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プロローグ

 ある緑深い森の中を2人の男女が歩いている。

 1人は黒い髪をした青年、中肉中背、平均的な体つきをした男。

 優しげではあるが、少し頼りなさそうな風体をしている。


「第3区域はよし。ただし魔力残滓の処理が済んでいない一部区域は立ち入り禁止、と」


 彼はぶつくさと何事かを呟き、手元の巻物に羽根ペンを走らせている。

 巻物はこの森の地図であり、男は周囲を見渡しながらちょこちょことペンでマークをつけていた。


「……」


 その隣を、膝上スカートの黒いワンピースにフリフリの白エプロンのメイド服を着た女性が静かに付き従っていた。 彼女は時折手をひょいと振るうと、男の進路上にある木の枝や蜘蛛の巣を払いのけている。それによって男はスムーズに歩き続けることができていた。一瞬で障害物を排除するその早業は窈窕(ようちょう)たるもので、一分の隙もない。ウェーブ気味の銀髪が揺れてきらめくだけだ。


「ご主人様」


 そんな銀髪のメイドが男に声をかけた。

 男はペンを止め、顔をあげる。


「ん?」

「以前から申し上げようと思っていたのですが」

「なんだ? 何か気付いたことでもあったか?」

「はい」


 メイドは淡々とした表情で告げた。


「そろそろ私にも夜のお世話を任せていただけないでしょうか。クレンだけを寝所に引き込むというのは、少々不公平かと」


 がくりと男の体がよろけた。


「いや待て。引き込むっていう言葉はおかしい。あれはあいつが勝手にベッドに潜り込んでくるだけだぞ」

「しかし押しに弱く、責められるのがお好きなご主人様ですから、迷惑そうな顔をしながらも内心喜んでいらっしゃるのでは?」


 表情は変わらず、しかしその言葉の内容はとても耽美的。そのギャップに男は思わず魅入られそうになったが、ぐっとこらえて己の従者を叱ろうとする。


「あのなあ、お前はいつも変な妄想しすぎだ。そういうことはしていない。あいつとは一緒に寝てるだけだ」

「ご希望でしたら、私もご主人様の寝所に忍び込んでさしあげます。いわゆる夜這いプレイですね。ロープは必要ですか?」

「だからそういうのではなくてだ」

「そうですか、優しく甘やかしてさしあげる方がよろしいですか」

「……お前、全然話を聞いてないな。もう何も言わん。さっさと仕事するぞ」

「今夜にでも来い、ということですね」

「どうしてそうなるんだ……」


 男が頭を抱えると、メイドは微かに笑って飛んでくる虫を叩き落とした。虫が無惨に墜落していく。男の気力も底に落ちていく。



 ふざけたおしゃべりをしながら、数時間が経った頃。

 森の中をほとんど歩き回った2人は、若干疲れた様子で、何十メートルはあろうかという巨大な木の傍で一息ついていた。


「ふぅ、これでこの森の調査も終わりだ」

「そうですね。思ったより時間がかかってしまいました」

「仕方ない。それだけあの戦争の爪痕が大きいってことだ。魔界への穴も全部塞いだし……これでこの森も平和になる。やり残したことはないな?」

「ご主人様、空間転移のトラップを解除しましたか?」

「マークはつけてるぞ。解除はお前にやってもらわないと……おっとと」


 男がよろけると、金属を弾く高くて短い音が響いた。


「あ」

「なんか今変な音が……どうした、ルシィ?」

「今、トラップが発動しました」

「は?」

「ご主人様、良い旅を」


 メイドの優雅なお辞儀。


「何を言って、うわっ!」


 聞き返そうとする途中で、男は霧が散るかのようにその姿を消してしまった。

 巻物とペンだけが静かに地面に落ちた。


「……」


 メイドは変わらぬ表情で、


「さて、後始末をしたら探しに行きましょうか」


 巻物とペンを拾い上げ、森の出口へと向かうのであった。



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