第1話~出逢った少女~
《プシューー……カタンカタン……》
さっきまで乗っていた古くさい電車から降りると、電車は次の目的地へと向かい出発した。
実家から持ってきたドラムバックひとつ肩に担ぎ、無人改札駅を通る。都会では信じられない光景だが、人が少ないの田舎では当たり前の光景なのだ。ドラムバックを肩に、駅から出てきたのはひとりの青年。
「んーーっ!やっぱり都会より空気がおいしーーっ!!」
ドラムバックを地面にどさりと落とすと、両腕を真上に上げて背伸びした。
「おっ、ベンチめっけ。約束の時間までまだ余裕あるし、一休みしますか」
青年はドラムバックを引きずりながら、ベンチの位置まで歩くとそのまま腰を下ろした。
「ふぃ〜」
ベンチの背もたれによしかかりながら空を仰ぎ見る。空は春先にもかかわらず、雲ひとつない快晴だった。
「大学行って、やりたいことひとつ見つけられないとは……ははっ、我ながら情けねー……」
青年は今年、通っていた大学を卒業していた。だが、やりたいことも見つからず、フリーターへの仲間入り。青年がこの田舎へ訪れたのは理由があった。
「それにしても、叔父さんの厚意は嬉しいけど、本当に俺なんかが来ちゃって良かったのかな?」
青年には叔父がいた。父親のいない青年にとって、叔父は本当の父親の様に接してくれた。ここへ来たのも、とりあえずバイトでもしようかと思っていた青年に「やりたいことが見つかるまで私の所で働くといい」と叔父が提案してくれたからだった。
「孝章叔父さん……元気にしてるかな?」
久しぶりの再開に待ちきれずにいた。
「あっ、あのっ!」
「へっ?」
不意に声を掛けられ、空を仰ぎ見ていた首を正面へと戻した。
「(お、女の子…?)」
視界に映ったのは ひとりの少女。シックなワンピースに、膝上のスカート。目元が隠れてしまうくらい、深々と被った帽子から覗く、栗色のセミロングヘアが風になびく。
青年はいきなり見ず知らずの女の子に話しかけられ、戸惑い気味に返事を返す。
「えっと、俺に何か、用かな?」
「はっ、はい!その、あの……」
緊張しているのか、少女は恥ずかしそうにもじもじした。
「きっ、霧ヶ崎……暁彦様、ですよね?」
「えっ!?……そう、だけど……君は?」
初対面の少女に名前を呼ばれ、驚きを隠すことが出来ない青年。
「あっ!も、申し遅れました。私、霧ヶ崎孝章様の下で使用人をさせていただいています、葉月と申します。
今日は孝章様に仰せつかって、暁彦様のお迎えに上がりました。不束者ですが、よろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げる少女。
「そ、そうなんだ。こちらこそよろしくお願いします。(叔父さんの家にお手伝いさんがいるのは知ってたけど、こんな若い子までいるなんて……)」
青年もつられて頭を下げる。
「(この方が、暁彦様……孝章様に聞いていた通り、優しそうな人……)」
青年をぽけ〜っと見つめる少女。
「……んと、俺、顔に何かついてる?」
「えっ!?あっ、いえっ!な、何でもないですっ!」
少女は無意識の内に青年の顔を見つめていたようだ。少女ははっと我に返り、手をぶんぶん振ってごまかした。
「そっ、それよりも!お荷物運ばせていただきますね!?」
「あっ、いいよ。一人で持てるし、それに結構重たいから」
少女は青年のドラムバックに手を伸ばす。
「大丈夫、まかせてくださいっ。私、こう見えても力持ちなん……うっ、重ぃ……」
「ほら、言わんこっちゃない」
「だ、だだ、大丈、夫。重く、なんか……ないです……」
ドラムバックを担ぎながら、あっちへフラフラこっちへフラフラ、少女の足取りは覚束無い。
「無理しないでってば」
「いえ……私の、勤め、ですから」
《もふっ、もふもふっ》
「(んっ?……気のせいか、帽子の中で何かが動いているような……?)」
確かに少女の帽子がもこもこと動いていた。
「うっ、ふっ……」
相変わらず少女の足取りは危なっかしい。
「本当に大丈夫だから。(転んだりしたら、危ないし)」
「これ、くらい……どうって、ことは……きゃっっ!!」
突然、少女はバランスを失い、体勢を崩した。
「危ないっ!」
青年は、叫ぶよりも 早く身体を動かした。
─ドタンッ!
「つつ……大丈夫?」
「あっっ!!す、すみませんっ!……私は、大丈夫です」
間一髪、青年は少女の下へと身体を潜り込ませ、抱き止めるように仰向けに倒れた。少女は帽子を落としただけで、怪我は無いようだ。
「良かった。もう、無茶したら駄目……」
青年は一瞬にして目を奪われた。そこにいたのは、とても可憐な少女だった。
さっきまで、帽子を被っていたから気付かなかったが、まるで宝石のような、透き通る少女の瞳。つやつやとした栗色のセミロングヘア と一緒に揺れる、獣のような耳。
「みみっ!?」
「はい?」
少女の頭を見て、驚く青年。少女は頭に手を這わせ、帽子が無いことに気付く。
「……はっ!?すっ、すみませんっっ!!……こんな、気持ち悪い物、見せてしまって……」
少女は青年からバッと素早く離れ、両手で頭に生える獣耳を 覆い隠した。
―少女は「亜人種」だった―
「(見られた……知られた……。私が、亜人種だって事……。また、嫌われる……拒絶される……)」
少女の顔から一気に血の気がひく。冷や汗を流し、身体をカタカタと小刻みに震わせる。まるで捨てられた仔猫のように……。
「っ……っ……」
「……ふぅ」
青年は立ち上がると、地面に落ちた帽子を拾い上げ、付着した土埃を払う。そして、少女の下へと歩み寄った。青年は少女にスッと手を伸ばす。
「ひっ!!」
少女は手を上げられると思ったのか、ビクッと身体を強張らせた。よほど恐い思いをしたのだろうか、目には涙を浮かべている。
─ぽふっ。
「……ぁ?」
青年は少女の頭に帽子を被せた。そして、地面に置き去りにされていたドラムバックを肩に担ぐと、少女に言った。
「何してるのさ?早く叔父さんの所へ案内してよ」
「えっ……?」
少女は何が起きたかわからないといった様に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「ねっ、葉月さん」
青年は少女に微笑みかける。
「うっく……ひぐっ……」
少女の目に溜まっていた涙は溢れだし、頬を幾筋も伝う。
「えぇっ!?(なんでなんでっ!?俺、なんかしたっ!?)」
突然泣きじゃくりだした少女に、青年はオロオロとうろたえる。
「ね、ねぇ……どうしたのかな……?お兄さん、何か悪いことした……?ぽんぽん痛い?」
「っく……うぅっ……ちが、います…。うれ、しくて……優し、く……された事、ない……から」
「そんな、大袈裟な……当たり前の事しただけだし」
「……そんな、こと、ないです……」
青年は子供をあやすように、少女の頭をポンポンと優しく叩いた。
「(本当に優しい人なんだ。“私たち”にも“当たり前”の事だって、言ってくれる。やっぱり、想像してた通りの人)」
少女の心の中は温かい気持ちでいっぱいになり、溢れた気持ちは涙となって頬を伝う。
「ほら、もう泣き止んで?わかった、お兄さん、コーラ飴玉あげちゃうから……えっ、サイダー派?サイダー味はちょっと……。わ〜っ、待って待って……謝るから泣き止んでよ〜……」
春の麗らかな、午後の日の出来事。