第5話
こんなにも平和だと、もう大昔のことにも思える。
大きな戦争があった。
それはとても凄惨な戦争だった。
戦争は20年も前に始まったものだ。
『天』という別世界に座し、神の支配の下、世界を正しく秩序立てようとした『神』の『神の陣営』。
『魔界』からやってきた、欲望渦巻き混沌に満ちた世界を望んだ『魔王』の『魔の陣営』。
そして神と魔王、どちらの支配も受けないと決め、歴史上初めて全ての国々が一致団結して結成された『人の陣営』。
3つの陣営に分かれて始まったこの戦争は、後に『神魔戦争』と名付けられ、全世界に広がった。
剣が交錯し、矢が飛び交い、魔法があらゆる場所で発動した。安全なところなどどこにもなく、人も天使も悪魔も、全ての存在が命の危機にさらされた受難の時代。
シーラ自身も、生まれた時にはもう戦争中だった。子供の時分から魔物の襲撃に怯え、天使が降臨する場所を避けて暮らしてきた。外で遊ぶなんてまずありえなかった。
3年、5年、10年、15年。どれだけ時が経っても戦争は終わらない。それどころか『人の陣営』は徐々に押され始め、敗色濃厚となり始めていた。
もはや人は神や魔王の支配を受けるしかないのか。絶望感すら漂い始めていたのが、約4年前。
しかし、『人の陣営』に新たな力が加わった。
3年前、5人の英雄――今では『英傑五星』と呼ばれている者たちが現れたのだ。
『絶対勇者』――女性の身でありながら、どんな相手にも負けない、正義感に溢れた究極の勇者。
『百万呪言』――滅びたはずの古代魔女の生き残りで、あらゆる魔法を使いこなす魔法使い。
『秀麗騎士』――またの名を『白騎士』。ある国の騎士であり、魔法と剣に優れた、世界中の女性を虜にする美青年。
『流舞武人』――あらゆる武術をマスターし、巨大な岩も易々と砕いてしまう筋骨隆々の武人。
『業炎白竜』――どんな物も溶かす炎を吐き、音を追い越す速度で空を飛べる超越的存在でありながら、勇者たちに従う契約を交わした伝説の白竜。
名前は公表されておらず、ふたつ名だけが世の中に広まっているこの5人。
彼らが加わると、戦況は瞬く間に『人の陣営』の側へと傾いた。
5人の英雄の活躍はすさまじく、どんな戦いであろうとも彼らの内の1人が加われば、絶対に負けなかった。
彼らは神や魔王に支配された土地を取り返し、天使と悪魔を打ち滅ぼし、世界中に散らばっていた魔物を消し去っていった。
何十年もの泥沼にはまっていた戦争が、彼らによって急激に動き出したのだ。
そうして彼らが加わってからたったの1年後。
3つの陣営が総力を結集して行われた、『アルテミヤの戦い』と呼ばれる最終決戦の際、5人の英雄は神と魔王の両方を封印した。
これにより『神の陣営』と『魔の陣営』の勢力は一気に衰え、それぞれの世界へと撤退。
以来、異世界からの侵略者がやってくることは2度となくなったのだった
それから世界には平和が訪れた。
今では『天』と『魔界』に通じる道はすべて塞がれており、天使も悪魔も現れなくなった。魔王が放ったとされる魔物たち(シーラが襲われたのもこの内の1体)だけはまだ残っているが、それでも人が大勢死ぬことは滅多になくなった。
終戦から2年。世界は良くも悪くも人の手の下で動かされている。