答した。


「それより、急げ! 今が絶好のチャンスだぞ」


 その言葉に正義の体が弾かれたような反射的な動きで立ち上がった。

 足の痛みなどどこかへ置き忘れた正義が、前を向くとそこには一回転して再び背を見せたロボットと、目指すべき旗が思っていたより近くにあった。

 ちらりと目を向けると、怜は再びロボットと激しい攻防を繰り広げているようだ。

 得物を失った分、不利になっているはずなのだが彼女の態度には揺らぎがない。素手で敵の攻撃を果敢に捌いている。と言うよりも、刀を持っていた時と違い攻撃を完全に捨ててより防御に専念しているのが効果的なのか、さっきより危なげがない。


 今ならばロボットの隙をついて旗を奪取できる!

 確信を持って正義は敵の旗を目掛けて飛び込んだ。


 ――旗まであと一メートル。

 だが、そこで正義の視界は白色の爆発に染められた。


「ぐっ!」


 網膜を焼かれるような激痛に、思わず顔面を右手でかばってしまう。特に古傷のある左目にはダメージが大きい。

 正義は何かが爆発したのかと思ったが、それにしては衝撃がない。テロ対策の突入チームなどの使用する閃光弾だろうか? 

 いずれにせよ、敵のロボットが迎撃の為にしたものに間違いはない。彼は目を覆った掌の影で唇を噛み締める、勝利を確信して罠の可能性を失念していた己が悪いんだと。


 ――いや、そうではなかった。

 正確に言うならば、正義の目を眩ませた光は敵チームロボットがした行為による結果ではなかった。

 その光は観客席の最前列にいたカメラマン達が一斉に光らせたフラッシュだったのだ。



  ◇  ◇  ◇



 勿論こんなあからさまな妨害が見過ごされるわけが無い。

 VIP席で観戦している有人の元へ責めるような視線が集まる。

 だが、彼に悪びれた様子は電子顕微鏡で探したとしても見つからない。


「ん? どうかしたかね? 『偶然』最前列に集まっていたうちの校の報道部のカメラマン達が、『たまたま』うちの高校のピンチになった時に写真を撮ろうとしたが、『間の悪いことに皆が』光量の調節を間違えて閃光弾並のフラッシュになっただけだろう? それが『気の毒にも』折葉選手の負傷した目に悪影響を与えただけだ。まあうちのロボットには『念の為に』自動で光量をカットする機能を搭載してあるから、操縦席への影響はゼロのはずだ。

 さて、これで何か問題でもあるのかね?」


 うわぁ、こいつしらばっくれる気だ。

 VIP席にいた皆の心が一つになった。

 そんな周囲の非難の雰囲気も一顧だにせず、有人は明らかに独り言には大きすぎる声で呟いた。


「今度の事故をうちのミスだと追及する所はないだろう。まあ調査されても、フラッシュの光量は整備した者の油断で済む。だが、どうしてうちのカメラマンが揃って最前列に陣取れたのかの問題があるな。私はその件は関知していないが、誰のごり押しによるものかと痛くもない腹を探られて、皆がさぞ不愉快な思いをするのだろうな。

 そのあげくに、きっと報道席の最前列を手配した人間や組織がスケープゴートとしてその責任をとらされるんだろう。まあ、今回の事故が故意の事件だと騒ぎ立てる連中がいればの話だが……」


 周りに聞こえるように洩らした独白に、同席していた実行委員はお互いの顔を見合わせた。

 有人に依頼されたのは確かだが、実際に報道陣の不平等な席順を決定したのは彼らだ。こんな事が表沙汰になって責任を問われるのは真っ平だと、全員が一瞬のアイコンタクトで理解しあう。


「偶然って怖いですね」


 ――この部屋の中にいる人間達により、試合会場に過剰なフラッシュが当てられたアクシデントへの公式見解は『不幸な事故』で一致した。





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