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誰と妊活してるんだ?――裏切りの果ては  作者: てとてと


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第2話 疑念と証拠

『今日も遅くなる。夕飯、先に食べてて』


 そんなLINEを愛花に送るのが、もう習慣になっていた。


 係長として任された案件が大きく、連日残業続き。

 愛花には申し訳ないと思いながらも、働かないわけにはいかない。


(今が踏ん張りどきだ)


 そう思ってデスクにかじりつく。


 帰宅したのは深夜。

 寝室のドアを開けると、愛花はすでに眠っていた。


「……ただいま」


 小さく呟いても返事はない。


 そっと隣に入って横になると、彼女は背中を向けたまま寝息を立てていた。

 その背中を見つめていると、不意に胸が締め付けられる。


 向き合っての食事ができたのもずいぶんと前。

 ちゃんと会話ができたのはいつだったか?


 かつては行為のあと、自然に抱きしめ合って眠っていたのに。

 最近は、夫婦の営みもない。


「疲れてるんだ」


 そう自分に言い聞かせた。


 でも、どこかで分かっていた。

 それだけじゃない、と。


 ある日、仕事から帰ると愛花が明るい声で言った。


「今日ね、友達とランチに行ってきたの」


「へえ、いいじゃないか。気分転換になった?」


「うん、久しぶりに楽しかった」


 そう言う彼女の笑顔に、ほんのわずかな影を感じた。


「……友達か?」


 聞き返しかけたが、言葉を飲み込む。

 彼女はずっと誠実に俺を支えてくれてきたのだから。

 でも、ギュッと拳を握り込んだ。


 数日後の夜。

 愛花は湯船にまでスマホを持って入っていた。


「え?」と声が出そうになった。


 今までならリビングに置いていたはずだ。


「まあ、音楽でも聴いてるのかもしれない」


 そう無理やり納得させる。


 布団に入った後も、スマホを手放さなくなった。

 画面をこちらに向けないように体をひねって操作する。


「なぁ」


 と声をかけても。


「疲れてるの」


 と返されて終わってしまう。


「……気にしすぎだ」


 自分に言い聞かせたが、瞼を中々閉じることができなかった。


 週末、久しぶりに早く帰れた。


「今日は早かったね」


 エプロン姿の愛花が笑顔を見せてくれる。


「おう。たまにはな」


 いつものやりとり。

 笑顔の奥に何かを隠してないか?よくないことを考えてしまう。


 夕飯を食べながら、何気なく口にした。


「最近、よく出かけてるよな」


「そう? 買い物とか、友達とお茶とかかな?」


「ふうん。楽しそうでいいけど」


「……うん」


 一瞬、言葉に詰まった。

 鈍感なふりをして箸を動かした。


 食後、ソファで一緒にテレビを見ていても、むずがゆい。

 愛花の笑顔が作り物のようで落ち着かない。


「俺……考えすぎかな」


 呟いてみても、答えてくれる人はいない。


 翌週の月曜。

 営業所に顔を出した瞬間、同僚の佐藤に声をかけられた。


「お、小谷。昨日は早く帰れたんだって?」


「まあな。たまには家の飯食わないと」


 軽口で返した。


「田知花さん元気そう?」


 佐藤は愛花の教育担当だったからか、よく気にかけてくれる。


「……ああ、元気だよ」


 頬が強張る。

 なぜそんなことを聞かれるのか。

 特に意味のない世間話のはずなのに、妙に引っかかった。


 帰り道。

 ふと駅前で女性の笑い声が耳に入った。

 一瞬、愛花の声に似ている気がして振り返ったが、見知らぬ人だった。

 ホッと息を吐く。


「……俺、疑心暗鬼になってるな」


 自嘲気味に笑って、歩き出した。


 家に帰ると、愛花がテーブルを片付けていた。


「おかえり。今日はどうだった?」


「まあ、ぼちぼちかな」


「疲れてるでしょ。お風呂沸いてるよ」


 いつも通りの優しい声。

 ――なのに、どこかよそよそしい。


 言葉の端々に、微妙な間がある。

 俺の目を避けるように皿を重ねる仕草。

 思い過ごしだと思っても駄目だ。


「なあ、最近……何かあった?」


 思わず聞いていた。


「え?」


 愛花は驚いたように振り返った。


「元気ないっていうか。大丈夫か?」


「……大丈夫だよ?もしかしたら、ちょっと疲れてたのかな」


 笑顔を作ったけれど、目が笑っていなかった。


 俺はうなずいてそれ以上は聞かなかった。

 聞けば、壊れてしまう気がしたから。


 金曜。

 取引先との接待の帰り。

 同僚の一人が何気なく言った。


「なあ小谷……田知花さんこの前見たぞ」


「そうなのか?」


「誰かと歩いてた……うーん、ちょっと雰囲気、怪しかったな」


「……」


 笑って流そうとしたが、立ち止まってしまう。


「誰と?」と問い詰めたかった。


 口がわなわなと動いている。。


「まあ、気のせいかもしれん。不安にさせてごめん」


 同僚は軽く言って、話題を変えた。


 その夜、家に帰ると愛花はすでに布団に入っていた。


「ただいま」


「……おかえり」


 寝たふりをしているのか、本当に眠いのか。

 小さな声に、言いようのない孤独を覚えた。


 布団に横になると、眠れなかった。

 隣の愛花は枕元にスマホを置いて寝息を立てている。

 覗こうとしたが、画面はロックされていて開けない。


「俺は……信じるべきなのか」


 そっとスマホを戻した。

 仕事にかかりきりで、愛花も寂しかったはずだ。

 抱きしめようと腕を伸ばした。


「……う、うん」


 愛花の寝返りで止めてしまう。

 手を何度も握りしめ、諦めた。


 暗闇で自分に問いかけた。

 でも答えは出ない。


 頭の中で、同僚の言葉が何度も繰り返された。


 ――怪しい雰囲気だった。


 翌朝、鏡に映る自分の顔は寝不足でやつれていた。


「どうしたの? 疲れてるね」


 愛花が心配そうに言う。


「っ……ちょっとな」


 思わず爆発しそうになるが笑ってごまかした。

 もう限界だった。


 その日の昼休み、俺は一人でスマホを開いた。

 愛花はスマホをずっと持ち歩いている。


 興信所のサイトを検索し、電話をかけた。


「妻の行動を調べてほしいんです」


 自分の声が震えていた。


 興信所に依頼して二週間。

 スマホが鳴った。

 表示されている『興信所』の文字に、心臓が嫌な音を立てた。


「小谷様、調査結果がまとまりました。ご都合のよろしい日にお越しください」


「……はい」


 手が汗で湿る。

 ついに調査が終わったのだ。

 二週間、疑心暗鬼に囚われた長い日々だった。


 早々に仕事を終わらせ興信所に出向くと、担当の栗橋さんは開口一番言い放った。


「単刀直入に申し上げます。奥様の不貞が確認できました。こちらが調査結果になります」


 出されたのは調査結果の束とUSBメモリ。

 一番わかりやすい日があって、と指示されたページを開く。


「この日、奥様は正午過ぎに外出。男性と待ち合わせをし、飲食店に入りました。その後、二人は駅前を歩き、ラブホテルへ入るのを確認しました」


 頭がぐらりと揺れた。


「……男性って、誰なんですか」


 聞くつもりもなかったのに、声が漏れた。


 調査員は淡々と答えた。


「相手の氏名、職業も確認できております。──小谷様と同じ会社に勤務されている、営業係長の桐嶋真一様です」


「……は?」


 一瞬、意味が分からなかった。


 桐嶋真一。


 同期で、ずっと競い合ってきた。

 同じ係長、営業成績を張り合ってきた男。


 肩を並べ、苦労を分かち合ったこともあった。

 あいつが、愛花と……?


「間違い、ないんですか」


 声が震える。


「顔写真を照合済みです。ホテルに入る際の撮影画像もございます」


 報告書に添付された写真。


 そこには笑顔で並んで歩く愛花と、俺のよく知る同期の桐嶋に間違いなかった。


 肩を寄せ合い、自然に見える距離感。

 そして、二人でホテルへ消えていく姿。


「……なんで、あいつなんだ」


 呻き声のような言葉が漏れた。


 心臓が握り潰されるように痛い。

 胃の中のものが逆流して、机を掴まなければ崩れ落ちそうだった。


「どうして……会社の人間なんだ。どこで……」


 呟きながら、手は震え続けた。


 自宅までどのように帰ったのか覚えていない。

 帰ると愛花はいなかった。


 玄関の鍵が回る音がして、愛花が帰宅した。


「……おかえり」


「あっ……ただいま」


 俺がいたことに驚いたのか、びっくりした表情の後、笑顔を作った。

 笑顔の愛花に背筋がゾッとした。


 リビングに立つ愛花は、いつものように微笑んでいた。

 その笑顔と、報告書に映る笑顔が重なって見える。


「珍しいね」


「友達と……ちょっとね」


 バッグを置く仕草が、すべて裏切りの証拠にしか見えなかった。


「そうか」


 声は掠れていた。


 食卓に座り、他愛もない会話を交わしながら、心は冷え切っていた。

 ──隣で笑っているこの女は、あいつに……桐嶋に抱かれていた。

 もしかしたら……今日も。


「頼む……嘘だと言ってくれ」


 心の奥で叫んだ。

 けれど、証拠資料には写真もある。


 箸を止めて、愛花に目線を送った。


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