第5話② 閉ざされて(愛花)
本日は2話投稿で2話目です
その時、低い振動音が響いた。
スマホが震えている。
心臓が跳ねた。
手に取ると知らない番号。
(あっ……弁護士?)
冷たい現実が、いよいよ形になる。
耳に当てると、淡々とした声が流れた。
「弁護士の蓮本と申します。小谷和朗様より、代理人として連絡させていただきます。本日午後に書類が届きますので、ご確認をお願い致します」
「そ、そんな……」
返した声は掠れていた。
弁護士は要件だけを言って切ってしまった。
「まっ……」
本当に進んでしまう。
力いっぱいスマホを握りしめた。
手が痛い。
見ると真っ白になっている。
何もする気力が起きなかった。
ただボーっと時間だけが過ぎていく。
チャイムが鳴った。
時計を見ると、とっくに昼を過ぎていた。
恐る恐るドアを開けると「郵便です」と制服姿。
サインをして内容証明郵便を受け取った。
またしても手が震えてしまい、かなり汚い字になってしまった。
テーブルの上に封書を置く。
差出人は法律事務所。
さっきの電話だ。内容ははっきりしている。
じっと見ているが封書は消えたりしない。
手を伸ばそうとすると、心臓が痛いくらいに動く。
何度も手を伸ばそうとして躊躇って封を切った。
読み始めるとあっという間に文字がぐにゃりと歪む。
――離婚に関する通知。
――慰謝料請求。
額に汗が滲み、息が詰まる。
「どうして……」
無意識に口から出た。
頭では理解している。
当然の報いだと分かっている。
それでも、まだ被害者ぶっている自分に気づき、吐き気がした。
思わずトイレに駆け込んで、すべて吐き戻した。
何も出なくなっても吐いた。
ソファーに沈んで天井を見上げていた。
テーブルの封書は見たくなかった。
時間だけが過ぎ、夜になっても和朗は帰ってこなかった。
カーテンの隙間から街灯の光が差し込んでいる。
部屋は静かだ。
なんで一対一で会ったのか。
なんで……、なんで……。
何度も同じところに戻ってしまう。
けれど答えは一つしかない。
――止まれなかった。
欲しい言葉、欲しい仕草、欲しい錯覚。
全部、私が欲しがっていたものだった。
目の前にぶら下がって飛びついてしまったのだ。
「でも、本当に愛してたの」
◆ ◆ ◆
返事はないまま、容赦なく日は進んでいった。
退去の準備でも和朗と会うことはない。
待ち伏せする勇気もなく、時間をずらし荷物を整理していった。
直接謝罪したいといっても、叶わなかった。
「その謝罪はあなたの心を軽くするだけです。ですから和朗様はあなたの謝罪を求めていません」
弁護士にこう言われてしまえば引き下がるしかなかった。
ちゃんと謝ってどうしたかったのか?
改めて考えると、自分の罪悪感を減らしたいだけで、和朗の気持ちを考えていないことに気が付いた。
ホントに戻れない。
大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。
呼吸は震えているが、頭ははっきりしていた。
退去の日。
あとは部屋を出て鍵を締めるだけだ。
玄関で靴を履こうとするが、紐がうまく結べない。
出たくない。
部屋にはもう何も残っていないのに、視界が滲み結ぶ手が止まった。
時間が経ってドアを閉じた。
鍵を持つ手が汗で滑る。
今度は手が震えている。
差し込む角度が合わず、金属が擦れる音が鳴った。
鍵が何かを言っているようにも思える。
ありがとう……ではない。
きっと、私を蔑む言葉だ。そうであってほしい。
鍵が回った瞬間、背中から何かが抜けていった。
この部屋はもう自分の部屋じゃない。
実家の最寄り駅に着く。
改札を出ると歩道の段差に足先が引っかかり、転びそうになった。
通りの先に見慣れた門が見えて立ち止まった。
足を動かそうとしても動いてくれない。
見えるのに、距離が縮まらない。
なんとか門の前までたどり着いた。
一度、息を吐く。
玄関までの数歩をゆっくり進める。
どんな顔をすればいいのか?
何から言えばいいのか?
頭の中がグルグルしている。
インターホンを押す指が、途中で止まる。
止まったまま、指の腹が痺れ手を引っ込める。
このままどこかに逃げようかとどうしようもないことが頭に過る。
どうやっても行き先はない。
拳を握り締めて大きく息を吸った。
ドアの節が目に入り、そこだけ鮮明になる。
拳を持ち上げる。
関節が固い。
固さが肩まで伝わり、背筋が強張る。
――怖い。
指を伸ばしてボタンに触れる。
そっと力を入れた。




