第12話② 果てへ(愛花)
2話投稿の2話目です
営業だと色々な付き合いがあるのだろうか。
紹介されたのは商社だった。
面接当日。
オフィスビルの前で、しばらく足が動かなかった。
手のひらがじっとりと汗ばむ。
何度も深呼吸をして、やっとエントランスをくぐり抜ける。
「本日はよろしくお願いします」
かすれた声が、自分でも頼りなく聞こえた。
事務職といっても、特別な資格は必要ない。
入力作業やファイル整理、電話対応が中心らしい。
面接官の女性は淡々と履歴書に目を通していた。
「ブランクが少し長いですが……」
喉が詰まりそうになった。
けれど、準備していた通りに答えを返す。
「はい。家庭の事情で離職しておりました。ただ、以前は営業事務を五年ほど経験しております」
声は震えていたが、なんとか最後まで言えた。
女性は小さく頷き、メモを取った。
いくつかのやり取りを経て、面接は滞りなく終了した。
「後日、結果をご連絡しますのでお待ちください」
過去の記憶がよみがえる。
定型文と笑顔にはいい答えがなかったから、膝から力が抜けそうになった。
紹介でも駄目だ。という感触しかない。
ビルを出た瞬間、外の空気がやけに眩しく感じた。
街路樹の間から差す初夏の日差しに、思わず目を細める。
赤塚君に連絡を入れるとすぐ返信がきた。
『お昼一緒にどうですか?』
待ち合わせ場所に着くと、赤塚君が立っていた。
ジャケット姿で、こちらに軽く手を振っている。
「……赤塚君」
きゅっと締め付けられる。
「どうでした?」
彼の問いに、思わず苦笑が漏れた。
「緊張して、何を答えたかあんまり覚えてないの」
「はは、でも大丈夫ですよ。ちゃんと伝わってます」
あっけらかんとした口調に、肩から力が抜ける。
彼は相変わらず、私の心の隙間を自然に埋めてくれる。
二人で並んで歩き出した。
歩道を行き交う人々の雑踏に紛れながら、久しぶりに普通の時間を過ごしている気がした。
すぐ横で聞こえる彼の足音。
肩越しに感じる穏やかな空気。
ふと、涙がこぼれそうになる。
「……ありがとう」
小さな声で言うと、赤塚君が振り向いた。
「え?」
「私……誰にも必要とされないって思ってた。でも……」
言葉を続けようとして、喉が詰まった。
赤塚君の目は驚いたように見開かれ、それから優しく細められた。
「どうしてそう思うの?」
「だって……」
「ずっと変わってなかったよ?」
「ずっと?」
「そう。ずっと。俺はどこを見てると思う?」
目を見てたら、また信じていいのかも……とは思ってた。
でも赤塚君が何を見ているのかなんて、考えてもいなかった。
経歴じゃない。
見た目はちょっとあるかもしれない。
でも……。
「こ、心?」
赤塚君は破顔すると歩き出した。
慌てて追いかける。
「……ばかね」
隣に並ぶと景色が明るくなる。
ふと涙がこぼれそうになるが、隠そうと下を向いた。
隣に並んで歩く彼がいてくれるだけで、不思議と心は軽かった。
信号に立ち止まっても会話はない。
赤から青へ信号が変わり、スクランブル交差点を渡る。
過去は消えない。
不倫も、離婚も、風俗での日々も――全部、自分が選んで歩いた道だ。
けれど、過去を知ったうえで隣にいてくれる。
横断歩道の先がはっきりと見える。
「ねえ……もっと教えて?」
そう赤塚君に言うと、足を止めて私に振り返った。
今度は優しくほほ笑むと、私の手を握った。
力強く熱い。
ふとやわらかい風が交差点を吹き抜けた。
街路樹の葉がざわざわと騒ぎだす。
並んで歩く道の先は、どこへ続いているのだろう。
ただ……もう嫌われたくない。




