第7話② 善意のうわさ
俺の事情が知れてから、誘われることが多くなった。
女性からは食事に、男からは飲みに。
ほとんどは断った。
断れないものでも早々に家路に就いた。
力ない笑いをすると、みんな納得してくれた。
仮面を被るのも肩が凝る。
「再婚は?」
上司や同僚に笑って聞かれても「まだその気はないですよ」と軽く受け流す。
冗談のように応えたが、本当にその気はなかった。
もう一度誰かを信じる?
無理に決まってる。
笑顔の数だけ、芯が冷えていった。
ふとした飲みの席で、同僚が囁いた。
「なあ、桐嶋のこと聞いたか?」
「いや」
おせっかいはどこにでもいるもんだ。
思わず苦い顔をしたせいか、相手も気まずそうな顔をした
「いや、すまん」
「問題ないさ。で?」
「退職した後の話を聞いたんだ」
「ああ」
ああなってもまだ通用するのだろうか?
でも、確かに優秀だった。
「あいつ、まだ働けてないんだって」
「意外だな」
「ほら二課の内藤さん知ってるだろ?顔の広い」
「ああ」
「最近、泣きついてきたんだと」
「そうか」
「まともに転職できてないらしい。折角依願退職したのにな」
お前は頑張れよと軽く肩を叩かれる。
「ああ」
俺に教えてどうしろというのか?
馬鹿馬鹿しい。
またある日、気の置けない友人と飲んだ。
他愛もない雑談のあと、近況を話した。
やはりというか、その話題は避けては通れなかった。
「……そういえば、元奥さん、聞いたか?」
箸を止めて、正直またかと思った。
あいつの名前を呼ばないのは気を遣ってくれたからだろう。
少し聞く姿勢を作った。
苦い顔をしてたら、相手は声を潜めた。
「一度実家に戻ったけど、今は一人暮らしらしい。まともな仕事につけてないみたいだ」
「そっか」
「精算はできたのか?」
「ああ、全部な。俺とは……もう何の繋がりもないんだ」
一瞬、クローゼットが思い浮かんだが、言い切った。
「気を使わせたな。すまん」
「俺こそ無遠慮に踏み込んで悪かった」
「いや。いいんだ」
黙ってグラスを口に運んだ。
酒よりも、過去の記憶の方が喉を焼いた。
苦笑交じりに聞いた噂は、耳を素通りしていく。
もう終わったはずだと上を見上げた。
(……風のうわさ、か)
グラスを置き、ゆっくりと息を吐いた。
家路に就いても、足が重い。
酔いはほとんどない。
仕事に集中できたとはいえ、いつも隣にいたのだ。
家に帰ると身体が冷えて仕方がない。
引っ越したから、誰もいないのは分かっている。
それでも、未だにドアを開ける手が空を掴む。
手を何度も握り直してドアノブを回した。
部屋の明かりをつけて、誰もいないか確認するように視線を彷徨わせる。
そして、ふぅと深い息を吐く。




