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第7話:過剰な「自分探し」の墓標 〜どこへ行こうと、そこには『お前』がいるぜ〜


「人生は旅だ。……だが、地図を持たずに歩くのと、地図を見るのを拒んで彷徨うのは、似て非なる絶望だ」

喫茶店『ジャックポット』。窓の外では、行き先を失った綿毛のような雲が、風に流されて消えていく。俺はトレンチコートの襟を立て、鏡の中の自分を冷徹に凝視した。

今日の俺の眼差しは、奈落の底まで見通す深淵の輝きを放っている。シガレットチョコを噛み砕く音さえ、迷える魂に引導を渡す審判の響きになるはずだった。

だが、コートの裏側で叫ぶ「本音」が、俺の自尊心を容赦なく蹂躙する。

今日のTシャツは、薄汚れた白地に、手書き風の頼りないフォントでこうプリントされていた。

『自分、捜索願提出中。』

昨夜、ネットの性格診断で「あなたの適職は『自宅警備員』です」という無慈悲な結果を突きつけられた俺が、アイデンティティの崩壊に耐えかねて、半ば本気で「俺って本当は何者なんだ?」と枕を濡らしながら選び抜いた、魂の迷子札だ。この布一枚が、俺の「孤高の狙撃手」というブランドを、単なる「迷子のおじさん」へと転落させていく。

「ゼンさーん! またお顔が『出口のない迷路』に閉じ込められたみたいに真っ暗ですよ? ほら、特製の『足元がよく見えるバナナシェイク』です! 滑らないように気をつけてくださいね!」

ミチルが、新緑の季節を丸ごと詰め込んだような笑顔でグラスを置く。

「……ミチル、俺に必要なのは視界の明瞭さじゃない。この世から『適性』という名の残酷な物差しが消え去ることだ」

「ふふ、ゼンさんは今日も、自分を見失うのがお上手ですね!」

彼女の「ホワイトアウト(純粋な善意)」に晒され、俺のハードボイルドな輪郭が、霧の中に溶けるように霞んでいく。


その時、店の扉が、根無し草が風に吹かれるような音を立てて開いた。

現れたのは、三ヶ月ごとに職場を変える「自称・放浪のクリエイター」、岡本。

彼の背後には、社会の闇――「現実逃避」という名の、実体のない蜃気楼が立ち上っていた。

「……ここじゃない。僕の本当の居場所は、もっとクリエイティブで、僕の才能を無条件に愛してくれる場所にあるはずなんだ。あ、今のバイト、三日で辞めてきました。自分に合ってない気がして……」

岡本の言葉は、空気が抜けかけた風船のように頼りない。

俺の視界が、瞬時にモノクロームの「観測モード」へ反転する。

岡本の胸。そこに、まるで地図のない海を漂う小舟のように、不安定に揺れる真っ赤な「痛点」が見えた。

それは【努力の拒絶】【平凡な自分への恐怖】、そして「自分は特別な存在であるはずだ」という妄想に縋ることで、積み上げることの苦痛から逃げ回る【脆弱な自尊心】だ。

「 Sweetest Dream... 」

甘く、脳の奥深くまでとろとろに溶かすような魔法の声。

ハニーが、岡本の背後に立ち、その浮ついた肩を優しく抱き寄せた。

彼女が指をパチンと鳴らすと、岡本の周囲に、輝かしい未来を偽造する「虹色の蜃気楼」が出現する。

「いいのよ、岡本さん。あなたは『真の自分』を探している旅人。今の場所が合わないのは、あなたが進化し続けている証拠だわ。……大丈夫、ここじゃないどこかに、あなたを王様として迎えてくれる楽園が必ずあるわよ……?」

「……そうだ。僕は、選ばれし者なんだ……。理解できない連中が悪いんだ……。僕は永遠に、理想の僕を探し続ける旅に出るんだ……」

ハニーの【脳内補完シュガー・コート】が、岡本の無責任な逃走を「気高い探求」へと美化していく。このままでは、彼は年老いて動けなくなるまで、一歩も進まずに「どこか」を求め続け、虚無の果てに消えるだろう。

「ハニー……あんたの作る綿あめは、中身が空っぽだぜ。……地べたを這いずるような泥臭い『現状維持』の苦しみだけが、人を唯一目的地へ運ぶんだ」

俺は立ち上がり、トレンチコートの前を――真実を告げる鐘のごとく全開にした。


「なっ……!?」

ハニーの余裕に満ちた口角が、引きつるように止まる。

彼女の視線の先。俺の胸元で、**『自分、捜索願提出中。』**という情けない告白が、岡本の欺瞞を直撃する。

「岡本! お前が探している『理想の自分』なんてものは、どこにも存在しない! お前が電車を乗り換えようが、国境を越えようが、逃げた先には必ず『逃げ出したお前』が先回りして待っているんだよ!」

俺は右手の指を、現実の杭を打ち込むように交差させた。

少年誌の1ページを真っ二つに引き裂く、無慈悲な執行の瞬間。

「俺にアイツを笑う資格はない。……俺だって、昨夜の性格診断から立ち直れず、捜索願を出したいのはこっちなんだからな。……だが、だからこそ、その足元が浮いている感覚は痛いほど分かる!」

独白モノローグが重厚に響き、店内の空気が、絶対零度の静寂へと凍りつく。

「――お前の迷いスロットは、ここが行き止まりだ。JACKPOT執行!!」

パチンッ!!

衝撃波が店を震わせ、岡本の頭上に巨大なスロットが出現する!

リールが爆速で回転し、揃った図柄は――【根・無し・草】!

「ぎゃあああああああ!! 本当は! 何も成し遂げてない自分が怖いだけなんだあああ! 才能がないと認めるのが怖くて、居場所のせいにして逃げてましたああああ!! どこへ行っても、僕は僕のままだあああああ!!」

岡本が、衝撃波と共に店の壁を突き抜け、裏の公園の泥沼――昨夜の雨でできた水溜まりまで吹き飛んでいく!

ハニーが作り上げた「蜃気楼」が粉々に砕け散り、剥き出しの「平凡」が岡本の魂を貫いた。

彼は泥まみれになりながら、号泣し、「ここで……ここで泥水を啜ってでも、何かを積み上げてみせるううう!」と、初めて自分の「現在地」を噛み締めて叫び始めた。

「……ふん。ようやく、自分という名の地面に足がついたようだな」

俺はシガレットチョコを一本、ハードボイルドに噛み砕く。

決まった。今この瞬間、俺は間違いなくこの迷える世界の標識ジャックポットだった。

だが。

「ゼンさーん! 今の、今までで一番魂の放浪を感じました!」

ミチルが、瞳をキラキラと輝かせ、俺のトレンチコートをバタバタと扇いでいた。

「そのTシャツ! 『自分、捜索願提出中。』……! つまり、**『自分を見つけるとは、自分がいかに見つからない存在であるかを知る、終わりなき修行である』**っていう、岡本さんへの、宇宙規模のメッセージだったんですね! ゼンさん、本当は確固たる自分があるのに、あえて迷子のフリをして相手に寄り添うなんて……!」

「……え?」

「さすが、迷宮の案内人であるゼンさんです! その、あえて住所不定の不審者みたいな格好をしてまで、人々を正しい道へ導こうとする『現代の救世主の美学』……私、一生尊敬しちゃいます!」

ミチルの、一点の曇りもない「女神の勘違い」。

それが、俺の豆腐メンタルに、銀河消滅規模の致命傷を与える。

俺は別に、救世主なんて高尚なもんじゃない。ただ昨夜、性格診断の結果に打ちのめされて、本気で自分が行方不明になっていただけだ。

「……あ……いや……ミチル……それは……過大評価……を通り越して……怪談だ……」

「あ、ゼンさん? また顔が真っ白になって、存在が地平線の彼方へ消えそうですよ? ほら、次は『自分が見つかる魔法の特大パフェ』、持ってきますからね!」

ミチルが鼻歌を歌いながら奥へ引っ込む。

俺の視界から色が消え、ただ、自分のTシャツの『捜索願』という文字が、虚しく宙を舞う幻影が見えた。

「……J-JACK……POT……」

俺は、自分という名の迷宮で力尽き、床に沈没した。

ハニーが隣で、「あはは! 本当に、あなたって一生自分を見つけられない天才ね!」と、腹を抱えて爆笑していた。


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