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第九話 番長戦争の開幕


 

「で、数々のトラブルを乗り越えて、ようやく戦場に乗り込んだ正義達だったが……」


 と独り言をつぶやく正義に「何してんだこいつ」といった呆れ顔で怜がたしなめた。


「誰に説明しているのか、電波を口から放送しているのかは知らん。だが、確かにトラブルはあったが、そのほとんどが正義の起こしたトラブルだっただろう? 貴様の言っていい台詞ではないぞ」


 憤懣やるかたなしと武士らしい潔い性格の怜は今までの成り行きに不服らしい。まあ、確かに試合前のごたごたは正義の仕業が多いと言わざる得ないだろう。

 正義が意識的にギャラリーを集めて試合後の不当な裁定はしないと言質を取ったのは理解できるが、その手法に納得しかねるようだ。

 だが、他の二人――千美と悟は特に気にしていないようで、別段変わった様子もない。それがまた怜の癇に障るようだ。


「ま、余り深く考えるなって。とにかく今は目の前の戦いに勝つことだけを考えようぜ」

「む……そうかもしれんな」


 正義のなぐさめる様な口調に一瞬眉をぴくりと動かした怜だが、瞬時に感情を切り替えた如く雰囲気を変えて頷いた。その余りの豹変ぶりに正義は思わず突っ込んだ。


「落ち着くの早すぎだろ。怜の神経はデジタルでオンかオフの両極端しかないのかよ」

「正義の口が悪いのは試合前だから堪忍するが、普段なら切捨て御免の対象になるので以後は気をつけるように。

 それと、切り替えの早さは余計な思考を切り捨てる事――つまり雑念を払うという武術家としては初歩の技術だ。これぐらいできないと一流派の看板を背負った師範代としては顔が立たん」

「なるほど女心と秋の空だな」


 真面目にふむふむと納得する正義を一瞥し怜は「全然違う」と釘を刺す。


「いいかそれは男性が勝手に女性に向けた的外れの意見であって……、とここで熱く討論を交わしている場合ではなかったな。もう試合が始まるために手短に確認だけとっておくぞ。

 開始の合図と共に私は右のタッチライン沿いに敵陣を目指す。悟と正義はここでまず防御に徹してもらうぞ。敵の破壊力はあるようだが、死人がでないように威力は低く設定してあるはずだ、何とか頑張ってくれ。

 そして貴様達の稼いでくれた時間で私が敵の旗を破壊する。いいな?」

「おう」

「了解です」


 素直に頷く二人に怜も肩の力を抜いた。ここら辺はもう何度も繰り返した作戦の最終確認なので今更念を押すまでもないのだが、試合前に確かめておくのも彼女なりのリラックスとコミュニケーション法なのだろう。

 よし、と円を作った三人が拳を突き出してYの字に繋がった。


「我が野際学園の名誉がかかっている、無様な真似はできん。必勝有るのみだ」

「自分の力を信じて戦おう、くじけそうになったらこう唱えろ『正義は必ず勝つ』と」

「敵の攻撃は全て僕が引き受けます。自陣は気にせず――と言うか僕が楽しむ邪魔はしないで攻撃に専念してください」


 各々が自分勝手な主張を述べ合うと「よし!」と気合を入れる。一見バラバラそうだがこれで結構、三人の中ではしっくりいっているのだ。少なくとも傍から細かく指示されるより、自発的な行動が得意な正義はいい仲間を持ったと柄にもなく笑みを噛み殺していた。

 一人フィールドの外にいる千美は頭痛に耐えるように童顔をしかめているが、彼女だって三人に統制のとれた作戦は無理と大幅な自由行動を認めたのだ。千美曰く「とりあえず出場できただけでラッキー、文句を言いそうな連中にはジュースの詰め合わせを贈っておいた」らしいから野際学園内では出場することに意義があるで合意されているそうだ。

 正義は愚痴りながらも、内心でそんなめんどくさい根回しをしてくれた千美に深く頭を下げた。

 彼女の尽力が無ければ正義はこの場に立つことは叶わなかっただろう。


 正義の左目の負傷を黙認していたことに加え、武器制限にギリギリ引っかからない機能と強度の特製ギプス。怪我人が試合に出る苦情への対処など一手に引き受けてくれていた。口は悪いし背はちびっ子だが懐の大きな少女だな。と正義は評価を上げているとその千美からひどいしかめっ面で舌を出された。


 どうやら被害妄想の気があるかもしれんと上がりすぎた評価を引き下げておく。まさか頭の中でちびっ子と考えたのが伝わったわけでもあるまいと苦笑を押し隠す正義に、今度は千美が中指を天に突き上げて答える。

 ……まあ、その、なんだ。恩もあることだし、ちびっ子呼ばわりは止めておこうと正義が決心した途端に千美が腕組みして「うむうむ」とばかりに満足げに目を細める。少しばかり彼女がテレパシー能力者じゃないかと不安になる正義だった。

 

 正義がテレパシーの遮断方法を模索していると後頭部に軽い衝撃を感じた。何だよ、もう少しで超能力者対策が出来上がりそうなのにと正義が振り返ると、怜が切れ長の目に彼に対する懸念を込めている。


「もうすぐ試合開始だと告げたはずだ。目の前の戦いに集中しろ」

「ああ、すまん。確かにそうだな」


 珍しく素直に反省した正義に、拍子抜けした表情で「ならいいが」と怜も言葉短く締める。正義が自分の非を簡単受け入れるなど滅多にないのだが、今回は正義もさすがに入れ込みすぎて試合に集中しきれていなかったのを自覚したのだ。

 正義は自分の右頬を平手で張り、気合を入れなおす。ここまで来てビビったり他の事を考えていたりする暇はないだろう。この戦いに勝ってこそ自分に戦う者としての誇りがもてるんだ、負ければ二度と表舞台で戦うことさえできなくなるだろう。

 絶対に勝たなければならない。正義はそう改めて心に刻み付ける。正義は必ず勝つのだから――座右の銘を思い浮かべた。


 正義はゆったりとした呼吸を取り戻すと、改めて周りを見回した。

 すぐ目の前のグランドには自分達に与えられた赤旗が突き刺さっていた。さっきの議論で無理矢理この赤い旗に変更したからには、おかしな細工をする時間は無かっただろうと正義は楽観していた。今改めて観察しても大きさや色に長さなど想定内から外れた部分は無い、千美のお墨付きもあることだし大丈夫だと判断している。

 念の為に引き抜いて掌の上でぽんぽんともてあそぶが、異常はなさそうだ。よし、これならOKだと、正義の懸念が一つ消えた。


 旗を手の上で弾ませている正義の傍らには頼りになる女剣士と、頼りになるのか不明の防御の専門家、それに戦闘領域からは外れているが自称「心臓が動いていればなんとかするよ! でもなんとかするっての内容は秘密!」という幼いマッドサイエンティスト。かなり異色ではあるが、正義にとっては望み得る最高の仲間だ。


 そして観客席を埋め尽くすギャラリー達、その中には実行委員やギャンブルの対象としてしかこの試合を見ていない者もいるだろう。だが、純粋に正義達選手の戦いを楽しみにしている者も多いはずだ。

 これだけの大きな競技場で、しかもスタンドの最上段には巨大スクリーンで正義達が戦っている様子を詳細に確認できるようになっている。ほとんどプロの興行となんら遜色がない。

 もしかしたらこんな大観衆の前で戦えるのはこれが最後かも……、頭をよぎる不吉な想像を正義は必死に振り払う。

 勝つ。どんな手を使っても。勝つしかこれからも戦う道は開けないのだから――そう言い聞かせると正義は瞳を閉じた。


 正義が再び瞳を開いた瞬間、試合開始直前の場内アナウンスが流れてきた。



  ◇  ◇  ◇



 有人は開始直前のフィールドを眉をひそめて眺めていた。普段は顔色一つ変えない冷静さの持ち主だけに、僅かな表情の違いが周囲に大きなプレッシャーとしてのしかかる。


「あの……如何いたしましたか?」


 おそるおそるの実行委員の問いかけに、自分が感情を表に出していたことに気がついた有人は瞬時にいつもの冷たい仮面を被りなおす。


「いえ、大した事ではありません。いささか先程の混乱が尾を引いているだけです」


 取り繕った有人の言葉を疑うことなく彼らは鵜呑みにしたようだった。


「ああ、あれはひどかったねぇ。いきなり怒鳴り込んでくるとか、いつの時代の話だよ」

「それに関係ない人達を大勢ひきつれて、まったくどーいうつもりなんだか」


 敵の行動の裏を読もうとせずに口々に不満を洩らすだけの実行委員に苛立ちを感じつつも、有人は外には表さずに確認をしておく。


「それで、白旗のセンサーは有効に戻しておいたでしょうね」

「ええ、まさかあんなリーゼントが我々の策を見破るとは想定外でしたが、すぐに設定をやり直しました。今は白旗も赤旗もノーマルな状態です」

「本当にこんな作戦を読めるなんて、あいつは浦賀様と同じくらい腹黒……ではなくて陰険……でもなく裏を読むタイプですね」 


 おそらくは本心を口にしかけてしどろもどろになった委員に視線で威圧しながら、有人は正義とやりとりした旗の色について考える。

 あんなものは見破られたと言っても問題は無い、ほんの念の為の小細工ではあったが、それでもやはり相手に悟られたとなれば面白くは無い。何より自分の知力の程度があのような不良の筋肉馬鹿と同等にみなされるのが我慢ならなかった。

 敗北を味合わせるだけでなく、なんとしてでもあいつらの醜態を広めなければならないと有人は決意する。


「あと言い忘れてましたが、うちの新聞部のカメラマン達の為に一番良い席を用意してくれて感謝しています。これなら我が校の勝利の瞬間を最高のポジションから撮影できますよ」


 有人の謝意に実行委員は頬を緩めた。有人が報道席の最前席をずらっと寄越せと命令したのを、彼らは心理的な抵抗すらなく従順にこなしたようだ。


「いや、なに、まあ僕達実行委員にしてみれば大した事ないよ」

「そうそう、あそこら辺にいるうっとおしい奴等をどかしただけですよ。そんなにお気になさらず」


 謙遜している風だが有人からすれば尻尾を振っているようにしか見えない。こんな奴らにまで気を配って勝つ為の算段をしたんだ、負けは許さんぞ栗鈴野高等科番長部よ。

 万一敗北などすればうちの学園に居場所を無くしてやる。外道な決意を固めた有人の耳に場内アナウンスが流れてきた。



  ◇  ◇  ◇



『えー、これより始まる番長戦争に先立ちまして両校の選手紹介とルールをご覧の皆様へご案内いたします。

 正面スタンドから向かって右に陣地をとるのが栗林野学院高等科です。くれぐれも縮めて「栗林野高等科」と呼ばないように。なぜかそう呼ぶと普段は温厚なベジタリアンが「くりりんのこうとうかー!」と叫びながら逆上する事件が多発しております。くれぐれもご注意を。

 今回の番長戦争に備え、なんとも素晴らしいロボットを用意してきたようです。この巨大ロボットで圧倒的な強さを見せ付けるのか!

 そして左に陣地をとるのが野際学園です。ここの高校は野菜嫌いな生徒が全国一ではないかと噂されるほど肉食系の生徒が多いそうです。言霊とは恐ろしいですね、皆様も普段から「野菜が食えん」と口にしているとそれが真になるかもしれません。こちらもご注意を。

 さらに番長戦争に出場できるか不安視されていましたが、転入生により見事に出場決定! その転入生は左腕を骨折してまでも出場するという固い決意を燃やしているそうです。ニューカマーがどれほどの実力を秘めているのかも注目ですね。 


 両校の紹介はここまでにしてルール説明に移ります。

 今回の番長戦争ではお互いの持つ旗――栗林野が白旗を野際が赤旗を所持しています――を先に破壊したチームの勝利となっております。

 禁じられているのは敵の命を奪うことのみ、それ以外の行為は全て許可されています。

 各自に許された武器は一つだけで、その一品に全てを託し戦士達が闘争を始めます!

 果たして勝利するのは両校のどちらか? では、番長戦争『栗林野学園高等科』対『野際学園』――開始!』


 競技場にスタートを告げる号砲が鳴り響いた。


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